スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
ゴルゴ松本(ゴルゴ まつもと、本名:松本政彦〔まつもと まさ… ゴルゴ松本(ゴルゴ まつもと、本名:松本政彦〔まつもと まさひこ〕、1967年〈昭和42年〉4月17日 - )は、日本のお笑いタレント、漢字研究家、法務省矯正局矯正支援官。お笑いコンビ「TIM」のメンバーで、ボケ担当。 「悪役商会」の元メンバー。 埼玉県深谷市(旧:大里郡花園町)出身。ワタナベエンターテインメント所属。血液型はA型、身長167cm。深谷市親善大使。 老若男女問わず笑せることができる一発ギャグ、「命」「炎」などの「人文字ギャグ」で人気を博す。顔のインパクトを活かした「顔芸」も得意としている。かつてはモヒカンヘアでチョビヒゲを生やしており、さまぁ〜ずの大竹一樹に「ひげキューピー?お前ひげキューピー?」と訊かれたことがある。
原口 哲也(はらぐち てつや、1967年4月14日 - )は… 原口 哲也(はらぐち てつや、1967年4月14日 - )は、埼玉県熊谷市出身の元プロ野球選手(投手)である。 熊谷商業高では1985年の春のセンバツに出場。チームメイトにはお笑いコンビ「TIM」のゴルゴ松本(三塁ベースコーチ)がいた。 同年のプロ野球ドラフト会議で西武ライオンズから3位指名を受け入団。 プロ3年目の1988年に一軍初出場を果たすが、出場機会は増えずに1993年オフに自由契約となり退団、翌1994年に福岡ダイエーホークスに移籍するが、一軍出場機会はなく同年限りで現役を引退した。 現在は地元の熊谷市で焼き鳥屋(居酒屋32)を経営する傍ら、かつてのチームメイトである大久保博元が開講した野球教室「デーブベースボールアカデミー」にて非常勤講師も務めている。
渋谷浩(しぶたに ひろし、1967年4月6日 - )は、福岡… 渋谷浩(しぶたに ひろし、1967年4月6日 - )は、福岡県出身の元卓球選手。同じカットマンの松下浩二と共に永年日本代表で活躍した。1999年の全日本卓球選手権大会で偉関晴光を破り悲願の初優勝を遂げた。 武蔵野市立第三中学校、熊谷商業高等学校、明治大学出身。関東学生リーグでは史上最多タイの36勝をマークした。明治大学卒業後は、川崎製鉄の実業団チームでプレーした。廃部後は、日産自動車に所属し、陳龍燦、高志亮とともに常勝時代を築いた。また男子日本代表として世界卓球選手権に1987年から2000年までの7大会連続(1999年の個人戦と2000年の団体戦は1つの大会と数えた場合)出場した。オリンピックにもバルセロナオリンピック、アトランタオリンピック、シドニーオリンピックの3大会連続出場している。
岩崎 清信(いわさき きよのぶ 1967年1月30日- )は… 岩崎 清信(いわさき きよのぶ 1967年1月30日- )は日本の元卓球選手。1996年に全日本卓球選手権を制覇している。五段。 埼玉県立熊谷商業高等学校で吉田安夫の指導を受けた。専修大学に進学、関東学生卓球リーグでは4年間で36勝4敗の成績を残した。1988年の全日本学生卓球選手権で準優勝している。専修大学を卒業後、日産自動車に入社し社会人選手とし活躍、1993年の全日本社会人卓球選手権で優勝した。1996年には全日本卓球選手権で優勝した。1997年のジャパントップ12卓球大会でも優勝している。 卓球選手として引退後同社を退職しタマスに入社した。 所属は総務部だが卓球の振興のため全国各地で学生等の技術指導も行っている。
渡辺 武弘(わたなべ たけひろ、1961年12月16日 - … 渡辺 武弘(わたなべ たけひろ、1961年12月16日 - )は、日本の元卓球選手、卓球指導者。福岡県山門郡大和町(現柳川市)出身。戦型は左ペンホルダードライブマン。 熊谷商業高校から明治大学、協和発酵(現・協和発酵キリン)に進んだ。1988年ソウルオリンピック、1992年バルセロナオリンピックの2回オリンピックに出場、世界卓球選手権には1983年から1991年まで4度日本代表に選ばれて出場した。1991年の全日本卓球選手権では、渋谷浩を破りシングルス優勝を果たした。その後いったんは卓球界から離れ、酒類関係の営業職に就いた。 2011年4月、中部大学准教授に就任し、卓球の指導を行う。 2021年10月、卓球女子ナショナルチームの監督に就任した。
栗原 雅樹(くりはら まさき、1960年8月27日 - )は… 栗原 雅樹(くりはら まさき、1960年8月27日 - )は、埼玉県出身のプロゴルファー。 熊谷商高時代の1978年には日本ジュニアで優勝し、専修大学時代の1979年には関東学生で同大学の羽川豊と並ぶ3位タイに入り、1984年にプロ入りする 。 1984年のNST新潟オープンでは初日を河野高明・尾崎健夫・新井規矩雄・井上幸一・藤木三郎・平林孝一と共に67の6位タイでスタートし、2日目も平林と共に67で安田春雄・飯合肇に次ぐ3位タイに着け、3日目も68をマークしたが、最終日には藤木・井上・安田・前田新作・高橋勝成・文山義夫に次ぐと同時に飯合・金井清一・海老原清治・白石達哉・安達典夫を抑えて7位に入った。
