スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
花尾 恭輔(はなお きょうすけ、2001年12月20日 - … 花尾 恭輔(はなお きょうすけ、2001年12月20日 - )は、日本の陸上競技選手。長崎県大村市出身。トヨタ自動車九州所属。専門種目は長距離走。 大村市立桜が原中学校、鎮西学院高等学校、駒澤大学出身。 2020年10月11日に開催予定であった第32回出雲駅伝は新型コロナウイルスの影響で中止。 同年11月1日、第52回全日本大学駅伝で2区を担当し、三大駅伝初出場。3位で襷を受けるも、区間11位と伸びず9位に後退。ただ3区以降は着実に繋ぐと、8区・田澤廉が青学大と東海大を逆転し、6年ぶり13回目の優勝を果たした。 2021年1月の第97回箱根駅伝では7区を担当。1位・創価大と1分08秒差の2位で襷を受け区間4位の走りを見せたが、差を広げられる。
水町 泰杜(みずまち たいと、2001年9月7日 - )は、… 水町 泰杜(みずまち たいと、2001年9月7日 - )は、日本の男子インドアバレーボール選手およびビーチバレーボール選手である。 中学3年時の2016年、JOCジュニアオリンピックカップ第30回全国都道府県対抗中学大会に熊本県選抜として出場し、失セット0で優勝した。 2017年、鎮西高等学校に進学。1年時に全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で優勝を経験。2年時から主将を務め、エースナンバーの背番号3を背負った。2018年にはアジアユース選手権(U-18)にU18日本代表として出場し、チームの優勝に貢献しMVPを受賞した。 2020年、早稲田大学に進学。1年時、2年時と全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で優勝を経験。
荒尾 怜音(あらお れおん、2001年5月1日 - )は、日… 荒尾 怜音(あらお れおん、2001年5月1日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 熊本県菊池市出身。3歳でバレーボールを始める。 菊池市立菊池南中学校時代の2016年、全国都道府県対抗中学大会に熊本選抜として水町泰杜とともに全国優勝を経験。中学校までアウトサイドヒッターとしてプレーしていた。 2017年、鎮西高等学校に進学後、リベロに転向。1年生からレギュラーを獲得し、インターハイ・春高バレーの2冠を達成。春高バレーではベストリベロを受賞した。 2020年に早稲田大学スポーツ科学部に進学。当時全日本インカレ3連覇中のチームであったが1年生からレギュラーを獲得し、全日本インカレの優勝(4連覇)に貢献、自身もリベロ賞を獲得した。
赤星 伸城(あかほし しんじょう、2000年1月19日 - … 赤星 伸城(あかほし しんじょう、2000年1月19日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 熊本県熊本市出身。姉の影響で小学3年生の頃からバレーボールを始める。 鎮西高等学校、愛知学院大学を経て、2021-22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属する堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)の内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、堺ブレイザーズに入団した。入団1シーズン目となる2022-23シーズン、V1の試合に出場しVリーグデビューを果たした。 2024年、契約満了により堺を退団。北海道イエロースターズに移籍した。 2025年5月、2024-25シーズン限りでの退団が発表された。
山田 航旗(やまだ こうき、1999年10月7日 - )は、… 山田 航旗(やまだ こうき、1999年10月7日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 熊本県八代市出身。親の影響で小学6年生からバレーボールを始める。 鎮西高等学校、福岡大学を経て、2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、VC長野トライデンツに入団した。入団1シーズン目となる2022/23シーズンにV1の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
