スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
渡邉 美奈(わたなべ みな、1985年9月16日 - )は、… 渡邉 美奈(わたなべ みな、1985年9月16日 - )は、茨城県水戸市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70キロ及び78キロ級。身長162cm。得意技は一本背負投、袖釣込腰。組み手は右組み。段位は参段。血液型はB型。 柔道は9歳の時に茨城武道館で始めた。緑岡中学から土浦日大高校へ進むと、高校選手権70キロ級で2連覇を果たして頭角を現した。なお、高校時代の同級生には2009年の48キロ級世界チャンピオン福見友子がいた。 高校卒業後、コマツに入社して国内外の大会で活躍するも、日本代表にまでは今一歩及ばなかったが、2009年ついに代表の座を手にして世界選手権(オランダ・ロッテルダム)70kg級で3位となった。
福見 友子(ふくみ ともこ、1985年6月26日 - )は、… 福見 友子(ふくみ ともこ、1985年6月26日 - )は、茨城県土浦市出身の日本の元柔道家(女子六段)、柔道指導者。現在はJR東日本女子柔道部コーチを務めている。現役時の階級は48キロ級。得意技は背負投、小内刈、寝技。組み手は左組み。段位は六段。血液型はB型。土浦市立大岩田小学校、土浦市立土浦第六中学校、[武秀館小坂道場]土浦日本大学高等学校、筑波大学卒業。筑波大学大学院修了。JR東日本社員。 2歳の時に父と死別し、8歳の時に柔道を始めた。福見の性格を「自分に厳しいが他人に優しく、人見知りが強い」と母は分析している。 4月、高校2年で出場した全日本選抜柔道体重別選手権大会48kg級の一回戦で、当時65連勝中、対日本人12年間無敗で怪我のため9ヶ月のブランク明けだった田村亮子と対戦し、大内刈りで効果を奪って勝利した。
本郷 光道(ほんごう あきのり、1984年9月4日 - )は… 本郷 光道(ほんごう あきのり、1984年9月4日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。100kg級の選手。身長は184 cm。組み手は左組み。得意技は大内刈。 柔道は父親及び3人の兄の影響で6歳の時に双葉柔道教室で始めた。兄の至道はインターハイ重量級、匡道は学生体重別100kg級でそれぞれ優勝している。愛宕中学から土浦日大高校を経て、2003年には中央大学へ進学すると、1年の時には優勝大会で3位、体重別団体では2位となった。2年の時には学生体重別100kg級の決勝で天理大学の穴井隆将に敗れて2位だった。3年の時には学生体重別決勝で再び穴井に敗れた。4年の時には 講道館杯で3位になった。また、スコットランドで2週間ほど柔道を指導した。
中島 英里子(なかじま えりこ、1981年6月9日 - )は… 中島 英里子(なかじま えりこ、1981年6月9日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級の選手。得意技は寝技。身長164cm。 小学校3年生の時に柔道を始めた。土浦第三中学2年の時には全国中学校柔道大会の48kg級で3位になると、3年の時には優勝を飾った。土浦日大高校2年の時には全日本ジュニアで2位になると、全国高校選手権では優勝した。3年の時には全国女子体重別で優勝を果たした。2000年に筑波大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアと正力杯で優勝を飾った。続く世界ジュニアでは3位だったものの、世界学生では優勝を成し遂げた。2年の時には正力杯で2連覇を達成すると、全国女子体重別でも三井住友海上の真壁友枝を破って、2年ぶり2度目の優勝を飾った。
斉藤 紀江(さいとう のりえ、1978年10月24日 - )… 斉藤 紀江(さいとう のりえ、1978年10月24日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家及びレスリング選手。身長172cm。柔道時代は70kg級と72kg級の選手。レスリング時代は67kg級と72kg級の選手。 柔道の他にレスリングにも取り組むと、土浦日大高校2年の時には全日本選手権の70kg級に出場して、決勝で浜口京子にフォール勝ちを収めて優勝を飾った。柔道では高校選手権72kg級の3回戦で九州学院高校2年の松崎みずほに敗れた。3年の時には金鷲旗の準決勝で福岡工大附属高校と対戦すると、延長戦で61kg級の日下部基栄に技ありで敗れて3位にとどまった。インターハイ団体戦では決勝で一本勝ちするなど、高校生でアトランタオリンピック66kg級代表に選ばれた同級生の一見理沙とともに活躍してチームの優勝に貢献した。
