スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
上原 堆我(うえはら たいが、2007年3月13日 - )は… 上原 堆我(うえはら たいが、2007年3月13日 - )は、静岡県伊東市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。オリックス・バファローズ所属。 少年野球チーム『伊東ジュニア』の監督を務める父に、幼稚園の年中から野球の手ほどきを受け、伊東市立南中学校時代は硬式野球の『静岡裾野シニア』に所属し、全国選抜大会も経験した。リトルシニアのチームメイトに松本陣がいる。 花咲徳栄高校へ進学し、2年夏の埼玉大会では主に抑えとして5試合に登板し、計8回1/3を1失点に抑え、チームの準優勝に貢献。2年秋も抑えを務め、関東大会では2試合・6回2/3を投げて2失点に抑えたが、チームは常総学院との準々決勝で敗れた。3年春からは先発へ転向し、関東大会では日大明誠との2回戦で公式戦初先発となり、5回コールドの参考記録ながらノーヒットノーランを達成。
石塚 裕惺(いしづか ゆうせい、2006年4月6日 - )は… 石塚 裕惺(いしづか ゆうせい、2006年4月6日 - )は、千葉県八千代市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 幼稚園年長時からクラブチームの勝田ハニーズで野球を始め、八千代市立村上東小学校6年生時には千葉ロッテマリーンズジュニアに選出された。八千代市立村上東中学校在学時は硬式野球のクラブチームである佐倉シニアでプレーし、全国大会に出場した。 花咲徳栄高等学校に進学し、1年秋から三塁手のレギュラーに定着。2年春から遊撃手を務めた。3年夏の第106回全国高等学校野球選手権大会に出場し、新潟産業大附との初戦で1安打を記録したが、試合は敗れた。その後行われたBFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出され、4番打者を務めた。
藤田 大清(ふじた たいせい、2004年8月23日 - )は… 藤田 大清(ふじた たいせい、2004年8月23日 - )は、東京都練馬区出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学4年生から練馬区立関町北小学校を拠点とするエ-ス関北少年野球倶楽部で軟式野球を始める。中学では中野リトルシニアでプレー。東東京選抜(日台国際親善野球試合)にも参加。 強豪校の花咲徳栄高等学校に進学。2年秋に右翼手のレギュラーに定着し、主に3番打者として公式戦出場。3年次の春季県大会の東京農業大学第三高等学校戦で満塁本塁打を放ち、チームの勝利に貢献した。夏の初戦だった武蔵越生高等学校戦では僅差の試合であったところ、3番で4打数3安打の猛打賞を記録し、6-4で勝利に大きく貢献した。
堀越 啓太(ほりこし けいた、2003年7月15日 - )は… 堀越 啓太(ほりこし けいた、2003年7月15日 - )は、埼玉県飯能市出身のプロ野球選手(投手)。 埼玉県飯能市出身。加治小学校2年生のときに飯能リトルで野球を始め、加治中学校では硬式野球チームの所沢南シニアでプレーした。 花咲徳栄高等学校では2年秋に背番号1を着け、エースとして期待された。3年夏は背番号10を背負い、埼玉大会5回戦で敗退。高校3年時にプロ志望届を提出したが、ドラフト会議では指名漏れとなった。 高校卒業後は東北福祉大学情報福祉マネジメント学科に進学。1年春から仙台六大学野球リーグ戦に登板し、全日本大学野球選手権で154キロを計測した。大学の同期には新保茉良、櫻井頼之介、1学年上に漁府輝羽、3学年上に入山海斗がいる。
