スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松田 かほり(まつだ かほり、本名非公開、1964年10月1… 松田 かほり(まつだ かほり、本名非公開、1964年10月16日- )は、日本の女優。東京都出身。 跡見学園高校卒業後、日本大学芸術学部演劇学科演技コースに入学、1987年3月に卒業。 在学中は、寺山修司の流れをひく劇団プア・ハウス、劇団キラークィーンなどの小劇場の芝居に出演している。 卒業後、演出家の蜷川幸雄が主宰する、いわば蜷川の私塾と位置づけられる「ニナガワスタジオ」に所属し、スタジオ公演に出演する一方、近松心中物語など蜷川の演出する商業演劇にも出演する。ニナガワスタジオ改めニナガワカンパニーは2000年に退団。 この後、アクターズエージェンシーに所属するが同社は2007年に破綻。 松田かほりは、蜷川の舞台に加え、カムカムミニキーナ、劇団扉座、TDC(シアタードリームズ・カンパニー、麻丘めぐみ主宰の演劇ユニット)、まつだおかだ(岡田由記子との二人の演劇ユニット)、大森そして故林(東京ヴォードヴィルショーの大森ヒロシと故林広志のプロデュースユニット)、おしばぁいおりん(ヴァイオリニスト西谷国登のユニット)などの舞台に出演している。
中村 久美(なかむら くみ、1961年〈昭和36年〉5月30… 中村 久美(なかむら くみ、1961年〈昭和36年〉5月30日 - )は、日本の女優。東京都出身。特技はピアノ、日本舞踊、薩摩琵琶、和裁。株式会社トリプルエー所属。 幼少期は千葉県松戸市にも居住した。高校生時代に才賀明主宰の養成所に通い、『草燃える』でデビュー。ピアノを3歳から習い、小学生の時からはクラシックバレエも習っていた。この他、日舞、茶道、三味線、琴も習っていたといい、ピアノはドラマ内でも披露している(『おみやさん』)。20歳代の頃は『GORO』や『写楽』などでヌードを発表した。 両親はともに長野県千曲市出身。1984年に小林薫と結婚したが、1995年に離婚。 ※ すべて日本コロムビアより発売
絵門 ゆう子(えもん ゆうこ、本名:三門 裕子〈みかど ゆう… 絵門 ゆう子(えもん ゆうこ、本名:三門 裕子〈みかど ゆうこ〉、1957年〈昭和32年〉3月18日 - 2006年〈平成18年〉4月3日)は、日本の元アナウンサー、女優、エッセイスト、産業カウンセラーである。NHK時代は旧姓名の堀内 裕子(ほりうち ゆうこ)→池田 裕子(いけだ ゆうこ)と名乗っていた。女優時代の芸名は桐生 裕子→桐生 ユウ子→桐生 ゆう子(きりゅう ゆうこ)であった。 父は元整理回収機構監査役の堀内好訓(ほりうち よしくに、1928年4月29日 - )。親戚に元日本銀行総裁の三重野康がいる。 1957年、東京生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1979年、NHKにアナウンサーとして入局。
しめぎ しがこ(旧芸名:標 滋賀子(出生名、読みは同じ)、し… しめぎ しがこ(旧芸名:標 滋賀子(出生名、読みは同じ)、しめぎ・しがこ。1939年8月1日 - )は、日本の女優。東京府東京市神田区(現・東京都千代田区神田)出身。跡見学園高等学校卒業。 俳優座養成所を経て文学座に所属。1960年頃から日活や大映、東映製作の映画・テレビドラマを中心に活躍した。1970年代前半に芸能界を引退している。
