スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
タカ・クノウ(1967年5月18日 - )は、日本の男性柔術… タカ・クノウ(1967年5月18日 - )は、日本の男性柔術家、総合格闘家、プロレスラー。本名は久能 孝徳。東京都出身。オリンピックメダリストの太田章が主宰する「チーム太田章」所属。 国士舘高校までは柔道を続け、高校卒業後は自衛隊体育学校に進みグレコローマンスタイルを経験する。約1年後に除隊された後、1990年・22歳で渡米、ロサンゼルスに拠点を置いてボディビルを中心としたトレーニング理論を学ぶ。 渡米から14年間、インストラクターや指圧師として暮らしていたが、2001年にアメリカン・インターナショナル・グラップリング大会に於いてブラジリアン柔術の黒帯選手アミリカ・シピリから一本勝ちを奪い、「日本人柔道家として木村政彦以来50年ぶりに黒帯の柔術家から一本勝ちした選手」として注目された。
栗栖 正伸(くりす まさのぶ、1946年11月15日 - )… 栗栖 正伸(くりす まさのぶ、1946年11月15日 - )は、日本の元プロレスラー。鹿児島県肝属郡出身。身長175cm、体重100kg。 高校時代から柔道を始め、国士舘大学時代はボディビルも行い、卒業後、まず単身でアメリカに渡り、ロサンゼルスを中心にレスラー修行を積む。現地で渡米中のアントニオ猪木と出会い1972年4月に新日本プロレスに入門。1972年9月26日のリトル浜田(後のグラン浜田)戦でデビューするが、約7年に渡り前座クラスのレスラーとして長い下積み期間を過ごす。ドン荒川の後にアントニオ猪木の付き人をしていたのもこの時期である。1976年に行われた「アントニオ猪木vsモハメッド・アリ」の当日に猪木の車の運転手を務めたのも栗栖である。
マサ斎藤(マサさいとう / Masa Saito、本名:斎藤… マサ斎藤(マサさいとう / Masa Saito、本名:斎藤 昌典 / さいとう まさのり、1942年8月7日 - 2018年7月14日)は、日本のプロレスラー。東京都中野区出身。 日本プロレスや東京プロレスを経て、フリーランサーとなって新日本プロレスを主戦場に活躍。アメリカにおいても、NWA、AWA、WWFなど各団体で実績を残している。第一線を退いてからは新日本プロレスのブッカーおよびコメンテーターとして活動した。信条は「Go for broke」(当たって砕けろ)。 明治大学在学中の1964年、レスリング全日本選手権にて、97kg超級フリースタイル・グレコローマンの両部門で優勝(グレコローマン部門決勝の相手はのちのサンダー杉山こと杉山恒治。