鍬田 憲伸(くわだ けんしん、1999年6月28日 - )は… 鍬田 憲伸(くわだ けんしん、1999年6月28日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 熊本県出身。兄と姉の影響で8歳の頃からバレーボールを始めた。 高校は鎮西高等学校に進学した。2016年、1学年時の第68回全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で準優勝を果たす。3学年となった2017年、U-19日本代表に選出され、ミャンマーで開催されたアジアユース選手権(U-19)に出場した。高校3年時には主将を務め、第70回春高バレーで優勝を果たした。そのときに、監督の厳しい指導のおかげで優勝を果たせたと当時の監督に感謝を示している。 大学は中央大学に進学。1学年時の2018年、U-20日本代表に選出され、バーレーンで開催されたアジアジュニア選手権に出場した。
宮浦 健人(みやうら けんと、1999年2月22日 - )は… 宮浦 健人(みやうら けんと、1999年2月22日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 熊本県荒尾市出身。8歳の頃、両親と兄の影響を受けてバレーボールを始める。 2014年、鎮西高等学校に進学。 2017年、第11回アジアユース選手権(U-19)の代表メンバーにキャプテンとして選出され、オポジットとして活躍しチームを優勝に導く。なお、そのときのオポジットの控えは、1歳年下で後に日本代表のエースとなる西田有志であった。その後に行われた世界ユース選手権でもチームのキャプテンとして銅メダル獲得に貢献。 同年に進学した早稲田大学では、全日本インカレ4連覇を経験した。 2020-21シーズン、西田が在籍するV.LEAGUE DIVISION1(V1リーグ)・ジェイテクトSTINGSの内定選手となる。
西田 寛基(にしだ ひろき、1997年8月15日 - )は、… 西田 寛基(にしだ ひろき、1997年8月15日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 熊本県出身。9歳のときに兄の影響を受けてバレーボールを始める。 鎮西高等学校、法政大学を経て、2019年、サントリーサンバーズの内定選手となり、2020年入団。 2022年、第70回黒鷲旗全日本選抜大会にて、レギュラーセッターの大宅真樹が日本代表合宿参加で不参加となったため、チーム唯一のセッターとして出場。チームの優勝に貢献し、自身もベスト6を受賞した。 2025年2月、2024-25シーズンでの勇退が発表された。6月2日に引退選手として公示。
嶋田 慎太郎(しまだ しんたろう、1995年12月5日 - … 嶋田 慎太郎(しまだ しんたろう、1995年12月5日 - )は、熊本県上益城郡益城町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ツエーゲン金沢所属。ポジションはミッドフィールダー。 ロアッソ熊本のジュニアユース・ユース出身。左利きで鋭いドリブル突破を武器とするウインガー で、ジュニアユース時代には上村周平らとともにデベロップカップで準優勝し、大会MIPに選出されメニコンカップに出場し得点を記録している。 2013年にFUJI XEROX SUPER CUPの前哨戦となる、U18Jリーグ選抜vs日本高校サッカー選抜のJリーグ選抜メンバーに選出。同年は2種登録選手としてトップ登録され、同年秋にトップチーム昇格が正式に発表された。
森川 泰臣(もりかわ たいしん、1994年9月27日 - )… 森川 泰臣(もりかわ たいしん、1994年9月27日 - )は、熊本県上益城郡益城町出身の元サッカー選手。現役時のポジションは、DF、MF。 ロアッソ熊本のジュニアユース・ユース出身で、2012年秋にトップ昇格が決定。ユース出身者では甲斐敬介に次いで2人目であり、ジュニアユース出身者では初めてのトップ昇格となった。同年は2種登録選手としてトップ登録され、トップチームに負傷者が続出したこともあり、シーズン最終2試合ではベンチ入りを果たした。 2014年シーズンはJリーグ・アンダー22選抜に登録され5試合に出場、3アシストを記録したが、トップチームではベンチ入りにとどまり出場することはなかった。 2015年、ガイナーレ鳥取へ期限付き移籍したが、わずか8試合の出場にとどまった。
福山 汰一(ふくやま たいち、1993年12月20日 - )… 福山 汰一(ふくやま たいち、1993年12月20日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 熊本県熊本市出身。中学1年生の頃、友達に誘われてバレーボールを始める。 鎮西高等学校、早稲田大学を経て2015年11月、V.LEAGUE DIVISION1のジェイテクトSTINGSに内定選手として入団。 2017年、台北で開催された第29回ユニバーシアード競技大会にユニバーシアード日本代表として出場。チームの3位に貢献した。 2020-21シーズン、V1リーグでフェアプレー賞を受賞。 2021年4月、日本代表に初選出された。ネーションズリーグの代表メンバーには招集されず東京オリンピックの代表メンバー入りもならなかったが、アジア選手権のメンバーに招集された。
