スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
横澤 高徳(よこさわ たかのり、1972年3月6日 - )は… 横澤 高徳(よこさわ たかのり、1972年3月6日 - )は、日本の政治家、元パラリンピック選手。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。 岩手県紫波郡矢巾町生まれ。矢巾町立不動小学校、矢巾町立矢巾中学校卒業。 1990年3月、岩手県立盛岡工業高等学校卒業。同年、テストライダーとしてスズキに就職。1995年にモトクロス国際A級ライセンスを取得。全日本モトクロス選手権などに参戦。 1997年、練習中の事故で脊髄を損傷。車いす生活となる。 リハビリ中に出合ったチェアスキーに魅せられ、2010年バンクーバーパラリンピックにアルペンスキー日本代表として出場した。 2019年2月1日、日本共産党・自由党・社会民主党・国民民主党の4党県組織の会合で、自由党が横澤を次期参院選岩手県選挙区の統一候補に推薦。
柳村 純一(やなぎむら じゅんいち、1950年(昭和25年)… 柳村 純一(やなぎむら じゅんいち、1950年(昭和25年)10月16日 – )は、日本の政治家。元岩手県滝沢村(現在の滝沢市)長(3期)。元滝沢村議会議員(3期)。 岩手県滝沢市出身。岩手県立盛岡工業高等学校卒。卒業後は京成電鉄に入社、京成電鉄時代には労働組合に入り、日本社会党に入党した。 その後帰郷し、1979年に滝沢村議会議員に日本社会党公認で立候補し、当選する。村議を3期12年務める。2回目と3回目の村議選ではいずれもトップ当選だった。同村農業委員を経て、1991年の滝沢村長選挙に立候補したが、落選した。2度目の挑戦となる1994年滝沢村長死去による村長選挙に立候補し、6人の争いを制して初当選する。
田村 正彦(たむら まさひこ、1948年(昭和23年)2月5… 田村 正彦(たむら まさひこ、1948年(昭和23年)2月5日 - )は、日本の政治家。岩手県八幡平市長(4期)。元岩手県議会議員(3期)、元西根町議会議員(2期)。 岩手県平舘村(現・八幡平市)出身。岩手県立盛岡工業高等学校卒業。1970年(昭和45年)3月、駒澤大学経済学部経済学科卒業。同年4月、岩手県農業共済組合連合会に就職。1989年(平成元年)9月、同連合会を退職し西根町議会議員に就任。1993年(平成5年)9月、再選。1995年(平成7年)4月、西根町議会議員を辞職し、岩手県議会議員に就任。1999年(平成11年)4月、再選。2003年(平成15年)4月、3期目の当選。 2005年(平成17年)9月1日、西根町、松尾村、安代町が合併し八幡平市が誕生する。
中里 信男(なかさと のぶお、1927年7月10日 - 20… 中里 信男(なかさと のぶお、1927年7月10日 - 2013年7月15日)は、青森県の政治家。青森県議会議員、元八戸市長で淀地区顧問。 盛岡工業学校機械科を卒業後、日本砂鉄に就職。1954年に東北建機工業所(後に東北建機工業)を設立した。1967年に八戸市議会議員に初当選し、青森県議会議員を経て1985年(昭和60年)11月の市長選で現職秋山皐二郎に敗れるも、1989年(平成元年)11月に初当選を果たす。3期務め、長期政権を築いた市長と短命に終わった市長とで繰り返す交代の例外となった。市長在任中は八戸市医師会に距離を置かれつつあった日本共産党候補のみ対抗馬として立候補していたため、八戸戦争は休戦に至った。
中嶋 英夫(なかじま ひでお、1920年(大正9年)10月2… 中嶋 英夫(なかじま ひでお、1920年(大正9年)10月26日 - 1988年(昭和63年)4月18日)は、昭和期の労働運動家、政治家。衆議院議員。中島と表記される場合がある。 青森県三戸郡三戸町で、中嶋武兵の息子として生まれる。小学校4年次に母の実家の所在地・盛岡市に転居した。1940年(昭和15年)岩手県立盛岡工業学校(現岩手県立盛岡工業高等学校)土木科を卒業し、日本鋼管(現JFEスチール・JFEエンジニアリング)に入社し川崎製鉄所で勤務した。 1946年(昭和21年)1月、日本鋼管労働組合の発会式で書記長に選出され、以後、川崎市労働組合協議会議長、鉄鋼産業労働組合連合会副執行委員長、日本鋼管労働組合執行委員長などを務めた。
及川 舜一 (おいかわ しゅんいち、1914年 <大正3年>… 及川 舜一 (おいかわ しゅんいち、1914年 <大正3年> 2月14日 - 1999年 <平成11年> 3月11日) は、日本の地方政治家。岩手県一関市長(3期)。位階は正六位。 岩手県東磐井郡大東町(現・一関市)生まれ。1931年岩手県立工業学校(現・岩手県立盛岡工業高等学校)卒。卒業後は岩手県庁に入る。一関、大船渡、水沢各土木事務所長、一関市建設部長、同助役を経て、1983年一関市長に当選する。 当選後は岩手県市長会監事、一関地方衛生組合管理者、三陸地方地域産業開発促進協議会会長、一関地区土地開発公社理事長、北上川上流改修期成同盟会会長などを歴任した。北上川の改修や一関遊水地事業を進めた。
石川 金次郎(いしかわ きんじろう、1897年〈明治30年〉… 石川 金次郎(いしかわ きんじろう、1897年〈明治30年〉1月14日 - 1953年〈昭和28年〉3月24日)は、日本の政治家、社会運動家、弁護士。衆議院議員(4期、日本社会党)。 国家社会主義の活動家だった石川準十郎は実弟。子息の石川克次郎は、弁護士で民主社会党結成に参加した。 岩手県岩手郡玉山村大字日戸(現在の盛岡市近郊)に比較的裕福な家庭に生まれる。1907年(明治40年)日戸小学校を卒業(四年制)。後、義務教育年限延長により王仁小学校に通学。1909年(明治42年)王仁小学校尋常科を卒業、盛岡市立高等小学校に進学。1911年(明治44年)岩手県立工業学校(現・岩手県立盛岡工業高等学校)機械科に進学、1914年(大正3年)同校を卒業。