味谷 大誠(みや たいせい、2003年6月14日 - )は、… 味谷 大誠(みや たいせい、2003年6月14日 - )は、大阪府和泉市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 花咲徳栄高等学校時代は甲子園出場なし。2学年先輩に韮澤雄也、1学年先輩に井上朋也、1学年後輩に藤田大清がいた。2021年10月11日に行われたドラフト会議で、中日ドラゴンズから4位指名を受ける。11月19日に契約金4000万円、年俸600万円で入団に合意した(金額は推定)。背番号は43。 2022年1月、新人合同自主トレ期間中に新型コロナウイルスへ感染したことが発表された。ウエスタン・リーグでは52試合に出場したが打率は.065と課題を残した。 2023年は、春季キャンプは二軍スタートとなったが、4月14日に一軍に初昇格。
井上 朋也(いのうえ ともや、2003年1月28日 - )は… 井上 朋也(いのうえ ともや、2003年1月28日 - )は、大阪府四條畷市出身のプロ野球選手(内野手、外野手) 。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 四條畷市立四條畷中学校在学中は硬式野球のクラブチームである生駒ボーイズでプレーした。3年生時には2017世界少年野球大会の日本代表に選出される。同大会には後に同期入団する桑原秀侍も選出されていた。 その後花咲徳栄高等学校に進学。1年春からベンチ入りして外野のレギュラーを掴み、同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。鳴門との1回戦では3安打2打点の活躍で、チームの逆転勝利に貢献した。2回戦では及川雅貴、万波中正擁する横浜と対戦。
中村 柚葉(なかむら ゆずは、2001年11月27日 - )… 中村 柚葉(なかむら ゆずは、2001年11月27日 - )は、東京都杉並区出身の元女子プロ野球選手・代表選手、野球指導者。2023年から読売ジャイアンツ女子チームに所属(登録は内野手)。 杉並区出身で、学童野球の高円寺メイトに所属し区内の学童チームから女子選手のみを選抜した杉並キャッツでも活動していた。中学女子軟式野球の杉並サリーに入団後は、大会での活躍などから台湾で開催された交流試合の杉並代表選手に選出された。高校は女子硬式野球部がある花咲徳栄高等学校に進学。 2020年、レイアに入団。同年は選手削減により、試合開催時には埼玉アストライアの選手として活動した。同年シーズン限りで退団。 2023年から読売ジャイアンツ女子チームと契約を結び2期生として入団。
韮澤 雄也(にらさわ ゆうや、2001年5月20日 - )は… 韮澤 雄也(にらさわ ゆうや、2001年5月20日 - )は、新潟県魚沼市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 小学1年から新潟南リトルで野球を始め、魚沼市立堀之内中学校時代は新潟シニアに所属し、2年時には日本選手権、3年時にはジャイアンツ杯に出場した。 花咲徳栄高等学校では1年春からベンチ入りし、夏の全国高等学校野球選手権大会では控え選手ながら埼玉県勢初の全国制覇を経験。1年秋から3番・遊撃手のレギュラーを掴み、2年夏の全国高等学校野球選手権大会では、2回戦で横浜高校に敗れたが、及川雅貴から適時打を放つなど2試合で5打数2安打。3年夏の全国高等学校野球選手権大会は初戦敗退に終わるが、3年連続で夏の甲子園に出場した。
松井 颯(まつい はやて、2000年9月14日 - )は、東… 松井 颯(まつい はやて、2000年9月14日 - )は、東京都清瀬市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 清瀬市立清瀬第四小学校2年時に野塩ファイターズで野球を始め、清瀬市立清瀬第四中学校時代は硬式野球(ポニーリーグ)の清瀬ポニーに所属。 高校は埼玉県の花咲徳栄高等学校に進学。3年夏はエースで4番打者の野村佑希の控えとして第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。2回戦の横浜高等学校戦で、6-8と2点ビハインドの9回から登板して横浜打線を三者凡退に抑えたが、チームは敗れた。1学年上に清水達也、西川愛也、長谷川威展がいた。 高校卒業後は首都大学野球連盟に所属する明星大学理工学部総合理工学科物理学系に進学。