柿原 翔樹(かきはら しょうき、1993年4月23日 - )… 柿原 翔樹(かきはら しょうき、1993年4月23日 - )は、福岡県筑紫郡那珂川町出身の元プロ野球選手(内野手)。
猪本 健太郎(いのもと けんたろう、1990年12月23日 … 猪本 健太郎(いのもと けんたろう、1990年12月23日 - )は、熊本県熊本市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。
立岡 宗一郎(たておか そういちろう、1990年5月18日 … 立岡 宗一郎(たておか そういちろう、1990年5月18日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(外野手、内野手)。
高橋 駿(たかはし しゅん、1990年1月13日 - )は、… 高橋 駿(たかはし しゅん、1990年1月13日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 熊本県上益城郡山都町出身。先輩に誘われ、母の勧めもあり、中学1年生からバレーボールを始める。 鎮西高等学校、中央大学を経て、2011/12シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するFC東京の内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2012年、大学卒業後に、FC東京に入団した。 2015年、FC東京を退団した。退団後は女子日本代表の指導に携わっていた。 2016年10月、世界クラブ選手権女子で、ホスト国として出場するPSL All-Stars(フィリピンスーパーリーグのオールスターチーム)のコーチを務めた。
冨士田 裕大(ふじた ゆうだい、1988年10月7日 - )… 冨士田 裕大(ふじた ゆうだい、1988年10月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 鎮西高校ではチームの主将を務め、春高バレーに出場。ユース代表、ジュニア代表に選出され、世界ジュニアやアジアジュニアなどで経験を積み、2006年アジアジュニアで準優勝を飾った。 高校卒業後の2007年にサントリーサンバーズに入団。2008年に全日本代表の追加登録メンバーに選出され、第1回アジアカップに出場した。 2015年3月、現役引退が発表された。 2019-20シーズン、同じくサントリーOBである岡本祥吾と共に、第10回全国6人制バレーボールリーグ総合男女優勝大会に「博多スポーツクラブ」の選手として出場した。
岡本 祥吾(おかもと しょうご、1987年3月30日 - )… 岡本 祥吾(おかもと しょうご、1987年3月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 熊本県上益城郡出身。兄の影響で中学1年生の頃からバレーボールを始める。 鎮西高等学校、法政大学を経て、2008年、サントリーサンバーズの内定選手になる。2009年正式入団。 2011年、日本代表登録メンバーに選出された。2013年にも選出された。 2019年、2018-19 V.LEAGUE DIVISION1終了をもってサントリーを勇退した。 2020年、「博多スポーツクラブ」の設立者である上竹原聖子から熱心なオファーを受けて同チームに入団し、同じくサントリーOBである冨士田裕大と共に、第10回全国6人制バレーボールリーグ総合男女優勝大会に出場した。
高崎 健太郎(たかさき けんたろう、1985年6月24日 -… 高崎 健太郎(たかさき けんたろう、1985年6月24日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。
上野 飛偉楼(うえの ひいろう、1984年8月9日 - )は… 上野 飛偉楼(うえの ひいろう、1984年8月9日 - )は、日本の元陸上競技(長距離)選手、タレント。熊本県鎮西高等学校、日本体育大学卒業。AVILLA STAGEに所属していた。熊本県玉名郡菊水町(現:和水町)出身。身長175cm 、58kg。 高校 5,000m 14分13秒3、3000mSC インターハイ出場、クロスカントリー 日本代表とマルチランナー(高体連陸上競技専門部記録)。大学 全日本大学駅伝 1年時 7区区間賞、箱根駅伝 1年時 6区区間10位(日本学生陸上競技連盟記録)。2005年(平成17年)箱根駅伝、この年の日体大は、強豪駒澤大学に負けて準優勝であった。上野を欠いた日体大はあと一歩のところで優勝を逃がした。
