スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
長井 俊彦(ながい としひこ、1967年〈昭和42年〉3月3… 長井 俊彦(ながい としひこ、1967年〈昭和42年〉3月30日 - )は、日本の農林水産官僚。 長野県諏訪郡下諏訪町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1990年(平成2年)3月、東京大学経済学部を卒業。国家公務員試験I種・経済に合格し、同年4月、農林水産省に入省。入省後、食料産業局食品製造課長、生産局農産部地域作物課長、経営局総務課長、国土交通省大臣官房審議官、農林水産技術会議事務局研究総務官、農林水産省大臣官房審議官などを歴任。福島第一原子力発電所事故が発生した際には、総合食料局流通課卸売市場室長として卸売市場における事故周辺地域で出荷された生鮮食品の取り扱いを担当した。 2023年(令和5年)7月4日、農村振興局長に就任。
渡辺 由美子(わたなべ ゆみこ、1965年1月30日 - )… 渡辺 由美子(わたなべ ゆみこ、1965年1月30日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。こども家庭庁長官(初代)。 千葉県出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1987年9月、国家公務員採用Ⅰ種試験(行政)合格。1988年3月、東京大学文学部卒業。同年4月、厚生省に入省。児童家庭局企画課配属。主に医療や介護の分野で頭角を現し、診療報酬改定を幾度も経験した。医療保険担当の審議官時代には財務省の主計官だった阿久澤孝からプラス改定を勝ち取った。閣僚経験のある自民党厚労族からも根回しの上手さを評価されている。 2023年4月、初代こども家庭庁長官に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
吉川 共治(きっかわ きょうじ、1937年10月13日 - … 吉川 共治(きっかわ きょうじ、1937年10月13日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はA型。 長野県茅野市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業。1962年 大蔵省入省(主税局総務課)。同年7月 主税局国際租税課。1964年6月 近畿財務局勤務。大臣官房調査企画課、理財局国債課勤務の後、1966年8月に運輸省航空局監理部総務課に企画係長として出向。1968年7月に松江税務署長。その後はカナダ大使館での勤務も経験。理財局国有財産総括課長、九州財務局長、大臣官房審議官(大臣官房担当)などを経て、1986年6月15日より理財局次長(国有担当)。1989年6月からは人事院の事務総局に出向。
佐藤 光夫(さとう みつお、1914年(大正3年)10月1日… 佐藤 光夫(さとう みつお、1914年(大正3年)10月1日 - 1997年(平成9年)7月17日)は、日本の運輸官僚、海上保安官。海上保安庁長官や運輸事務次官等を務めた後に、京成電鉄第6代社長として京成グループを率い、経営危機に陥っていたグループの再建を成功させた。敬虔なクリスチャンとしても知られた。1987年勲二等旭日重光章受章。 長野県諏訪郡上諏訪町(現:諏訪市)出身。旧制諏訪中学(長野県諏訪清陵高等学校)を経て旧制東京商科大学(一橋大学の前身)卒業後、実業に関係のありそうな省庁を希望し、鉄道省入省(大鉄局書記)。同期入省の木村睦男(元参議院議長)は、佐藤を「若いころからまじめを絵にかいたような男だった」と評する。
長坂 端午(ながさか たんご、1907年5月5日 - 197… 長坂 端午(ながさか たんご、1907年5月5日 - 1977年4月9日)は、日本の教育学者、文部官僚。東京教育大学名誉教授。 長野県諏訪郡上諏訪町(現・諏訪市)出身。長野県立諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、第一高等学校卒業。 1928年下諏訪尋常高等小学校(現・下諏訪町立下諏訪南小学校)代用教員。東京文理科大学(現・筑波大学)教育科卒業。1932年山梨県女子師範学校教諭。1936年和歌山師範学校教諭。1941年静岡師範学校教諭、同附属国民学校(現・静岡大学教育学部附属静岡小学校)主事。1945年応召により中国へ出征。 1947年文部省(現・文部科学省)教科書局に入省、同局小学校社会科主任、文部事務官 。
太田 和彦(おおた かずひこ、1905年5月20日 - 19… 太田 和彦(おおた かずひこ、1905年5月20日 - 1984年7月5日)は、日本の文部官僚、図書館情報学者。図書館短期大学(現・筑波大学情報学群知識情報・図書館学類)学長を務めた。 長野県飯田市出身。旧制長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)、旧制第一高等学校を経て、京都帝国大学文学部哲学科卒業。文部省(現・文部科学省)入省。教科書調査官を務めた。 旧制浪速高等学校教授、群馬大学教授、獨協大学文学部教授を歴任し、1969年図書館短期大学(のちの図書館情報大学を経て、現・筑波大学情報学群知識情報・図書館学類)学長に就任。時代に即した文献情報学科の新設、筑波移転に伴う四年制大学昇格(図書館情報大学)の基礎固めに尽力した。