小田切 みき(おだぎり みき、1930年6月29日 - 20… 小田切 みき(おだぎり みき、1930年6月29日 - 2006年11月28日)は、日本の女優。本名:四方 美喜(よも みき)、旧姓:山藤(さんとう)。チャコちゃんこと四方晴美の母としても知られる。 東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町(現在の東京都渋谷区千駄ヶ谷)生まれ。幼時より日本舞踊の英才教育を受け、新協劇団で子役として活躍。1935年、『夜明け前』で初舞台を踏む。 1938年、山本薩夫監督の『田園交響楽』で映画に初出演。この時の芸名は富士山君子。 1948年、跡見高等女学校卒業、1954年、俳優座養成所を第3期生として卒業。 俳優座研究生時代、1952年に黒澤明『生きる』の志村喬の部下役として抜擢され、役名の"小田切とよ"から苗字を取って小田切みきを名乗る。
森 赫子(もり かくこ、1914年6月2日 - 1986年4… 森 赫子(もり かくこ、1914年6月2日 - 1986年4月14日)は、日本の女優、作家。 東京府渋谷町猿楽生まれ。岩谷松平の孫。旧姓は岩谷。跡見高等女学校卒。伯母森律子の養女となる。1932年松竹蒲田撮影所に入り、映画女優でデビュー。1934年新派に転向、花柳章太郎の相手役として活躍。1939年映画「残菊物語」で花柳の相手役を演じた。1956年失明して引退。同年、失明寸前に書き上げた自伝「女優」を出版。ベストセラーになり「書きますわよ」の流行語を生んだ。同作は映画化された(女優 (1956年の映画))。
橘 喜久子(たちばな きくこ、1909年10月2日 - 19… 橘 喜久子(たちばな きくこ、1909年10月2日 - 1968年12月5日)は、日本の女優。女優の大山デブ子は妹。 本名、石川政子。大阪市東区出身。1924年、松竹下加茂撮影所へ入社。「繞る秘密」(ヘンリー小谷監督)でデビュー。1925年、蒲田に移り、「孔雀の光」全6編でヒロインを演じたが、病気退社。1927年ヤマト映画製作所、1928年河合映画に入社する。葉山純之輔、雲井竜之介らの相手役で現・時代劇に出演し、1933年大都映画に改称後も多くの作品に助演。1942年合併で大映東京撮影所に所属し、1967年「早射ち犬」を最後に引退した。1968年12月5日、59歳で死去した。
三好 栄子(みよし えいこ、1894年4月8日 - 1963… 三好 栄子(みよし えいこ、1894年4月8日 - 1963年7月28日)は、日本の女優である。東京市出身。夫は映画プロデューサーの森田信義。黒澤明映画をはじめ多くの東宝映画に出演した。出生名は宮田 ハル(みやた はる)、結婚後の本名は森田 ハル(もりた はる)。 東京市神田区神保町出身。1912年、跡見高等女学校を卒業後、島村抱月が結成し、松井須磨子らが所属する芸術座の演劇学校に入校する。1915年、三好栄子の芸名を名乗り、浪花座での大阪公演『清盛と仏御前』で初舞台を踏む。トルストイ作の『復活』や『アンナ・カレニナ』などの舞台に立ち、着実にキャリアを積むが、松井須磨子と衝突して芸術座を脱退し、同じく芸術座を脱退していた沢田正二郎に誘われて、1917年、新国劇結成に参加する。
森 律子(もり りつこ、1890年10月30日 - 1961… 森 律子(もり りつこ、1890年10月30日 - 1961年7月22日)は、日本の女優。最初期の女優として、また元代議士を父に持つお嬢様女優として話題を集め、喜劇を得意とした。 東京府東京市京橋区日吉町(現・東京都中央区銀座8丁目)生まれ。父は愛媛県松山出身の弁護士・衆議院議員の森肇(1864年-1927年)。肇は長髪がトレードマークの熱血漢であると同時に、癇癪を起こすと自宅で銃や日本刀を振り回すような暴君でもあり法曹界の名物男として有名だった。 跡見女学校卒業後、築地のサンマース、女子語学校専科で英語を学ぶ。1908年川上貞奴の帝国女優養成所に入り、帝劇女優第一期生となる。当時、芸人は卑しい職業とされていたため、跡見女学校の同窓会から除名されたとの説を福田和也らが書いているが、実際にはその後も同窓会に出席している。