スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
本間 菫子(ほんま すみれこ、2000年11月26日 - )… 本間 菫子(ほんま すみれこ、2000年11月26日 - )は、日本経済大学ラグビー部AMATERUS(英Japan University of Economics AMATERUS)のラグビー選手、外国人選手通訳。ポジションはPR(7人制、15人制)。 小学生まで京都府出身。その後は新潟に引っ越し、15歳からラグビーを始める。それ以前は柔道とクラシックバレエを両立。その後北越高等学校へ進学し男子ラグビー部として活動。女子ラグビーとしての活動は主に北信越選抜でのKOBELCOCUPへの出場。2018年-2019年 アメリカ(オレゴン州)へ留学。Newberg High SchoolではCTBをプレー。
小林 心(こばやし こころ、2000年9月29日 - )は、… 小林 心(こばやし こころ、2000年9月29日 - )は、新潟県新潟市東区出身のサッカー選手。Jリーグ・ベガルタ仙台所属。ポジションはフォワード(FW)。 リベルタサッカースクール新潟でサッカーを始める。 流通経済大学からプロ入りを目指したが、Jリーグのクラブからオファーがなく、2023年、当時JFLに所属していた高知ユナイテッドSCへ入団。1年目はホームセンター、2年目以降はレンタカー会社にアルバイト勤務し、クラブ専用の練習場がない環境で選手生活と両立させていた。 2023年6月7日、天皇杯2回戦のガンバ大阪戦で先制点を決め、チームは2-1で勝利。続く横浜FC戦でも先発出場して勝利に貢献し、2度のジャイアントキリングを達成した。
佐藤 喜生(さとう よしき、1997年11月6日 - )は、… 佐藤 喜生(さとう よしき、1997年11月6日 - )は、新潟県新潟市出身のサッカー選手。J3・栃木シティFC所属。ポジションはディフェンダー。 地元北越高等学校卒業後、桐蔭横浜大学に進学し同校のサッカー部でプレー(同期にイサカ・ゼイン、眞鍋旭輝)。2019年12月27日、2020年シーズンからのギラヴァンツ北九州加入内定が発表された。 2020年12月16日、J2第41節のモンテディオ山形戦でプロデビュー。しかし2シーズンで公式戦5試合の出場にとどまる。 2021年12月15日、関東サッカーリーグ1部の栃木シティFCへの完全移籍が発表された。
井越 慎介(いごし しんすけ、1996年1月24日 - )は… 井越 慎介(いごし しんすけ、1996年1月24日 - )は、日本のラグビー選手。 2014年、北越高校卒業後、拓殖大学に入る。 2018年、拓殖大学卒業後、日野自動車レッドドルフィンズ(現・日野レッドドルフィンズ)に加入。 2020年2月22日にジャパンラグビートップリーグ第6節サントリーサンゴリアス戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、日野レッドドルフィンズを退団した。
落合 知之(おちあい ともゆき、1994年6月29日 - )… 落合 知之(おちあい ともゆき、1994年6月29日 - )は、トップイーストリーグAグループAZ-COM丸和MOMOTARO'Sに所属するラグビーユニオンの選手。 高校1年生からラグビーを始めた。 2013年、北越高校卒業後、流通経済大学に入る。 2017年、流通経済大学卒業後、神戸製鋼コベルコスティーラーズ(現・コベルコ神戸製鋼スティーラーズ)に加入。 2018年1月6日に行われたジャパンラグビートップリーグ総合順位決定トーナメント第1節のリコーブラックラムズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。 2024年8月、AZ-COM丸和MOMOTARO'Sに加入。
有田 光成(ありた こうせい、1993年9月6日 - )は、… 有田 光成(ありた こうせい、1993年9月6日 - )は、新潟県新潟市出身の元サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。サッカー選手の有田光希は実兄。
早川 直樹(はやかわ なおき、1992年4月3日 - )は、… 早川 直樹(はやかわ なおき、1992年4月3日 - )は、日本のラグビー選手。 2011年、北越高校卒業後、立正大学に入る。 2015年、立正大学卒業後、ヤマハ発動機ジュビロに加入。 2018年、ヤマハ発動機ジュビロを退団した。
