スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小田 安珠(おだ あんじゅ、1998年8月3日 - )は、元… 小田 安珠(おだ あんじゅ、1998年8月3日 - )は、元青森放送のアナウンサー。身長は170cm。 東京都中央区日本橋出身。跡見学園中学校、日出高等学校、慶應義塾大学文学部人文社会学科民族学考古学専攻卒業。 中学3年生の時に「第38回ホリプロスカウトキャラバン」でファイナリストに選出され、ホリプロのホリプロ・インプルーブメント・アソシエ―ションに所属していた。 2015年に放送されたかっぱ寿司のテレビCMでは女子高生役を演じた。 2018年にミス慶應グランプリ、2020年にはミス日本グランプリを受賞。 2022年4月、青森放送に入社。入社直後にRABニュースレーダーのサブキャスターに就任。2024年3月31日をもって青森放送を退社。
冨田 真紀子(とみた まきこ、1991年8月2日 - )は、… 冨田 真紀子(とみた まきこ、1991年8月2日 - )は、日本の元ラグビーユニオン女子日本代表選手。 1991年8月2日、岡山県出身で千葉県育ち。跡見学園中学校・高等学校⇒早稲田大学国際教養学部卒業。 中学校まではバスケットボールをやっていたが、成長痛の治療で通院していた医療施設の関係者から「これからはラグビーの時代」という話を聞かされて、ラグビーのクラブチーム『世田谷区ラグビースクールレディース』(通称:世田谷レディース)の練習を見学したことがきっかけでラグビーを中学校3年より始める。父は関西学院大学で主将を務めたことのある元ラグビー選手であったため、娘がラグビーを始めたことを喜んで練習相手を買って出たこともあったという。
尾島 沙緒里(おじま さおり、1991年5月23日 - )は… 尾島 沙緒里(おじま さおり、1991年5月23日 - )は、フリーアナウンサー。TBSスパークル(旧:キャスト・プラス)所属。 埼玉県さいたま市出身。 跡見学園中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、2014年4月に山口朝日放送に入社。同期入社は浅野航平・宇野名都美・山崎彩紗。入社後は主に『Jチャンやまぐち』などニュース番組を担当した。 2015年、テレビ朝日に出向し政治部記者を1年間務める。 2016年からキャスト・プラス(後にTBSスパークルへ吸収合併)所属のフリーアナウンサーとなり、同年4月より『TBSニュースバード』(現 『TBS NEWS』)にキャスターとして出演。同期加入の上野愛奈(1991年8月16日生)と共に、平成生まれ&1990年代生まれ初のニュースバードキャスターとなった。
大家 彩香(おおいえ あやか、1989年7月24日 - )は… 大家 彩香(おおいえ あやか、1989年7月24日 - )は、フリーアナウンサー。元札幌テレビ放送アナウンサー。テレビ朝日アスク出身。身長155cm。 東京都出身。跡見学園中学校・高等学校、フェリス女学院大学卒業後、2012年4月入社、『どさんこワイド179』でアナウンサーデビュー。2014年から『どさんこワイド!!朝!』に出演。早朝番組のため、夜7時には就寝し、目覚まし時計3個を鳴らし1時に起床しているという。 2016年からは、元々ナレーションとして出演していた北海道の各地でロケを行うSTVのバラエティ番組『1×8いこうよ!』に木村洋二の代理で出演。その後も木村の代理で、レギュラーの大泉洋と度々共演、2017年からは番組リニューアルに伴い進行役となった。
