スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
長谷川 英憲(はせがわ ひでのり、1938年3月6日 - 2… 長谷川 英憲(はせがわ ひでのり、1938年3月6日 - 2022年5月8日)は、日本の政治家。中核派の政治団体「都政を革新する会」(旧「杉並革新連盟」)代表。杉並区議会議員(5期)、東京都議会議員(1期)を務めた。 選挙では、名前を平仮名にした長谷川 ひでのりの表記も用いる。また、俗称に長谷川 エイケン、ハセケン。 長野県生まれ。長野県小諸商業高等学校を卒業し、会計検査院に入庁した。働きながら早稲田大学第二政治経済学部を卒業。 1967年、70年安保や沖縄返還、公害、消費者保護を争点に杉並区議会議員選挙に立候補し、初当選。以後1971年、1975年、1979年、1983年と杉並区議に連続当選。
高島 照治(たかしま てるじ、1924年〈大正13年〉1月1… 高島 照治(たかしま てるじ、1924年〈大正13年〉1月18日 - 2006年〈平成18年〉3月17日)は、日本の農業家、政治家。主な役職に群馬県議会議員、同議長、嬬恋村議会議員、日本ホルスタイン登録協会会長など。 大正13年(1924年)、群馬県吾妻郡草津町に生まれる。長野県立小諸商業学校(現・長野県小諸商業高等学校)を卒業。 太平洋戦争終結後復員すると、1946年(昭和21年)に嬬恋村(群馬県吾妻郡)に入植し、仙之入開拓農協(全国開拓農業協同組合連合会参照)を設立して組合長に就任した。 群馬県の畜産に関する様々な団体の要職を歴任したほか、1984年(昭和59年)からは日本ホルスタイン登録協会の会長を務め、牛の個体識別システムの導入に携わった。
小山 威雄(こやま たけお、1905年〈明治38年〉7月1日… 小山 威雄(こやま たけお、1905年〈明治38年〉7月1日 - 1981年〈昭和56年〉8月24日)は、日本の実業家、政治家。長野県小諸市長。 長野県北佐久郡小諸町(現小諸市)で、小山重右衛門、婦美野の息子として生まれた。旧制小諸商業学校(現長野県小諸商業高等学校)を経て、旧制青山学院専門部商科修了。1930年(昭和5年)丸五商店に入社し、丸五商会に改組し代表取締役となる。1944年(昭和19年)計理士を開業。1947年(昭和22年)小諸商工会議所会頭となる。1951年(昭和26年)長野県商工信用組合監事に就任した。 1953年(昭和28年)小諸市教育委員、1963年(昭和38年)小諸市議会議員となり1971年(昭和46年)まで2期在任し、同議長も務めた。
小山 亮(こやま まこと、1895年2月4日 - 1973年… 小山 亮(こやま まこと、1895年2月4日 - 1973年2月9日)は、日本の政治家(衆議院議員)。 自由民権運動家で衆議院議員を務めた長野県小諸出身の小山久之助の次男として、東京市麹町に生まれる。6歳の時に父が亡くなり、父の郷里である小諸に移る。1912年3月、小諸町立小諸商工学校(現・長野県小諸商業高等学校)を卒業後上京し、父と知遇のあった大隈重信から援助を得て三重県立鳥羽商船学校(現・鳥羽商船高等専門学校)に入学したが1年で退学、新潟県立新潟商業学校(現・新潟県立新潟商業高等学校)の商船科に移ったがここもその年に退学し、1914年3月に愛媛県立弓削商船学校(現・弓削商船高等専門学校)に移り、1919年に卒業した。