有田 光希(ありた こうき、1991年9月23日 - )は、… 有田 光希(ありた こうき、1991年9月23日 - )は、新潟県新潟市出身のサッカー選手。JFL・ラインメール青森FC所属。元サッカー選手の有田光成は実弟。 2010年にヴィッセル神戸へ入団。第3節の清水エスパルス戦に途中出場しリーグ戦デビューを果たすが出場はこの1試合にとどまる。2011年は先発出場はなかったが、ゲーム中盤から出場する試合が増えた。2012年、試合経験を積むため愛媛FCへ期限付き移籍。37試合に出場しチームトップの14得点を挙げた。シーズン後契約満了のため神戸に復帰。2013年、開幕戦に先発出場したが、その後は田代有三からポジションを奪うことができず出場機会が激減。古巣対戦となった愛媛戦では神戸での初得点を含む2得点を挙げたが、年間9試合2得点に終わった。
大野 和成(おおの かずなり、1989年8月4日 - )は、… 大野 和成(おおの かずなり、1989年8月4日 - )は、新潟県上越市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・湘南ベルマーレ所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 2008年(平成20年)、長谷部彩翔とともにアルビレックス新潟ユースからトップチームに昇格。2010年(平成22年)はリーグ戦4試合、2011年(平成23年)はプロ入り後初スタメン入りを果たすなどリーグ戦7試合に出場して徐々に出場時間を延ばしていったが、更なる出場機会を求めて2011年(平成23年)8月から愛媛FCに半年間の期限付き移籍。愛媛では移籍後すぐにレギュラーに定着し、リーグ戦17試合に出場した。 2012年(平成24年)は新潟から湘南ベルマーレに期限付き移籍。
八藤後 裕太(やとうご ゆうた、1986年3月12日 - )… 八藤後 裕太(やとうご ゆうた、1986年3月12日 - )は、日本の元ラグビー選手。 高校1年生からラグビーを始めた。 2004年、北越高校卒業後、京都産業大学に入る。 2008年、京都産業大学卒業後、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。 2018年、現役を引退した。
小山恵生(こやま よしお、1975年11月13日 - )は、… 小山恵生(こやま よしお、1975年11月13日 - )は、日本の元ラグビー選手。 北越高等学校、仙台大学、カンタベリーユニバーシティクラブを経て、神戸製鋼コベルコスティーラーズに加入 2002年、本場ニュージーランドで経験を積んだ異色ルーキーとして期待されたが、練習中に首の大怪我にみまわれ、翌年現役を引退。 2004年、引退後はチームのテクニカルスタッフに就任。2011年までチームに在籍した。 仙台大学ではナンバー8、ロックとしてチームを牽引し、地区対抗大学選手権で2年生の時にベスト4。最終学年の4年時は1回戦で徳山大学に敗れ学生生活を終えた。卒業後は、仙台市スポーツ振興事業団の体育指導員として2年間働いたが、レベルの高いところでプレーしてみたいという思いから、2000年4月、単身ニュージーランド、クライストチャーチへ。
古川 利行(ふるかわ としゆき、1963年9月24日 - )… 古川 利行(ふるかわ としゆき、1963年9月24日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロ野球選手(投手)。 北越商業高では2年生の時、エースとして1980年秋季北信越大会で準決勝に進むが、音重鎮のいた星稜高に敗退し春の選抜出場を逸する。翌1981年、春の北信越大会では1回戦で東海大三高に延長14回サヨナラ負けを喫するが、左腕の好投手として注目を集めた。しかし、夏は野球部員の不祥事があり甲子園予選への出場を辞退した。 同年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから6位指名を受けるが入団を拒否し、社会人野球の日本鋼管へ進む。 1983年の都市対抗野球ではエースとして2勝をあげ準々決勝に進出するが、池田親興投手(日産自動車から補強)を擁する東芝に敗れる。
古泉 肇(こいずみ はじめ、1942年〈昭和17年〉2月21… 古泉 肇(こいずみ はじめ、1942年〈昭和17年〉2月21日- )は、日本の実業家。亀田製菓元会長。亀田製菓名誉顧問。株式会社エイケイ代表取締役会長、株式会社コスモス代表取締役会長。 亀田製菓創業者である古泉栄治の長子として新潟県に生まれる。北越商業高等学校(現・北越高等学校)、法政大学経営学部経営学科卒業。 大学卒業後、本人は亀田製菓へ入社する意思はなく、金融機関への採用が決まっていたが、父 古泉栄治から「帰ってこい」と言われ、亀田製菓株式会社へ入社することとなった。1983年、亀田製菓株式会社代表取締役社長へと就任し、2000年には同社会長となる。その後、2016年から株式会社エイケイ代表取締役会長、2018年から株式会社代表取締役コスモス会長となった。