スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
若杉 好輝(わかすぎ こうき、1995年11月8日 - )は… 若杉 好輝(わかすぎ こうき、1995年11月8日 - )は、山梨県山梨市出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 中学校時代からヴァンフォーレ甲府の下部組織に所属。2011年にU-18へ昇格し、3年時のクラブユース選手権 (U-18)ではベスト16入りに貢献する活躍を見せた。2013年8月、トップチームに2種登録選手として登録。9月7日に行われた天皇杯2回戦の福島ユナイテッドFC戦で初めてベンチ入りを果たしたが、出場機会はなかった。 2014年より、トップチームへ昇格。同年5月14日。練習試合中に負傷。左足小指骨折で全治約3カ月と診断され、戦線を離脱する期間が生じた。 2015年6月、サウルコス福井へ育成型期限付き移籍。
萩原 なつ子(はぎわら なつこ、1956年 - )は、日本… 萩原 なつ子(はぎわら なつこ、1956年 - )は、日本の社会学者。博士(学術)。専門は環境社会学、ジェンダー研究、非営利組織論。独立行政法人国立女性教育会館理事長、文部科学省中央教育審議会委員。 山梨県笛吹市石和町出身。山梨県立山梨高等学校卒業。明治学院大学文学部英文学科および社会学部社会学科卒業。お茶の水女子大学大学院家政学研究科修了。 トヨタ財団アソシエイト・プログラムオフィサー、東横学園女子短期大学助教授、宮城県環境生活部次長、武蔵工業大学助教授などを経て、立教大学社会学部教授・立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。日本NPOセンター代表理事。2019年文部科学省中央教育審議会委員。
飯田 文彌(いいだ ぶんや、1928年(昭和3年)1月1日 … 飯田 文彌(いいだ ぶんや、1928年(昭和3年)1月1日 - )は、日本の歴史学者・郷土史家。山梨郷土研究会会員。 山梨県山梨市下神内川に生まれる。1952年(昭和27年)3月に中央大学法学部を卒業後、同年4月に山梨県の高等学校教員となり山梨県立山梨高等学校に配属される。 翌1954年4月には谷村高等学校教諭となり、菅沼英雄・手塚寿男らとクラブ活動としての郷土研究を行い、1957年(昭和32年)には『郡内機業発達史』として刊行する。なお、同年には甲斐史学会が立ち上げられており、飯田も会員として参加し機関紙『甲斐史学』に論考を発表している。以来、主に甲斐国近世期の経済産業史・百姓一揆や民衆生活史に関して研究を行う。
堀内 幸枝(ほりうち さちえ、1920年9月6日 - 202… 堀内 幸枝(ほりうち さちえ、1920年9月6日 - 2021年10月11日)は、日本の詩人。 山梨県東八代郡御代咲村(現笛吹市)生まれ。本姓・千葉。大妻専門学校卒。 22歳で甲府在住の千葉幸男と結婚するが、姑とあわず、3ヶ月で婚家を出て、夫を誘い東京に出て二人で生活する。 神保光太郎、深尾須磨子らの知遇を得て『四季』などに詩を発表する。詩誌『葡萄』発行人。中田喜直、田中隆司の作曲により歌曲となった作品も多数ある。 現代詩人会会員。101歳で死去。 夫の千葉幸男は、上野精養軒に勤め、社長、会長、のち相談役。
土屋 操(つちや みさお、明治14年(1881年)5月1日 … 土屋 操(つちや みさお、明治14年(1881年)5月1日 - 昭和22年(1947年)4月20日)は、山梨県出身の郷土史家。号は節堂。 山梨県東山梨郡七里村(現・甲州市塩山)に、父「作甫」、母「ただ」の長男として生まれる。土屋昌次の子孫。明治28年(1895年)4月に山梨県立甲府中学校(現在の山梨県立甲府第一高等学校)に入学し、明治33年に卒業とともに早稲田大学に進学し坪内逍遥に師事。明治37年(1904年)3月に卒業した。 卒業後、山梨県立高等女学校(現・山梨県立甲府西高等学校)に勤務、明治38年12月には一年志願兵として近衛歩兵第2連隊に入隊。除隊後の明治40年5月に甲府市立商業学校(現在の甲府市立甲府商業高等学校)、大正13年5月に山梨県女子師範学校、大正15年10月に山梨県立山梨高等女学校(現在の山梨県立山梨高等学校)に勤務し、昭和15年(1940年)3月の退職後も山梨県立農林学校、山梨県立日川中学校において嘱託講師として勤務するなど、40年にわたり歴史の教員を務めている。