高木 里代子(たかぎ りよこ、1984年9月20日 )は、日… 高木 里代子(たかぎ りよこ、1984年9月20日 )は、日本のジャズ・ピアニスト。 東京都出身。4歳からピアノを始めヤマハにてクラシック・ピアノと作曲を学ぶ。慶應義塾大学在学中から都内ジャズ・クラブ、ライブハウスなどでの活動を本格化させる。 2007年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。 2008年、クラブ系ハウスユニットInner City Jam Orchestraのキーボーディストとしても活動開始。 2014年、ダイナースクラブ主催の動画コンテストで人気投票1位を獲得。ブルーノートへ出演。リー・リトナー他と共演。 2014年6月、リー・リトナーが主催するコンペティション、シックス・ストリング・セオリーへ挑戦権を得て挑み、ピアノ部門世界第4位入賞。
林 暁代(はやし あきよ、1981年3月7日 - )は、日本… 林 暁代(はやし あきよ、1981年3月7日 - )は、日本のフリーアナウンサー。オールウェーブ・アソシエツ所属。 東京都出身。跡見学園中学校・高等学校、日本大学芸術学部を卒業後、2003年4月に愛媛朝日テレビ (eat) に入社。同期に元同局アナウンサーの浦本可奈子がいる。 2006年3月31日付で愛媛朝日テレビを退社。オールウェーブ・アソシエツ所属のフリーアナウンサーとなり、2007年4月から日経CNBCのキャスターを務めていた。2012年からはKEE'Sアナウンススクールの講師を務めている。 既婚者で、2児の母。
大渕 愛子(おおぶち あいこ、1977年〈昭和52年〉8月1… 大渕 愛子(おおぶち あいこ、1977年〈昭和52年〉8月12日 - )は、日本の弁護士である。アムール法律事務所代表弁護士。東京弁護士会所属(登録番号:28914、登録年度:2001年)。2025年現在タレント活動はほとんど行っていないが、芸能事務所タイタンに所属している。 東京都で生まれ、跡見学園中学校・高等学校、中央大学法学部を卒業した。姉がいる。祖父は名古屋高等検察庁の検事長で一族に裁判官や検事が多かった。 大学在学中の1999年に旧司法試験に合格し、司法修習54期を経て東京弁護士会に登録し、2001年に糸賀法律事務所へ入所。 2010年に独立して法律事務所インフィニティを開所し、2011年にアムール法律事務所へ名称を変更して銀座から表参道へ移転。
康本 雅子 (やすもと まさこ、1974年3月16日 - )… 康本 雅子 (やすもと まさこ、1974年3月16日 - )は、日本のダンサー・振付家。東京都千代田区出身。 跡見学園中学校・高等学校卒業後、東京造形大学に進学するも2年で中退。その後、一人でタイ・ネパール・インドなどアジア諸国、オーストラリア、アフリカ等を旅した際に出会ったダンスに影響を受ける。その後の活動において、日本のコンテンポラリー・ダンス界で異彩を放ち、現在も注目を集めている。 Mr.Children、一青窈をはじめとする著名ミュージシャンのプロモーションビデオや、松尾スズキの舞台で振付を担当するなど、多方面で活動を展開中である。
吉野 文(よしの あや、1968年6月22日 ‐ )は、テレ… 吉野 文(よしの あや、1968年6月22日 ‐ )は、テレビ東京アニメ局プロデューサー。元テレビ東京アナウンサー。千葉県出身。跡見学園中学校・高等学校、跡見学園女子大学文学部卒業。身長161cm。血液型B型。 1991年テレビ東京入社。1993年、パーソナリティ室(当時。現在のアナウンス部)に異動。2000年7月の人事異動でアナウンス室を離れた。2017年5月現在はアニメ局アニメ制作部所属。「デュエル・マスターズ」や「ジュエルペット」などの子供向けアニメを中心にプロデュースしている。また、テレビ東京ウルトラシリーズ(2011年~)も開始当初から2020年3月まで担当していた。 2020年4月以降は大石淳子が吉野の枠を担当しており、吉野自身の新規担当作品もなく現在の動向は不明である。