高橋 庸弥(たかはし つねや、1901年(明治34年)5月1… 高橋 庸弥(たかはし つねや、1901年(明治34年)5月10日 - 1970年(昭和45年)2月7日)は、日本の内務・警察官僚、実業家。官選鳥取県知事。 長野県諏訪郡玉川村(現茅野市)生まれ。旧制諏訪中学(現長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て第八高等学校を卒業。1925年11月、高等試験行政科試験に合格。1926年、東京帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業。内務省に入省し大分県属となる。 以後、警視庁特別高等警察部第一課長、石川県書記官・警察部長、内務省警保局警務課長、企画院書記官などを経て、大阪府警察局長となる。 1945年4月、鳥取県知事に就任。同年10月、厚生省労政局長に転じ、労働組合法の原案作成に関わった。
金井 清(かない きよし、1884年〈明治17年〉12月7日… 金井 清(かない きよし、1884年〈明治17年〉12月7日 - 1966年〈昭和41年〉4月26日)は、日本の官僚、政治家。太平洋戦争前は鉄道官僚を歴任し、戦後に長野県諏訪市長を通算2期務めた。 長野県諏訪郡上諏訪町(現在の諏訪市上諏訪)に生まれる。諏訪郡立実科中学校(現長野県諏訪清陵高等学校)、東京府立第一中学校(現東京都立日比谷高等学校)を経て、1903年に第一高等学校に入学。3年次在学中の1905年、市河三喜に代わって動物学者のアンダーソンと行動をともにし、1906年にも協力する。1905年にアンダーソンに随行した際に、奈良県東吉野村鷲家口で、最後のものとされるニホンオオカミの捕獲個体(ただし猟師によりすでに殺されていた)に立ち会っている。
小平 権一(旧字体: 小平 權一、こだいら ごんいち、188… 小平 権一(旧字体: 小平 權一、こだいら ごんいち、1884年1月6日 - 1976年8月1日)は、日本の政治家、農林官僚。衆議院議員。農本主義者。 長野県諏訪郡米沢村(現茅野市)に小学校教員の小平邦之助の長男として生まれる。旧制諏訪実科中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)を経て、旧制第一高等学校工科を途中休学。1910年に東京帝国大学農科大学を卒業し、さらに同法科大学政治科に入学。在学中の1913年に高等文官試験に合格し、翌年に卒業した。 農商務省に入り、農政課に配属。農政課小作分室長として石黒忠篤農政課長とともに小作立法に取り組む。1922年に産業組合の主管課である農務課長に就任、産業組合中央金庫の設立に中心的役割を果たした。
丸茂 藤平(まるも とうへい、1882年(明治15年)3月2… 丸茂 藤平(まるも とうへい、1882年(明治15年)3月25日 - 1956年(昭和31年))は、日本の内務官僚、官選岩手県知事。旧姓・両角。 長野県諏訪郡玉川村(現:茅野市)出身。両角彦五郎の二男として生まれ、丸茂米作の養子となり、のち養父の長女「まつよ」と結婚した。 諏訪郡立実科中学校(現長野県諏訪清陵高等学校)を経て、[要出典]第一高等学校を卒業。1908年7月、京都帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1909年1月、内務省に入省し、拓殖制度取調事務嘱託となり大臣官房台湾課及び地方局拓殖事務取扱を嘱託。同年5月、内務属となり鹿児島県揖宿郡長に就任。
石田晋也(いしだ しんや)は、日本の財務・金融官僚。 長野県… 石田晋也(いしだ しんや)は、日本の財務・金融官僚。 長野県出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。1990年 大蔵省入省(主計局総務課)。国際通貨基金(IMF)、青森県庁、金融庁、主計局などで勤務し、2006年より本格的に金融行政の道を歩んでいく。2021年7月8日 金融庁総合政策局審議官(監督局担当)。2022年6月24日 金融庁総合政策局総括審議官兼公文書監理官。2025年7月1日、金融庁監督局長。
武居 丈二 (たけい たけじ、1955年 - )は、日本の総… 武居 丈二 (たけい たけじ、1955年 - )は、日本の総務官僚。岩手県総務部長や、福岡県副知事、総務省自治大学校長等を経て、全国町村会事務総長。 長野県諏訪市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京大学工学部卒業、自治省入省。大分県財政課長、自治大学校教授、自治省地域政策室課長補佐、人事院短期在外研究員、自治省公営企業第一課理事官、自治省財政企画官、岩手県総務部長、総務省総合通信基盤局電波部基幹通信課長、消防庁救急救助課長等を歴任。 2005年福岡県副知事。2009年消防庁国民保護・防災部長。2010年地方公共団体金融機構理事。2012年総務省大臣官房地域力創造審議官。2013年総務省自治大学校長。
野澤 和行(のざわ かずゆき)は、日本の国土交通官僚。国土交… 野澤 和行(のざわ かずゆき)は、日本の国土交通官僚。国土交通政策研究所総括主任研究官、国土交通省近畿運輸局長等を経て、日本旅客船協会理事長。 長野県上伊那郡辰野町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、一橋大学法学部卒業。1988年運輸省入省(海上技術安全局労政課)。1991年運輸省航空局飛行場部環境整備課企画係長。1992年運輸省海上技術安全局総務課企画係長。1993年運輸省新潟運輸局企画部地域交通企画課長。1994年運輸省運輸政策局環境・海洋課専門官。1995年運輸省運輸政策局環境・海洋課補佐官。同年海上保安庁警備救難部警備第一課補佐官。 1997年運輸省海上交通局国内貨物課補佐官。1999年運輸省鉄道局幹線鉄道課補佐官。