野村 佑希(のむら ゆうき、本名:野村 ジェームス 佑希〈の… 野村 佑希(のむら ゆうき、本名:野村 ジェームス 佑希〈のむら ジェームス ゆうき〉、2000年6月26日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州ハウエル(英語版)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 日本人の両親の間にアメリカ合衆国ミシガン州ハウエル(英語版)で出生した後、1歳半で日本へ帰国(詳細後述)。伊勢崎市立境剛志小学校2年時に、投手兼三塁手として、剛志ジュニアーズで軟式野球を始めた。伊勢崎市立境西中学校時代は、近隣の太田市に拠点を置く太田市リトルシニアに所属。3年時には、身長184cm・体重80kgという大柄な体格の投手として、ストレートで135km/hを計測していた。
大川 茉由(おおかわ まゆ、2000年3月10日 - )は、… 大川 茉由(おおかわ まゆ、2000年3月10日 - )は、栃木県佐野市出身の女子ソフトボール選手(内野手)。ホンダリヴェルタ所属。ソフトボール日本代表。 兄の影響で9歳からソフトボールを始める。埼玉県の花咲徳栄高等学校を卒業後、東京女子体育大学に進学。大学時代は主将を務めた。 2022年、JDリーグのホンダリヴェルタに入団。ルーキーイヤーからレギュラーに定着して27試合に出場すると、打率.282(東地区14位)の成績を残し、同地区の新人賞(野手)を受賞した。 2024年3月、日本代表に初選出された。 ホンダリヴェルタでは主にファーストを守っている。右足を大きく上げる一本足打法を特徴としている。
清水 達也(しみず たつや、1999年11月3日 - )は、… 清水 達也(しみず たつや、1999年11月3日 - )は、埼玉県深谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 深谷市立藤沢小学校出身。小学1年生の時に深谷ボーイズで遊撃手として野球を始める。深谷市立藤沢中学校では軟式野球部に所属し、中学2年生から本格的に投手に転向した。翌年2月、第1回埼玉県中体連野球強化指定選手練習会に北部選抜に選ばれ参加した。その際のブルペン投球を見た花咲徳栄高校のコーチ福本真史が清水に興味を覚え、「面白い投球をしている」というコメントを人伝に聞き、それまで公立高校への進学を考えていた清水は、幼少期の夢だった花咲徳栄高校への入学を思い直すようになった。実際に、中学3年の夏には、花咲徳栄高校の練習会に参加した。
長谷川 威展(はせがわ たけひろ、1999年8月9日 - )… 長谷川 威展(はせがわ たけひろ、1999年8月9日 - )は、埼玉県大宮市(現:さいたま市大宮区)出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 さいたま市立植水小学校では加茂川ワイルドダックス、さいたま市立桜木中学校では硬式野球(リトルシニア)の和光リトルシニアでプレーした。 花咲徳栄高等学校では外野手を務めていたが、2年時に投手へ転向。3年夏の県大会では背番号19でベンチ入りしていたが、チームが全国制覇を達成した第99回全国高等学校野球選手権大会ではベンチ外であった。高校の2学年先輩に大瀧(旧姓) 愛斗、1学年先輩に岡崎大輔と高橋昂也、同級生に清水達也と西川愛也、1学年後輩に野村佑希と松井颯、2学年後輩に韮澤雄也がいた。
西川 愛也(にしかわ まなや、1999年6月10日 - )は… 西川 愛也(にしかわ まなや、1999年6月10日 - )は、大阪府堺市北区出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 堺市立金岡小学校2年から軟式野球チーム長曽根ストロングスで野球を始める。6年生の時に第31回高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)でチーム4度目(当時)となる全国制覇を経験し優勝投手に輝いた。中学では浜寺ボーイズに所属した。中学の2年先輩に花咲徳栄高校・西武ライオンズで元チームメイトだった愛斗がいる。 花咲徳栄高等学校では1年秋からベンチ入り。甲子園には3回出場し(2年春、2年夏、3年夏)、3年夏は甲子園の決勝戦で3安打4打点を記録し、花咲徳栄初・埼玉県勢史上初の優勝に貢献した。