松田 かほり(まつだ かほり、本名非公開、1964年10月1… 松田 かほり(まつだ かほり、本名非公開、1964年10月16日- )は、日本の女優。東京都出身。 跡見学園高校卒業後、日本大学芸術学部演劇学科演技コースに入学、1987年3月に卒業。 在学中は、寺山修司の流れをひく劇団プア・ハウス、劇団キラークィーンなどの小劇場の芝居に出演している。 卒業後、演出家の蜷川幸雄が主宰する、いわば蜷川の私塾と位置づけられる「ニナガワスタジオ」に所属し、スタジオ公演に出演する一方、近松心中物語など蜷川の演出する商業演劇にも出演する。ニナガワスタジオ改めニナガワカンパニーは2000年に退団。 この後、アクターズエージェンシーに所属するが同社は2007年に破綻。 松田かほりは、蜷川の舞台に加え、カムカムミニキーナ、劇団扉座、TDC(シアタードリームズ・カンパニー、麻丘めぐみ主宰の演劇ユニット)、まつだおかだ(岡田由記子との二人の演劇ユニット)、大森そして故林(東京ヴォードヴィルショーの大森ヒロシと故林広志のプロデュースユニット)、おしばぁいおりん(ヴァイオリニスト西谷国登のユニット)などの舞台に出演している。
尾花 紀子(おばな のりこ、1961年8月16日 - )は、… 尾花 紀子(おばな のりこ、1961年8月16日 - )は、日本のコンサルタント、アナリスト。東京都出身。 跡見学園中学校・高等学校、跡見学園女子大学文学部美学美術史学科卒業。1984年日本アイ・ビー・エム入社。同社のコンサルタントを経て、2005年に退職してフリーランスになる。情報モラル・インターネットリテラシー教育や普及・啓蒙活動を行っている。 安心ネットづくり促進協議会普及啓発委員会副委員長、内閣府青少年インターネット環境の整備等に関する検討会専門委員、モバイルコンテンツ審査・運用監視機構理事、モバイル文化研究会ユーザ分科会議長、GREEの利用環境向上委員会メンバーなどを務めた。
中村 久美(なかむら くみ、1961年〈昭和36年〉5月30… 中村 久美(なかむら くみ、1961年〈昭和36年〉5月30日 - )は、日本の女優。東京都出身。特技はピアノ、日本舞踊、薩摩琵琶、和裁。株式会社トリプルエー所属。 幼少期は千葉県松戸市にも居住した。高校生時代に才賀明主宰の養成所に通い、『草燃える』でデビュー。ピアノを3歳から習い、小学生の時からはクラシックバレエも習っていた。この他、日舞、茶道、三味線、琴も習っていたといい、ピアノはドラマ内でも披露している(『おみやさん』)。20歳代の頃は『GORO』や『写楽』などでヌードを発表した。 両親はともに長野県千曲市出身。1984年に小林薫と結婚したが、1995年に離婚。 ※ すべて日本コロムビアより発売
野坂 悦子(のざか えつこ、1959年 - )は、日本の翻訳… 野坂 悦子(のざか えつこ、1959年 - )は、日本の翻訳家、作家。 東京都生まれ。跡見学園高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英文学科を卒業。外資系会社に就職後、出版エージェントに転職。1985-90年にオランダ、フランスに滞在。1989年、ハリエット・ヴァン・レーク(英語版)/作『レナレナ』(リブロポート刊)で翻訳家としてデビュー。以降、オランダ語を中心にして英語、フランス語も含めた児童書・絵本の翻訳を行う。ベッテ・ウェステラ(英語版)/文&ハルメン・ファンストラーテン(英語版)/絵の『おじいちゃん わすれないよ』(金の星社)で第50回(2003年)産経児童出版文化賞大賞を受賞。また、1990年代から2004年まで、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の図録翻訳に携わり、各地の美術館で開催された産経新聞社主催「オランダ絵本作家展」(2007~2008年)、「ベルギー絵本作家展」(2010~2011年)の監修、および「オランダの金の筆と銀の筆 ― 子どもの本の世界」展(2018年、東京上野・国立国会図書館国際子ども図書館)などにもオランダ、ベルギーの児童文学に詳しい翻訳者として協力している。
