スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
白輪地 敬大(しらわち けいた、2001年12月7日 - )… 白輪地 敬大(しらわち けいた、2001年12月7日 - )は、神奈川県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ツエーゲン金沢所属。ポジションはフォワード。 桐蔭横浜大学在学時、2022年の神奈川県代表で出場した天皇杯のコンサドーレ札幌戦で2点を獲得した。 2023年7月、2024年シーズンからいわきFCに加入が発表。 2025年5月13日、アスルクラロ沼津に期限付き移籍。 2025年12月28日、ツエーゲン金沢に期限付き移籍。
遠藤 雅己(えんどう まさき、2001年3月1日 - )は、… 遠藤 雅己(えんどう まさき、2001年3月1日 - )は、東京都世田谷区出身のプロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。Jリーグ・レノファ山口FC所属。 実父は元サッカー日本代表の遠藤雅大。 世田谷区立明正小学校、世田谷区立砧中学校、桐蔭学園高等学校を経て、明治大学から2023年に横浜FCに加入。 2023年5月8日、水戸ホーリーホックに育成型期限付き移籍。6月27日、横浜FCに復帰。 2025年7月26日、奈良クラブへの期限付き移籍が発表された。12月15日に横浜FCと奈良の両クラブから契約満了となった。同年18日にJリーグ合同トライアウトに参加した。 2025年12月28日にレノファ山口FCへの完全移籍加入が発表された。
若林 龍(わかばやし りゅう、2000年5月7日 - )は、… 若林 龍(わかばやし りゅう、2000年5月7日 - )は、愛知県出身のサッカー選手。セルビア・スーペルリーガ・FK IMT所属。ポジションはミッドフィールダー。 桐蔭学園高校では2年時に全国高等学校サッカー選手権大会に出場。卒業後は法政大学に進学し、同大サッカー部でプレーした。2022年10月11日、2023年シーズンからのSC相模原加入内定が発表された。 2023年4月2日、J3リーグ第5節のアスルクラロ沼津戦でJリーグデビューを飾った。 2024年11月27日、契約満了で相模原を退団する旨が発表された。在籍2シーズンでJ3リーグ33試合に出場し、2ゴールを記録した。 2025年1月31日、モンテネグロのFKイェゼロと契約。
早川 友基(はやかわ ともき、1999年3月3日 - )は、… 早川 友基(はやかわ ともき、1999年3月3日 - )は、神奈川県相模原市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿島アントラーズ所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。日本代表。 小・中学生時は横浜F・マリノスの育成組織、プライマリーとジュニアユースでプレーしたが、ユースには昇格できずに桐蔭学園高等学校に進学。卒業後は明治大学に進学しサッカー部でプレー。大学での同期に常本佳吾、小柏剛、蓮川壮大、佐藤瑶大、佐藤凌我がいる。 2021年より鹿島アントラーズに加入することが、2020年6月に発表された。同期入団の常本は、マリノス育成組織、大学でもチームメイトだった。2021年6月16日の天皇杯2回戦・Y.S.C.C.横浜戦にて公式戦初出場。
君島 克佳(きみしま かつよし、1998年9月8日 - )は… 君島 克佳(きみしま かつよし、1998年9月8日 - )は、神奈川県三浦市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 横浜F・マリノスのプライマリー追浜、ジュニアユース追浜を経て、桐蔭学園高等学校に進んだ。 2017年に神奈川県社会人サッカーリーグ所属の横須賀マリンFCに所属し同シーズンに3得点を記録した。翌年にアーカンソー中央大学に進学、2019年にはラレド・ヒートSCにも所属した。 大学卒業後はAリーガ(現・トップリーガ)のFKヨナヴァに加入、3月4日の試合で全国リーグ初出場を記録した。しかし5月にバヤンカラFCに移籍し、7月に退団した。 2023年2月にアデレード・シティFCに加入した。同年夏にアデレード・クロアチア・ライダーズSCに移籍した。
海口 彦太(うみぐち げんた、1996年12月9日 - )は… 海口 彦太(うみぐち げんた、1996年12月9日 - )は、神奈川県横浜市都筑区出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー(MF)。 Jリーグ・レイラック滋賀FC所属。 関西学院大学から2019年に当時の鈴鹿アンリミテッドFC(現アトレチコ鈴鹿クラブ)に加入した。 鈴鹿での3年間は75試合出場で8得点だった。 2023年3月5日、レイラック滋賀FCへの完全移籍を発表 2026年2月15日のJ2・J3百年構想リーグのレノファ山口FC戦でJリーグの公式戦初出場を果たす。
