スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐藤友美(さとう ともみ、1972年 - )は、演芸評論家・… 佐藤友美(さとう ともみ、1972年 - )は、演芸評論家・演芸専門誌「東京かわら版」三代目編集人。女性。 東京都渋谷区恵比寿生まれ・育ち・在住。東京都立駒場高等学校、明治大学文学部仏文学専攻卒。祖母は浅草国際劇場の隣で旅館を営んでいた。幼少より古典芸能に親しみ、日本舞踊では「西川扇丸」の名取名を持つ。 寄席・落語に関心を持ったのはスタジオボイスのコラム。マガジンハウスの入社試験に落ちた後の1994年、無職時に愛読していた演芸専門誌『東京かわら版』でアルバイト募集の記事を見て応募・入社、5年ほどなんとなく在籍し続けた後に正社員になる。誌面では「演芸界若手の星」で若手二ツ目落語家へのインタビューを5年間担当。
増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2… 増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2021年6月30日から7月1日にかけての未明)は、日本の漫画原作者、小説家、書評家、映画評論家、音楽評論家。東京都出身。血液型はB型。 漫画家・竹宮惠子のプロダクションのプロデューサー兼ディレクターを20歳のときから務め、『変奏曲』の原作なども担当する。15年間務めたのち独立、フリーライターとして活動する。のりす・はーぜの筆名で、『風と木の詩』のその後を書いた小説『神の子羊』や、イギリスのパブリックスクールを舞台にしたミステリー『永遠の少年』を執筆。他に、増山のりえの名前で『アリス・ブック』『少女風雅』の編纂など。 幼少時から指が人よりもよく動いたという理由で、両親のすすめでピアノを習い始め、小・中学校時代は桐朋学園大学の『子供のための音楽教室』に通い、将来はプロのピアニストを目指していた。
村井 紀(むらい おさむ、1945年2月11日 - )は、日… 村井 紀(むらい おさむ、1945年2月11日 - )は、日本の近代思想の研究者、評論家、前和光大学表現学部教授。
大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年(昭… 大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年(昭和16年)2月23日 - )は、日本のジャーナリスト、評論家、コメンテーター。 ジャーナリスト大宅壮一の三女。兄は詩人・大宅歩。芸能事務所ホリプロがマネジメントしている。 株式会社大宅映子事務所代表取締役、公益財団法人大宅壮一文庫理事長。(母・大宅昌から引き継いだ。) CNNj放送番組審議会委員、AXNエンタテインメント放送番組審議会委員、西武ホールディングス社外取締役、日本年金機構理事、公益財団法人日本国際フォーラム評議員、日本ゴルフ改革会議議長。元日本インフォメーションシステムズ (NIS) 代表取締役、元株式会社髙島屋社外取締役、元資生堂社外監査役。
市川 雅(いちかわ みやび、1937年1月15日 - 199… 市川 雅(いちかわ みやび、1937年1月15日 - 1997年2月10日)は、舞踊評論家。 東京出身。本名・雅章。東京都立駒場高等学校卒、1960年早稲田大学第一法学部卒、1970年同大学院文学研究科博士課程満期退学。 この間渡米、1980年には大野一雄の欧米公演に同行、日本の現代舞踊などを海外に紹介する。アジア国際舞踊フェスティバルなどの開催にも尽した。ヴァーツラフ・ニジンスキーについての訳業がある。 93年早大客員教授。