福岡 政章(ふくおか まさあき、1984年7月12日 - )… 福岡 政章(ふくおか まさあき、1984年7月12日 - )は、日本の柔道家。熊本県出身。階級は66kg級。身長167cm。得意技は背負投。綜合警備保障を経て、現在は東海大学付属高輪台高等学校・中等部の監督。 柔道は5歳の時に始めた。鎮西高校2年の時にインターハイ60kg級で3位となった。東海大学に進学後は学生チャンピオンになるなど活躍した。社会人になってからは、2007年の体重別決勝でミキハウスの野村忠宏に敗れるが2位に入った。さらに、2009年、2010年と2年続けて同学年のライバルである了徳寺学園の平岡拓晃に決勝で敗れるものの、2位になった。一方、国際大会ではグランドスラム・東京で優勝を飾るなど一定の活躍を示した。
角田 辰徳(かくだ たつのり、1983年5月24日 - )は… 角田 辰徳(かくだ たつのり、1983年5月24日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 熊本県菊池市出身。法政大学卒業後、2006年に東レアローズに入団。2007年のユニバーシアードに出場した。東レではレフトで活躍。 2014年5月の黒鷲旗大会をもって勇退し、社業専念とされたが、同年6月にジェイテクトSTINGSに移籍と発表された。2016年、同年度の黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会終了をもって現役引退し社業に専念。 2024年9月、この年に発足した熊本Virexのコーチに就任した。
米村 知子(よねむら ともこ、1982年7月1日 - )は、… 米村 知子(よねむら ともこ、1982年7月1日 - )は、熊本県熊本市南区(旧:下益城郡城南町)出身の女子プロテニス選手。身長170cm。右利き。妹である米村明子もプロテニス選手である。 8歳でテニスを始め、鎮西高校卒業後の2002年にプロ転向。同年の全日本選手権では飯島久美子とのペアで準優勝。 2003年の昭和の森Head Tennis tourダブルスでプロ初タイトル。9月の広島大会でシングルス初タイトルを獲得する。 2005年全日本選手権シングルスでは森田あゆみに惜敗で準優勝。2009年と2010年も準優勝している。女子ダブルスでは2007年と2009年に優勝している。 2006年には全日本室内選手権で優勝を決め、翌年も連覇した。
前村 直樹(まえむら なおき、1979年11月9日 - )は… 前村 直樹(まえむら なおき、1979年11月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。熊本県熊本市出身。ポジションはセッター。 鎮西高校を経て法政大学へ進学。学生時代は世界ユース、アジアユース、アジアジュニアに出場した。 大学卒業後、5年間のブランクを経て、2007年に大分三好ヴァイセアドラーに入団。当時の監督西本哲雄のもと、194cmの大型セッターとしてチームに貢献した。 2009年6月20日を以って大分三好ヴァイセアドラーを退団し、現役を引退した。
村上 龍介(むらかみ りゅうすけ、1979年9月3日 - )… 村上 龍介(むらかみ りゅうすけ、1979年9月3日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 鎮西高校から中央大学を経て、大学在学中にサントリーサンバーズの内定選手となり、卒業後の2002年にサントリーに入団した。左利きながらレフトアタッカーを務め、リリーフサーバーとしての登場も多かった。 2007年、プレミアリーグ開幕直前の練習で重度の捻挫を負い、手術をした。 2009年の第58回黒鷲旗大会を最後に現役引退。アナリスト・アシスタントコーチとして2016年まで在籍した。
諸隈 直樹(もろくま なおき、1978年6月19日 - )は… 諸隈 直樹(もろくま なおき、1978年6月19日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。元バレーボール全日本男子監督代行。 1978年6月19日、佐賀県佐賀郡大和町出身。双子の兄である諸隈秀東(諸隈英人)も元バレーボール選手。第7回さわやか杯で佐賀県選抜として準優勝し、鎮西高等学校時代には春の高校バレー、インターハイなどで優勝を経験している。全日本ユースにも選出され、世界ユース選手権ではベストスコアラーを獲得した。 その後、法政大学(経営学部経営学科)を経て、富士フイルムプラネッツに入団。2002年、豊田合成トレフェルサに移籍。2000年から2005年まで全日本メンバーに登録されていた。2008年に現役を引退した。
