スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
平野 匠啓(ひらの しょうけい、2006年8月19日 - )… 平野 匠啓(ひらの しょうけい、2006年8月19日 - )は、静岡県出身の、日本の柔道選手。階級は100kg級。身長187cm。血液型B型。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は4歳の時に始めた。元世界チャンピオンの小川直也が運営する小川道場に所属していた小学校5年の時に全国小学生学年別柔道大会45kg超級の3回戦で敗れた。茅ヶ崎第一中学3年の時に全国中学校柔道大会の90kg超級で優勝した。埼玉栄高校へ進むと、1年の時に金鷲旗で優勝した。2年の時にはインターハイ100㎏級で優勝すると、全国高校選手権の団体戦でも優勝した。3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイでも個人戦で2連覇、さらに団体戦でも優勝して、高校団体3冠(全国高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。
新井 道大(あらい どうた、2005年1月29日 - )は、… 新井 道大(あらい どうた、2005年1月29日 - )は、日本の柔道家。埼玉県富士見市出身。階級は100kg級。身長187cm。段位は三段。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は大内刈 柔道は7歳の時に祖父が開設した栄武館新井道場で始めた。埼玉栄中学3年の時に全国中学校柔道大会90kg級で5位にとどまったが、団体戦では優勝した。マルちゃん杯でも優勝した。 埼玉栄高校2年の時にはインターハイ100kg級で優勝すると、全日本ジュニアでも2位になった。3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイでも2連覇を達成した。世界カデの90kg超級では3位に終わった。全日本ジュニアでは決勝で天理大学1年の平見陸を破って優勝した。
富沢 佳奈(とみざわ かな、1999年7月6日 - )は、埼… 富沢 佳奈(とみざわ かな、1999年7月6日 - )は、埼玉県さいたま市出身の日本人の女子柔道選手である。階級は57kg級。身長161cm。血液型はO型。段位は参段。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時に弘道館新井道場で始めた。小学校5年生の時には全国小学生学年別柔道大会40kg級で5位になった。6年生の時には45kg級に出場して3位だった。田島中学2年の時には全国中学校柔道大会52kg級で決勝まで進むが、大成中学3年の武田亮子に技ありで敗れた。3年の時には全国中学校柔道大会の準決勝でバルセロナオリンピック71kg級金メダリストの古賀稔彦の娘である東橘中学2年の古賀ひよりを有効で破ると、決勝ではユースオリンピック66kg級金メダリストである阿部一二三の妹で夙川学院中学2年の阿部詩を合技で破って優勝した。
常見 海琴(つねみ みこと、1997年11月17日 - )は… 常見 海琴(つねみ みこと、1997年11月17日 - )は、栃木県足利市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は48kg級と52㎏級。身長163cm。血液型はB型。段位は初段。組み手は左右両組み。得意技は大外刈、大腰。現在はコマツ女子柔道部に所属。 柔道は6歳の時に修練塾岡ノ谷道場で始めた。小学校6年の時には全国小学生学年別柔道大会45kg級に出場するが予選リーグで敗れた。埼玉県の東松山南中学へ進むと、3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級に出場するが、3回戦で大成中学2年の武田亮子に技ありで敗れた。なお、63kg級で活躍している嶺井美穂とは中学時代に同期だった。 埼玉栄高校へ進むと、1年の時には全日本カデで優勝を飾った。
冨田 若春(とみた わかば、1997年4月9日 - )は、日… 冨田 若春(とみた わかば、1997年4月9日 - )は、日本の女子柔道選手。東京都出身。階級は78kg超級。身長166cm。体重103kg。血液型はA型。組み手は右組み。段位は5段。得意技は払腰。現在はコマツ女子柔道部に所属。 柔道は6歳の時に大阪で開催された世界選手権の48kg級で6連覇を果たした田村亮子の活躍に影響を受けて、松前柔道塾で始めた。小学校5年の時に全国小学生学年別柔道大会40kg超級で優勝を飾った。6年の時には45kg超級で優勝して今大会2連覇を達成した。 中学になると神奈川県にある相武館吉田道場に入門して寮生活を送ることになった。相原中学1年の時にはマルちゃん杯で3位になった。
