スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
蜂須賀 敬明(はちすか たかあき、1987年10月17日 -… 蜂須賀 敬明(はちすか たかあき、1987年10月17日 - )は、日本の小説家。 神奈川県横浜市出身。早稲田大学第二文学部を卒業する。2016年、『待ってよ』で日本文学振興会が主催する第23回松本清張賞を受賞する。同年、同作が刊行され、小説家デビューを果たす。 2017年に発表した『横浜大戦争』では、横浜市18区を擬人化した地域特性あふれる土地神たちが登場し話題を呼び、第4回神奈川本大賞を受賞。 「大学に在籍しているときから、文学部だから小説を書いてみようと思って書いていた」「もともと物語が好きだった」と語っている。スポーツジムでのアルバイト経験がある。趣味は、サイクリング、読書、ゲーム、野球観戦など。
福井 晴敏(ふくい はるとし、1968年〈昭和43年〉11月… 福井 晴敏(ふくい はるとし、1968年〈昭和43年〉11月15日 - )は、日本の小説家・漫画原作者・脚本家。東京都墨田区生まれ。私立高輪高等学校卒業、千葉商科大学商経学部経済学科中退。 福井本人は2021年において、自身を「アニメ作家」であると発言している。詳しくは後述。 大学中退後、警備員として働きながら小説の執筆を進める。ただしこれは、あまりにも暇な警備員生活で何か面白いことはないかと考えて書き始めただけのもので、当初は小説家になるつもりは全くなかったという。最初に書いた小説は原稿用紙5,000枚を超える大作で、本人は「たかが7人程度が面白いと言ったからといって、それで小説家になれるわけではないのに、おだてられて結局出版社に小説を送ってみようと思った」と語っている。
中部 博(なかべ ひろし 1953年9月5日 - )は、日本… 中部 博(なかべ ひろし 1953年9月5日 - )は、日本のノンフィクション作家。 東京都目黒区生まれ。1972年高輪学園高等学校卒。1975年から『週刊プレイボーイ』特派記者などで取材して書く編集仕事を始めた。『思想の科学』1978年2月号に「街の夢を通る子供たち」を発表してノンフィクションを書き始め、1979年6月に編著書『暴走族100人の疾走』(第三書館)でデビューした。『世界』『朝日ジャーナル』『話の特集』『宝島』などに寄稿した。 25歳だった1979年4月から2年間、NHK教育テレビ『若い広場』のレギュラー司会者をつとめ、テレビとラジオに活動の場を広げた。母親の介護とオートバイ事故のために1981年から6年間ほど活動を停止している。
結城 昌治(ゆうき しょうじ、1927年2月5日 - 199… 結城 昌治(ゆうき しょうじ、1927年2月5日 - 1996年1月24日)は、日本の小説家・推理作家。本名:田村 幸雄。都筑道夫の命名によるこの筆名は、本来「ゆうき・まさはる」と読ませたが、しょうじと誤読されることが多いため、そのまましょうじとなった。 まだ日本にハードボイルド小説というものが浸透していなかった時期にハードボイルドを書いたことから「ハードボイルド小説の先駆者」といわれる。生島治郎の筆名の名付親でもある。ユーモアミステリも多く、この分野においても天藤真を奮起させるなど、先覚の位置を占める。 1927年、東京市品川区生まれ。1939年、戸越小学校卒業。旧制中学受験に失敗して1年浪人する。
邦光 史郎(くにみつ しろう、1922年2月14日 - 19… 邦光 史郎(くにみつ しろう、1922年2月14日 - 1996年8月11日)は、日本の作家。本名:田中 美佐雄。父・力之助は時事新報の記者。妻は作家の田中阿里子。娘は作家・エッセイストの久我なつみ。 東京生まれ。高輪学園卒。父親の転勤で大阪に移り、東淀川区役所につとめる。応召し、広島第2総軍司令に在隊、1945年8月6日原爆に遭遇。同年10月に除隊し、京都で五味康祐らと『文学地帯』を創刊。のち放送作家となる。1962年『社外極秘』で直木賞候補。以後企業小説、推理小説、歴史推理小説、伝記小説を多数執筆。 戦前に保高徳蔵主宰の「文芸首都」懸賞に入選。戦時中は「新作家」同人となり、戦後は五味康祐とともに「文学地帯」を主宰し、十五日会に属する。
加藤 まさを(かとう まさを、1897年4月8日 - 197… 加藤 まさを(かとう まさを、1897年4月8日 - 1977年11月1日)は、日本の画家、詩人、小説家、イラストレーター。本名は正男。別名、藤枝春彦、蓮芳夫。立教大学在学中の1919年(大正8年)に刊行した『アンデルセン童話』、『花の精』などの絵はがきで一躍有名となり、大正末期から昭和初期にかけて、竹久夢二、高畠華宵、蕗谷虹児らとともに抒情画の全盛時代を築いた。童謡『月の沙漠』の作詞家としても知られる。 1897年(明治30年)4月8日、静岡県志太郡西益津村田中(現・藤枝市大手)に生まれる。幼少期を祖父母と共に藤枝で過ごす。父は浦和中学の教師を務めたが、後に東京の小学校校長を務めた。西益津尋常高等小学校(現在の藤枝市西益津小学校)3学年を終了後、1910年(明治43年)に父母のもとに上京し、早稲田中学校に入学。