白坂 長栄(しらさか ちょうえい、1922年7月23日 - 2015年7月8日)は、岩手県二戸郡一戸町野田坂出身のプロ野球選手(内野手)・二軍監督・スコアラー。 一戸町で広大なリンゴ園を営む農家の三男として生まれる。兄が通っていた福岡中学に進み、野球部に入部。在学中は甲子園出場はならなかった。卒業後、仙台鉄道局へ就職するが、1年勤務したのち、先輩の誘いで華中鉄道に移籍。その後応召され、近衛歩兵第1連隊に配属となり、北支戦線で5年ほど軍隊生活を送った。復員後はかつて在籍していた仙台鉄道局盛岡に復帰し、投手として活躍。のち沢藤光郎(後に近鉄パールスに入団)が入団すると、遊撃手に転向した。 1948年のシーズン中に大阪タイガースに入団。
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