高橋 昂也(たかはし こうや、1998年9月27日 - )は… 高橋 昂也(たかはし こうや、1998年9月27日 - )は、埼玉県久喜市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 小学校3年次より野球を始めると、久喜市立栗橋東中学校時代に久喜シニアへ所属。中学3年時の春に、関東大会へ出場した。 花咲徳栄高等学校への進学後は、1年秋からのベンチ入りを経て、2年時から2年連続で夏の全国高等学校野球選手権本大会に出場。2年時の秋季埼玉県大会では3回戦で早大本庄高校打線から19奪三振、3年夏の選手権埼玉大会では決勝までの6試合で52奪三振を記録した。さらに、3年夏の選手権本大会終了後には、第11回 BFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出。
岡﨑 大輔(おかざき だいすけ、1998年9月17日 - )… 岡﨑 大輔(おかざき だいすけ、1998年9月17日 - )は、埼玉県幸手市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 幸手市立東中学校時代に久喜シニアへ所属すると、チームメイトの高橋昂也と揃って花咲徳栄高等学校へ進学。1年時の秋から、二塁手のレギュラーに定着した。2年夏の選手権本大会には、「3番・遊撃手」として、4番打者の大瀧愛斗などとのクリーンナップで出場。優勝した東海大相模高校に準々決勝で敗れたものの、吉田凌から2安打、小笠原慎之介から1安打を記録した。2年秋からは主将に就いた。3年春の選抜大会で、前年の夏に続いて甲子園球場に登場したが、1回戦で秀岳館高校に敗退。3年夏の選手権本大会では、今井達也を擁して優勝した作新学院の前に3回戦で敗れた。
松谷比菜乃(まつや ひなの、1998年2月18日 - )は、… 松谷比菜乃(まつや ひなの、1998年2月18日 - )は、新潟県柏崎市出身の元女子プロ野球選手。
愛斗(あいと、本名:武田 愛斗〈たけだ あいと〉、旧姓:大瀧… 愛斗(あいと、本名:武田 愛斗〈たけだ あいと〉、旧姓:大瀧〈おおたき〉、1997年4月6日 - )は、大阪府堺市堺区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 2016年7月15日より登録名を「愛斗」としている。また、理由は公表されていないが、姓は同年に大瀧から武田に改められている。 小学校2年生の時に浜寺ボーイズで野球を始め、投手、遊撃手、中堅手としてプレーし、中学生時代は同ボーイズの中学部に所属。2年後輩には後に花咲徳栄高校・西武で元チームメイトだった西川愛也がいる。 花咲徳栄高校では1年生時の秋にベンチ入りし、2年生時の春に「4番・中堅手」を務める。3年生の夏の甲子園では3試合に「4番・中堅手」として出場、初戦でのランニング本塁打など、計14打数7安打、1本塁打、4打点、打率.500。
大瀧 愛斗(おおたき あいと、1997年4月6日 - )は、… 大瀧 愛斗(おおたき あいと、1997年4月6日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(外野手)。なお、文献により名字が「大滝」の表示も見られる。2016年7月15日より、登録名を「愛斗」としている。
御山 真悠(みやま まゆ、1996年3月19日 - )は、千… 御山 真悠(みやま まゆ、1996年3月19日 - )は、千葉県出身の女子プロ野球選手。平成国際大学卒。ポジションは外野手。 2018年愛知ディオーネに入団。 2019年埼玉アストライアへ移籍。同年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。 2020年からは新創設されるGOODJOB女子公式野球部に所属する。
