スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
清水 里佳子(しみず りかこ、1996年〈平成8年〉 - )… 清水 里佳子(しみず りかこ、1996年〈平成8年〉 - )は、日本の元ウエイトリフティング選手、番組プロデューサー。富山県立滑川高等学校、立命館大学を経て、立命館大学大学院社会学研究科修了。現役時代は女子+90kg級(当時)で2017年の全日本女子選手権優勝、大学生年代では2015年の全日本学生個人選手権+75kg級優勝などの成績を残した。引退後はABEMAの番組制作に携わり、2025年放送『ウェディングウォーズ』でプロデューサーとしてクレジットされている。 富山県立滑川高等学校でウエイトリフティング部に所属。高校2年の2014年3月、第29回全国高等学校ウエイトリフティング競技選抜大会女子+75kg級でスナッチ70kg、クリーン&ジャーク98kg、トータル168kgを挙げ優勝した。
村上 英士朗(むらかみ えいしろう、1995年8月8日 - … 村上 英士朗(むらかみ えいしろう、1995年8月8日 - )は、日本の重量挙げ選手。いちご株式会社ウエイトリフティング部所属。愛称はタンク村上。 富山県出身。身長178cm、体重135kg。 富山県立滑川高等学校卒業後、日本大学文理学部、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学。 祖父は中部日本ボディビル協会や日本ボディビル・フィットネス連盟(JBBF)の役員を務めた村上満。 全日本選手権大会で2018年、2019年、2021年、2022年に4回優勝。スナッチ、ジャーク、トータルの中学・高校・大学・ジュニアを含むすべてのカテゴリーで日本記録を更新した。 2019年9月 世界選手権出場。 2019年12月 IWFワールドカップで優勝し、自身初の世界チャンピオンとなった。
竹嶋 祐貴(たけしま ゆうき、1989年10月12日 - )… 竹嶋 祐貴(たけしま ゆうき、1989年10月12日 - )は、富山県中新川郡舟橋村出身の元プロ野球選手・元社会人野球選手(投手)。 小学4年生から舟橋ビクトリーズで野球を始める。舟橋村立舟橋中学校を経て、富山県立滑川高等学校時代は、当初こそ中学時代から悩まされていた左足甲のガングリオン除去手術を1年秋に行なったため出遅れたものの、2年春から本格的に投手の練習を始め高校3年春には最速145km/hを記録し県を代表する投手に成長。最後の夏はベスト8で敗退したが、潜在能力は高く評価されプロ6球団から調査書が送られてきたという。現千葉ロッテマリーンズの石川歩は高校の1学年上の先輩。 2007年のドラフト会議において読売ジャイアンツに4巡目で指名され入団。
石川 歩(いしかわ あゆむ、1988年4月11日 - )は、… 石川 歩(いしかわ あゆむ、1988年4月11日 - )は、富山県魚津市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ツインズ・オーステルハウト所属。 魚津市立本江小学校3年次から本江スポーツ少年団で野球を始める。魚津市立西部中学校では軟式野球部に所属した。 富山県立滑川高等学校では硬式野球部に所属。3年夏の県大会はエースとして3試合に先発するも3回戦で富山第一に3対6で敗れ、甲子園出場はならなかった。1学年下に竹嶋祐貴がいる。もともと高校で野球をやめ、服飾関係の専門学校に進むつもりだったが、周囲に勧められ大学のセレクションを受け合格した。 中部大学に進学後は1年春から公式戦に出場。2年次には春の大学選手権に出場し全国デビュー。
バッドナイス常田(バッドナイスつねだ、1988年4月5日 -… バッドナイス常田(バッドナイスつねだ、1988年4月5日 - )は、ワタナベエンターテインメントに所属する日本のお笑いタレント。本名は常田 功(つねだ いさお)、通称はバッツネであり、2025年からはこちらを芸名としている。 富山県の富山県立滑川高等学校を卒業後、芸の道に進むと決意して上京。2007年、最初はNSC(吉本総合芸能学院)東京校に13期生として入学。しかしNSC時代は授業に5回も遅刻したのが元で、その年の夏には卒業資格を失う。その後もNSCには通い、月1~2回ほどインディーズのライブに出演した後、2009年4月に改めてワタナベコメディスクール10期生として入学(2010年3月卒業)。
稗苗 良太(ひえなえ りょうた、1986年7月28日 - )… 稗苗 良太(ひえなえ りょうた、1986年7月28日 - )は、日本の篤農家。ひえばた園代表。富山県魚津市稗畠(ひえばた)にて夫婦で営農 。自然栽培による地域活性化と『わたはじめ-日本綿復活プロジェクト』で耕作放棄地再生と地方創生に尽力している。 1986年7月28日、富山県魚津市稗畠の農家に生まれる。富山県立滑川高等学校を卒業。2011年、東京国際大学国際関係学部(ゼミで半年に1回ラオスを訪問)を卒業。研修後に就農。2015年6月7日、「田植え世界選手権」を主催 。10月12日、「はさ掛けW杯」を主催。11月23日、第17回米・食味分析鑑定コンクール:国際大会都道府県代表お米選手権部門で金賞を受賞。