君波 隆祥(きみなみ たかよし、1958年7月20日 - )… 君波 隆祥(きみなみ たかよし、1958年7月20日 - )は、埼玉県熊谷市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。1993年のみ登録名「君波 威嘉」(読み同じ)。 熊谷商業高では、1975年秋季関東大会県予選準々決勝に進むが、春日部高にコールド負け。1977年に卒業後は中央大学に進学。1年上に大学日本代表捕手の長井研介(本田技研)がおり、3年生までは外野手も兼ねる。東都大学野球リーグでは1年上のエース香坂英典を擁し、1979年春季リーグに優勝。同年の全日本大学野球選手権大会では決勝で早大を降し優勝している。大学同期に高木豊のほか、末次秀樹捕手などがいる。 1980年オフに、ドラフト外でヤクルトスワローズに入団。
関口 正巳(せきぐち まさみ、1935年8月13日 - )は… 関口 正巳(せきぐち まさみ、1935年8月13日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手。 熊谷商工高校から1954年に入団。 1955年に大洋ホエールズへ移籍。1958年に再び読売ジャイアンツへ移籍し、同年退団した。
森村 誠一(もりむら せいいち、1933年〈昭和8年〉1月2… 森村 誠一(もりむら せいいち、1933年〈昭和8年〉1月2日 - 2023年〈令和5年〉7月24日)は、日本の小説家・作家。元ホテルマンであり、ホテルを舞台にしたミステリー作品を多く発表している。江戸川乱歩賞や日本推理作家協会賞など数々の推理小説の賞を受賞した。 埼玉県熊谷市出身。12歳にして、日本で最後の空襲となった熊谷空襲を体験。のちの「反戦平和」の原体験となる。また、この空爆の情景を書かねばならない、記録したいというのが作家を目指した動機にもなっている。。 埼玉県立熊谷商業高等学校卒業後、伯父の紹介で都内の自動車部品会社に勤めるが、商品を輸送中に神田駿河台の坂を車が登れず困っていたところを明治大学生に助けられ、大学生になるのもよいと考え、青山学院大学文学部英米文学科に進学。
曽根 康治(そね こうじ、1928年11月14日 - 198… 曽根 康治(そね こうじ、1928年11月14日 - 1981年4月27日)は、日本の柔道家(講道館8段)。 1958年の世界選手権で優勝。得意技は内股や大外刈など。 埼玉県大里郡寄居町出身。父親が柔道6段、叔父がのち柔道9段の曽根幸蔵、兄も有段者という柔道一家に生まれる。7歳の時に地元・寄居町にて、長谷吉重郎(講道館8段)が館主を務める明道館に入門。 県立熊谷商業高校を卒業後は明治大学に進学し、入学直後には当時まだ少なかった3段に昇段した。しかし1・2年生の頃の柔道部はGHQの圧力で武道は禁止されていたため稽古を大っぴらにはできず、“第2レスリング部”と称する柔道同好者の集いに過ぎなかった。当時は寮も無く寄居から駿河台の校舎まで電車に2時間半揺られて通学していたが、3年生になりようやく“柔道部”が創設されて葛飾区の堀切に白雲寮ができるとそちらに移り住んだ。
森田 重郎 (もりた じゅうろう、1922年(大正11年)4… 森田 重郎 (もりた じゅうろう、1922年(大正11年)4月14日 - 1990年(平成2年)9月18日)は、日本の実業家、政治家。参議院議員(2期)。 埼玉県秩父市出身。西武自動車秩父営業所長を務めた森田實太郎の長男として生まれる。 埼玉県立熊谷商業高等学校を経て、1946年(昭和21年)に中央大学経済学部を卒業すると近江鉄道に入社。その後国土計画興業、西武鉄道グループの各社で職を転々としつつ、グループ首脳の堤康次郎の次女・邦子と結婚した(後に離婚)。康次郎が死去すると息子の堤清二、義明兄弟や女婿で西武鉄道社長だった小島清治郎、グループ全体の財務を担当していた西武鉄道専務宮内巌とともにグループの最高意思決定にかかわる立場となり、自らは、西武化学工業、三笠コカ・コーラボトリング、近江鉄道社長などを務めた。
鶴間 政行(つるま まさゆき)は、日本の放送作家、著作家、ラ… 鶴間 政行(つるま まさゆき)は、日本の放送作家、著作家、ラジオパーソナリティである。埼玉県熊谷市生まれ。埼玉県立熊谷商業高等学校、東洋大学経営学部商学科卒業。萩本企画所属。放送作家集団「サラダ党」の一員。愛称「ケロヨン」。 構成を担当するラジオ番組においては出演もしており、『ラジオはアメリカン』(ラジアメ)ではメインパーソナリティの引き立て役、『コサキンDEワァオ!』では裏の進行役として、それぞれの番組に欠くべからざる存在となっていた。並行して『欽ドン!良い子悪い子普通の子』『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』『SMAP×SMAP』『王様のブランチ』など、多くの人気テレビ・ラジオ番組を担当。