鈴木 孝政(すずき たかまさ、1977年7月18日 - )は… 鈴木 孝政(すずき たかまさ、1977年7月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 熊本県菊池郡菊陽町出身。先生の勧誘を受けて中学1年次よりバレーボールを始める。 全国都道府県対抗中学バレーボール大会「さわやか杯」の第6回大会で準優勝し、オリンピック有望選手を受賞。鎮西高等学校時代には主将を務め、1995年のインターハイで、同校初の全国優勝を成し遂げる。その後法政大学に進学し、旭化成に入社。2002年アジア競技大会(The 14th Asian Games XIV Asiad)で、全日本代表に選出され銅メダルを獲得。2003年3月に半月板を損傷し手術。復帰を果たすが、2006年スパーキッズの休部により社業に専念。
泉 知束(いずみ ともちか、1976年9月4日 - )は、日… 泉 知束(いずみ ともちか、1976年9月4日 - )は、日本の俳優、脚本家、演出家。熊本県熊本市出身。 舞台を中心に活動し、脚本・演出も手がける。演劇ユニット「Team Chica」を主宰し、俳優集団「ゴツプロ!」に所属している。 熊本県熊本市出身。小学生から高校まで野球部に所属し、高校卒業と同時に上京。日活の俳優養成所で演技を学び、1996年に劇団「麦」の公演『紅き唇』で俳優デビュー。その後、舞台や映像作品への出演を重ね、演出や脚本も手がけるようになる。現在は劇団「ゴツプロ!」に所属し、舞台作品に多数出演。自身が主宰する「Team Chica」では作・演出も担当している。 熊本市出身。地域文化や祭りへの関心が深く、特に藤崎八幡宮秋季例大祭を好み、若い頃は祭りに参加するために帰省していた。
脇戸 新之助(わきと しんのすけ、1975年11月2日 - … 脇戸 新之助(わきと しんのすけ、1975年11月2日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 熊本県宇土市出身。鎮西高等学校、法政大学を経て、1998年4月、NECブルーロケッツに入団。 2001年、全日本代表に初選出。 2008年5月、NECブルーロケッツを退団。 2010年、東京ヴェルディに入団し、現役復帰。2012年9月、同チームを勇退。
朝日 健太郎(あさひ けんたろう、1975年〈昭和50年〉9… 朝日 健太郎(あさひ けんたろう、1975年〈昭和50年〉9月19日 - )は、日本のバレーボール・ビーチバレーボール選手、政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)。 NPO法人日本ビーチ文化振興協会理事長。一般財団法人日本スポーツ振興会代表理事。公益財団法人日本バレーボール協会事業本部運営委員・ビーチバレーボール事業本部企画競技部長。株式会社フォーバル男子バレーボールチーム監督。 熊本県熊本市北区出身。 熊本市立楠中学校でバレーボールを始める。バレーボールの名門の鎮西高等学校で春の高校バレーとインターハイの準優勝を経験。法政大学時代には1995年に全日本大学選手権で優勝、1997年にはユニバーシアードに出場。
山野はるみ(やまの はるみ、1975年2月23日 - )は、… 山野はるみ(やまの はるみ、1975年2月23日 - )は、日本の女優、タレント。熊本県熊本市出身。身長165cm、体重50kg。劇団『BigSmie』。株式会社ビッグスマイル・プロモーション所属。
濱口 純一(はまぐち じゅんいち、1973年12月26日 -… 濱口 純一(はまぐち じゅんいち、1973年12月26日 - )は、日本のバレーボール選手・指導者。 熊本県天草市出身。先輩に誘われて中学1年次よりバレーボールを始め、鎮西高校に進学。1991年の春高バレーにおいて敢闘賞、同年のインターハイでも優秀選手賞を獲得した。 1992年法政大学に進学すると、全日本インカレにおいて、1992年・1993年と連続準優勝し、1995年には優勝の原動力となり自らもMVP・レシーブ賞を獲得した。同年、福岡で開催されたユニバーシアードに出場した。 1996年にVリーグ富士フイルム・プラネッツに入部し、2002年の廃部まで所属した。その後富士フイルムでサラリーマンを続けながら、東京ヴェルディに参加。
佐藤 貞治(さとう さだはる、1973年12月25日 - )… 佐藤 貞治(さとう さだはる、1973年12月25日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手。