絵門 ゆう子(えもん ゆうこ、本名:三門 裕子〈みかど ゆう… 絵門 ゆう子(えもん ゆうこ、本名:三門 裕子〈みかど ゆうこ〉、1957年〈昭和32年〉3月18日 - 2006年〈平成18年〉4月3日)は、日本の元アナウンサー、女優、エッセイスト、産業カウンセラーである。NHK時代は旧姓名の堀内 裕子(ほりうち ゆうこ)→池田 裕子(いけだ ゆうこ)と名乗っていた。女優時代の芸名は桐生 裕子→桐生 ユウ子→桐生 ゆう子(きりゅう ゆうこ)であった。 父は元整理回収機構監査役の堀内好訓(ほりうち よしくに、1928年4月29日 - )。親戚に元日本銀行総裁の三重野康がいる。 1957年、東京生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1979年、NHKにアナウンサーとして入局。
栗本 薫(くりもと かおる、女性、1953年〈昭和28年〉2… 栗本 薫(くりもと かおる、女性、1953年〈昭和28年〉2月13日 - 2009年〈平成21年〉5月26日)は、日本の小説家・評論家。日本SF作家クラブ会員、日本推理作家協会員、日本ペンクラブ会員、日本文藝家協会員、日中文化交流協会員。 代表作は『グイン・サーガ』、『魔界水滸伝』、『伊集院大介』シリーズなど。『グイン・サーガ』は序盤が英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語、韓国語に翻訳されている。 また、中島 梓(なかじま あずさ)名義で、メディアへの出演、評論活動や作詞作曲、ピアノ演奏、ミュージカルの脚本・演出なども手がけた。 夫は『S-Fマガジン』第6代編集長を務め、天狼プロダクションを経営する今岡清。
しめぎ しがこ(旧芸名:標 滋賀子(出生名、読みは同じ)、し… しめぎ しがこ(旧芸名:標 滋賀子(出生名、読みは同じ)、しめぎ・しがこ。1939年8月1日 - )は、日本の女優。東京府東京市神田区(現・東京都千代田区神田)出身。跡見学園高等学校卒業。 俳優座養成所を経て文学座に所属。1960年頃から日活や大映、東映製作の映画・テレビドラマを中心に活躍した。1970年代前半に芸能界を引退している。
小田切 みき(おだぎり みき、1930年6月29日 - 20… 小田切 みき(おだぎり みき、1930年6月29日 - 2006年11月28日)は、日本の女優。本名:四方 美喜(よも みき)、旧姓:山藤(さんとう)。チャコちゃんこと四方晴美の母としても知られる。 東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町(現在の東京都渋谷区千駄ヶ谷)生まれ。幼時より日本舞踊の英才教育を受け、新協劇団で子役として活躍。1935年、『夜明け前』で初舞台を踏む。 1938年、山本薩夫監督の『田園交響楽』で映画に初出演。この時の芸名は富士山君子。 1948年、跡見高等女学校卒業、1954年、俳優座養成所を第3期生として卒業。 俳優座研究生時代、1952年に黒澤明『生きる』の志村喬の部下役として抜擢され、役名の"小田切とよ"から苗字を取って小田切みきを名乗る。
高田 敏子(たかだ としこ、1914年9月16日 - 198… 高田 敏子(たかだ としこ、1914年9月16日 - 1989年5月28日)は、日本の詩人。 女学校時代から詩作を始める。結婚後は主婦・母親の視点で日常生活の哀歓を平明な言葉でうたい、好評を得た。詩集に『月曜日の詩集』(1962年)、『藤』(1967年)、『夢の手』(1985年)などがある。 東京市日本橋区(現東京都中央区)の陶器卸業の次女として誕生する。跡見女学校(現跡見学園女子大学・跡見学園中学校・高等学校)卒業。学校卒業後に兄の友人と結婚。 1946年に台湾から引揚げて詩作を開始。 1949年、「若草」に投稿した「夜のフラスコの底に」で注目を浴びる。 1960年より1963年までは朝日新聞に詩を連載する(毎週月曜日)。