若月 健矢(わかつき けんや、1995年10月4日 - )は… 若月 健矢(わかつき けんや、1995年10月4日 - )は、埼玉県加須市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 オリックスでは正捕手として2度のリーグ優勝、1度の日本シリーズ優勝に貢献。個人ではベストナインを1回、ゴールデングラブ賞を2回獲得している。2026年のWBCでは、正捕手として日本代表に貢献した。 妻は声優の立花理香。 小学1年から大桑ジャイアンツで野球を始める。捕手となったきっかけは、入部時に空いていたポジションが捕手だったことにあるという。加須平成中時代に加須シニアで全国8強入り。 花咲徳栄高では1年秋から捕手でレギュラーを獲得。2年生時に監督の助
楠本 泰史(くすもと たいし、1995年7月7日 - )は、… 楠本 泰史(くすもと たいし、1995年7月7日 - )は、大阪府吹田市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。現在は阪神プロスカウト。 大阪府吹田市で出生。銀行勤めの父の仕事の関係で小学1年生の終わりに岡山県へ転居する。父から野球の基礎を学び、小学4年生から野球チームに入団する。小学6年時に父の転勤で神奈川県横浜市へ転居し、転校先の横浜市立山内小学校で松井裕樹と出会う。横浜でも野球を続けようと考えていたところ、松井から「俺らとやろうよ」と誘われ、松井が所属していた元石川サンダーボルトに入団。2人で横浜ベイスターズのジュニアチームにも合格し、この年のNPBジュニアトーナメントに出場した。横浜市立山内中学校に進学後も、松井とは青葉緑東シニアで一緒にプレーし、3年夏には日本リトルシニア野球選手権大会で日本一に輝いた。
石塚 ちづる(いしづか ちづる、1994年5月30日 - )… 石塚 ちづる(いしづか ちづる、1994年5月30日 - )は、日本の元女子プロ野球選手。栃木県出身。 花咲徳栄高校で女子硬式野球部に所属、キャプテンを務め全国高等学校女子硬式野球大会で4番ショート出場、チームの優勝に大きく貢献 。2013年にノース・レイアへ入団するが、腰椎椎間板ヘルニア発症のため内視鏡による摘出手術を受け、1年目は5試合の出場のみ。2015年に兵庫ディオーネに移籍、2016年シーズン終了後に引退。
堀越 美紀(ほりこし みき、1993年12月25日 - )は… 堀越 美紀(ほりこし みき、1993年12月25日 - )は、日本の元女子プロ野球選手(投手、捕手)。 花咲徳栄高校で女子硬式野球部に所属。2011年の日本女子プロ野球機構第3回トライアウトに合格し、2012年に兵庫スイングスマイリーズに所属。2013年はノース・レイアに所属し、シーズン後に契約解除されるが、翌2014年にレイアに復帰。2015年シーズン終了後に引退。2012年、2013年は投手として、2014年、2015年は捕手としてプレーした。2016年より南九州短期大学の女子硬式野球部監督に就任している。
寺部 歩美(てらべ あゆみ、1992年11月25日 - )は… 寺部 歩美(てらべ あゆみ、1992年11月25日 - )は、元女子プロ野球選手(捕手、外野手)。愛知県豊川市出身。
大山 唯(おおやま ゆい、1992年1月23日 - )は、日… 大山 唯(おおやま ゆい、1992年1月23日 - )は、日本の元プロ野球選手(内野手)、監督。 愛称(ニックネーム)は「おーちゃん」。 小学校時代は入間川ベアーズ、中学時代は、狭山リトルシニアでプレーをし、高校時代と大学時代は、それぞれ花咲徳栄高校及び尚美学園大学の女子硬式野球のチームでプレーしていた。 2014年、ノース・レイアに入団。プロ1年目からレギュラーの座を掴むと、瞬く間に中軸打者にのし上がり、全試合に出場。リーグ5位の打率.359・同4位タイの33安打・同1位タイの17四球を記録し、非凡なバッティング技術を発揮して同年の最優秀新人賞に選出された。また、一塁手部門でベストナインにも選出され、ルーキーながらリーグを代表する選手の1人として大活躍した。
