スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
皐月 彩(さつき あや、1994年5月14日 - )は、日本… 皐月 彩(さつき あや、1994年5月14日 - )は、日本の脚本家、漫画原作者、小説家。 エジプト出身。アイ・パッション、Roots、ウォンテッドリー、パフ、円谷プロダクション(2017年に業務委託契約)、フリーランスを経て、ミリアゴンスタジオ(旧:オリガミクスパートナーズ)所属。 東京大学教育学部附属中等教育学校卒業、日本大学芸術学部映画学科卒業。2018年8月からはJobRainbowのメディア編集長を担当するなど、コンテンツライター職としても活動している。 両親の仕事の都合により、幼少期をエジプトですごす。小学生時代は小説家になりたいと漠然と考えていたが、中学生時代に個人作業の小説家よりも監督などとの対話を必要とする脚本家に魅力を感じるようになり、ラジオ『SCHOOL OF LOCK!』のラジオドラマ脚本募集に応募し、受賞した。
牧 衷(まき ちゅう、1929年4月8日-2015年10月1… 牧 衷(まき ちゅう、1929年4月8日-2015年10月13日)は岩波映画製作所の脚本家。「科学教育映画体系」や「たのしい科学シリーズ」などの多くの科学教育映画の企画と脚本をはじめ、企業PR映画や官庁制作の映画、大学の研究成果の紹介映画などの脚本を手がけ、その作品は多くの賞を受賞している。仮説実験授業研究会の最初期からの会員で板倉聖宣の仮説実験授業の理論を取り入れた科学教育映画も何本か作った。また、大学時代の学生運動の経験から社会運動の実践的理論も研究した。後に岩波映画の取締役となり、組合との交渉に尽力した。 1929年4月に東京府荏原郡蓮沼(現在の東京都大田区蓮沼)で5人兄弟の4番目の次男として生まれた。
松木 ひろし(まつき ひろし、1928年11月16日 - 2… 松木 ひろし(まつき ひろし、1928年11月16日 - 2016年9月19日)は、東京市神田区(現・東京都千代田区)出身の脚本家。本名は松木 弘。 東京府立第五中学校での友人に澁澤龍彥がいる。旧制東京高校を卒業後、大学受験に失敗。鎌倉アカデミア夜間講座映画科で学ぶ。 自身の劇団を作って活動をしたのち、1950年に明治座の文芸部に入社、企画宣伝を担当。明治座時代に舞台を観ていいなとおもったのは、菊田一夫や飯沢匡の芝居だったと話していたことがある。 1954年のニッポン放送の開局とともに同社に入社してラジオ番組の制作にたずさわる。同社に勤務しながら村田正雄、旭輝子、池田昌子、三田佳子らと劇団「現代劇場」を立ち上げる。
石山 透(いしやま とおる、1927年〈昭和2年〉5月15日… 石山 透(いしやま とおる、1927年〈昭和2年〉5月15日 - 1985年〈昭和60年〉12月3日)は、日本の脚本家。主に1960年代、70年代にNHKテレビの少年少女ドラマで人気を博した。北海道小樽市出身。本名は笹岡幸司。 9歳で神奈川県に移住。科学を志し、東京高等学校理科に学ぶが断念、卒業後は学友の熊倉一雄らとともに劇団「感覚座」を主宰。このころから脚本・演出も手がける。1950年頃から、ラジオ・テレビを中心に脚本家としての活動を開始。 1952年にNHK札幌放送劇団に入団。同局の専属作家となり、1956年にラジオドラマ『パイロット・ファーム』で文部省芸術祭奨励賞受賞。1959年にNHK東京の専属作家となり、同年の『ピエロが泣いた』でテレビのシナリオ作家としてデビュー。
舟橋 和郎(ふなはし かずお、1919年7月2日 - 200… 舟橋 和郎(ふなはし かずお、1919年7月2日 - 2006年1月15日)は、日本の脚本家。兄は小説家の舟橋聖一。 東京府出身。東京帝国大学教授の四男として生まれる。母方の祖父に古河財閥幹部の近藤陸三郎がおり、裕福な家庭で育つ。1939年、東京高等学校在学中、治安維持法違反で検挙される。1943年、明治大学専門部文科(文芸科)を卒業。菊池寛の秘書を経て、1944年、大映企画部に入社、同年応召。翌年復員し、1946年、『彼と彼女は行く』を発表して脚本家に転じ、のちフリーとなる。1950年に映画『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』の脚本でシナリオ賞受賞。その他代表作に『雁の寺』、『兵隊やくざ』シリーズ、『与太郎戦記』シリーズなど。