森 赫子(もり かくこ、1914年6月2日 - 1986年4… 森 赫子(もり かくこ、1914年6月2日 - 1986年4月14日)は、日本の女優、作家。 東京府渋谷町猿楽生まれ。岩谷松平の孫。旧姓は岩谷。跡見高等女学校卒。伯母森律子の養女となる。1932年松竹蒲田撮影所に入り、映画女優でデビュー。1934年新派に転向、花柳章太郎の相手役として活躍。1939年映画「残菊物語」で花柳の相手役を演じた。1956年失明して引退。同年、失明寸前に書き上げた自伝「女優」を出版。ベストセラーになり「書きますわよ」の流行語を生んだ。同作は映画化された(女優 (1956年の映画))。
橘 喜久子(たちばな きくこ、1909年10月2日 - 19… 橘 喜久子(たちばな きくこ、1909年10月2日 - 1968年12月5日)は、日本の女優。女優の大山デブ子は妹。 本名、石川政子。大阪市東区出身。1924年、松竹下加茂撮影所へ入社。「繞る秘密」(ヘンリー小谷監督)でデビュー。1925年、蒲田に移り、「孔雀の光」全6編でヒロインを演じたが、病気退社。1927年ヤマト映画製作所、1928年河合映画に入社する。葉山純之輔、雲井竜之介らの相手役で現・時代劇に出演し、1933年大都映画に改称後も多くの作品に助演。1942年合併で大映東京撮影所に所属し、1967年「早射ち犬」を最後に引退した。1968年12月5日、59歳で死去した。
川島 芳子(かわしま よしこ、1907年5月24日(光緒33… 川島 芳子(かわしま よしこ、1907年5月24日(光緒33年4月12日) - 1948年3月25日)は、清朝の皇族・第10代粛親王善耆の第十四王女。本名は愛新覺羅顯㺭(あいしんかくら けんし)、字は東珍、漢名は金璧輝、俳名は和子。他に芳麿、良輔と名乗っていた時期もある。 8歳のとき、粛親王の顧問だった川島浪速の養女となり日本で教育を受けた。1927年に旅順のヤマトホテルで、関東軍参謀長の斎藤恒の媒酌で蒙古族のカンジュルジャブと結婚式をあげた。カンジュルジャブは、川島浪速の満蒙独立運動と連携して挙兵し、1916年に中華民国軍との戦いで戦死したバボージャブ将軍の次男にあたり、早稲田大学を中退後1925年「韓紹約」名で陸軍士官学校に入学していた。
芥川 文(あくたがわ ふみ、1900年7月8日 - 1968… 芥川 文(あくたがわ ふみ、1900年7月8日 - 1968年9月11日)は、作家芥川龍之介の妻。旧姓:塚本。俳優芥川比呂志(長男)と作曲家芥川也寸志(三男)の母。次男芥川多加志は父龍之介に似て最も文学志向が強かったが、第二次世界大戦で戦死した。 東京府(現東京都)生まれ。海軍少佐塚本善五郎の娘。1904年5月15日、旅順港近海で戦艦「初瀬」に第一艦隊第一戦隊先任参謀として乗艦していた父が「初瀬」沈没時に戦死。葬儀に参加した東郷平八郎連合艦隊司令長官は文を抱き上げ、秋山真之参謀はピアノを練習するよう薦めた。一家の大黒柱を失った母は、実家である山本家に寄寓する。このとき、母の末弟山本喜誉司の東京府立第三中学校以来の親友芥川龍之介と知り合う。
季子女王(すえこじょおう、1898年〈明治31年〉11月2日… 季子女王(すえこじょおう、1898年〈明治31年〉11月2日 - 1914年〈大正3年〉7月17日)は、日本の皇族。閑院宮載仁親王の第3女子。母は、三条実美公爵令嬢・智恵子。身位は女王で、皇室典範における敬称は殿下。腎臓病によって、15歳で夭折した。
黒田 茂子(くろだ しげこ、1897年〈明治30年〉5月29… 黒田 茂子(くろだ しげこ、1897年〈明治30年〉5月29日 - 1991年〈平成3年〉6月26日)は、日本の元皇族。黒田長礼侯爵夫人。閑院宮載仁親王の第2女子。母は、三条実美公爵令嬢・智恵子。旧名は、茂子女王(しげこじょおう)。皇籍離脱前の身位は女王で、皇室典範における敬称は殿下。 1897年(明治30年)5月29日、閑院宮載仁親王と同妃智恵子の第2女子(第3子)として誕生。1914年(大正3年)1月21日、黒田長礼(黑田長禮、黒田長成侯爵の嫡男)に降嫁した。1978年(昭和53年)4月16日に夫・長礼が没した後、茂子は「黒田家什宝は美術工芸品であっても、郷土福岡との関連において役立てるべき歴史的文化財である」ため、それらを故郷に帰すという亡夫の遺志を継ぎ、同年9月19日に国宝・漢委奴国王印をはじめ黒田家に伝来した文化財や歴史資料を『黒田資料』として一括して福岡市へ寄贈した。
