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澤田 直(さわだ なお、1959年 - )は、日本のフランス… 澤田 直(さわだ なお、1959年 - )は、日本のフランス哲学者・フランス文学者・翻訳家。立教大学教授。直之の名も使う。ジャン=ポール・サルトル、ジャン=リュック・ナンシーなどを研究。 1984年法政大学文学部哲学科卒業、1987年同大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了、1994年パリ第1大学大学院哲学科博士課程修了、哲学博士。1995年流通経済大学経済学部専任講師、1996年助教授、2000年白百合女子大学文学部助教授、2002年教授、2006年立教大学文学部文学科フランス文学専修・同大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程前期課程教授。2023年『フェルナンド・ペソア伝 異名者たちの迷路』で読売文学賞(評論・伝記賞)受賞。
朝吹 亮二(あさぶき りょうじ、1952年4月30日 - )… 朝吹 亮二(あさぶき りょうじ、1952年4月30日 - )は、日本のフランス文学者、詩人であり、慶應義塾大学名誉教授である。学位は文学修士(慶應義塾大学・1979年)を有する。 東京都出身。暁星小学校、暁星中学校、暁星高等学校を経て、1975年慶應義塾大学文学部フランス文学科を卒業。1979年には同大学院文学研究科フランス文学専攻修士課程を修了し、1982年に同大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学。1979年に文学修士の学位を取得した。1997年、慶應義塾大学法学部教授に就任。専門はフランス近・現代詩、シュルレアリスムである。 詩人としては、『opus』、『密室論』、『明るい箱』、『現代詩文庫 朝吹亮二詩集』などの作品がある。
瀧川 好庸(たきがわ よしのぶ、1942年 - )は、日本の… 瀧川 好庸(たきがわ よしのぶ、1942年 - )は、日本の文学者、教育者。 兵庫県出身。暁星高等学校卒業、上智大学外国語学部フランス語学科卒業、上智大学文学研究科フランス文学専攻修士課程修了。 教育者としては暁星学園講師、上智大学フランス文学科助手、聖心女子大学講師、上智大学文学部教授を歴任。 1990年、瀧川慶作の次代の瀧川学園理事長となる。2002年、滝川第二高等学校校長に就任し、任期中に滝川第二中学校を開校。2017年、兵庫県私学振興協会の理事長に選任され就任する。 2017年7月より、国際ロータリー第2680地区の2017-2018年度、ガバナーに就任。
白井 浩司(しらい こうじ、1917年10月19日 - 20… 白井 浩司(しらい こうじ、1917年10月19日 - 2004年11月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 1917年、東京府で早川千吉郎の三男として生まれた。兄の次男とともに白井秀の養子となり、白井姓を名乗った。暁星中学校を経て、慶應義塾大学文学部仏文科に進学し卒業。 1942年、NHK国際局海外放送フランス語班に勤務。太平洋戦争終結後の1945年9月、NHKを退職。 1947年、母校慶應義塾大学予科講師となった。1951年、サルトルの『嘔吐』を翻訳。実存主義ブームのきっかけを作り、その後もカミュ、ロブ=グリエなどを翻訳紹介。1958年、慶應義塾大学文学部教授に昇格。
