野田頭 美穂(のたがしら みほ、1983年8月17日 - )… 野田頭 美穂(のたがしら みほ、1983年8月17日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・クロスカントリー。2004年ベルギー世界クロスカントリー選手権大会日本代表、2007年モンバサ世界クロスカントリー選手権大会日本代表。元ワコール所属。青森県上北郡東北町出身。青森県立野辺地高等学校卒業。
青森県立野辺地高等学校:6人
野田頭 美穂(のたがしら みほ、1983年8月17日 - )… 野田頭 美穂(のたがしら みほ、1983年8月17日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・クロスカントリー。2004年ベルギー世界クロスカントリー選手権大会日本代表、2007年モンバサ世界クロスカントリー選手権大会日本代表。元ワコール所属。青森県上北郡東北町出身。青森県立野辺地高等学校卒業。
吹越 満(ふきこし みつる、1965年2月17日 - )は、… 吹越 満(ふきこし みつる、1965年2月17日 - )は、日本の俳優。(株)ジュ・デテストゥ・レ・コンコンブル(ジュデコン)所属。 青森県上北郡東北町出身。東北町立乙供中学校、青森県立野辺地高等学校卒業。 1984年7月、劇団WAHAHA本舗に参加する。ソロパフォーマーとしても活躍し、舞台では下ネタや少し下品でお馬鹿なコントや劇、テレビでは映画『ロボコップ』の一人芝居をする「ロボコップ演芸」やビートたけしのものまねなどで『ボキャブラ天国』などに出演した。納豆のCMではヴァイオリンの音に合わせ納豆をこねる芸を披露した。1999年1月にWAHAHA本舗を退団。多くの舞台、映画、テレビドラマに出演するほか、1989年から始めた『フキコシ・ソロ・アクト・ライブ』と題するソロパフォーマンス公演を数年に1本程度のペースで続けている。
仲野 博子(なかの ひろこ、1959年3月3日 - )は、日… 仲野 博子(なかの ひろこ、1959年3月3日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、根室市議会議員(3期)、農林水産大臣政務官を歴任。 青森県上北郡横浜町出身。イカ釣り漁師の家に3人姉弟の長女として生まれた。青森県立野辺地高校を経て弘前学院大学文学部英米文学科を卒業後、結婚を機に北海道根室市に転居する。中学校の臨時講師を経て、24歳の時に英語塾「仲野塾」を開設。 1989年、根室市議会選挙に無所属で出馬し、当選。以後3回連続当選。 根室市議会では社民党の市議会会派である社会クラブに属していたが、政党再編の流れを受け1997年3月末の社民党党員会議で個々の判断で社民党にとどまるか民主党に入党するという方針が確認された。
小桧山 哲夫(こひやま てつお、1922年(大正11年)5月… 小桧山 哲夫(こひやま てつお、1922年(大正11年)5月10日 - 1997年(平成9年)10月23日)は、日本の政治家。青森県三沢市長(3期)。 青森県上北郡三沢村(のち大三沢町、現在の三沢市)出身。1940年(昭和15年)旧制青森県立野辺地中学校(現在の青森県立野辺地高等学校)卒。卒業後は大湊要港部建築部に就職。太平洋戦争の悪化により、陸軍に召集され、旧満州に派遣される。現地で終戦を迎え、ソ連軍によりシベリアに抑留される。1948年(昭和23年)に帰国し、大三沢町役場に就職する。 大三沢町役場は市制施行により、三沢市役所となる。小桧山は市総務課長、収入役を経て、1970年(昭和45年)青森県議会議員選挙に出馬するため三沢市役所を退職した。
川島 雄三(かわしま ゆうぞう、1918年2月4日 - 19… 川島 雄三(かわしま ゆうぞう、1918年2月4日 - 1963年6月11日)は、日本の映画監督。 青森県下北郡田名部町(現在のむつ市)生まれ。家は代々伝わる商家(酒屋)で、もともとは近江商人の出。父・徳蔵、母・ヨシの三男として生まれる。ヨシは下北半島の大畑八幡神社の娘で、川島が5歳のとき死亡。その後は義母に育てられる。運動は駄目だったが、成績優秀で本を読むのが好きな子供だった。 青森県立野辺地中学校(現:青森県立野辺地高等学校)卒業。明治大学専門部文科文芸科に入学、学生時代は映画研究部に在籍。大学卒業後、松竹大船撮影所監督部に入社。撮影所前の松尾食堂に入り浸り、居候となる。食堂の娘と縁談話が持ち上がったが、子供を作れない体であることを理由に断る。
北村 正哉(きたむら まさや、1916年 <大正5年> 5月… 北村 正哉(きたむら まさや、1916年 <大正5年> 5月3日 - 2004年 <平成16年> 1月26日)は、日本の政治家。青森県で県議会議員・副知事を各3期、その後知事を4期にわたって務めた。位階は正四位。 正哉の哉の文字は、本来は旁にノが付かないものだが、異体字でコンピュータ上で表現できないケースがあるため、「〓」として註釈するか、「哉」で代用するか、「まさや」とひらがなで表記されるケースがある。 上北郡三沢村(現・三沢市)で、牧場主の長男として生まれた。先祖の北村豊三は元会津藩士で、会津戦争敗北後に同藩が斗南藩として現在のむつ市へ転封された際に移住し、広沢安任と共に日本初の西洋式牧場である「開牧社」の経営に参加した。