中屋 一博(なかや かずひろ、1947年(昭和22年)4月3… 中屋 一博(なかや かずひろ、1947年(昭和22年)4月3日 - )は、日本の政治家。元富山県滑川市長(2期)。元滑川市議会議員(4期)。 富山県立滑川高等学校卒業。現在同窓会長をつとめる。 滑川市議会議員を4期務める。 2002年(平成14年)2月10日執行。市議会議長上田昌孝が推す現職で5期目を目指した自民党推薦の沢田寿朗(1926年1月2日〜)を破り、初当選を果たした。※当日有権者数:26,644人 最終投票率:73.24%(前回比:pts) 2006年(平成18年)2月5日執行。1月29日の告示日に立候補の届け出が中屋しかいなかったため、無投票で再選。 2010年(平成22年)2月14日執行。
福田 富昭(ふくだ とみあき、1941年12月19日 - )… 福田 富昭(ふくだ とみあき、1941年12月19日 - )は、日本の実業家(会社社長)。アマチュアスポーツとプロスポーツの組織者。 国際レスリング連盟(FILA)副会長。公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)副会長を経て現在名誉委員および2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会評議員、文部科学省五輪対策チーム実行委員長。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」代表発起人。雑誌出版・不動産仲介業の日本メディア・ミックス(株)取締役。株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス社外取締役。 日本オリンピック委員会副会長として、旧竹田宮家の竹田恒和同委員会会長(竹田恒泰の父)を補佐していた。
相山 武夫(あいやま たけお、1915年3月7日 - 200… 相山 武夫(あいやま たけお、1915年3月7日 - 2000年3月6日)は富山県出身の実業家、ゴルフ場の設計者。 富山県中新川郡水橋町(現富山市水橋町)で海産物商の8男として生まれた。富山県立滑川商業学校(現富山県立滑川高等学校)を経て、1939年東洋音楽専門学校(現東京音楽大学)卒業。 全国石油加工連合会、海軍燃料廠勤務を経て、1946年に石油製品の2次製品である潤滑油のメーカー、日興産業株式会社を設立。 1953年、日興産業の潤滑油工場施設の近隣にあった18ホールの河川敷ゴルフ場「六郷ゴルフ倶楽部」(現ゴルフ練習場)の経営を目的として、株式会社六郷ゴルフ倶楽部を設立、代表取締役就任を契機に、石油ビジネス以外に、ゴルフ場設計者、事業家としての道をも歩む。
高平 公友(たかひら きみとも、1914年7月18日 - 2… 高平 公友(たかひら きみとも、1914年7月18日 - 2000年2月10日)は、日本の政治家。参議院議員(2期、自由民主党)。 富山県出身。滑川商卒。立山町議を1期、富山県議を5期、同議長も務める。1975年、町議や県議として公共の福祉に奉仕して地方自治の発展に貢献したとして藍綬褒章受章。1977年の第11回参議院議員通常選挙に富山県選挙区から自民党公認で立候補して初当選し、2期務める。自民党参議院国会対策副委員長、鈴木善幸内閣科学技術政務次官、内閣委員長などを歴任した。1989年に引退。1990年秋の叙勲で勲二等瑞宝章受章。 2000年2月10日、胃癌のため富山県富山市の流杉病院で死去、85歳。
水野 達夫 は、日本の政治家。富山県滑川市長(2期)。元滑川… 水野 達夫 は、日本の政治家。富山県滑川市長(2期)。元滑川市議会議員(3期)。
広野 あさみ(ひろの あさみ)は、日本のプロスノーボーダーで… 広野 あさみ(ひろの あさみ)は、日本のプロスノーボーダーである。種目はスロープスタイル、ビックエアー、スノーボードクロス。 富山県富山市出身。富山県立滑川高等学校卒業後、全日本ウィンタースポーツ専門学校に進学した後、本格的にスノーボードを始め、20歳でスノーボードクロスにてプロ資格を取得。 数々の世界レベルの大きなコンテストで多くの成績を残し、ビックエアー・スロープスタイル競技で平昌オリンピックに出場した。 ガールズスノーボーダーチーム“TOMBOY”に参加しているほか、現在は富山キングスにてレッスンを開催するなど幅広く活躍中。 2015年7月1日、日本オリンピック委員会オリンピック指定強化選手認定。