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佐々木 勝久(ささき かつひさ、1968年〈昭和43年〉2月… 佐々木 勝久(ささき かつひさ、1968年〈昭和43年〉2月22日 - )は、日本の政治家。福井県鯖江市長(2期)。元鯖江市議会議員(4期)。 山梨県出身。1986年(昭和61年)3月、山梨県立日川高等学校卒業。同年4月、東京電力に就職。東京電力労働組合の支部の役員に任命され、組合員として政治活動や選挙運動に従事した。 1994年(平成6年)2月、鯖江市議会議員の佐々木治の娘と結婚。名字を佐々木に変更する。義父の佐々木治は1999年(平成10年)4月の福井県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選を果たす。 再選を目指す義父の選挙を手伝うために、2002年(平成14年)12月、東京電力を退職。2003年(平成15年)1月、山梨県より福井県鯖江市に移転。
高木 晴雄(たかぎ はるお、1950年〈昭和25年〉7月24… 高木 晴雄(たかぎ はるお、1950年〈昭和25年〉7月24日 - )は、日本の政治家。山梨県山梨市長(3期)。元山梨県議会議員(2期)。 山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校卒業。リフォーム・ガス会社「株式会社タカギ」の社長を務めた。 2011年(平成23年)の山梨県議会議員選挙に無所属・民主党推薦で出馬し初当選した。2015年(平成27年)の県議選で再選。 2017年(平成29年)8月7日、前年に行われた市職員採用試験を巡り、山梨市長の望月清賢が虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で逮捕された。同年8月13日、望月は辞職。8月23日、望月の辞職に伴う市長選挙に立候補する意向を表明し、同日、県議を辞職した。
中村照人(なかむら てるひと、1949年(昭和24年)10月… 中村照人(なかむら てるひと、1949年(昭和24年)10月1日 - 2009年(平成21年)12月28日)は、日本の政治家。元山梨市長(新市制、1期)。 山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校を経て山梨大学工学部精密工学科卒。同じく山梨県出身の田邊圀男の国会秘書を経験したのちに1987年、山梨市より山梨県議会に初当選した。その後4期県議会議員(自由民主党所属)を務めた。この間、1997年10月28日から1998年12月4日まで県議会議長を務めた。 2002年4月12日、山梨市長選挙への立候補を正式に表明した。6月4日、県議を辞職し、自民党も離党した。7月20日、元県議同士の一騎討ちを制して、初当選を果たした。
望月 清賢(もちづき せいき、1947年(昭和22年)6月3… 望月 清賢(もちづき せいき、1947年(昭和22年)6月30日 - )は、日本の実業家・石材会社である差出石材の元社長、政治家・前山梨市長(1期)、元山梨県議会議員(4期)、元山梨市議会議員(3期)。山梨市職員採用を巡る不正事件で、有罪が確定している。 山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校卒業。1974年(昭和49年)、金沢工業大学工学部卒業。父親が経営する差出石材に就職。 1983年(昭和58年)、旧山梨市の市議会議員選挙に初当選。3期務めた。1999年(平成11年)、亡くなった父親の後を継いで差出石材の社長になった。 2002年(平成14年)7月20日に行われた山梨県議会議員補欠選挙に出馬し初当選。
田辺 哲夫(たなべ てつお、1929年3月9日 - 1995… 田辺 哲夫(たなべ てつお、1929年3月9日 - 1995年8月8日)は、日本の法律家、政治家。弁護士、元参議院議員(2期)。