江川雅信(えがわ まさのぶ、1996年8月29日 - )は、… 江川雅信(えがわ まさのぶ、1996年8月29日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ1部・エリース東京所属。ポジションはFW。 2016年7月、FKスティエスカ・ニクシッチに入団。
青戸 翔(あおと かける、1996年8月9日 - )は、神奈… 青戸 翔(あおと かける、1996年8月9日 - )は、神奈川県川崎市出身のサッカー選手。Jリーグ・高知ユナイテッドSC所属。ポジションはFW。 小・中学生時代は東京ヴェルディ1969のアカデミーに在籍。その後、桐蔭学園高等学校を経て国際武道大学に進学。 2019年3月29日、東京ユナイテッドFCに加入。その後、ヨーロッパに渡りミッテルラインリーガ(英語版)(ドイツ5部)のジークブルガーSV04(英語版)に加入。 2020年6月26日、東京23FCに完全移籍。 2021年2月26日、おこしやす京都ACに完全移籍。同年の天皇杯2回戦・サンフレッチェ広島F.Cでは先制ゴールを決め、J1リーグ所属クラブ相手のジャイアントキリングを達成。
新井 博人(あらい ひろと、1996年6月22日 - )は、… 新井 博人(あらい ひろと、1996年6月22日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ・東邦チタニウムサッカー部所属。登録ポジションはディフェンダー。左サイドバック。 明治学院大学初のJリーガー。4年次の2018年には鈴木修人監督のもと、アミノバイタルカップで準優勝を飾り、同大学史上初となる総理大臣杯出場の立役者となった。 同年11月29日、恩師・鈴木修人監督も在籍したギラヴァンツ北九州への加入が発表された。明治学院大学からプロ入りするのは、新井が大学史上初となる。 プロデビューした2019年はJ3リーグ開幕戦で初出場、2戦目にはプロ初得点を記録し、通算21試合に出場したが、チームがJ2昇格した後は出場機会を失い、2020年はリーグ戦5試合、2021年は僅か2試合の出場にとどまり、同シーズン末で契約満了が発表された。
山口 廉史(やまぐち れんし、1992年9月16日 - )は… 山口 廉史(やまぐち れんし、1992年9月16日 - )は、神奈川県横浜市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 元々は地元の小学校のチームでプレーしていたが、後にあざみ野FCに入団。その後は桐蔭学園中学校・高等学校に在学し、プレーを続けた。 高校卒業後は法政大学スポーツ健康学部に進学し、同校体育会サッカー部に所属した。4年になるまでトップチームでの出場がなかったが、夏頃からチャンスを掴み、トップチームに定着。レギュラーとして試合に出場し、最後は関東大学2部リーグで優勝を果たした。 大学卒業後の2015年、Sリーグのホウガン・ユナイテッドFCに加入。 2016年、ラオ・トヨタFCに移籍し、AFCカップ2016に出場した。
泉 宗太郎(いずみ そうたろう、1992年8月5日 - )は… 泉 宗太郎(いずみ そうたろう、1992年8月5日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。 関西学院大学を経て、2015年より、横浜スポーツ&カルチャークラブへ加入したが、同年シーズン終了後に1年で退団した。 2016年、鈴鹿アンリミテッドFCへ完全移籍で加入。 2020年、松江シティFCに移籍。 2021年、松江シティFCを退団。 2022年、品川CC横浜に移籍した が、3月29日、仕事の都合上で退団した。 2023年から2025年までいわきFCアカデミーの監督を歴任。2026年からトップチームコーチに就任した。
日髙 慶太(ひだか けいた、1990年2月19日 - )は、… 日髙 慶太(ひだか けいた、1990年2月19日 - )は、東京都世田谷区出身のサッカー選手。JFL・アトレチコ鈴鹿クラブ所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 叔父は日本サッカー協会会長の田嶋幸三 で、その夫人の土肥美智子は叔母(美智子の姉の子が慶太)、従兄弟はプロサッカー選手の田嶋凜太郎となる。 少年時代は、横浜市金沢区六浦に拠点を置くクライムイレブンで活躍後、横浜F・マリノスプライマリー、同ジュニアユースを経て、桐蔭学園高校に進学。2006年にはU-16日本代表として北海道国際ユースサッカー大会に出場した。慶應義塾大学に進み、1年時には関東大学サッカーリーグ戦1部昇格を経験。 2012年より、モンテディオ山形へ入団。