阿部 俊人(あべ としひと、1988年12月23日 - )は… 阿部 俊人(あべ としひと、1988年12月23日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(内野手)、プロ野球解説者。右投左打。 両親の地元である仙台市内の病院で出生後に、東京都練馬区で育った。練馬区立田柄中学校時代は、和光シニアに所属。花咲徳栄高校では3年の夏に埼玉県大会準々決勝で赤坂和幸がいた浦和学院高校に敗れた。 東北福祉大学へ進学すると1年春から出場機会を得て、ショートで4度のベストナインに輝き、6度の全国大会出場に貢献。日本代表として国際大会へも出場しており、4年次には主将を務めた。2010年の仙台六大学野球秋季リーグ戦では、打率.424、12盗塁を記録し、東北福祉大学9季連続59度目の優勝に貢献し、最優秀選手賞を受賞した。
太田 あゆみ(おおた あゆみ、1988年8月27日 - )は… 太田 あゆみ(おおた あゆみ、1988年8月27日 - )は、日本の元女子プロ野球選手である。 2015年に兵庫ディオーネに入団。 2016年最多打点者賞を受賞。 2019年埼玉アストライアへ移籍。同年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。
高島 知美(たかしま ともみ、1988年5月2日 - )は、… 高島 知美(たかしま ともみ、1988年5月2日 - )は、日本の女子野球選手。栃木県佐野市出身。野球日本女子代表に3年連続で選出。ポジションは捕手。平成国際大学女子野球部の元主将。 3歳の頃から野球を始める。小中学校時代は地元のクラブチームで活躍した。しかし男子との体力差を何度も感じたことなどもあって高校進学後は野球を続けることを諦めかけていたが、そんな彼女を見抜いた花咲徳栄高等学校女子野球部監督の濱本光治は「一度、花咲徳栄の試合を見に来なさい」と書いたはがきを送り、それに誘われて試合を観に行き、そこで目にした「楽しむ野球」に魅了されたことがきっかけで、花咲徳栄に入学して女子野球部に入部、3年生時に全国高校女子野球大会に出場、初優勝に大きく貢献する。
根元 俊一(ねもと しゅんいち、1983年7月8日 - )は… 根元 俊一(ねもと しゅんいち、1983年7月8日 - )は、東京都西多摩郡瑞穂町出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。 中学時代の根元は、今後の進路について「都立高校に進学して野球は遊び感覚でやれればいいかな」と考えていたが、別の選手を見に来ていた花咲徳栄高校の岩井隆(当時はコーチ)の目に留まり、同校に進学した。 花咲徳栄高校進学後は、当初周りのレベルの高さに愕然としていたものの、3年時には主将としてチームを牽引し、第83回全国高等学校野球選手権大会に出場。生徒会長も務めた。 大学は東北福祉大学へ進学。1学年先輩に塩川達也がいる。1年時から遊撃手の控えとして出場を重ねると、3年時からは二塁手のレギュラーに定着。
新井 智(あらい さとし、1982年7月25日 - )は、埼… 新井 智(あらい さとし、1982年7月25日 - )は、埼玉県秩父郡小鹿野町出身の元プロ野球選手(投手)、高校野球指導者。 花咲徳栄高等学校への在学中は春夏とも甲子園球場での全国大会と無縁で、3年時(2000年)夏の全国高等学校野球選手権埼玉大会では、準決勝で坂元弥太郎擁する浦和学院高等学校に敗れた。硬式野球部での1学年後輩に、根元俊一がいる。 高校卒業後の2001年にローソンへ入社すると、当時社会人野球に参加していた硬式野球部でプレーを続けていた。しかし、翌2002年のNPBドラフト会議で阪神タイガースから9位で指名。高校から社会人野球へ進んだ選手は原則として2年目まで指名できないが、ローソンが硬式野球部を同年限りで廃部することに伴う特例措置で指名に至った。
神田 大介(かんだ だいすけ、1978年4月30日 - )は… 神田 大介(かんだ だいすけ、1978年4月30日 - )は、埼玉県越谷市出身の元プロ野球選手(投手、右投両打)、現在はプロゴルファー。 小学5年の時に野球を始める。 花咲徳栄高校では投手育成に定評のある稲垣人司監督の指導を受けて、速球派投手として注目された。高校3年の夏はベスト8止まり。1996年のドラフト5位指名で横浜ベイスターズに入団。下位指名ながら、140km/h代後半のストレートと切れのいいスライダーを武器に、2000年・2001年にはそれぞれ一軍で2勝ずつあげる。球種は他にもナックルボールを持っていた。しかし、2001年のシーズン開始前に肩を故障し、更には呼吸器系の病気を患ったことで、同年の復帰時には球速が130m/h台に落ちていた。
