金丸 将也(かねまる まさや、1987年3月19日 - )は、宮崎県宮崎郡清武町(現:宮崎市)出身の元プロ野球選手(投手)・監督。左投左打。 小学4年生から野球を始め、中学野球部を経て、佐土原高の野球部に入る。監督から体力不足を指摘され、走り込みに徹底して取り組んだ。3年夏の県大会では全試合に登板し、同高初の甲子園大会出場に貢献。本戦でも初戦で競り勝ち、チームに甲子園初勝利をもたらした。 その後、中部大学に進学。大学1年からリーグ戦に登板するも球速も130km/h前後であり、2年秋には左肩を故障。しかしこの故障を機に1日5食を課し10kg以上の増量を行い球速も140km/h台に上昇、大学4年時には先発投手として中部大初の全国大会進出の原動力となる。
出典:ウィキペディア「金丸将也」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