武田 大(たけだ だい、1989年10月24日 - ) は、… 武田 大(たけだ だい、1989年10月24日 - ) は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 横浜F・マリノスジュニアユース新子安では、水沼宏太・金井貢史と同期。 東京学芸大学4年次には副キャプテンを務め、関東大学リーグ1部復帰に貢献。 2011年8月10日にギラヴァンツ北九州に特別指定選手として登録され、翌2012年に正式に加入した。 2014年当初はギラヴァンツ北九州に登録されていたが、2月にJFLに昇格した鹿児島ユナイテッドFCに完全移籍した。2016年シーズンをもって契約満了のため退団。 2017年、AC長野パルセイロに完全移籍。 2018年、アルティスタ浅間へ移籍。
小澤 司(おざわ つかさ、1988年5月8日 - )は、神奈… 小澤 司(おざわ つかさ、1988年5月8日 - )は、神奈川県小田原市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 サッカー選手の小澤巧は弟。 桐蔭学園高校から、筑波大学を経て2011年、水戸ホーリーホックへ加入。2011年シーズンは鈴木隆行と並び、チーム内得点王となった。 2015年より FC鈴鹿ランポーレ(現・鈴鹿アンリミテッドFC)へ完全移籍。 2017年、FC今治へ完全移籍。同年7月、ヴィアティン三重へ完全移籍。2018年1月に退団が発表された。 2018年2月5日、鈴鹿アンリミテッドFCに再加入が発表された。 2020年11月19日、チームより現役引退が発表され、2021年1月4日にはコーチ兼テクニカルディレクター就任が発表された。
鈴木 崇文(すずき たかふみ、1987年11月17日 - )… 鈴木 崇文(すずき たかふみ、1987年11月17日 - )は、茨城県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 2010年、東京学芸大学からFC町田ゼルビアに加入。2011年、ポポヴィッチ監督の下急成長を遂げ、チーム3位の10得点を挙げる。2013年、ファジアーノ岡山に移籍するが出場機会を得られず、翌2014年には町田に期限付き移籍で復帰。チーム2位の9得点を挙げ、その内3得点は直接FKによる得点だった。2015年には完全移籍した。2016年8月、三鬼海と共に一身上の都合を理由として町田との契約を解除した。 2017年よりザスパクサツ群馬に加入した。2018年シーズン終了後、現役引退が発表された。
服部 大樹(はっとり だいき、1987年10月17日 - )… 服部 大樹(はっとり だいき、1987年10月17日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。ポジションはDF。 桐蔭学園高校 、早稲田大学を経て、2010年に横浜スポーツ&カルチャークラブに加入。2014年、クラブとプロ契約を結ぶ。2015年シーズン限りで退団し、2016年1月21日に現役引退を発表した。 引退後はリクルートキャリアコンサルティングに就職し、選手のセカンドキャリアを支援している。
松田 典子(まつだ のりこ、1986年11月19日 - )は… 松田 典子(まつだ のりこ、1986年11月19日 - )は、東京都出身の女子サッカー選手。ポジションはフォワード。 桐蔭学園高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。 小学3年からサッカーを始め、小学5年からU-12東京都選抜に飛び級招集される。6年次に全国大会で3位の経験を持つ。中学では女子サッカーの環境が無かったためにテニス部に入部し、サッカーから一時離れる。約4年のブランクののち、高校2年の時に東京都女子サッカーリーグに参加していたクラブチーム・スフィーダ世田谷FCに参加し、サッカーを再開。U-18東京都選抜に選ばれ、全国大会に出場するなどの能力を発揮し、東京都国体選抜にも選ばれた。2004年にU-18全日本女子ユース選手権に出場し、U-19日本女子代表候補合宿にも招集されて参加。
井上 渉(いのうえ わたる、1986年8月7日 - )は、静… 井上 渉(いのうえ わたる、1986年8月7日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
森 英次郎(もり えいじろう、1986年4月8日 - )は、… 森 英次郎(もり えいじろう、1986年4月8日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションはMF、DF。