田邊 國男(田辺 国男、または田邉 國男、たなべ くにお、1… 田邊 國男(田辺 国男、または田邉 國男、たなべ くにお、1913年9月24日 - 2005年12月19日)は、日本の政治家。位階は正三位。自由民主党衆議院議員、山梨県知事、鈴木改造内閣の総理府総務長官、沖縄開発庁長官を歴任したほか、田辺酒造店主でもある。 山梨県塩山市下於曽(現在の甲州市)に生まれる。造酒業を営む田辺家の次男。田邊宗英の甥にあたる。父の田邊七六は戦前に実業界から衆議院議員となった人物で、立憲政友会に所属し幹事長を務め、戦後も日本進歩党に所属し、自民党山梨県連初代会長を務め山梨県政に影響力を持っていた。 1938年(昭和13年)に早稲田大学政治経済学部を卒業し、1958年(昭和33年)に第28回衆議院議員総選挙において旧山梨全県区から立候補し初当選して以来、通算当選9回(当選同期に安倍晋太郎・倉成正・斎藤邦吉など)。
田邊 圀男(田辺 国男、たなべ くにお、1913年9月24日… 田邊 圀男(田辺 国男、たなべ くにお、1913年9月24日 - 2005年12月19日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員、山梨県知事、鈴木改造内閣の沖縄開発庁長官、総理府総務長官を歴任したほか、田辺酒造店主。
小林 信一(こばやし しんいち、1908年(明治41年)1月… 小林 信一(こばやし しんいち、1908年(明治41年)1月27日 - 1983年(昭和58年)8月15日)は、昭和期の教育者、労働運動家、政治家。衆議院議員。 山梨県東山梨郡松里村上井尻(塩山町、塩山市を経て現甲州市塩山上井尻)出身。日川中学校(現山梨県立日川高等学校)を経て、1926年(大正15年)山梨県師範学校第2部を卒業した。 南都留郡盛里小学校訓導、旭尋常高等小学校訓導、山梨国民学校教頭、峡東青年学校長などを歴任し、1947年(昭和22年)松里中学校長に就任。1948年(昭和23年)山梨県教職員組合執行委員長となり、山梨県連合教育会副会長も務めた。 1949年(昭和24年)1月の第24回衆議院議員総選挙に山梨県全県区から無所属で出馬して当選。
樋貝 詮三(ひがい せんぞう、1890年〈明治23年〉4月3… 樋貝 詮三(ひがい せんぞう、1890年〈明治23年〉4月3日 - 1953年〈昭和28年〉1月1日)は、日本の政治家、法学者。法学博士。位階は正三位。 保険院長官、衆議院議員、第37代衆議院議長、第3次吉田内閣国務大臣・賠償庁長官を歴任した。 山梨県東山梨郡勝沼町(現・甲州市)出身。日川中学、中央大学夜間法科在学中に文官高等試験に合格し、1918年に京都帝国大学法科大学を卒業。卒業後は法制官僚となり、法制局に勤務の傍ら中央大学講師を務め、内閣恩給局長・保険院長官などを歴任。1943年、『海の慣習法』で京都帝国大学法学博士。 1946年の戦後最初に行われた第22回衆議院議員総選挙では、郷里の山梨から日本自由党(鳩山自由党)の公認候補として擁立されて立候補し、当選する。
広瀬 久忠(廣瀬、ひろせ ひさただ、1889年(明治22年)… 広瀬 久忠(廣瀬、ひろせ ひさただ、1889年(明治22年)1月22日 - 1974年(昭和49年)5月22日)は、日本の内務官僚、政治家。山梨県出身。位階は従二位。 山梨県東山梨郡七里村(現甲州市)の県内有数の旧家である広瀬家に、父広瀬久政、母さとの長男として生まれる。 山梨県立日川中学校(現山梨県立日川高等学校)、第一高等学校を経て、1914年(大正3年)7月に東京帝国大学法学部政治学科を卒業。文官高等試験を173人中32番目で合格。内務省に入省し、千葉県属を振出しに、1917年(大正6年)5月に岐阜県警視、1918年(大正7年)10月に同理事官、1919年(大正8年)8月に警視庁理事官、1923年(大正12年)3月に警視庁警視、同年10月に滋賀県警察部長、1924年(大正13年)5月に内務省社会局書記官、同年12月に福井県書記官・内務部長、1925年(大正14年)10月に内務省復興局書記官、1929年(昭和4年)5月に東京市助役、1930年(昭和5年)8月に東京府書記官・内務部長となる。