スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
阿部 卓也(あべ たくや、1978年7月5日 - )は、日本… 阿部 卓也(あべ たくや、1978年7月5日 - )は、日本のデザイナー、メディア論・デザイン史研究者。デザイナーとしては『仮面ライダークウガ』 などのクリーチャーやキャラクターデザイン、書籍や装幀デザインで知られる。 フランスのポンピドゥーセンターIRI招聘研究員、東京大学特任講師などを経て、2017年より愛知淑徳大学創造表現学部メディアプロデュース専攻准教授。2026年4月より同・教授。 岩手県北上市出身。岩手県立黒沢尻北高等学校、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。東京大学大学院修士課程修了、同博士課程単位取得満期退学。博士(学際情報学)。武蔵野美術大学在学中に『仮面ライダークウガ』に携わり、グロンギ怪人やリント文字などのデザインを担当。
鈴木 正朝(すずき まさとも、1962年 - )は、日本の法… 鈴木 正朝(すずき まさとも、1962年 - )は、日本の法学者(個人情報保護法)。新潟大学大学院教授(情報法・法情報学)、一般財団法人情報法制研究所理事長。堀部政男に師事。 岩手県北上市出身。岩手県立黒沢尻北高等学校卒業、中央大学法学部卒業。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了、修士(法学)、情報セキュリティ大学院大学大学院情報セキュリティ研究科博士後期課程修了、博士(情報学)。 社団法人情報サービス産業協会、ニフティ株式会社を経て、2005年より新潟大学教授。法学部、大学院実務法学研究科(法科大学院)、大学院現代社会文化研究科を担当。2016年、一般財団法人情報法制研究所を立ち上げ、理事長。
鄭 大均(てい たいきん(정대균、チョン・テギュン、Chun… 鄭 大均(てい たいきん(정대균、チョン・テギュン、Chung Daekyun)、1948年4月8日- )は、日本の東洋学の学者。東京都立大学名誉教授。専攻は東アジアのナショナル・アイデンティティ、日韓関係論、第12回大平正芳記念賞を受賞。 岩手出身。父親は1922年、当時の京城から東京にやってきた朝鮮人で、1923年に出版され、朝鮮人によって書かれた最初の日本語小説として知られる『さすらひの空』の著者で、皇道思想家の鄭然圭である。母親は岩手県和賀郡黒沢尻町(現在の北上市)出身。結婚してしばらくは東京に住んでいたが、1944年に空襲を避けて岩手県に疎開。大均はその地で戦後に生まれた。 岩手県立黒沢尻北高等学校、立教大学文学部および立教大学法学部を卒業。
渡辺 嘉二郎(わたなべ かじろう、1944年 - )は日本の… 渡辺 嘉二郎(わたなべ かじろう、1944年 - )は日本の工学者。法政大学名誉教授。専門は、計測工学・制御工学。
藤井 一行(ふじい かずゆき、1933年3月30日 - 20… 藤井 一行(ふじい かずゆき、1933年3月30日 - 2015年12月25日 )は、日本の政治学者、ロシア思想史学者、富山大学名誉教授。 宮城県大崎市生まれ。1951年岩手県立黒沢尻高等学校卒業、東京外国語大学ロシア語学科入学。3年生に進級したあと、肺結核のため2年間休学。1957年同大学卒業。同年、一橋大学大学院社会学研究科入学、金子幸彦に師事。1965年一橋大学大学院博士課程満期退学。1967年、札幌大学外国語学部ロシア語学科助教授。1972年金沢大学教養部助教授(ロシア語)。1978年富山大学人文学部教授(ロシア語ロシア文学コース担当)。1998年、富山大学を定年退官、名誉教授。 19世紀ロシアの民主主義思想、20世紀初頭のロシア・マルクス主義(とりわけレフ・トロツキー)、スターリン主義体制、北朝鮮体制などを研究してきた。
斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年8月13日- 20… 斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年8月13日- 2017年10月20日)は、日本の宇宙物理学者、宮沢賢治研究家。新潟大学名誉教授。岩手県北上市出身。 岩手県立黒沢尻中学校を経て、東北大学理学部卒業、同大学院で1962年、理学博士の学位を取得。博士論文は「夜光発光機構の研究」。オーロラの研究者として南極観測隊(第5次夏隊、1960年 - 1961年)に加わったのち、新潟大学理学部教授を務める[要出典]。 詩人でもあり、詩誌『歴程』同人。宮沢賢治の研究家としても知られ、宮沢賢治学会イーハトーブセンターの設立発起人(1990年)や宮沢賢治イーハトーブ館の初代館長(1992年-1994年)も務めた。
高橋 富雄(たかはし とみお、1921年7月28日 - 20… 高橋 富雄(たかはし とみお、1921年7月28日 - 2013年10月5日)は、日本の日本史学者。東北大学名誉教授。福島県立博物館名誉館長。 東北古代史研究の第一人者である。永年歴史上の謎とされて来た前九年の役の古文書に記述されている阿久利川事件発生地の比定に携わり、地道な郷土史研究と発掘作業により宮城県栗原市志波姫の迫川流域(阿久戸)の地域同定に至った。[要出典] 岩手県北上市生まれ[要出典]。旧制黒沢尻中学校(現岩手県立黒沢尻北高等学校)卒業[要出典]、1943年、東北帝国大学法文学部国史学科卒業。同大学大学院特別研究生を経て、旧制第二高等学校講師。1949年、東北大学教養部講師、その後同大助教授、教授となる。
高橋 延清(たかはし のぶきよ、1914年2月6日 - 20… 高橋 延清(たかはし のぶきよ、1914年2月6日 - 2002年1月30日)は、日本の森林学者。東京大学名誉教授。東京大学の北海道演習林(富良野市)で林長を務め、「森こそ教室」として東京での授業や教授会よりも現場観察を重視し、いつも泥まみれで歩く姿と、自らを「のろまでも、こうだと決めたらこつこつとやる」と亀にたとえていたことから「どろ亀さん」(ドロ亀さん)、「どろ亀先生」」の愛称で、多くの人に親しまれた。 氷雪や雪崩の研究家でエッセイストの高橋喜平は兄、元沢内村長の太田祖電と直木賞作家の高橋克彦は甥である。 1914年(大正3年)、岩手県和賀郡沢内村(現:西和賀町)に生まれる。出生届を出すのに数年かかったので、正確な生年月日は不明という(戸籍上は1914年2月6日生まれ)。