栗原 明洋(くりはら あきひろ、1985年5月2日 - )は… 栗原 明洋(くりはら あきひろ、1985年5月2日 - )は、群馬県出身の元サッカー選手。現役時のポジションはMF。2012年シーズンをもって現役引退。
荻野 貴順(おぎの たかよし、1984年12月21日 - )… 荻野 貴順(おぎの たかよし、1984年12月21日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元サッカー選手。ポジションはMF。 中学時代、栃木県の地元クラブFCチェルト(現F.C.アネーロ宇都宮)でキャプテンとして活躍。 その後、桐蔭学園に進学するも出場機会に恵まれず、卒業後は広告代理店に就職し栃木県にある社会人クラブの揚茜クラブに入団。活躍が認められ東京ヴェルディ1969(当時J1)に練習参加するも、怪我の為3日間の参加となり契約には至らず。 その後も社会人リーグでサッカーを続け、プロには縁の無い生活を送っていたが、2011年広告代理店を退職し、タイのトライアウトに参加することを決意。同国のPhang Nga F.C.と契約合意に至った。
阿部 祐大朗(あべ ゆうたろう、1984年10月5日 - )… 阿部 祐大朗(あべ ゆうたろう、1984年10月5日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。現役時のポジションはFW。 中学生時代から全国中学校体育大会で活躍し、U-17など世代代表に名を連ねていた。高校3年生時に横浜F・マリノスの特別指定選手としてJリーグ公式戦に出場。足元の柔らかさと懐の深さを活かしたポストプレーが得意であり、中村俊輔に技術の高さを認められる。10年に1人の逸材と評され将来を嘱望されながらも目立った活躍はできず、2011年シーズン終了後に現役を引退した。 引退後は、横浜モノリスにウェディングプランナーとして勤務し、2013年8月15日放送のワールドビジネスサテライトで紹介された。
奈良 安剛(なら やすよし、1982年12月12日 - )は… 奈良 安剛(なら やすよし、1982年12月12日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元サッカー選手。 兄の影響で5歳の頃からサッカーを始める。中学時代には横浜マリノス・ジュニアユースで全日本選手権出場を経験し、中学卒業後はサッカー強豪校として知られる桐蔭学園高校に進学。1年生の時から全国大会のメンバーに名を連ね、2000年の全国高校サッカー選手権大会ではエースFWとして活躍した。2001年、コンサドーレ札幌に新加入。札幌では主に中盤の選手として起用され、ボランチや攻撃的ミッドフィールダーとしてプレーした。しかし、トップチーム出場は2002年の1試合のみにとどまり、同シーズン終了後に戦力外通告を受け退団。
小野 智吉(おの ともよし、1979年8月12日 - )は、… 小野 智吉(おの ともよし、1979年8月12日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。かつて横浜FCに在籍した小野信義と区別するため「トモキチ」と呼ばれている。 1998年にベルマーレ平塚に入団、2000年まで3年間在籍。2002年に横浜FCに入団。横浜FCには9年間在籍し、クラブ内で最古参であった。2010年12月11日、現役引退を発表。
星野 泰聖(ほしの たいせい、1979年7月24日 - )は… 星野 泰聖(ほしの たいせい、1979年7月24日 - )は、神奈川県出身のサッカー指導者。 選手時代は横浜F・マリノスジュニアユース追浜、桐蔭学園高校、尚美学園大学などでプレーした。 2013年、Y.S.C.C.横浜U-18の監督に就任。2014年より、トップチームのGKコーチに就任した(同年はU-18監督と兼任)。
小林 慶行(こばやし よしゆき、1978年1月27日 - )… 小林 慶行(こばやし よしゆき、1978年1月27日 - )は、埼玉県与野市(現:さいたま市中央区)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー(守備的ミッドフィールダー)。 元サッカー選手の小林亮は実弟。 1999年、駒澤大学から東京ヴェルディに入団。2004年には第84回天皇杯優勝を経験したが、2005年にチームはJ2降格が決定。当初は残留する決意を固めていたが、チームの若返りを図るフロントが林健太郎と米山篤志を解雇した一方で、彼らよりも年長の永井秀樹を獲得するとその対応に不信感を抱き移籍を決断。地元でのプレーを希望し、同様の理由で東京Vを退団した小林大悟と共に大宮アルディージャに移籍した。