安藤 恭子(あんどう ゆきこ、1896年〈明治29年〉5月1… 安藤 恭子(あんどう ゆきこ、1896年〈明治29年〉5月13日 - 1992年〈平成4年〉12月28日)は、日本の子爵安藤信昭の夫人。元皇族で、旧名は恭子女王(ゆきこじょおう)。閑院宮載仁親王の第1女子。母は、三条実美公爵令嬢・智恵子。皇籍離脱前の身位は女王で、皇室典範における敬称は殿下。 1896年(明治29年)5月13日、閑院宮載仁親王と同妃智恵子の第1女子(第2子)として誕生。 1915年(大正4年)、従五位子爵安藤信昭との結婚が決まると、同年8月24日に宮中三殿を参拝し、9月2日には、皇太子裕仁親王から御悦として紅白縮緬が贈られた。翌9月3日に降嫁した。 1992年(平成4年)12月28日、96歳で逝去した。
三好 栄子(みよし えいこ、1894年4月8日 - 1963… 三好 栄子(みよし えいこ、1894年4月8日 - 1963年7月28日)は、日本の女優である。東京市出身。夫は映画プロデューサーの森田信義。黒澤明映画をはじめ多くの東宝映画に出演した。出生名は宮田 ハル(みやた はる)、結婚後の本名は森田 ハル(もりた はる)。 東京市神田区神保町出身。1912年、跡見高等女学校を卒業後、島村抱月が結成し、松井須磨子らが所属する芸術座の演劇学校に入校する。1915年、三好栄子の芸名を名乗り、浪花座での大阪公演『清盛と仏御前』で初舞台を踏む。トルストイ作の『復活』や『アンナ・カレニナ』などの舞台に立ち、着実にキャリアを積むが、松井須磨子と衝突して芸術座を脱退し、同じく芸術座を脱退していた沢田正二郎に誘われて、1917年、新国劇結成に参加する。
森 律子(もり りつこ、1890年10月30日 - 1961… 森 律子(もり りつこ、1890年10月30日 - 1961年7月22日)は、日本の女優。最初期の女優として、また元代議士を父に持つお嬢様女優として話題を集め、喜劇を得意とした。 東京府東京市京橋区日吉町(現・東京都中央区銀座8丁目)生まれ。父は愛媛県松山出身の弁護士・衆議院議員の森肇(1864年-1927年)。肇は長髪がトレードマークの熱血漢であると同時に、癇癪を起こすと自宅で銃や日本刀を振り回すような暴君でもあり法曹界の名物男として有名だった。 跡見女学校卒業後、築地のサンマース、女子語学校専科で英語を学ぶ。1908年川上貞奴の帝国女優養成所に入り、帝劇女優第一期生となる。当時、芸人は卑しい職業とされていたため、跡見女学校の同窓会から除名されたとの説を福田和也らが書いているが、実際にはその後も同窓会に出席している。
岡本 かの子(おかもと かのこ、本名:岡本 カノ、旧姓:大貫… 岡本 かの子(おかもと かのこ、本名:岡本 カノ、旧姓:大貫(おおぬき)、1889年〈明治22年〉3月1日 - 1939年〈昭和14年〉2月18日)は、日本の大正・昭和期の小説家、歌人、仏教研究家。 東京府東京市赤坂区青山南町(現東京都港区青山)生まれ。跡見女学校卒業。漫画家岡本一平と結婚し、芸術家岡本太郎を生んだ。 若年期は歌人として活動しており、その後は仏教研究家として知られた。小説家として実質的にデビューしたのは晩年であったが、生前の精力的な執筆活動から、死後多くの遺作が発表された。耽美妖艶の作風を特徴とする。私生活では、夫一平と「奇妙な夫婦生活」を送ったことで知られる。 代々幕府や諸藩の御用達を業としていた豪商の大和屋大貫家の別邸で誕生。
