スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
髙橋 成樹(たかはし なるき、1998年12月17日 - )… 髙橋 成樹(たかはし なるき、1998年12月17日 - )は、山形県上山市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 小学校2年の時に上山カメレオンFCでサッカーを始めた。中学校からはモンテディオ山形の下部組織に所属し、6年間プレーした。 2017年より、トップチームに昇格した。2018年、JAPANサッカーカレッジへの育成型期限付き移籍が発表された。2019年、アルビレックス新潟シンガポールへ期限付き移籍。この年に山形、新潟S共に契約満了となった。 2020年1月27日、NPL2(オーストラリア3部相当)のボックスヒル・ユナイテッドSC(英語版)に移籍。同年末に選手を引退した。
工藤 綾乃(くどう あやの、1994年5月7日- )は、日本… 工藤 綾乃(くどう あやの、1994年5月7日- )は、日本の演歌歌手、実業家である。山形県 山形市桧町出身。レーベルはAyano Records(PESOLA RECORDS)、所属は個人事務所の株式会社Sunflower綾乃。 歌手であった母親の影響で幼少期より民謡を習う。その後、数々の民謡大会で優勝し実績を作る。 2010年、高校1年生のときに出場した「弦哲也北区(きた)の演歌座2010」と題した第一回新人発掘オーディションで大賞を受賞し、作曲家・弦哲也の門下生としてレッスンを受ける。 2014年1月29日、「さくらんぼ 恋しんぼ」で徳間ジャパンコミュニケーションズよりデビュー。キャッチフレーズは「山形のひだまり娘」。
工藤 あやの(くどう - 、本名:工藤 綾乃(読み同じ)、1… 工藤 あやの(くどう - 、本名:工藤 綾乃(読み同じ)、1994年5月7日- )は日本の演歌歌手である。山形県出身、154.3cm 血液型O型。所属事務所は株式会社アルデル・ジロー。
春風亭 昇りん(しゅんぷうてい しょうりん、1991年4月5… 春風亭 昇りん(しゅんぷうてい しょうりん、1991年4月5日 - )は、落語芸術協会に所属する落語家。春風亭昇太門下の二ツ目。本名∶須貝 孝広。血液型O型。
安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 -… 安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離走。 山形県山形市出身の陸上競技選手。専門種目は短距離走。山形市立第三中学校入学時から本格的に陸上競技を行う。山形県立上山明新館高等学校3年生時のインターハイ200m走にて全国大会初優勝し、同年の国民体育大会少年A競技400m走でも優勝した。アジア・ジュニア選手権にも400m走に出場し、銅メダルを獲得している。その後、筑波大学に進学。2008年大学2年時には北京五輪代表となり、4×400mリレーに出場した。2009年大学3年時には関東インカレにて、100m走、200m走、4×400mRにてスプリント種目3冠を達成した。
秋葉 勝(あきば まさる、1984年2月19日 - )は山形… 秋葉 勝(あきば まさる、1984年2月19日 - )は山形県出身で日本の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(CMF)。 兄の影響でサッカーに触れるようになり、小学2年次で西一サッカースポーツ少年団に加入して本格的にサッカーを始める。通学先のサッカー部の監督に薦められ、目標とするプロサッカー選手に一番近いという理由から、1999年モンテディオ山形のユースチームに加入した。 2002年、モンテディオ山形ユースよりトップ昇格。同ユース出身者としては白井貞義(2000年トップ昇格)以来、史上2人目。同年4月24日に山形県総合運動公園陸上競技場で開催されたJリーグ2部 (J2) 第11節横浜FC戦にてJリーグにデビューし、2エンドの2004年6月26日に同会場で開催されたJ2第20節湘南ベルマーレ戦にてリーグ初得点を挙げた。