森 有正(もり ありまさ、1911年11月30日 - 197… 森 有正(もり ありまさ、1911年11月30日 - 1976年10月18日)は、日本の哲学者、フランス文学者。 東京府豊多摩郡淀橋町角筈(現・東京都新宿区西新宿)生まれ。明治時代の政治家森有礼の孫に当たる。父の森明は有礼の三男で、有馬頼寧の異父弟、キリスト教学者、牧師。母は伯爵徳川篤守の娘。祖母寛子は岩倉具視の五女。妹は世界平和アピール七人委員会の委員を務めた関屋綾子。 生後間もない1913年に洗礼を受けてクリスチャンとなり、6歳からフランス人教師のもとでフランス語、後にラテン語を学んだ。暁星小学校・暁星中学校から東京高等学校 (旧制)を経て1938年に東京帝国大学文学部哲学科を卒業(卒論は『パスカル研究』)、同大学院を経て東京帝国大学の特研生、副手、助手を歴任。
朝倉 季雄(あさくら すえお、1909年6月29日 - 20… 朝倉 季雄(あさくら すえお、1909年6月29日 - 2001年4月11日)は、日本の文学研究者、フランス語学者・フランス文学者。 東京生まれ。1922年 東京私立暁星小学校卒業。1927年東京私立暁星中学校卒業、1931年官立東京高等学校文科丙類卒業、1934年 東京帝国大学文学部仏蘭西文学科卒業。母校・暁星小学校の教師となる。1946年日本大学三島予科教授、1949年茨城大学助教授、1953年東京大学教養学部助教授。1959年9月よりNHK教育で始まったテレビフランス語講座の講師となる(1962年まで)。1961年東大教授、1970年定年退官、中央大学経済学部教授。1987年東京大学名誉教授。
渡辺 一夫(渡邊 一夫、わたなべ かずお、1901年(明治3… 渡辺 一夫(渡邊 一夫、わたなべ かずお、1901年(明治34年)9月25日 - 1975年(昭和50年)5月10日)は、日本のフランス文学者・評論家。東京大学名誉教授、日本学士院会員。ルネサンス期フランスのフランソワ・ラブレーやエラスムスなどの研究、及び『ガルガンチュワとパンタグリュエル』の日本語訳で知られる。 1901年、銀行家の長男として東京府で生まれた。暁星中学校でフランス語を始め、少年時代は巖谷小波や夏目漱石、芥川龍之介、十返舎一九、式亭三馬、『三国志』『西遊記』などを愛読し、詩や和歌も読む文学少年だった。第一高等学校文科丙類を経て、東京帝国大学文学部仏文学科に進学。辰野隆に師事し、鈴木信太郎、山田珠樹、豊島與志雄らの薫陶を受ける。
小牧 近江(こまき おうみ、1894年(明治27年)5月11… 小牧 近江(こまき おうみ、1894年(明治27年)5月11日 - 1978年(昭和53年)10月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家、社会科学者・社会運動家。法政大学教授。本名、近江谷 駧(おうみや こまき)。 秋田県の土崎港(つちざきみなと、現在の秋田市土崎港)生まれ。 東京の暁星中学中退後、1910年、第1回万国議員会議に出席する父近江谷栄次に連れられてフランスに渡り、家産が傾きアンリ4世校を放校になったもののパリ大学法学部入学。苦学の末、1918年(大正7年)卒業。この間、ロマン・ロランに傾倒。同地で小説家アンリ・バルビュスの「クラルテ運動」に共鳴し、反戦運動に参加。また、日本大使館に勤務した。
山内 義雄(やまのうち よしお、1894年3月22日 - 1… 山内 義雄(やまのうち よしお、1894年3月22日 - 1973年12月17日)は、日本のフランス文学者。早稲田大学などで教鞭を執りながら、多くの訳業を遺した。日本芸術院会員。 1894年(明治27年)、父通義、母テウの次男として、東京市牛込区(現在の東京都新宿区)市谷田町に生まれた。父は陸地測量部長を経て初代の陸軍砲工学校長を務めた陸軍工兵大佐であった。暁星小学校・同中学校を経て、1911年、東京外国語学校仏語科に進んだ。中学時代、永井荷風と上田敏の訳詩によりヴェルレーヌやボードレールを知り、原書を輸入して読み、また、作歌・詩作も試みた。 1915年(大正4年)、東京外国語学校を卒業し、家庭の事情で、希望の京都帝国大学文学部でなく、[要出典]法学部に入って、文学部上田敏教授の講義をその急逝までの1年余聴いて、直接の薫陶も受けた。