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宮町 良広(みやまち よしひろ、1960年 - )は、日本の… 宮町 良広(みやまち よしひろ、1960年 - )は、日本の経済地理学者、地域経済学者、福井県立大学地域政策学部教授。長く、大分大学経済学部教授を務め、2026年に定年退職して、4月から福井県立大学に新設された地域政策学部教授に転じた。 宮町は、レギュラシオン理論を消化した立場からの企業活動の事例研究などに取り組んでいる。 北海道札幌市生まれ。北海道札幌南高等学校から名古屋大学に進み、1983年に文学部地理学専攻を卒業して、大学院に進み、1989年に名古屋大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学した。 1989年に大分大学経済学部講師となり、1991年に助教授、2001年に教授へと昇任した。この間、1992年から1993年にかけて文部省在外研究員としてイギリスのマンチェスター大学、2001年から2002年にかけて文部科学省在外研究員としてアメリカ合衆国のペンシルバニア州立大学にて、客員研究員となった。
谷本 雅之(たにもと まさゆき、1959年 - )は、日本の… 谷本 雅之(たにもと まさゆき、1959年 - )は、日本の経済学者。東京大学教授。 専門は近代を中心とした日本経済史。とりわけ織物業を中心とした問屋制家内工業などの在来型産業の経済発展に詳しい。 1978年札幌南高等学校卒業(28期)。1982年東京大学経済学部卒業、1987年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、富山大学経済学部助教授、1997年東京大学経済学研究科助教授、1999年「日本における在来的経済発展と織物業 市場経済と家族経済」で東大経済学博士。2005年同教授。
山崎 亮一(やまざき りょういち、Ryoichi Yamaz… 山崎 亮一(やまざき りょういち、Ryoichi Yamazaki、1957年11月 - )は、日本の農業経済学者、東京農工大学名誉教授。農学博士。 北海道出身。札幌市立啓明中学校卒。1976年北海道札幌南高等学校卒。1986年北海道大学大学院修了、農林水産省入省。1997年までの同省在職中に、農業研究センター(就業構造研究室)と国際農林水産業研究センター(JIRCAS)に勤務。1994年「労働市場の地域特性と農業構造」で北海道大学農学博士。同書で1997年日本農業経済学会奨励賞を受賞する。同書の改訂版が同名の著作集第1巻の第1部に収録されている。フランス政府給費留学生(BGF)として国立農学研究所(INRA)トゥールーズ支所に滞在(1994-1995年)。
斉藤 美彦(さいとう よしひこ、1955年 - )は、日本の… 斉藤 美彦(さいとう よしひこ、1955年 - )は、日本の経済学者。博士(経済学)。イギリスのリーテイル・バンキング研究から、金融政策や中央銀行デジタル通貨(CBDC)にその研究分野を移している。 令和に入ってからも引き続き活動範囲を広げており、2020年4月には自身のYouTubeチャンネル(斉藤美彦チャンネル)を開設した。 さらに2024年の『ホモ・クアンティフィカンスと貨幣』以降は、グレーバーやイネスの議論を参考に貨幣論においてホモ・クアンティフィカンス(数量化するヒト)仮説を提唱し、その普及に尽力している。
高橋 伸彰(たかはし のぶあき、1953年7月31日 - )… 高橋 伸彰(たかはし のぶあき、1953年7月31日 - )は、日本の経済学者。立命館大学国際関係学部教授。専門は、日本経済論、経済政策。北海道三笠市出身。 北海道札幌南高等学校では外岡秀俊、久間十義と同期。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本開発銀行入行。日本経済研究センター経済分析部エコノミスト、通商産業大臣官房企画室主任研究官、日本開発銀行設備投資研究所主任研究員、同行総務部次長などを経て、1999年から2019年まで立命館大学国際関係学部教授。現在は立命館大学名誉教授。武蔵大学教授で同大学学長の高橋徳行は実弟。 日本開発銀行時代の先輩に竹中平蔵がおり、竹中の最初の著書『研究開発と設備投資の経済学 経済活力を支えるメカニズム』には高橋の作成したグラフが無断使用されていたという。
鈴木 春二(すずき はるじ、1947年 - )は、日本の経済… 鈴木 春二(すずき はるじ、1947年 - )は、日本の経済学者。千葉商科大学人間社会学部名誉教授。現代資本主義論を課題とする。 北海道札幌南高等学校から早稲田大学教育学部に入学。1983年、法政大学大学院修了。山田盛太郎の直系の弟子である南克己に師事。恐慌論研究。後、千葉商科大学商経学部専任講師、助教授、教授を経て、2014年より千葉商科大学人間社会学部教授。2010年から2014年まで千葉商科大学商経学部長、2014年から2015年まで千葉商科大学教育革新センター長、2014年から千葉商科大学教育改革センター長、2015年から千葉商科大学副学長、2016年から千葉商科大学基礎教育センター長。
小野 浩(おの ひろし、1943年11月5日 - )は、日本… 小野 浩(おの ひろし、1943年11月5日 - )は、日本の経済学者。北海道大学名誉教授。マクマスター大学招聘教授、ウォーリック大学客員教授なども歴任した。 北海道生まれ。1962年北海道札幌南高等学校卒業。1966年小樽商科大学商学部卒業、日本道路公団入社。1969年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、同博士課程入学。指導教員は倉林義正。奨学金を得て、1975年ブラウン大学大学院経済学研究科修了、経済学博士(Ph.D.)。指導教員はジョージ・ボーツ。同年ブラウン大学大学院ポストドクトラルフェロー。1976年北海道大学経済学部助教授。1979年フルブライト上級研究員(ブラウン大学)。1983年セント・メリーズ大学客員教授。