本田 剛四郎(ほんだ ごうしろう、1973年4月24日 - … 本田 剛四郎(ほんだ ごうしろう、1973年4月24日 - )は、熊本県出身の俳優。
齊藤 努(さいとう つとむ、1972年4月13日 - )は元… 齊藤 努(さいとう つとむ、1972年4月13日 - )は元競輪選手、元自転車競技選手。熊本県熊本市出身。日本競輪学校第69期卒業。晩年は日本競輪選手会東京支部に在籍した。選手登録番号12555。師匠は中原曙観。弟子はガールズケイリン選手の藍野美穂。 2011年12月までの登録名は横田 努(よこた つとむ)。 小学校時代、水泳自由形で全九州短水路水泳競技大会の優勝を経験。中学校時代にロードバイクを乗り始めたことを契機に、鎮西高等学校に入学後、本格的に自転車競技に取り組むようになった。その後日本競輪学校に第69期生として入学。同期には稲村成浩、澤田義和、豊岡弘、三和英樹らがいた。 卒業後は地元の熊本支部所属としてデビューし、初出走は1992年4月11日の前橋競輪場で初勝利も同日。
山内 要(やまうち かなめ、1972年3月25日 - )は、… 山内 要(やまうち かなめ、1972年3月25日 - )は、熊本県を拠点とし、熊本放送(RKK)を中心に活躍中のローカルタレント・演歌歌手・アマチュア落語家・消防団員。熊本市中央区出身。
山部 伸敏(やまべ のぶとし、1969年4月4日 - )は、… 山部 伸敏(やまべ のぶとし、1969年4月4日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は65kg級。身長167cm。 柔道は小学校1年の時に始めた。一の宮中学3年の時に全国中学校柔道大会55kg級で3位になった。 鎮西高校から鹿屋体育大学へ進むと、1年の時には正力杯66kg級で3位に入った。2年の時には正力杯で3位だったが、正力国際では決勝まで進むもソ連のグラム・モデバーゼに敗れて2位だった。3年の時には正力国際の決勝で筑波大学3年の大幡悦雄に判定で敗れるも、団体戦では優勝した。4年の時には正力国際の個人戦で3位だったが、団体戦では再び優勝を飾った。 1992年に鹿屋体育大学の大学院へ進むと、体重別では3年連続3位になった。
山野 和明(やまの かずあき、1967年5月4日 - )は、… 山野 和明(やまの かずあき、1967年5月4日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)。
松崎 秀昭(まつざき ひであき、1966年5月1日 - )は… 松崎 秀昭(まつざき ひであき、1966年5月1日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
西川 親幸(にしかわ ちかゆき、1965年8月31日 - )… 西川 親幸(にしかわ ちかゆき、1965年8月31日 - )は、熊本県出身の元競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第57期生。現役時代は日本競輪選手会熊本支部に所属していた。 鎮西高等学校を卒業し競輪学校に第57期生として入校。主な同期生に坂本勉、波潟和男、梶應弘樹らがいる。在校競走成績は12位(32勝)。 1986年5月10日、広島競輪場でデビューし2着。初勝利は同年5月12日の同場。 1989年の第42回日本選手権競輪(花月園競輪場)で特別競輪(現在のGI)初出場(新人王戦を除く)を果たして以降、2010年代後半までGI、GIIに常時参加実績を有した、大変息の長い選手であった。 日本選手権競輪においては、過去に第49回(1996年)で3位、第53回(2000年)で2位となり表彰台に立った実績がある(いずれも千葉競輪場での開催)ほか、1993年の第46回から2017年の第71回まで出場し、歴代2位タイとなる連続26回出場の記録を打ち立てた。
頓田 国満(とんだ くにみつ、1964年7月6日 - )は熊… 頓田 国満(とんだ くにみつ、1964年7月6日 - )は熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)、監督。右投右打。
坂田 和隆(さかた かずたか、1963年8月6日 - )は、… 坂田 和隆(さかた かずたか、1963年8月6日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。
河野 誉彦(かわの やすひこ、1961年1月31日 - )は… 河野 誉彦(かわの やすひこ、1961年1月31日 - )は、熊本県上天草市出身の元プロ野球選手でありポジションは外野手。現役時代は横浜大洋ホエールズ、西武ライオンズに所属していた。