品田 寛介(しなだ かんすけ、1976年3月15日 - )は… 品田 寛介(しなだ かんすけ、1976年3月15日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の元プロ野球選手(投手)。 兄は、元プロ野球選手の品田操士。 花咲徳栄高時代は2年まで野手、3年時から投手に転向も夏の甲子園埼玉県予選では3回戦敗退。 1993年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから6位で指名され、入団。契約金は2000万円、入団時の年俸は400万円。同校からは2学年上の兄・操士、前年度に同じく広島入りした池田郁夫に続き3年連続投手のプロ入り。 しかし、プロでは一軍だけでなく二軍でも登板できないまま、1996年に自由契約となり引退した。
阿久根 鋼吉(あくね こうきち、1974年6月22日 - )… 阿久根 鋼吉(あくね こうきち、1974年6月22日 - )は、東京都足立区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 花咲徳栄高等学校ではエースの池田郁夫と同期、1学年上に品田操士、1学年下にその弟・寛介がいた。1993年に創価大学に進学。東京新大学リーグでは1994年春季リーグ戦からの8連覇のうち、6連覇に貢献。自身も2年秋から4年春までベストナイン受賞。大学では1学年上の武藤孝司と三遊間を組み、1学年下に中村隼人がいた。 社会人野球のNTT関東では1998年の日本選手権で3試合連続本塁打を打つなど優勝に貢献し最優秀選手に選出された。また同年のバンコクアジア大会決勝の韓国戦で朴賛浩から本塁打を打った。
池田 郁夫(いけだ いくお、1974年6月22日 - )は、… 池田 郁夫(いけだ いくお、1974年6月22日 - )は、東京都足立区出身の元プロ野球選手(投手)。 花咲徳栄高では稲垣人司監督の指導を受けて1学年上に品田操士、1学年下には広島でも後輩となる品田寛介(操士の弟)の投手陣であった。1年時には3試合連続完封を含む40イニング連続無失点をマークし、注目を集めた。3年夏の県大会は5回戦で敗退。 1992年のドラフト7位で広島東洋カープに指名される。左腕投手として1年目のオープン戦から一軍に帯同して登板した。 1994年9月25日、一軍初登板。 1995年には広島と技術交流契約を結んでいた台湾・中華職業棒球大聯盟の時報イーグルスに派遣された(登板4、0勝2敗、防御率4.88)。
品田 操士(しなだ あやひと、1973年10月3日 - )は… 品田 操士(しなだ あやひと、1973年10月3日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元プロ野球選手(投手)。 弟は元プロ野球選手の品田寛介。 小学4年の時に浦和リトルに入り、中学時代は一塁手だった。 花咲徳栄高では2年春に関東大会出場。3年春は県大会準々決勝で聖望学園の門倉健と最後まで投げあうも惜敗。夏の県大会は全試合を投げ切って防御率0.00ながら5回戦敗退。1年後輩に池田郁夫、2年下に弟の寛介(ともに広島)の両投手がいた。 1991年のプロ野球ドラフト会議で近鉄バファローズから3位指名を受け入団。 1年目の1992年から一軍に昇格し、同年9月1日の西武戦で7-0と大量リードを奪われた5回裏1死で3番手として初登板。
岡﨑 大輔 は、埼玉県幸手市出身の元プロ野球選手(内野手)。… 岡﨑 大輔 は、埼玉県幸手市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。
小久保 志乃 は、東京都練馬区出身の元女子プロ野球選手(外野… 小久保 志乃 は、東京都練馬区出身の元女子プロ野球選手(外野手、投手、三塁手)、指導者、高校教員。右投げ右打ち。