西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日… 西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日 - 2018年〈平成30年〉1月21日)は、日本の思想家、評論家、経済学者。東京大学大学院修了。秀明大学教授・学頭、東京大学教養学部教授、隔月刊誌『表現者』顧問を歴任。 北海道出身。東大入学後にブントのメンバーとなり、東大自治会委員長として安保闘争に参加した。安保闘争から離脱後は東大大学院で近代経済学を専攻し、横浜国立大学助教授、東大助教授、英米への留学を経て東大教授となる。1980年代から保守の論客として活躍し、東大駒場騒動の際に東大教授を辞職。それ以後は在野の評論家として評論活動を行った。2018年に多摩川にて入水自殺。 1939年(昭和14年)、北海道の南部に位置する山越郡長万部町に生まれる。
川端 俊一郎(かわばた しゅんいちろう、1939年 - )は… 川端 俊一郎(かわばた しゅんいちろう、1939年 - )は、日本の経済学者、北海学園大学名誉教授。学校法人北海学園元理事。北海道生まれ。 専門は、当初は農業経済学で、次いで経済政策・マーケティング、さらに建築史及び意匠・仏寺関連の歴史と多岐にわたる。特に、南朝尺と法隆寺に関する研究を手がける。恩師は高倉新一郎
唯是 康彦(ゆいぜ やすひこ、1928年-)は、日本の経済学… 唯是 康彦(ゆいぜ やすひこ、1928年-)は、日本の経済学者で、千葉経済大学客員教授。専門は、農業経済学、食糧問題。70~80年代の日本の農業政策に大きな影響を及ぼし、特に自由化論者の代表として知られる。農水大臣の候補に挙がったこともしばしば。
早川 泰正(はやかわ やすまさ、1918年1月21日 - 2… 早川 泰正(はやかわ やすまさ、1918年1月21日 - 2010年12月26日)は、日本の経済学者。北海道大学名誉教授。第5代千葉商科大学学長。 北海道札幌市生まれ。1935年札幌第一中学校(現北海道札幌南高等学校)卒業。1941年東京商科大学(現一橋大学)卒業。杉本栄一ゼミ出身。同年末永隆甫とともに企画院嘱託となる。同年東京商科大学経済研究所員。1947年北海道大学法文学部助教授。1957年北海道大学経済学部教授。1960年理論・計量経済学会理事。1961年北海道同大学経済学博士。1965年北海道大学経済学部長。1968年北海道地方労働委員会公益委員、北海道開発委員会委員。1969年北海道地方最低賃金審議会委員。
林 茂司(はやし しげじ、1912年3月29日 - 1984… 林 茂司(はやし しげじ、1912年3月29日 - 1984年2月8日)は、日本の経済学者。専門は労働経済学。元札幌商科大学学長。 1912年、北海道勇払郡早来町(現・安平町)生まれ。1929年北海道庁立札幌第一中学校(後の北海道札幌南高等学校)を卒業。1932年第二高等学校文科甲類卒業。1936年に東京帝国大学経済学部卒業し、満州国財政部に勤務する。その後終戦前に、北海道に戻り、産業復興会議北海道幹事となった。 戦後は北海道札樽工業地帯調査会事務局長などを経て、1952年北海道立総合経済研究所(北海道庁研究機関)に入所。1962年より北海道立総合経済研究所研究第2部長。1967年には北海道立総合経済研究所副所長。
高岡 周夫(たかおか かねお、1909年5月2日 - 200… 高岡 周夫(たかおか かねお、1909年5月2日 - 2005年1月31日)は、日本の統計学者・経済学者。経済学博士(北海道大学)。元北海学園大学学長代理・北海学園大学名誉教授。 この他、経済統計学会全国運営委員や北海道経済学会理事でもあった。 経営学を小島昌太郎に師事し、統計学を蜷川虎三に師事する。 父は第三代北海道帝国大学総長の高岡熊雄であり、叔父に高岡直吉がいる。夫人は世界的外科医であり九州大学医学部教授を務めた三宅速の娘。兄弟に北海道大学名誉教授の高岡道夫・北星学園大学名誉教授の高岡英夫がいる。
高倉 新一郎(たかくら しんいちろう、1902年11月23日… 高倉 新一郎(たかくら しんいちろう、1902年11月23日 - 1990年6月7日)は、日本の農業経済学者・歴史学者。北海道大学名誉教授。農業経済学・北海道史・アイヌ文化史で業績がある。 1902年、北海道帯広市で実業家・高倉安次郎の子として生まれた。札幌中学校(現北海道札幌南高等学校)で学び、1920年に北海道帝国大学入学した。農学部教授であった高岡熊雄に師事し、農政学植民学を学んだ。1926年、北海道帝国大学農学部農業経済学科を卒業。 卒業後は同年より、北海道帝国大学農学部副手に就き、1927年に助手、1936年に植民学講座の助教授に就任した。1945年、北海道帝国大学に学位論文『アイヌ政策史』を提出して農学博士号を取得。
中島 九郎(なかじま くろう、1886年3月5日 - 195… 中島 九郎(なかじま くろう、1886年3月5日 - 1959年)は、日本の農学者・経済学者。農学博士。北海道大学名誉教授。札幌短期大学学長事務取扱。佐賀県出身 1910年東北帝国大学農科大学助手、1912年同助教授を経て、1922年北海道帝国大学農学部教授(農政学・農業経済学を担当) この他、北海学院兼任教授も務めた。 大正から昭和前期にかけて農政学の第一人者。農業経済学にも精通。恩師は、上原轍三郎。また、北大史のパイオニアで、『北海道帝國大學沿革史』という北大の通史編集や『佐藤昌介』等の北大著名人の人物伝を執筆した。