中谷 美保子(なかや みほこ、1978年8月12日 - )は… 中谷 美保子(なかや みほこ、1978年8月12日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。52kg級の選手。 大島中学3年の時に全国中学校柔道大会52kg級に出場するが、決勝トーナメント1回戦で敗れた。土浦日大高校2年の時に全国高校選手権の52kg級決勝で夙川学院高校2年の長谷川円に敗れるも2位になった。3年の時には世界ジュニア代表選考会で長谷川を破って優勝した。続く世界ジュニアでは寝技を中心に決勝まで勝ち上がると、ベルギーの選手との対戦では効果と有効を先取されるものの終盤に一本背負い投げで技ありを取って逆転勝ちでの優勝を飾った。なお、インターハイ団体戦には出場しなかったが、高校生ながらアトランタオリンピックに出場した中谷の同級生の一見理沙などの活躍によりチームも優勝した。
一見 理沙(かずみ りさ、1978年4月24日 - )は、茨… 一見 理沙(かずみ りさ、1978年4月24日 - )は、茨城県ひたちなか市出身の日本の柔道家。階級は63 kg級と66 kg級。身長167 cm。得意技は大外刈。 柔道は大島中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会の56 kg超級で決勝まで進むも、夙川学院中学1年の薪谷翠に横四方固で敗れた。土浦日本大学高等学校に入学後、高校2年の時に全国女子体重別66 kg級で住友海上の木本奈美を判定で破って優勝したことにより、オリンピック代表候補として一躍脚光を浴びることになった。続く全国高等学校柔道選手権大会では決勝で旭川南高校2年の上野雅恵を腕挫十字固で破って優勝した。 3年の時には、選抜体重別の決勝で横浜そごうの松尾徳子を指導で破って優勝したことにより、高校生ながらアトランタオリンピック代表に選出された。
磯崎 祐子(いそざき ゆうこ、1976年12月9日 - )は… 磯崎 祐子(いそざき ゆうこ、1976年12月9日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級及び52kg級の選手。身長156cm。得意技は寝技。 10歳の時に柔道を始めた。大島中学3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級で2位になった。土浦日大高校1年の時には全国高校選手権で決勝まで進むものの、福岡工大付属高校2年の田村亮子に0-3の判定で敗れた。2年の時には選抜体重別で3位になった。強化選手選考会では決勝で埼玉大学の長井淳子に敗れた。全国高校選手権では準々決勝で敗れた。3年の時には世界ジュニアに出場するものの5位に終わった。筑波大学へ進むと、1年の正力杯では長井に敗れて2位だった。
外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は… 外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は72kg超級及び78kg級の選手。身長164cm。体重84kg。 柔道は明光中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級の準決勝で阿武教子と対戦するが、送襟絞で敗れて3位だった。土浦日大高校へ進むと、2年の全国高校選手権72kg超級決勝では柳川高校2年の阿武に注意で敗れた。3年の選抜体重別では準決勝で阿武に判定で敗れて3位だった。金鷲旗決勝の柳川高校戦では副将として大将の阿武と対戦するが、あと10秒守りきれば引き分けとなってチームが優勝するという場面で注意を与えられると、終了1秒前には内股で投げられた。
小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 -… 小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 - )は、日本の元男性総合格闘家、柔道家。茨城県出身。土浦日本大学高等学校、国際武道大学卒業。NEO JUDO ACADEMEY 小見川道場主宰。 小学校1年から柔道を始める。土浦日大高校では、同じ柔道部所属の桜井"マッハ"速人、レスリング部の宮田和幸と同級生であった。国際武道大学時代には野村忠宏、中村行成に勝利したこともある。同じ吉田道場所属だった中村和裕は大学の後輩にあたる。大学卒業後は、綜合警備保障で柔道を続けた。1998年2月、ハンガリー国際66kg級優勝、2002年1月、日本国際66kg級優勝、8月柔道ワールドカップ国別団体選手権大会で決勝戦では巴投で一本勝ちし金メダルを獲得。
塚田 真希 は、茨城県下妻市出身の女性柔道家。土浦日大高校を… 塚田 真希 は、茨城県下妻市出身の女性柔道家。土浦日大高校を経て東海大学卒業。綜合警備保障教育・訓練部所属。2004年アテネオリンピック柔道女子78kg超級金メダリスト。身長170cm。体重は125kg。血液型はA型。得意技は大外刈り。段位は四段。ニックネームはツマキ、つかちゃん。なお、63kg級でオリンピック2連覇を達成した谷本歩実からはマキティと呼ばれている。