小林 悠輔(こばやし ゆうすけ、1993年8月12日 - )… 小林 悠輔(こばやし ゆうすけ、1993年8月12日 - )は、埼玉県上尾市出身の日本の柔道選手である。階級は90 kg級。身長175 cm。血液型はB型。組み手は左組み。段位は参段。得意技は大内刈。現在は渡邉電設に所属。兄は100kg級の小林大輔。 柔道は6歳の時に上尾警察署ひまわり柔道教室で始めた。埼玉栄中学3年の時に全国中学校柔道大会の90kg級に出場するも3回戦で敗れた。埼玉栄高校1年の時には高校選手権の90kg級で3位になった。2年の時には金鷲旗で3位だった。3年の時にはインターハイの個人戦と団体戦でともに3位となった。 2012年には筑波大学へ進学した。同期には後に81kg級で世界チャンピオンになる永瀬貴規がいた。
鮫島 るい(さめじま るい、1992年11月20日 - )は… 鮫島 るい(さめじま るい、1992年11月20日 - )は、日本のAV女優、総合格闘家、柔道家。
烏帽子 美久(えぼし みく、1992年2月18日 - )は鹿… 烏帽子 美久(えぼし みく、1992年2月18日 - )は鹿児島県の種子島西之表市出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。身長は167cm。体重95kg。血液型はB型。組み手は左組み。得意技は内股。現在はJR東日本の所属。 柔道は6歳の時に黒潮柔友会で始めた。榕城中学2年の時に全国中学校柔道大会の70kg級で3位になった。3年の時には70kg超級に出場するが、決勝で中間南中学3年の佐藤瑠香に敗れて2位だった。 埼玉栄高校へ進むと、1年の時には金鷲旗で2位になると、インターハイ団体戦では決勝で小杉高校との代表戦となるが、田知本遥に大内刈で敗れた。2年の時には金鷲旗で同級生の前田奈恵子や馬場菜津美らとともに活躍して優勝した。
前田 奈恵子(まえだ なえこ、1991年7月12日 -)は青… 前田 奈恵子(まえだ なえこ、1991年7月12日 -)は青森県出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長は165cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は11歳の時に五所川原柔道少年団で始めた。五所川原第一中学3年の時に全国中学校柔道大会の70kg級で3位になった。埼玉栄高校へ進むと、2年の時には金鷲旗で同級生の烏帽子美久や馬場菜津美らとともに活躍して優勝した。インターハイの団体戦では決勝で阿蘇高校に敗れて2位だった。高校選手権の団体戦には出場しなかったが、チームは優勝を飾った。3年の時には金鷲旗の決勝で佐藤瑠香率いる八幡工業高校を破って2連覇を達成した。インターハイ個人戦では5位にとどまったが、団体戦では烏帽子や菅原歩巴とともに決勝で淑徳高校を破って優勝して、高校女子柔道史上初となる団体3冠(高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。
馬場 菜津美(ばば なつみ、1991年7月1日 -)は、埼玉… 馬場 菜津美(ばば なつみ、1991年7月1日 -)は、埼玉県出身の日本の柔道家及びレスリング選手。柔道では70kg級、レスリングでは75kg級の選手。身長は177cm。組み手は左組み。得意技は大内刈。 柔道は5歳の時に熊谷柔道愛好会で始めた。深谷南中学から埼玉栄高校へ進むと、2年の時には金鷲旗で同級生の烏帽子美久や前田奈恵子らとともに活躍して優勝した。インターハイの団体戦では決勝で阿蘇高校に敗れて2位だった。高校選手権の団体戦では烏帽子らとともに活躍して優勝を飾った。3年の時には金鷲旗の決勝で佐藤瑠香率いる八幡工業高校を破って2連覇を達成した。インターハイ個人戦の63kg級で優勝を飾った。団体戦では決勝のメンバーからは外れたが、チームは決勝で淑徳高校を破って優勝して、高校女子柔道史上初となる団体3冠(高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。