高岡 利治(たかおか としはる、1958年〈昭和33年〉7月… 高岡 利治(たかおか としはる、1958年〈昭和33年〉7月1日 - )は、日本の政治家。熊本県水俣市長(3期)、元水俣市議会議員(3期)。 熊本県菊池市出身。鎮西高等学校卒業。 かつては水泳選手として活動。小学5年で水泳を始め、高校2年当時、1975年に三重国体で出場した200メートルリレーで当時の高校日本新記録をマーク。日本体育大学進学後の1977年に出場した日本選手権水泳競技大会で、200メートル個人メドレーで3位に入る。大学4年生当時の1980年4月、全日本室内選手権で上位入賞、同年6月に予定されていたモスクワオリンピック日本代表の最終選考レースへの出場権を得る。しかし、同年5月24日に日本オリンピック委員会は政府の方針通りにモスクワオリンピック不参加を決定、6月の最終選考レースも中止になり、五輪への道も絶たれた。
今井 譲二(いまい じょうじ、1956年11月1日 - )は… 今井 譲二(いまい じょうじ、1956年11月1日 - )は、熊本県宇土郡三角町(現:宇城市)出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。
山内 孝徳(やまうち たかのり、1956年8月5日 - )は… 山内 孝徳(やまうち たかのり、1956年8月5日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。
西村 誠司(にしむら せいじ、1956年6月9日 - )は、… 西村 誠司(にしむら せいじ、1956年6月9日 - )は、日本の空手家。熊本県出身。全日本空手道連盟公認七段。全日本空手道連盟和道会所属。一般社団法人全日本空手道 拳誠塾・代表理事。 別記無き限りによる。 別記無き限りによる。 別記無き限りによる。 別記無き限りによる。
村下 孝蔵(むらした こうぞう、1953年〈昭和28年〉2月… 村下 孝蔵(むらした こうぞう、1953年〈昭和28年〉2月28日 - 1999年〈平成11年〉6月24日)は、日本のフォークシンガー、シンガーソングライター。『初恋』『踊り子』『ゆうこ』『陽だまり』など、恋愛をテーマとした数々のヒット曲がある。熊本県水俣市出身。 水俣市立水俣第一小学校、水俣市立水俣第一中学校、鎮西高等学校、日本デザイナー学院広島校インテリアデザイン科卒業。 1953年2月28日、熊本県水俣市浜町仲之町通りで、映画館(村下興業社)を営む夫婦の第3子として生まれる。家には幾つもの土蔵があり、親族7家族が住む大きな家だったという。代々、男子は独立して蔵を持てという理由で、祖父の名は改蔵、父は昭蔵、兄は修蔵だった。
岩田 久和(いわた ひさかず、1949年12月17日 - 2… 岩田 久和(いわた ひさかず、1949年12月17日 - 2017年9月22日)は、日本の柔道家(講道館9段)。 現役時代は主に軽重量級・無差別級で活躍し、世界選手権大会3位や全日本選手権大会準優勝といった成績を残した。また、娘の岩田千絵も全日本の強化指定選手として、全日本実業個人選手権大会や講道館杯で活躍していた。 熊本県熊本市にて三兄弟の長男として生まれる。市立藤園中学校時代に白石礼介に師事し、鎮西高校では牛島辰熊直系の弟子である船山辰幸の薫陶を受けた。3年生の時にはインターハイ団体戦で優勝。岩田は高校時代も幼少時より慣れ親しんだ背負投に拘り、これを重量級の選手相手にも使えるようにと腰を鍛えるために、重量級の練習相手を2人重ねて担ぎ上げるという激しい練習を日課にしていたという。
ロイヤル小林(ロイヤルこばやし、本名:小林 和男(こばやし … ロイヤル小林(ロイヤルこばやし、本名:小林 和男(こばやし かずお)、1949年10月10日 - 2020年11月17日 )は、日本の男性プロボクサー。熊本県下益城郡出身。元WBC世界スーパーバンタム級王者。ミュンヘンオリンピック(1972年)日本代表。 拓殖大学卒業後、自衛隊体育学校でボクシングを始め、アマチュアのトップ選手としてミュンヘンオリンピックに出場、ベスト8の成績を残す。アマ通算34勝 (28RSC) 3敗、KO率8割2分という記録を引っ提げてプロ入り。国際ジムからプロデビュー後もKOの山を築き、「KO仕掛人」の異名を持った屈指のハードパンチャーであった。 プロではWBC世界ジュニアフェザー級(現スーパーバンタム級)王者になったが、それ以上にアレクシス・アルゲリョ、ウイルフレド・ゴメス、エウセビオ・ペドロサという時代を代表する名王者を相手に世界タイトルマッチを戦ったことでその名を知られた。
田端 謙二郎(たばた けんじろう、1946年5月8日 - )… 田端 謙二郎(たばた けんじろう、1946年5月8日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。