スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
遠藤 大地(えんどう だいち、1999年〈平成11年〉4月4… 遠藤 大地(えんどう だいち、1999年〈平成11年〉4月4日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。宮城県大崎市出身。 大崎市立三本木中学校、宮城県古川工業高等学校卒業。帝京大学陸上競技部に所属していた。 中学校ではバスケットボール部に所属しており、毎年シーズンオフ時に臨時で陸上部として大会に出場していた。元々走ることは好きではなく、当初はモチベーションこそ高くなかったが、3000メートル競走で宮城県中学校総合体育大会陸上競技大会8位と実績を残していた。 高校卒業後に就職を見据えて宮城県大崎市古川(旧・古川市)にある古川工業高校に進み、そこでもバスケをするつもりだったが、古川工業の陸上部の先生から「バスケ部でやるという強い思いがないならうちでやらないか?」と言われ、新しいことに挑戦しようと陸上部に入部した。
藤井 直伸(ふじい なおのぶ、1992年1月5日 - 202… 藤井 直伸(ふじい なおのぶ、1992年1月5日 - 2023年3月10日)は、日本の男子バレーボール選手。元日本代表。 宮城県石巻市雄勝町出身。入学した中学ではスポーツ系のクラブ活動がバレーボール部しかなく、同部へ入部した。大崎市古川(旧・古川市)にある県内のバレーボール強豪校宮城県古川工業高等学校を経て、順天堂大学に進学。大学1年の時に実家が東日本大震災で被災。津波で実家が流され、仮設住宅を転々とした。家族が職を失いバレーを続けられる状況ではなくなったが、大学は藤井ら被災者に学費免除の救済措置を取ったことでバレーを続けることができた。2013年11月にV・プレミアリーグの東レアローズの内定選手となった。
蘇武 幸志(そぶ こうし、1959年1月27日 - )は、元… 蘇武 幸志(そぶ こうし、1959年1月27日 - )は、元男子バレーボール選手。ロサンゼルス五輪全日本男子代表。 宮城県鴬沢町(現栗原市)出身。鴬沢町立細倉中学校(現鴬沢中学校)、大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川工業高等学校電気科、日本体育大学体育学部のバレーボール部で活躍。 日体大時代は、1980年に関東大学リーグ戦春秋優勝、全日本大学選手権準優勝を経験。1978年と1980年に日米対抗に出場。1981年にルーマニアで開かれたユニバーシアードにも出場し3位となった。 1981年4月、実業団富士フイルムへ加入。日本リーグは1982年、1984年、1985年で優勝を経験し、山田修司らと黄金時代を築いた(84~85年は富士フイルム5連覇の最初の2年間)。
いがらし みきお(本名:五十嵐 三喜夫、1955年1月13日… いがらし みきお(本名:五十嵐 三喜夫、1955年1月13日 - )は、日本の男性漫画家。宮城県加美郡中新田町(現:加美町)出身。 幼少期に難聴を患い、現在も難聴が続いている。 宮城県大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川工業高等学校中退後、広告代理店・印刷所勤務を経て、1979年に三流劇画誌『漫画エロジェニカ』に投稿した『80,その状況』で、24歳で漫画家デビューを果たす。 その後、4コマ漫画雑誌に連載された『ネ暗トピア』が大ブレイク。過激なギャグに加え、予想のつかない展開と奇抜なアイディアなど従来の4コマ漫画の世界にない斬新な内容が評判を呼び、その後も『かかってきなさい』『家宝』など多くの連載と単行本を上梓する人気漫画家となった。
高野 ムツオ(たかの ムツオ、1947年7月14日 - )は… 高野 ムツオ(たかの ムツオ、1947年7月14日 - )は、宮城県出身の俳人。本名は高野睦夫。金子兜太の「海程」所属を経て佐藤鬼房に師事、鬼房の跡を継ぎ現「小熊座」主宰。2024年、現代俳句協会会長に就任。 岩ケ崎町(現栗原市)に生まれる。栗駒町立岩ヶ崎中学校、大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川工業高等学校を経て、國學院大學文学部文学科を卒業。小学生のころより父に連れられて句会や吟行会に参加。10歳のころ、初の投句が句会で来町していた阿部みどり女の選に入る。中学時代には『河北新報』のみどり女選の俳句欄に投句、高校時代よりみどり女主宰の俳誌「駒草」に投句した。神奈川県の地方公務員として勤務する傍ら、国学院の夜間部では俳句研究会に入会し機関誌を発行。
原口 證(はらぐち あきら、1945年11月27日 –)は日… 原口 證(はらぐち あきら、1945年11月27日 –)は日本の元技術者(現在は退職)である。円周率の暗記で知られている。 宮城県古川市(現・大崎市古川)の寺院で生まれ育つ。宮城県古川工業高等学校卒業後、東北沖電気工業、日立製作所茂原工場に30年余年勤務した。退職後、円周率の暗記を始め、2004年に当時の世界記録である54,000桁を達成する。その後、同年に記録を68,000桁に伸ばし、2005年に83,431桁、2006年に100,000桁の暗記を達成した。トイレにまでカメラでついていくなど、不正が無いことを証明するため徹底的に記録された。しかし、この記録はギネス・ワールド・レコーズに申請中の段階であり、2017年時点でも正式に認定されていない(インド人のスレシュ・クマール・シャルマの70,030桁が、ギネス世界記録公認の世界記録である)。
勝又 進(かつまた すすむ、1943年12月27日 - 20… 勝又 進(かつまた すすむ、1943年12月27日 - 2007年12月3日[要出典])は、日本の漫画家、イラストレーター。宮城県桃生郡河北町(現:石巻市)出身。 1943年、宮城県百生郡河北町(現:石巻市)に生まれる。父親は生まれてすぐ亡くなったと聞かされて少年時代を過ごす。 1949年8月、母きしえ病死。家を継いだ姉の重子、義兄の栄夫婦に育てられる。 1962年3月、大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川工業高等学校電気科卒業。卒業後は東京の専門商社・日製産業株式会社で電子顕微鏡や理化学機器を研究者に売り込む営業マンとして3年間働いていたが、1965年3月に退職。 1965年4月、東京教育大学物理学科に入学。
蒔野 靖弘(まきの やすひろ)は、日本の漫画家、イラストレー… 蒔野 靖弘(まきの やすひろ)は、日本の漫画家、イラストレーター。別名義に、牧野靖弘やのぎまこと、うにぁぼがある。 東京都出身。宮城県大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川工業高等学校卒、仙台デザイン専門学校卒。仙台のデザイン事務所に在籍してスポーツランドSUGOでYAMAHAの仕事にも従事。石巻の喫茶店で雇われマスターもしていた。血液型はO型。 荒木飛呂彦の後輩にあたり、仙台で執筆していたデビュー作『魔少年ビーティー』にアシスタントとして参加。石巻に住んでいた1980年代に『ペンギンクラブ』でデビュー、デビュー当時はコミックハウスで刊行する雑誌で執筆。同時に司書房や桃園書房などの本にも執筆。