十田 美里(とだ みり、1991年3月28日 - )は、大阪… 十田 美里(とだ みり、1991年3月28日 - )は、大阪府出身の柔道選手。階級は48kg級。身長157cm。血液型はO型。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は大外刈。現在は自衛隊体育学校に所属している。 6歳の時に柔道を始めた。高石中学から埼玉栄高校へ進むと、3年の時にインターハイ48kg級で5位となった。近畿大学に進学後、1年の時に全日本ジュニアで2位となった。2年の時も2位だったが世界ジュニア代表に選ばれて、その決勝では全日本ジュニアの決勝で敗れた藤村女子高校1年の玉置桃を判定(3-0)で破って優勝した。3年の時には講道館杯で3位となった。4年の時には講道館杯の準決勝で藤枝順心高校の岡本理帆を技ありで破るが、決勝では世界チャンピオンであるコマツの浅見八瑠奈に0-3の判定で敗れて2位となった。
小倉 武蔵(おぐら むさし、1989年10月20日 - )は… 小倉 武蔵(おぐら むさし、1989年10月20日 - )は、愛媛県出身の日本の柔道家。66kg級の選手。身長は169cm。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は4歳の時に皿が嶺柔道会で始めた。川内中学3年の時に全国中学校柔道大会の60kg級で2位になった。埼玉栄高校へ進むと、3年の時にはインターハイ66kg級決勝で東海大第五高校の前野将吾を破って優勝した。全日本ジュニアでは3位だった。 2008年に筑波大学へ進学すると、1年の時には学生体重別の決勝で山梨学院大学の早野友樹を破って優勝した。2年の時には学生体重別の決勝で同じ筑波大学の同級生である田中浩平を破って2連覇を達成した。東アジア大会でも優勝を飾った。
小林 大輔(こばやし だいすけ、1988年3月17日 - )… 小林 大輔(こばやし だいすけ、1988年3月17日 - )は、埼玉県上尾市出身の日本の柔道選手。階級は100 kg級。身長176 cm。得意技は内股。現在は体育教諭。弟は90 kg級で活躍する小林悠輔。 柔道は10歳の時に上尾市柔道教室で始めた。 栄東中学校3年の時には全国中学校柔道大会90kg超級で優勝を飾った。 埼玉栄高校に進学すると、3年の時にはインターハイ100kg級で優勝を果たした。 日本大学に進学後、2年の時には嘉納杯を19歳にして制した。翌年の嘉納杯では決勝で天理大学職員の穴井隆将に合技で敗れて2位に終わった。2009年のユニバーシアードでは2位となった。続く講道館杯では初優勝を飾った。
白石 のどか(しらいし のどか、1988年2月18日 - )… 白石 のどか(しらいし のどか、1988年2月18日 - )は、愛媛県の松山市出身の、日本の女子柔道選手である。階級は78kg超級。身長170cm。体重110kg。血液型はA型。組み手は左組み。段位は参段。得意技は大腰。現在はJR東日本に所属。 柔道は松山市立西中学校1年の時に始めた。3年の時に全国中学校柔道大会70kg超級で2位となった。埼玉栄高校1年の時に高校選手権78kg超級で2位になると、2年の時には優勝を果たした。また、ジュニアながらシニアのブルガリア国際に出場して優勝を飾った。3年の時には埼玉栄高校の金鷲旗初優勝に貢献すると、インターハイでも個人戦と団体戦で2冠を達成した。さらには全日本ジュニアでも優勝した。
秋元 希星(あきもと きせい、1986年7月5日 - )は、… 秋元 希星(あきもと きせい、1986年7月5日 - )は、日本の柔道家。埼玉県出身。階級は60kg級。身長169cm。段位は四段。組み手は右組み。得意技は大内刈。 柔道は5歳の時に自宅で運営していた秋元道場で始めた。川口西中学から埼玉栄高校へ進むと、3年の時にインターハイ60kg級で優勝を飾った。アジアジュニアでは3位にとどまった。筑波大学へ進学すると、3年の時には学生体重別で優勝した。4年の時には学生体重別で連覇すると、講道館杯でも優勝を飾った。さらには、嘉納杯でも優勝を成し遂げた。2009年には了徳寺学園の職員となるとともに、筑波大学の大学院へ進んだ。選抜体重別とグランドスラム・リオデジャネイロでは3位になった。
長瀬 めぐみ(ながせ めぐみ、1982年10月8日 - )は… 長瀬 めぐみ(ながせ めぐみ、1982年10月8日 - )は岐阜県可児市出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長171cm。組み手は右組み。得意技は内股、大外刈。 柔道は11歳の時に始めた。蘇南中学時代は柔道部がなかったので陸上競技部に所属し、砲丸投では県の新記録を樹立した。一方、柔道では全国中学校柔道大会の56kg超級に出場するものの、決勝トーナメント一回戦で一本負けしたが、埼玉栄高校監督の本松好正にスカウトされて埼玉栄高校へ進むことになった。1年の時には金鷲旗とインターハイの3位に貢献した。全国高校選手権78kg級では3位となった。2年の時には金鷲旗で決勝まで進むが、土浦日大高校3年の塚田真希に崩袈裟固で敗れて2位にとどまった。