物集 和子(もずめ かずこ、1888年(明治21年)10月2… 物集 和子(もずめ かずこ、1888年(明治21年)10月26日 - 1979年(昭和54年)7月27日)は、日本の小説家、掃苔家。藤岡 一枝とも。本名は藤浪和。 国学者・物集高見の娘で、放射線医学者(慶應義塾大学教授)の藤浪剛一の妻。実兄の物集高量は国文学者、姉は同じく小説家の大倉燁子(本名は芳子)。義兄の藤浪鑑は病理学者(京都帝国大学教授)。また、親族に女優の早瀬久美がいる(姉妹の物集千代子の孫)。 東京府東京市本郷区駒込千駄木林町(現在の東京都文京区千駄木)出身、跡見高等女学校卒業。 文学を志して姉の芳子とともに二葉亭四迷に弟子入りしたが、1908年(明治41年)、二葉亭は朝日新聞社特派員としてロシアに赴任することになったので、同社の同僚であった夏目漱石に物集姉妹の世話を依頼した。
山本 有三(やまもと ゆうぞう、1887年〈明治20年〉7月… 山本 有三(やまもと ゆうぞう、1887年〈明治20年〉7月27日 - 1974年〈昭和49年〉1月11日)は、大正から昭和にかけて活躍した日本の小説家、劇作家、政治家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。名誉三鷹市民。本名は山本 勇造。 人道的な社会劇作家として名を成し、『嬰児殺し』『坂崎出羽守』『同志の人々』などを発表。その後、小説に転じて『波』『女の一生』『真実一路』『路傍の石』などを書き、理想主義の立場から人生の意味を平明な文体で問いかけた作風で広く読まれた。 第二次世界大戦後は貴族院勅選議員。のち参議院議員として新仮名遣い制定など国語国字問題に尽力した。 呉服商の子として栃木県下都賀郡栃木町(現在の栃木市)に生まれる。
九条 恵子(くじょう やすこ、1876年(明治9年)12月1… 九条 恵子(くじょう やすこ、1876年(明治9年)12月19日 - 1956年(昭和31年)5月8日)は、公爵・九条道実(九条道孝の長男)の妻。大谷光瑩の次女。母は木下俊愿の三女・恒子。 跡見女学校(現跡見学園女子大学)卒業。名家の子女が学ぶ学校として著名だった跡見女学校の卒業生のなかでも、とくに才能が秀でており、「跡見三才媛」の一人と呼ばれた。道実との間に一男五女を儲けた。長男は道秀。長女・兼子は侯爵佐竹義春(佐竹義生の長男)、次女・豊子は中山輔親(中山孝麿の子)、四女・敏子は賀陽宮恒憲王に嫁いだ。恵子は大日本婦人教育会評議員、愛国婦人会本部評議員、婦人法話会幹事として活躍した。79歳で死去。
載仁親王妃 智恵子(ことひとしんのうひ ちえこ、1872年6… 載仁親王妃 智恵子(ことひとしんのうひ ちえこ、1872年6月30日〈明治5年5月25日〉- 1947年〈昭和22年〉3月19日)は、日本の皇族。閑院宮載仁親王の妃。身位は親王妃で、皇室典範における敬称は殿下。母方を通じて、東山天皇の7世孫にあたる。 1872年6月30日(明治5年5月25日)、公爵・三条実美の二女として誕生。母は、鷹司輔煕の九女・治子。旧名は、三条 智恵子(さんじょう ちえこ)。 6歳ほどより跡見女学校へ通い、跡見花蹊に学ぶ。絵画を得意とし、四條派の写生画、南宗派の文人画を修め、「花堤」の雅号を持つ。1891年(明治24年)閑院宮載仁親王と結婚する。載仁親王との間には、篤仁王(夭折)、恭子女王(安藤信昭夫人)、茂子女王(黒田長礼夫人)、季子女王、春仁王、寛子女王、華子女王(華頂博信夫人、後に戸田豊太郎夫人)の2男5女を儲けた。
三宅 花圃(みやけ かほ、1869年2月4日(明治元年12月… 三宅 花圃(みやけ かほ、1869年2月4日(明治元年12月23日) - 1943年(昭和18年)7月18日)は、明治時代の小説家、歌人。著書『藪の鶯』は、明治以降に女性によって書かれた初の小説。 姓は田辺、本名は竜子。花圃と号す。本所番場町に住む旧幕臣で元老院議員の父・田辺太一、母・己巳子(きみこ)の長女に生まれる。戸籍では10月5日生まれ。竜子は8歳で麹町小学校に入学したが、その後、跡見花蹊の跡見女学校に学び、ついで桜井女学校、明治女学校と次々と学校を変ったのち、最後に、森有礼の理想によって女子の最高学府として設立された一つ橋の東京高等女学校(現・お茶の水女子大学)専修科に入学、1889年(明治22年)に卒業した。