戸田 和幸(とだ かずゆき、1977年12月30日 - )は… 戸田 和幸(とだ かずゆき、1977年12月30日 - )は、神奈川県相模原市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者、サッカー解説者。現役時代のポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 Kリーグ時代の登録名は戸田(ハングル: 토다)。 東京都町田市生まれで、その後に相模原市へ転居。小学3年からサッカーを始めた。桐蔭学園高を卒業後、1996年に清水エスパルスに入団。1999年、不動の3バックの一角として清水のステージ初制覇に貢献した。同年のジュビロ磐田とのチャンピオンシップ第1戦では風邪で欠場した。2001年にはカルロス・サントスの移籍による穴を埋めるため、ゼムノビッチ監督によってボランチへとコンバートされた。
内田 潤(うちだ じゅん、1977年10月14日 - )は、… 内田 潤(うちだ じゅん、1977年10月14日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代の主なポジションは右サイドバックで、左サイドバック、センターバック、ボランチもこなすユーティリティープレーヤーだった。 ユース時代は桐蔭学園高校、駒澤大学に所属。 2000年に鹿島アントラーズに入団し、2000年・2001年のJ1リーグ2連覇を経験するが、鹿島時代は満足な出場機会を得られず、2006年6月よりアルビレックス新潟へ完全移籍。2008年から2010年まで選手会長を務めた。 2013年11月18日に新潟との契約満了が、同年12月30日には現役引退とアカデミーコーチ就任が発表された。
米山 篤志(よねやま あつし、1976年11月20日 - )… 米山 篤志(よねやま あつし、1976年11月20日 - ) は、栃木県宇都宮市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。元日本代表。 桐蔭学園高校時代、スランプに陥った時期に李国秀の勧めでミッドフィールダーからディフェンダーへと転向した。 駒澤大学では2度の全日本大学選手権優勝やユニバーシアード日本代表選出などの実績を残し、在学中の1998年にヴェルディ川崎に入団。同年2ndステージにはレギュラーポジションを獲得した。2000年にはフェアプレー個人賞を獲得した。 トルシエ監督時代には日本代表にも選出され、2000年2月26日のAFCアジアカップ2000 (予選) のブルネイ戦で国際Aマッチのキャップを記録した。
一木 太郎(いちき たろう、1976年9月1日 - )は、東… 一木 太郎(いちき たろう、1976年9月1日 - )は、東京都八王子市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)、ディフェンダー(スイーパー、サイドバック)。 小学5年生のときから読売クラブの下部組織でサッカーを学び、桐蔭学園高校進学後もユースを選択した。同期には財前宣之らがいる。 1993年、日本で開催された1993 FIFA U-17世界選手権に出場するU-17サッカー日本代表のメンバーに選ばれる。ボランチとして4試合すべてに先発出場し、ベスト8進出に貢献。同年のJユースカップに無理を押して出場したことにより腰のヘルニアを発症し、高校3年生時はサッカーができる状態になくリハビリに専念する。
盛田 剛平(もりた こうへい、1976年7月13日 - )は… 盛田 剛平(もりた こうへい、1976年7月13日 - )は、愛知県名古屋市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者、ラーメン店経営者。 フォワード(FW)としてプロ入り後、キャリア中期にディフェンダー(DF)に転向、晩年再びFWにコンバートされた経歴を持つ。 小学校2年次からサッカーを始める。中学時代は愛知県の公立の強豪校である名古屋市立日比野中学校サッカー部に所属、持ち前の高さを活かして主にFWとして活躍。高校は自宅から通えない神奈川県の桐蔭学園に進学した。2年先輩に山田卓也と加賀見健介、1年先輩に森岡隆三、広長優志、三上和良、同級生に米山篤志と一木太郎、1年後輩に戸田和幸、小林慶行、内田潤。
村田 教生(むらた のりお、1976年2月7日 - )は、愛… 村田 教生(むらた のりお、1976年2月7日 - )は、愛知県出身の元サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 兄の村田信行も、元サッカー選手(元・東芝サッカー部/コンサドーレ札幌)。
金子 誠(かねこ まこと、1975年12月9日 - )は、神… 金子 誠(かねこ まこと、1975年12月9日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 桐蔭学園高校、駒澤大学卒業。 1998年にジャパンフットボールリーグのヴァンフォーレ甲府に加入。1999年からはJ2リーグでプレーし103試合に出場した。