梅津 智弘(うめつ ともひろ、1983年3月3日 - )は、… 梅津 智弘(うめつ ともひろ、1983年3月3日 - )は、山形県上山市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。妻は、タレント・リポーターの若林翔子。 山形県立上山明新館高等学校では2年夏の県大会で全試合に救援登板して準優勝。國學院大學へ入学後、硬式野球部に所属。大学の同期に伊藤義弘がいた。また、2015年に東北楽天ゴールデンイーグルスでチームメイトになった嶋基宏は2学年後輩、聖澤諒は3学年後輩にあたる。 大学2年生だった2002年には、東都大学野球リーグ秋季二部の拓殖大戦で完全試合を達成。2、3年の秋季には、二部で最優秀投手のタイトルを獲得した。二部通算24勝9敗。 2004年のドラフト会議で、広島東洋カープからの6巡目指名を受けて入団した。
最上 一平(もがみ いっぺい、1957年4月11日 - )は… 最上 一平(もがみ いっぺい、1957年4月11日 - )は、日本の児童文学作家。 山形県西村山郡朝日町生まれ。上山農業高等学校(現山形県立上山明新館高等学校)卒。 1985年『銀のうさぎ』(で第18回日本児童文学者協会新人賞受賞。2001年『ぬくい山のきつね』で第41回日本児童文学者協会賞、第19回新美南吉児童文学賞受賞。2010年『じぶんの木』で第21回ひろすけ童話賞受賞。2019年『たぬきの花よめ道中』で第24回日本絵本賞受賞。2024年『じゅげむの夏』で第71回産経児童出版文化賞JR賞、第73回小学館児童出版文化賞受賞。
横戸 長兵衛(よこと ちょうべえ、1947年(昭和22年)1… 横戸 長兵衛(よこと ちょうべえ、1947年(昭和22年)1月23日 - )は、日本の政治家。元山形県上山市長(4期)、元上山市議会議員(4期)。 山形県南村山郡山元村(現上山市)出身。山形県立上山農業高校(現上山明新館高校)卒業。1991年(平成3年)5月、上山市議会議員に初当選。2001年(平成13年)5月、議長に就任。議長を2期4年務めた。2006年(平成18年)12月、市議を辞職。 2007年(平成19年)2月4日に行われた上山市長選挙に自民党・公明党の推薦を得て出馬。元市議の枝松直樹ら3人の候補者との戦いを制し初当選した(横戸長兵衛9,144票、枝松直樹6,117票、奥村博3,785票、門間徹2,274票)。
佐藤 藤三郎(さとう とうざぶろう、1935年(昭和10年)… 佐藤 藤三郎(さとう とうざぶろう、1935年(昭和10年)10月26日 - )は、日本の農家、農業問題評論家、著作家、詩人。 無着成恭の『山びこ学校』の卒業生。上山市の青年学級主事、教育委員、農業協同組合理事などを務める。 山形県南村山郡山元村(現上山市)出身。山元村立山元中学校在学時に無着成恭の教えをうけ、1951年、文集『山びこ学校』に生活記録がのる。 山形県立上山農業高等学校定時制在学中に農民詩を発表。1955年、同校を卒業してからは家業の農業のかたわら、著作活動を続けている。 木村迪夫に影響を与え、詩の道へ進ませるきっかけを作った。
木村 迪夫(きむら みちお、1935年10月9日 - )は、… 木村 迪夫(きむら みちお、1935年10月9日 - )は、日本の農民詩人、文筆家。エッセイスト。ジャーナリスト。 詩誌「山形詩人」代表。農民文学会、現代詩人会会員。 山形県上山市牧野生まれ。本名・廸男。5人兄弟の長男として生まれ、父を小学校4年の時、戦争によって失った。 山形県立上山農業高等学校(後の山形県立上山明新館高等学校)定時制課程卒業。山びこ学校出身の佐藤藤三郎は同級生。高校時代から詩を書き始め、文化祭で登壇した農民詩人の真壁仁による宮沢賢治をテーマにした講演に感銘を受け、卒業式の日、真壁を訪ねて「詩を書き続ける」と誓った。1957年には真壁が創刊した同人誌『地下水』に参加する。 卒業と同時にサクランボの自営農に従事。
武田 幸男(たけだ ゆきお、1934年8月18日[要出典] … 武田 幸男(たけだ ゆきお、1934年8月18日[要出典] - 2021年8月4日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。文学博士。東方学会評議員・東洋文庫研究員・朝鮮学会幹事・史学会会員。専門は朝鮮史、東アジア交渉史。山形県上山市出身。 専攻は朝鮮史(おもに朝鮮古代、高句麗史、古代日朝関係史)。末松保和の研究を継承。広開土王碑の研究で知られ、数多くの拓本を収集。その分析から1970年代に李進熙らの提唱した広開土王碑についての仮説(好太王碑改竄説)や解釈がすべて成り立たないことを論証した学者である。また中国正史に見られる「倭の五王」遣使記事を検討し、当時の倭国の大王が中国王朝に対して「倭」という姓を名乗っていたことを指摘し、古田武彦らの九州王朝説を批判した。