スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
井出 新(いで あらた、1960年 - )は、日本の英文学者… 井出 新(いで あらた、1960年 - )は、日本の英文学者、イギリス文学者。専門は英文学、特にクリストファー・マーロウを中心とするイギリス・ルネサンス演劇、エリザベス朝演劇、初期近代イギリス文学。慶應義塾大学名誉教授。2026年、研究題目「Localizing Christopher Marlowe: His Life, Plays and Mythology, 1575-1593(『クリストファー・マーロウを局所化して考える:その生涯、作品、神話 1575-1593年』)」により、日本学士院賞を受賞した。 東京都世田谷区出身。明治学院高等学校を経て、明治学院大学文学部英文学科に進学し、同大学大学院文学研究科に進んだ。
もっと読む
伊藤 虎丸(いとう とらまる、1927年3月30日 - 20… 伊藤 虎丸(いとう とらまる、1927年3月30日 - 2003年1月31日)は、日本の中国文学者。専門は中国近現代文学、魯迅と日本の比較、郁達夫と創造社など。 東京都生まれ。1944年、旅順工科大学に入学するも、日本が敗戦して帰国。帰国後は肺結核を発病して5年間病床に就き、この間にキリスト教を信仰するようになる。1953年、東京教育大学文学部に入学し、中国文学を専攻する。同大学院を経て東京大学大学院中退。明治学院高等学校教諭、1963年広島大学教授、1973年和光大学教授、1980年東京女子大学教授。1995年明海大学教授、2000年退任、平和学園理事長。 2003年1月31日、肺炎のため死去。
もっと読む
李 光洙(イ・グァンス、1892年3月5日 - 1950年1… 李 光洙(イ・グァンス、1892年3月5日 - 1950年10月25日)は、朝鮮の文学者、思想家。「朝鮮近代文学の祖」とも言われる。本貫は全州李氏。号は「春園」(チュンウォン、춘원)。創氏改名時の日本名は「香山光郎」(かやま みつろう)。 平安北道義州府定州郡出身。10歳の時に両親をコレラで亡くす。1905年に一進会の留学生に選抜され、日本の大成尋常中学校を経て、明治学院普通学部在学中に小説の執筆活動を始める。帰国後、五山学校に赴任。一時シベリアを放浪するが、ロシア帝国の第一次世界大戦を受け帰国。日本に再留学し、早稲田大学に入学。在学中に『無情』を発表。1919年、三・一運動に先立って、ほかの朝鮮人留学生とともに「二・八独立宣言」の起草に加わった後、上海に亡命、大韓民国臨時政府樹立に加わり独立新聞の編集長に就任する。
もっと読む
戸川 秋骨 (とがわ しゅうこつ、1871年2月7日(明治3… 戸川 秋骨 (とがわ しゅうこつ、1871年2月7日(明治3年12月18日) - 1939年(昭和14年)7月9日)は、日本の評論家、英文学者、教育者、翻訳家、随筆家。別号は秋骨のほか、棲月・早川鴎村、早川漁郎・蒼梧桐・長帆・かげろふなど。 明治3年、等照とジュンの長男として、肥後国玉名郡岩崎村(現:熊本県玉名市)に生まれた。生まれ年から、明三と名付けられた。等照は熊本藩の支藩高瀬藩の藩士で、家老の原家から養子入りしていた。1877年、一族と上京し、東京師範学校附属小学校(現:筑波大学附属小学校)に入り、巴町の鞆絵小学校(現:港区立御成門小学校)に転じた。 世を捨てた父よりは、その実弟に躾けられ、1883年(12歳)、大阪へ伴われて大阪中学校(旧制三高の前身)に学ぶかたわら、漢訳の聖書や英語を習った。
もっと読む
馬場 孤蝶(ばば こちょう、1869年12月10日(明治2年… 馬場 孤蝶(ばば こちょう、1869年12月10日(明治2年11月8日) - 1940年(昭和15年)6月22日)は、日本の英文学者、評論家、翻訳家、詩人、慶應義塾大学教授。 孤蝶は土佐藩士馬場来八の四男として、土佐国土佐郡(現・高知市)に生まれた。本名は勝弥といい、19歳上の次兄に自由民権運動家の馬場辰猪がいる。病弱で就学せずに、1878年両親と上京し、下谷茅町(現・台東区池之端二丁目)の忍ヶ丘小学校から三菱商業学校に進んで中退し、1884年から、共立学校で英語を学んだ。少年期から寄席に入り浸った。浄瑠璃を語った。弓術・盆栽・将棋・パイプ・俳画・古書漁り・旅行と、趣味が広かった。 1889年(明治22年)(20歳)、明治学院2年に入学し、島崎藤村、戸川秋骨と同級になった。
もっと読む