森岡 隆三(もりおか りゅうぞう、1975年10月7日 - … 森岡 隆三(もりおか りゅうぞう、1975年10月7日 - )は、神奈川県横浜市青葉区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。元日本代表。 一般受験で桐蔭学園高校に入学。中学時代のポジションはMFで無名の存在であったが、高校時代に当時監督の李国秀に見出されDFにコンバート。これがサッカー選手としての成功の礎となった。 1994年に鹿島アントラーズに入団。1995年途中に清水エスパルスにレンタル移籍しそこで頭角を現しそのまま清水へ完全移籍をする。 2005年8月28日(大宮アルディージャ戦/熊谷スポーツ文化公園陸上競技場)、試合終了後に競技場内のトイレの壁を蹴って破損、3試合の出場停止処分を受けた。
三上 和良(みかみ かずよし、1975年8月29日 - )は… 三上 和良(みかみ かずよし、1975年8月29日 - )は、日本の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(サイドバック、センターバック)。埼玉県出身。 実弟は、元プロサッカー選手で指導者の三上卓哉。 桐蔭学園高等学校、駒澤大学を経て、1998年にヴィッセル神戸に加入。2000年、期限付き移籍によりヴェルディ川崎でプレー。2001年に神戸に復帰後、同年7月からシーズン終了までジェフユナイテッド市原に期限付き移籍。 2002年より横浜F・マリノスに完全移籍。2003年限りで横浜FMと契約満了となり、2004年は大分トリニータに完全移籍。 2005年、大宮アルディージャに完全移籍。
廣長 優志(ひろなが ゆうじ、1975年7月25日 - )は… 廣長 優志(ひろなが ゆうじ、1975年7月25日 - )は、大阪府枚方市出身の元サッカー選手。ポジションはMF(ボランチ)、DF(センターバック)。 小学校1年生の時に地元の枚方FCでサッカーを始める。 桐蔭学園高校に進学後、1年生からスタメンを獲得。2年生の時にはドイツ遠征で活躍し、ブンデスリーガの強豪VfBシュトゥットガルトから年俸2000万円にものぼる獲得オファーもあった。 自身はVfBシュトゥットガルトへの入団に前向きだったが、同校サッカー部の監督であった李国秀のもとにオファーが来ていたヴェルディ川崎へ入団することとなった。 ヴェルディでは初年度から出場機会を掴むと活躍が認められ、同年にU-23日本代表に選出。
橋本 研一(はしもと けんいち、1975年4月16日 - )… 橋本 研一(はしもと けんいち、1975年4月16日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。現役時のポジションは主にフォワード (FW)。 桐蔭学園高校で監督の李国秀の指導を受けた。同学年には森岡隆三、廣長優志、村田教生。ひとつのチームに教え子を複数で行かせるという李国秀の考えのもと、森岡とともに鹿島アントラーズに入団。 1994年、高卒ルーキーながら開幕戦で出場するなど、この年のリーグ戦12試合に出場し1得点を挙げた。翌1995年は、15試合に出場し2得点。1996年は出場機会がなく、この年限りで鹿島を退団し、横浜マリノスに移籍した。 1997年の横浜マリノスでもほとんど出場機会がなく、この年限りで横浜マリノスを退団。
加賀見 健介(かがみ けんすけ、1974年11月21日 - … 加賀見 健介(かがみ けんすけ、1974年11月21日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。2012年からはファンルーツアカデミーのコーチングスタッフを務めている。2019年、日本サッカー協会公認A級ジェネラルライセンス取得。 1990年に桐蔭学園高校に入学し、1991年度及び1992年度の全国高校サッカー選手権に出場。92年度大会では同期の山田卓也と共に優秀選手に選出された。1993年に青山学院大学に進学し、1995年及び1996年の関東大学リーグ2部でベストイレブンに入る活躍を見せた。 1997年、東京ガスに入社し、社員選手としてジャパンフットボールリーグの同社サッカー部(現:FC東京)へ入部。
山田 卓也(やまだ たくや、1974年8月24日 - )は、… 山田 卓也(やまだ たくや、1974年8月24日 - )は、東京都世田谷区出身の元サッカー選手。ポジションはDF(右サイドバック)、MF(ボランチ、右ウイングバック)。 東京ヴェルディ在籍時はチームキャプテンを務めた。また、2003年12月7日の東アジアサッカー選手権2003の香港代表戦で日本代表として初出場した。 2005年に東京VのJ2降格が決定後も、山田は東京Vに残ることを前提に、他クラブからのオファーがあれば評価は聞いてみたいというスタンスであった事を本人ブログにて表明、結果的に2006年セレッソ大阪へ移籍。 C大阪では、塚田雄二監督(当時)の信頼を獲得し、リーグ前半では主にボランチで視野の広さを生かしたゲーム・メイクを披露。
