スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
吉行 ゆきの(よしゆき ゆきの、1997年 - )は、日本の… 吉行 ゆきの(よしゆき ゆきの、1997年 - )は、日本の著作家、コラムニスト、ポールダンサー、グラビアモデル。 北海道千歳市出身。北海道札幌南高等学校、北海道大学経済学部経済学科卒業。ペンネームの由来にもなった吉行淳之介の本を読み、文学と官能的な女性の描写に感銘を受け、自らも体験したいという思いからすすきのの飲食店で1年半ポールダンサーを務めた。また、『FRIDAY 2022年9月9日号』でグラビアモデルとなった。 『tree』と『実話ローレンス』で書評を連載している他、『COMICペンギンクラブ』と『COMIC 快艶』(ジーウォーク)で成人向け漫画を扱ったコラム「変態文學大学生 吉行ゆきののエロマンガノススメ」を連載している。
又井 健太 (またい けんた、1979年- ) は、日本の小… 又井 健太 (またい けんた、1979年- ) は、日本の小説家、ノンフィクション作家。 北海道生まれ、在住。北海道札幌南高等学校、慶應義塾大学商学部卒。 大手映像関連企業を10か月で退社後、テレビドラマのAD、ミュージックビデオAD、アダルトビデオ制作、バーテンダー、ホスト、コールセンター派遣社員、ロンドン日本料理屋店員、アムステルダムIT企業社員など20種近くの職業を経験。 学生時代も含め、渡航したことのある国は47か国におよぶ。 2005年頃より、WEBマガジン「フリースタイルライフ」上で"雑魚ゾンビ"名義で「さらばガリ勉の日々よ」を連載。その後世界放浪を経て、2011年『新小岩パラダイス』で第3回角川春樹小説賞を受賞し、小説家としてデビューした。
円城 塔(えんじょう とう、英語: EnJoeToh、本名:… 円城 塔(えんじょう とう、英語: EnJoeToh、本名:非公表、男性、1972年〈昭和47年〉9月15日 - )は、日本の小説家。北海道札幌市出身。 北海道札幌市出身。札幌市立啓明中学校、北海道札幌南高等学校を経て、東北大学理学部物理第二学科に入学。大学生時代はSF研究会(現・東北大学SF・推理小説研究会)に所属。この時期の東北大学には、薬学研究科に瀬名秀明、文学研究科に佐藤賢一、法学部に伊坂幸太郎、理学部に松崎有理など、後に小説家となる人物が複数在学していた。 1995年に東北大学を卒業、以降は物理学ではなく学際的な領域に専攻を変え、2000年に東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了、博士(学術)の学位を取得した。
大崎 善生(おおさき よしお、1957年(昭和32年)12月… 大崎 善生(おおさき よしお、1957年(昭和32年)12月11日 - 2024年8月3日)は、日本の作家、元雑誌編集者。 北海道札幌市出身。実家は作家の原田康子宅の隣にあり、小学生時代に原田と交流があった。大崎が吉川英治文学新人賞を受賞した翌年に原田が吉川英治文学賞を受賞し、授賞式で原田は「隣の僕ちゃんが昨年吉川英治文学新人賞を受賞されて……」とユーモラスなスピーチを披露した。 祖父、父、伯父たち(父の兄弟)、兄の皆が医師で(兄は当時医学生)、大崎自身も医学部進学を望まれていたが、父の反対を押し切って上京した。 早稲田大学時代は文学青年で、フィリップ・K・ディックやロバート・A・ハインライン、カート・ヴォネガットなどを夢中で読んでいた。
見延 典子(みのべ のりこ、1955年8月2日 - )は、日… 見延 典子(みのべ のりこ、1955年8月2日 - )は、日本の小説家。現姓・豊田。 北海道札幌市白石区出身。1973年、北海道札幌南高等学校3年生の時、小説「指」が北海道新聞社主催の第11回有島青少年文芸賞に佳作入選する。 作家になれると確信し、早稲田大学第一文学部に入学。文芸科の卒業論文に200枚の小説『もう頰づえはつかない』を書いた。その後、担当の教員が雑誌「早稲田文学」に紹介し、掲載された。1978年3月、早稲田大学卒業。同年11月、『もう頰づえはつかない』は講談社から単行本化され、50万部を超える大ベストセラーになる。本作は1979年に桃井かおり主演で映画化され、ヒットした。 1981年に結婚して広島県広島市へ転居。
北丸 雄二(きたまる ゆうじ、1955年5月21日 - )は… 北丸 雄二(きたまる ゆうじ、1955年5月21日 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家、作家。 北海道出身。北海道札幌南高等学校卒業。 毎日新聞社から東京新聞(中日新聞 東京本社)で社会部畑を歩んだ後、1993年から1996年まで同紙ニューヨーク支局長。その後退社して独立しフリーランスに。 約25年ニューヨークに居住したまま、現地からアメリカの政治、社会、文化情報を日本に向けて発信。2018年に日本に帰国し、以降東京を拠点としてTBSラジオやTOKYO FM、J-WAVE、文化放送、YouTube番組「デモクラシータイムス」などで、主に米国政治や社会事情についてニュース解説を行う。トランプ政権や「トランピズム」に否定的な論考を示している。
澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、… 澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、日本の作家、評論家、エッセイスト、イタリアルネサンス文学・文化研究家、元関西大学文学部教授、放送大学(大阪学習センター)非常勤講師。本名は茂夫。 公式サイト 澤井繁男 - オフィシャルホームページ 北海道札幌市生まれ。北海道札幌南高等学校から、東京外国語大学外国語学部イタリア語学科を卒業、京都大学大学院でイタリア文学を専攻。イタリア・ルネサンス思想の権威清水純一教授に師事。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。東京外国語大学時代、第19次『新思潮』に参加して小説を書いた。伊藤整・フォークナー・パヴェーゼに私淑。1999年、東京外国語大学論文博士(学術)取得。
久間 十義(ひさま じゅうぎ、1953年11月27日 - )… 久間 十義(ひさま じゅうぎ、1953年11月27日 - )は、日本の小説家。「久間十義」は本名。 北海道新冠町出身。北海道札幌南高等学校、1977年早稲田大学第一文学部仏文科卒業。日本ペンクラブ、日本文芸家協会、各会員。 「」内が久間十義の作品
外岡 秀俊(そとおか ひでとし、1953年5月22日 - 2… 外岡 秀俊(そとおか ひでとし、1953年5月22日 - 2021年12月23日)は、日本の小説家、ジャーナリスト、元朝日新聞社東京本社編集局長。別名に中原清一郎。 北海道札幌市中央区出身。父は淡水魚卸業経営、母は裏千家茶道教授。三人兄弟の末子で次男。 北海道学芸大学附属札幌小学校、北海道学芸大学附属札幌中学校から北海道札幌南高等学校に入学し、剣道部に所属するかたわら学園闘争に参加。暫定生徒会執行部で生徒会長を務め、全校生徒集会でストライキ決議を行う。高校の同級生には、作家の久間十義や経済学者の高橋伸彰がいる。 東京大学文科Ⅰ類進学後に初小説『白い蝙蝠は飛ぶ』を発表し、学友会「銀杏並樹賞」受賞。
桜田 晋也(さくらだ しんや、本名:今野 哲男(こんの てつ… 桜田 晋也(さくらだ しんや、本名:今野 哲男(こんの てつお)、1949年7月 - 2011年5月7日)は日本の歴史小説作家。 北海道生まれ。北海道札幌南高等学校卒業。 高校卒業後東京に出て、アルバイトをしながら専門学校でフランス語を学ぶ。その傍ら独学で小説の勉強を始める。1972年より、日本浪漫派の系譜を引く文芸総合雑誌『浪漫』に文芸評論を行う。 1980年、奈良日日新聞に後醍醐天皇の半生を描いた『南朝記』を丘野哲靖(おかのあきのぶ)名義で連載開始、歴史小説の執筆を始める。歴史上の人物が生きた時代のうねりを描くことを主題とした、長編の歴史小説を手掛ける。 2011年5月7日、肺炎のため静岡県下田市の病院で死去。
細川 不凍(ほそかわ ふとう、1948年5月13日 - )… 細川 不凍(ほそかわ ふとう、1948年5月13日 - )は、日本の川柳作家。 北海道石狩郡当別町生まれ。 1964年、札幌市立陵北中学校を卒業して、北海道札幌南高等学校へ進学。翌年、海での飛び込み事故で、第七頸椎を脱臼骨折、手足が不自由になる。担任の勧めで川柳を始める。1967年、同校通信教育部(現北海道有朋高等学校)に編入、1970年、卒業。同年、18歳から23歳までの作品をまとめ、第一句集『青い実』を刊行。 1974年、「川柳道産子」創刊に参加。1983年、第1回川柳Z賞を受賞。1987年、第二句集『雪の褥』を刊行、川柳Z賞の選者となる。1993年、「現代川柳新思潮」創刊に参加。2005年、『セレクション柳人 細川不凍集』を刊行。
渡辺 淳一(わたなべ じゅんいち、1933年(昭和8年)10… 渡辺 淳一(わたなべ じゅんいち、1933年(昭和8年)10月24日 - 2014年(平成26年)4月30日)は、日本の作家。北海道空知郡上砂川町朝陽台出身。1958年札幌医科大学医学部卒業。医学博士。
荒巻 義雄(あらまき よしお、1933年4月12日 -)は、… 荒巻 義雄(あらまき よしお、1933年4月12日 -)は、日本の小説家、SF作家、推理作家、評論家、詩人。本名、荒巻邦夫、後に荒巻義雅と改名。『紺碧の艦隊』の大ヒットで、いわゆる架空戦記小説の世界を代表する小説家として広く知られている。静修女子大学(現・札幌国際大学)教授も務めた。 日本文芸家協会会員。日本SF作家クラブ会員。現代俳句協会会員(旭太郎名義)。 北海道小樽市で、荒巻山の名前の元になった、採石業を営む荒巻家に生まれる。荒巻によると荒巻家は平将門一門の末裔であり、両親は母方の祖父が小樽市色内町(現在の稲穂)で開いていた一万坪の採石場を継ぐため水戸市から移住してきたという。幼少期にはロース幼稚園というミッション系の幼稚園に通っており、その時に触れた聖書の世界観に影響を受ける。
今田 敬一(こんだ けいいち、1896年11月8日 - 19… 今田 敬一(こんだ けいいち、1896年11月8日 - 1981年5月5日)は、日本の画家、童話作家、美術史家、林学者。北海道大学名誉教授。北海道大学では森林気象学関連の研究の他、新島善直の森林美学を継承したと評されている。 画家としては「道展」に創立当時から関わり、1974年には北海道美術協会会長もつとめ、北海道美術界の発展に寄与した。 秋田市で第二子(上に姉があり、長男)として生まれる。父の今田佐吉は養蚕指導者で、父の仕事の都合により1900年から札幌に定住した。北海道師範学校付属小学校(現・北海道教育大学附属札幌小学校)に入学し、水彩画好きな教員の影響を受けて、4-5年生の頃には父に買ってもらった画材により絵を描き始めた。