白石 海夕希 は、テレビキャスター、気象予報士、ファイナンシ… 白石 海夕希 は、テレビキャスター、気象予報士、ファイナンシャル・プランナー。本名 白石 みゆき。
五月女 舞香(さおとめ まいか、11月26日 - )は、日本… 五月女 舞香(さおとめ まいか、11月26日 - )は、日本のフリーアナウンサー。アリゲーター所属。 東京都出身。聖心女子大学卒業。 2012年4月、富士重工業 (SUBARU) の本社ショールームやイベントでの宣伝業務に携わる「スバルスターズ」のメンバーに選出され、2016年3月まで活動を続けた。 スバルスターズでの活動を終えた後、2016年4月から2022年9月まで青森テレビ (ATV) のアナウンサーを務めていた。 退社後、2022年11月1日付でアリゲーターに所属。以後は司会業とアナウンスを主とした活動を展開している。
西荻 弓絵(にしおぎ ゆみえ、9月3日 - )は日本の脚本家… 西荻 弓絵(にしおぎ ゆみえ、9月3日 - )は日本の脚本家、作家。東京都出身。慶應義塾大学文学部卒業。 1991年、『水の記憶 MEMORY OF WATER』でデビュー。 1993年、『ダブル・キッチン』が大ヒットして最高視聴率30.7%を記録。 1994年、『スウィート・ホーム』がヒット。ドラマの影響で「お受験」が一般に浸透する。 1999年、『ケイゾク』がコアなファンから人気を集め、2000年には映画化(『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』)され、ヒット作となる。 2010年、『ケイゾク』の世界観や設定を引き継いだ『SPEC』を発表(こちらも『劇場版 SPEC〜天〜』『劇場版 SPEC〜結〜 漸ノ篇/爻ノ篇』として映画化された)。
小原 乃梨子 は、日本の声優、女優、ナレーター、朗読家。夫は… 小原 乃梨子 は、日本の声優、女優、ナレーター、朗読家。夫は演出家の戸部信一。息子はアニメーターの戸部敦夫。東京府東京市豊島区池袋 出身。81プロデュース最終所属。
政所 利子(まんどころ としこ)は、株式会社玄代表取締役。 … 政所 利子(まんどころ としこ)は、株式会社玄代表取締役。 跡見学園中学校・高等学校を経て、跡見学園短期大学(国文科)を卒業後、「メイト」編集長。1975年 出向先である電通にてイベントプランニングアシスタント。1979年 鐘紡ファッション事業部、クリスチャン・ディオールのオートクチュールデザイナー、コスチュームデザイナー、プロダクトデザイナー、都市空間計画及び環境計画プランナー 1988年 株式会社 玄 設立。同年から国土庁地方振興アドバイザー。1994年から地方産業ビジョン研究会、地域産業関連審議委員歴任、通商産業省環境型都市形成審議会委員、離島振興法改正検討会、水源地対策検討委員会委員、新農基法検討作業部会委員、国土交通省中心市街地活性化アドバイザー、国土交通省社会実験支援フォーラムアドバイザー歴任、NTTオープンラボ「企業経営組織モデル」探求研究会メンバー、経済産業省産業構造審議会委員、経済産業省・繊維産業振興研究会メンバー。
長谷川 泰子(はせがわ やすこ)は、日本の声楽家、ソプラノ歌… 長谷川 泰子(はせがわ やすこ)は、日本の声楽家、ソプラノ歌手。音楽学習学会会員。+new Company講師。 東京都文京区湯島に生まれる。跡見学園中学校・高等学校卒業を経て、国立音楽大学、のち同大学大学院を首席修了。小野邦代、矢田部勁吉に師事。マイ・ピンカスに師事。 1986年5月、第22回日伊声楽コンコルソに入選『オペラ「アンドレア・シェニエ」より<亡くなった母が>(ジョルダーノ作曲)』 二期会会員、日本演奏連盟会員、コーラス指導《コーラスグループ:美鈴会、彩》、早稲田大学エクステンション講師、茨城大学教育学部非常勤講師。
古内 東子 は、日本の歌手、シンガーソングライター、ラジオD… 古内 東子 は、日本の歌手、シンガーソングライター、ラジオDJ。東京都練馬区出身。