渡邉 晋(わたなべ すすむ、1973年10月10日 - )は… 渡邉 晋(わたなべ すすむ、1973年10月10日 - )は、東京都西多摩郡日の出町出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(主にセンターバック)。2003年、2004年の登録名は「渡辺 晋」。 2026年よりKリーグ・蔚山HD FCのコーチを務める。 駒澤大学から当時JFL所属のコンサドーレ札幌に入団。以降、ヴァンフォーレ甲府、ベガルタ仙台で主力として活躍し、2004年限りで現役引退。 ベガルタ仙台の巡回コーチを経て、2007年まで仙台ユースヘッドコーチ。2008年シーズンからトップチームコーチに昇格。 2014年にトップチームヘッドコーチに就任。就任まもなくJFA公認S級コーチのライセンス取得が発表された。
栗原 圭介(くりはら けいすけ、1973年5月20日 - )… 栗原 圭介(くりはら けいすけ、1973年5月20日 - )は、東京都大田区出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダーおよびフォワード。現在はJリーグ・サンフレッチェ広島の強化部長を務める。 駒澤大学卒業後の1996年、ヴェルディ川崎に入団するも、出場機会が少なく、1998年シーズン途中にベルマーレ平塚にレンタル移籍。その後、ヴェルディ復帰、2000年にサンフレッチェ広島へのレンタルを経験し、2001年にベルマーレに再びレンタル移籍。2002年に完全移籍。 湘南退団後は、アルビレックス新潟、ヴィッセル神戸に在籍。神戸ではJ2降格したチームで主力として活躍し、J1復帰に貢献した。
松川 友明(まつかわ ともあき、1973年4月18日 - )… 松川 友明(まつかわ ともあき、1973年4月18日 - )は、日本の元プロサッカー選手。 桐蔭学園時代は同期に栗原圭介、林健太郎、福永泰は1学年上で、戸倉健一郎や長谷部茂利は2学年上である。李国秀監督の元、高校1年時にチームは全国高校サッカー選手権に出場。準々決勝で前橋商業にPK戦の末に敗れた。 2001年には京都のJ1昇格に貢献したが、1999年(平塚)、2000年(京都)、2002年(札幌)と異なるクラブで3度、J1からJ2への降格を経験する。
福永 泰(ふくなが やすし、1973年3月6日 - )は、東… 福永 泰(ふくなが やすし、1973年3月6日 - )は、東京都町田市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。 桐蔭学園時代は林健太郎と同級生で、戸倉健一郎や長谷部茂利は1学年上、1学年下には栗原圭介と松川友明が在籍していた。李国秀監督の元、高校2年時には背番号8をつけ、全国高校サッカー選手権に出場。準々決勝で前橋商業にPK戦の末敗れたものの、5得点の活躍。 ドリブルとキープ力が持ち味で、FWからボランチまでこなすプレーヤーとして活躍。テスト生(トレーニー契約)として1995年に浦和レッドダイヤモンズに入団、ファーストステージ途中からデビュー。シーズン後半はFWとして、この年のレッズの躍進を支える原動力となり、浦和のエース福田正博とのコンビネーションは「フクフク・コンビ」と呼ばれた。
戸倉 健一郎(とくら けんいちろう、1971年5月31日 -… 戸倉 健一郎(とくら けんいちろう、1971年5月31日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF(サイドバック)。
長谷部 茂利(はせべ しげとし、1971年4月23日 - )… 長谷部 茂利(はせべ しげとし、1971年4月23日 - )は、神奈川県横浜市栄区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はJリーグ・川崎フロンターレの監督を務める。 横浜市栄区のFC本郷出身。同クラブでの1学年後輩に有馬賢二。桐蔭学園高等学校では李国秀監督体制の第一期生として指導を受け、背番号10を背負い3年時には主将として第68回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、準々決勝で延長・PK戦の末に服部浩紀・鳥居塚伸人を擁した前橋商業高等学校に敗れた。高校の同期生に戸倉健一郎、1期下に林健太郎・福永泰、2期下に栗原圭介・松川友明がいた。高校卒業後の進路として大学サッカーの強豪・筑波大学への進学が候補として挙がっていたが、李のアドバイスを受け中央大学に進学してサッカー部に所属。