スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川越 武典(かわごえ たけのり、1995年12月10日 - … 川越 武典(かわごえ たけのり、1995年12月10日 - )は、東京都世田谷区出身のプロサッカー選手。ポジションは主にMF。 3歳からサッカーをはじめる。13歳から15歳まで東京ヴェルディSS調布でプレー、その後国士舘高校に進学するも中退し、16歳で渡英。 語学留学の傍らでファーンボロFCに所属し、現地のサッカースクールのコーチをしながら、2014年にはボレアム・ウッドFCのテストに合格し選手登録を果たす。 2016年にはルーマニア・リーガ2のACSベルチェニに所属、初めてのプロ契約を結ぶ。 2019年にリーガ4のACSプログレス エゼリシュに入団、リーガ3昇格を果たしたもののクラブがコロナウイルスによるPCR検査費用捻出による財政難に陥ったため、自らクラウドファンディングを始めた。
服部康平(はっとり こうへい、1991年4月4日 - )は、… 服部康平(はっとり こうへい、1991年4月4日 - )は、神奈川県川崎市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)、フォワード(FW)。 2014年、J3のSC相模原へ入団。在籍当時はアマチュア契約だったため、選手活動の傍らスイミングスクールのコーチを務めていた。当初はフォワードであったが、2016年途中からディフェンダーにコンバートされた。 2017年、栃木SCへ完全移籍し、プロ契約に移行した。栃木では元フォワードの経験を活かし、得点力のあるセンターバックとして活躍。またゲームキャプテンとしてチームを引っ張る存在であった。 2019年、J1・松本山雅FCに完全移籍で加入。2020年12月11日、契約満了による退団が発表された。
石野 秀多(いしの しゅうた、1990年10月27日 - )… 石野 秀多(いしの しゅうた、1990年10月27日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 東京農業大学を卒業後、練習生を経て2013年10月より藤枝MYFCへ入団。公式戦出場はなく、シーズン終了後に退団。2014年、HBO東京に移籍。2016年5月13日、モンゴル・リーグのエルチムに移籍。
安藤 駿介(あんどう しゅんすけ、1990年8月10日 - … 安藤 駿介(あんどう しゅんすけ、1990年8月10日 - )は、東京都世田谷区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。 小学校の時から地元でサッカーを始めた後、中学生の時に複數のクラブチームからのセレクションを受けて川崎フロンターレU-15に入団した。以後、川崎フロンターレU-18を経て2009年にトップチームに昇格し、ユースから昇格のGKとしては鈴木洋平に次ぎ2人目となる。 1年目は出場なしに終わったにもかかわらず、10月11日の第89回天皇杯2回戦で等々力で行われたレノファ山口FC戦でベンチ入りを果たす。 2010年、広州アジア大会の男子サッカー代表に選出されると、決勝までの7試合のうち6試合に出場し優勝に貢献。
権田 修一(ごんだ しゅういち、1989年3月3日 - )は… 権田 修一(ごんだ しゅういち、1989年3月3日 - )は、神奈川県川崎市生まれ、東京都世田谷区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。 バスケットボール選手の両親を持つスポーツ一家で育つ。3、4歳のときに「サッカーをやらせると成長にいい」と聞いた母親に勧められたのがサッカーを始めたきっかけであった。小学校時は川崎市内のサッカークラブに所属していたため、GKとして川崎市選抜・神奈川県選抜に選ばれていた。当時のお気に入りはアメリカ代表のトニー・メオラ。中学校進学時には、横浜F・マリノスと川崎フロンターレの下部組織への選抜試験に合格し、さらに神奈川県選抜時の監督から湘南ベルマーレへの勧誘を受けていたが、小学校時に近所のサッカースクールにFC東京がコーチングスタッフを派遣しており、権田が浅野寛文GKコーチの指導に好印象を受けた事と、そのスクール生には観戦チケットがプレゼントされ、駒沢陸上競技場にてJ2リーグ時代のFC東京の試合を生観戦したことなどが決め手となり、FC東京U-15への入団を選択した。
清水 一平(しみず いっぺい、1989年1月11日 - )は… 清水 一平(しみず いっぺい、1989年1月11日 - )は、東京都出身のサッカー選手、フットサル選手。ポジションは、DF。 高校卒業後、JAPANサッカーカレッジに入学。在学中にアルビレックス新潟シンガポールに1年間所属した。同校卒業後は各カテゴリーの国内チームに所属、2015年からカンボジア・リーグのポリス・コミッサリーに移籍。同国ではプロサッカー選手以外にもアルビレックス新潟プノンペンのサッカースクールのコーチも務めている。
三吉 聖王(みよし きよたか、1985年7月10日 - )は… 三吉 聖王(みよし きよたか、1985年7月10日 - )は、東京都八王子市出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者。現役時代のポジションは、ディフェンダー。 亜細亜大学を卒業後に南米に渡ると、アルゼンチンのエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタにアマチュア留学生として練習に数日参加。2010年から2012年まではウルグアイ2部のCAボストン・リーベルでプレーした。 2012年8月、清水エスパルスに加入するも、半年で退団。 2013年からは古巣であるCAボストン・リーベルに復帰。その後、11月の試合で前十字靭帯を断裂し、治療のため退団。帰国し、1年間手術とリハビリを行う。2015年にウルグアイ2部のロチャFCと契約。
村上 佑介(むらかみ ゆうすけ、1984年4月27日 - )… 村上 佑介(むらかみ ゆうすけ、1984年4月27日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF(CB、SB)。 村上水軍の末裔である。 8歳の時に静岡県清水市でサッカーを始める。小学校6年次に北京・ソウル・ジャカルタ・東京4都市少年サッカー大会東京都代表、国士舘高等学校で全国高等学校サッカー選手権大会に出場。その後国士舘大学を経て順天堂大学に移り、ユニバーシアード日本代表にも選出された。大学選抜の同期には長友佑都、兵藤慎剛などがいる。2007年に柏レイソルの特別指定選手に登録された。 2008年より、正式に柏に入団。10月4日に行われた大宮アルディージャ戦で初出場・初先発でハットトリックを達成するという鮮烈なプロデビューを飾った。
久保田 勲(くぼた いさお、1983年5月22日 - )は、… 久保田 勲(くぼた いさお、1983年5月22日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはMF。 2006年5月、栃木SCに途中入団。主にボランチ、サイドハーフで出場、13試合に先発した。2007年には、堀田利明や期限付き移籍で加入した米田兼一郎とダブルボランチを組んだ。またシーズン終盤には、堀田の怪我による離脱もありレギュラーに定着。プレースキッカーも任された。 2008年、栃木SCとプロ契約を交わしたが、元Jリーガーや若手の台頭により出番が減っていった。そしてシーズン終了をもって契約満了となり退団。 2009年、チーム主催のセレクションを経てJFLのニューウェーブ北九州(現・ギラヴァンツ北九州)に入団。
生方 繁(うぶかた しげる、1978年11月15日 - )は… 生方 繁(うぶかた しげる、1978年11月15日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 国士舘高校から国士舘大学体育学部への推薦入学に失敗したうえ、一般受験でも不合格。そこで留学生制度を利用して1997年にイタリアへ渡り、セリエD2部ACサンジュステーゼと同3部サンベニーニョに合計2シーズン在籍した。 帰国後は柏レイソルなどの入団テストを受験するも不合格が続き、アップルスポーツカレッジFC(現JAPANサッカーカレッジ)に入団。提携していたアルビレックス新潟への入団を目指すこととなった。 主力選手として活躍すると、第80回天皇杯全日本サッカー選手権大会に新潟県代表として同クラブの初出場に貢献する。