早田 英美(そうだ ひでみ、1981年8月31日 - )は東… 早田 英美(そうだ ひでみ、1981年8月31日 - )は東京都田無市(現・西東京市)出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長172cm。組み手は右組み。得意技は大内刈、寝技。 柔道は8歳の時に始めた。田無第二中学から埼玉栄高校へ進むと、2年の時に金鷲旗とインターハイで3位になった。全国高校選手権の63kg級では準決勝で桜丘高校2年の谷本歩実に払腰で一本勝ちするが、決勝で夙川学院高校2年の八代谷優子に判定で敗れて2位だった。3年の時にはフランスジュニア国際の決勝で地元フランスのリュシ・ドコスに大内刈で一本勝ちして優勝を飾った。金鷲旗とインターハイではともに2位に終わった。全日本ジュニアでは3位に入った。
早川 憲幸(はやかわ のりゆき、1981年3月20日 - )… 早川 憲幸(はやかわ のりゆき、1981年3月20日 - )は、埼玉県出身の、日本の柔道家である。現役時代の階級は73kg級。身長175cm。コロンビアの柔道ナショナルチームの監督を務めていた。 実家が「武徳館 早川道場」を営んでいたこともあって、柔道は5歳の時に始めた。埼玉栄高校3年の時には金鷲旗とインターハイ81kg級で3位となった。明治大学政治経済学部進学後は階級を73kg級に下げて、学生体重別では3年から2年連続で3位にもなった。卒業すると「はっとり接骨院」や川口市体育協会所属となるものの、際立った活躍は見られなかった。 一方で、大学の先輩である吉田秀彦の愛弟子として吉田道場にも所属しながら、2003年にはオーストラリアのゴールドコーストで開催された総合格闘技の大会であるXFC 3 (Xtreme Fighting Championships 3)に出場して、地元オーストラリアの選手に三角絞で勝利を収めた。
栗原 美幸(くりはら みゆき、1979年7月4日 - )は埼… 栗原 美幸(くりはら みゆき、1979年7月4日 - )は埼玉県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長は160cm。得意技は払腰。 柔道は10歳の時に始めた。埼玉栄高校2年の時にインターハイの団体戦準決勝で湊川女子高校と対戦すると、古賀幸恵に大外刈で敗れて3位にとどまった。高校選手権の72kg級では3位になった。 1998年にはコマツの所属となると、全日本ジュニアの78kg級で3位になった。2000年の全日本選手権では予想外の活躍で準決勝まで進むも、埼玉大学3年の古賀幸恵に内股で敗れたが3位入賞を果たした。実業個人選手権では決勝で住友海上の吉田亜沙美に敗れた。アメリカ国際の78kg級では2位だったが、無差別では優勝を飾った。
庄司 武男(しょうじ たけお、1978年9月12日 - )は… 庄司 武男(しょうじ たけお、1978年9月12日 - )は、神奈川県藤沢市出身の日本の柔道家。現役時代は100kg級の選手。身長177cm。組み手は右組み。得意技は大内刈。 柔道は4歳の時に水心塾で始めた。御所見中学時代は柔道部がなかったのでバスケットボール部に所属していた。埼玉栄高校に進むと、インターハイ軽重量級で5位になった。日本大学へ進むと、1年生の時には優勝大会で優勝を飾った。しかし、2年生からは3年連続で5位にとどまった。その後、神奈川県警察の所属となると、2002年には講道館杯100kg級で優勝を飾った。2003年の嘉納杯では3位だった。アジア選手権では2年連続3位だった。2005年の講道館杯では決勝で国士舘大学1年で後に北京オリンピック金メダリストとなる石井慧に合技で敗れた。
大塚 雅子(おおつか まさこ、1977年1月28日 -)は埼… 大塚 雅子(おおつか まさこ、1977年1月28日 -)は埼玉県出身の日本の柔道家。56kg級及び57kg級の選手。現役時代の身長は158cm。 柔道は6歳の時に2歳年上の麻子に続いて始めた。常盤中学3年の時に全国中学校柔道大会の56kg級で3位になった。埼玉栄高校へ進むと、1年の時には金鷲旗の準決勝で柳川高校の阿武教子に袈裟固で敗れて3位だった。高校選手権の決勝では湊川女子高校2年の植田庸子を破って優勝を果たして、61kg級の赤岡志保、66kg級の清原織恵とともに埼玉栄勢が3階級を制することとなった。2年の時には体重別と強化選手選考会で3位なった。高校選手権では決勝で土浦日大高校2年の西部幸代を破って2連覇を達成した。