池尻 愼一(いけじり しんいち、1908年 - 1945年)はハンセン病を専門とした医師、作家。ハンセン病、ハンセン病患者と真剣に向かいあい、作品『傷める葦』は1年未満で30版を数えた。太平洋戦争で応召し、1945年1月ジャワで戦死した。ペンネームは邑楽 愼一(おおら しんいち)。陸軍軍医の最終階級は軍医中尉。 1908年、福岡県浮羽郡水縄村大字益生田(現・久留米市)生まれ。父・池尻久四郎は郡医師会長を務めた人物であったが、愼一の生母とは正式の結婚でなかったので、彼は一時ぐれた。福岡県中学明善校(福岡県立明善高等学校の前身)に入学していたが、2年後叔父を頼って熊本にいき、熊本の鎮西中学校(後の鎮西高等学校)を卒業した。
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