スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
石田 健佑(いしだ けんすけ、1997年6月23日 - )は… 石田 健佑(いしだ けんすけ、1997年6月23日 - )は、日本の政治家。秋田県大館市長(1期)。元大館市議会議員(1期)。 秋田県大館市出身。父親の転勤により幼稚園年長で青森県青森市へ。青森市立南中学校、青森県立青森工業高等学校を卒業。卒業後は東京地下鉄株式会社で勤務した後、一般社団法人DMMアカデミー入社、DMM.com経営企画室等で勤務。その後20歳で渋谷にてIT・マーケティング事業を行う株式会社LaTierを起業したが、僅か半年で失敗した。同タイミングで祖父が体調を崩したことを祖母から聞き、故郷大館市へと帰郷。慶応義塾大学環境情報学部のAO入試<2018年9月第1学年入学者選考>において合格するも、入学金を払えずに断念。
三上 匠(みかみ たくみ、1990年5月15日 - )は、日… 三上 匠(みかみ たくみ、1990年5月15日 - )は、日本の元ラグビー選手。 15歳からラグビーを始めた。 2009年、青森工業高校卒業後、東海大学に入る。なお青森工業高校時代、高校日本代表に選ばれた。 2013年、東海大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツに加入。 2014年12月13日に行われたジャパンラグビートップリーグ2nd第3節の神戸製鋼コベルコスティーラーズ戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。 2021年5月、現役を引退した。現役中に二級建築士の資格を取得しており今後は家業を継いで建築業界へ進む予定。
千島 和憲(ちしま かずのり、1988年8月3日 - )は、… 千島 和憲(ちしま かずのり、1988年8月3日 - )は、日本の元ラグビー選手。 16歳からラグビーを始めた。 2007年、青森工業高校卒業後、東海大学に入る。なお東海大学時代の同級生には木津武士、リーチマイケル、森川海斗らがいる。 2011年、東海大学卒業後、三洋電機ワイルドナイツ(現・パナソニック ワイルドナイツ)に加入。 2014年12月28日に行われたジャパンラグビートップリーグ2nd第5節のサントリーサンゴリアス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2018年、現役を引退した。
三上 正貴(みかみ まさたか、1988年6月4日 - )は、… 三上 正貴(みかみ まさたか、1988年6月4日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン東芝ブレイブルーパス東京に所属するラグビーユニオン選手。 青森工業高校時代の2006年、後に東海大学および東芝ブレイブルーパスでチームメイトとなる、マイケル・リーチ らとともに、高校日本代表(高校ジャパン)選手に選出される。東海大学では2年時よりレギュラーの座を掴み、3年の時に、第46回大学選手権 で準優勝、4年時となる第47回の同大会でもベスト4をそれぞれ経験したが、いずれの大会も帝京大学に敗れた。 2011年、東芝ブレイブルーパス (現・東芝ブレイブルーパス東京)に加入。同年12月25日に行われたジャパンラグビートップリーグ第8節の神戸製鋼コベルコスティーラーズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。
田辺 清(たなべ きよし、1940年10月10日 - )は、… 田辺 清(たなべ きよし、1940年10月10日 - )は、日本の元プロボクサー。青森県青森市出身。1960年ローマオリンピックのフライ級銅メダリスト。不運な判定により五輪金メダルを懸けた決勝進出を妨げられ、プロ転向後は技術とパワーのバランスの取れた逸材として世界王座を嘱望されたが、世界挑戦を前に網膜剥離を発症し無敗のまま引退。 1958年、青森工業高校でボクシングを始め、高校日本一となった。 中央大学に進学。大学でアルバイトをしながら競技に打ち込み、国内タイトルを総なめにする。2年後輩に1964年東京オリンピック・バンタム級金メダリストとなった桜井孝雄がおり、公式戦では2度戦い、いずれも田辺が勝利。
勝木敏之(かつき としゆき、1933年 - )は、青森県出身… 勝木敏之(かつき としゆき、1933年 - )は、青森県出身の元俳優。本名は長内章蔵。昭和30年代に放送されて人気を博した連続テレビドラマ『快傑ハリマオ』のハリマオ役として知られる。 1933年、青森市に生まれる。 1952年、青森県立青森工業高等学校電気科を卒業後、日本大学芸術学部映画学科に進学。 1956年、劇団俳優座の演劇研究所付属俳優養成所の第8期生となる。同期には山﨑努・水野久美・山本耕一・河内桃子・柳川慶子などがいる。 1960年から1961年まで日本テレビ系列で放送された宣弘社製作のテレビドラマ『快傑ハリマオ』では、一般公募による200人の中から主役に選ばれてハリマオを演じた。芸名は、LP「なつかしの少年映画名作劇場 快傑ハリマオ」に寄せた安井ひさしの紹介によると、宣弘社社長の小林利雄が自分の名前の「利」を「敏」に変えて命名したと言う。
成田 千空(なりた せんくう、1921年3月31日 - 20… 成田 千空(なりた せんくう、1921年3月31日 - 2007年11月17日)は、日本の俳人。青森県青森市出身。本名は力(ちから)。 青森工業学校(現・青森県立青森工業高等学校)卒業。上京して富士航空計器株式会社に就職するが、肺結核に罹患し帰郷。療養中に文学への関心を深めるなかで俳句に傾倒していく。郷土俳句を提唱する高松玉麗(たかまつぎょくれい)主宰の俳句結社「松濤社」(しょうとうしゃ)に入会するも1年余りで退会。1943年、幹事の吹田孤蓬(すいたこほう)に誘われ青森俳句会に参加する[要出典]。超結社の同人組織である青森俳句会は「俳句論から必ず文学論や芸術論になる」楽しい句会で、若い千空は自由闊達な空気を感じながら養分を吸収した。