佐藤 玖光(さとう くにみつ、1945年7月11日 - )は、福岡県福岡市西区出身の元プロ野球選手(投手)。 中学生の時に本格的に野球を始める。九州工業高では2年生からエースとなる。1963年春季九州大会県予選北部決勝に進むが、嘉穂高に延長15回敗退。同年夏は県予選準々決勝で橋本孝志のいた博多工業高に惜敗、甲子園には届かなかった。 高校卒業後は社会人野球の丸井に入社するもチームが1年で解散し、翌年から林建設でプレーした。 1969年秋に入団テストに合格し、ドラフト外で西鉄ライオンズに入団。 1971年には25試合に登板、6月からは3試合に先発としても起用される。スリークォーターが基本だが、スライダー、カーブ、シンカー、シュートを武器に、横手、下手からの変則投法が特徴だった。
出典:ウィキペディア「佐藤玖光」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
