スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
古畑 あずみ(ふるはた あずみ、1998年3月25日 - )… 古畑 あずみ(ふるはた あずみ、1998年3月25日 - )は、信越放送 (SBC) のアナウンサー。 長野県千曲市出身。長野日本大学高等学校、日本大学芸術学部放送学科卒業。大学在学時にはフジテレビアナウンストレーニング講座アナトレにも通っていた。 2020年4月にさくらんぼテレビジョン (SAY) に入社し、同期の今野花織、宮本大句見とともに同局のアナウンサーになる。 2022年3月までさくらんぼテレビに在籍の後、信越放送へ移籍。同年春に新卒入社した佐々木一朗、平山未夢とともに同局のアナウンサーになる。 2025年8月25日放送の『坂ちゃんのずくだせえぶりでい』のエンディングにて、同年9月から産休に入ることが発表された。
堀口 あやか(ほりぐち あやか、1994年7月27日 - )… 堀口 あやか(ほりぐち あやか、1994年7月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 長野県千曲市出身。バレーボールをやっていた兄と姉の影響で自身もバレーボールを始めた。 2017年1月11日、PFUブルーキャッツ公式サイトにて、堀口の入団内定が発表された。 2020-21シーズンより、PFUのキャプテンを2シーズン務めた。 2023年3月をもって現役を引退。自身のホームゲーム最終戦となった3月19日、埼玉上尾メディックス戦の第3セットに途中出場し、終盤に3本連続でスパイクポイントを決める活躍を見せた。試合後に引退セレモニーが行われた。現役最後の試合となった3月25日のヴィクトリーナ姫路戦はアウェーであったが、その最終戦の試合後にも姫路の特別な計らいで花束贈呈とスピーチの機会が設けられた。
峯村 雄大(みねむら ゆうだい、1994年5月19日 - )… 峯村 雄大(みねむら ゆうだい、1994年5月19日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 長野県長野市出身。小学1年生の頃、兄と姉の影響を受けてバレーボールを始める。 長野日本大学高等学校、日本体育大学を経て、2016年、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部)に所属する東レアローズの内定選手となった。2017年の大学卒業後、東レアローズに入団。 2021年、東レアローズの副将に就任した。副将として試合に出場を続けていたが、2022年1月中旬、左アキレス腱断裂により長期離脱となる。 2022年、東レアローズの主将に就任した。リハビリを経てリーグ戦開幕3週間前に全体練習に合流した。 2024年4月4日、第72回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会をもって東レアローズを退団すると発表された。
箱山 愛香(はこやま あいか、1991年7月27日 - )は… 箱山 愛香(はこやま あいか、1991年7月27日 - )は、日本のアーティスティックスイミング元選手。日本体育大学卒業。インプレッションコーチ(R)。 小学校2年生のときにシンクロナイズドスイミング(当時)を始めた。長野日大高校から日本体育大学に進学。大学卒業後、地元長野に戻り栗田病院の総務課で働きながら、長野シンクロクラブに所属し競技生活を送った。 2010年、FINAシンクロワールドカップで日本代表入りし、2012年ロンドンオリンピックに出場しチームで5位入賞。2016年リオデジャネイロオリンピックでチームで銅メダルを獲得。9月21日、無期限の休養に入ることを宣言した。 2019年10月からインプレッションコーチ(R)として、印象評論家である重太みゆきのプロダクション、M.snow Productions Violetに所属。
浅野 博亮(あさの ひろあき、1990年10月6日 - )は… 浅野 博亮(あさの ひろあき、1990年10月6日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。元日本代表。 長野県安曇野市出身。両親、兄の影響もあり、5歳からバレーボールを始める。妹が1人いる。3年の時に全国中学選抜(21名)に選ばれた。リベロを務めた2学年上の兄と同じく、長野日本大学高等学校から愛知大学へ進学。バレー部で1年の時からエースを務め、兄弟で活躍した。3年-4年春の間、主将をしていた。 2012年、大学卒業後の進路は大学バレー部の監督になる話もあったが、面接が1週間早かったジェイテクトSTINGSへの入団を決め、内定選手となった。2013年入団。 全日本のアウトサイドヒッターとしては異例の178cmながら、2015年に初選出された(当時の監督は南部正司)。
原田 窓香(はらだ まどか、1985年12月15日 - )は… 原田 窓香(はらだ まどか、1985年12月15日 - )は、日本のリュージュ選手。長野日大高校、信州大学卒業、八十二銀行所属。トリノ、バンクーバー両オリンピック日本代表。現姓は保科。 父の仕事の都合によりブラジルで生まれ、3歳までベロオリゾンテで過ごした。長野県長野市に移住後、小学5年生のときに父親が1998年長野オリンピックのリュージュ担当競技役員になったことがきっかけで競技を始める。中学生時よりジュニアのワールドカップに出場。2003年12月、全日本リュージュ選手権大会で初優勝(以後2014年まで12連覇中)。2004年にリュージュ・ワールドカップ初出場。2006年2月、トリノオリンピックに出場し、ワールドカップを含めても自己最高順位の13位となる(日本女子選手のオリンピック成績でも歴代2位)。
倉田 大誠(くらた たいせい、1982年3月4日 - )は、… 倉田 大誠(くらた たいせい、1982年3月4日 - )は、フジテレビのアナウンサー。 中学時代は陸上部に所属し、1500メートル競走で長野県代表として北信越大会に出場したことがある。 長野日本大学高等学校、日本大学藝術学部放送学科卒業後、2004年フジテレビ入社。同期入社は斉藤舞子・高橋真麻。 2008年7月24日の未明に発生した岩手県沿岸北部地震の情報を伝えるFNN報道特別番組を、明け方まで単独で担当した。 小学生の時にジャニーズ事務所をはじめ様々な芸能事務所に応募したものの、全て不合格となった。 特技はブレイクダンス。10期先輩の佐野瑞樹とは2人で海外旅行をするなど仲が良い。2020年4月18日放送のさんまのFNS全国アナウンサー一斉点検では2人きりでクリスマスイブにディナー、温泉旅行で狭い部屋風呂に2人で一緒に入るなど仲睦まじい姿が放送された。
若狹 清史(わかさ きよし、1980年〈昭和55年〉7月15… 若狹 清史(わかさ きよし、1980年〈昭和55年〉7月15日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の衆議院議員(1期)。若狭清史、わかさ清史という表記が用いられることもある。 1980年、長野県長野市の兼業農家の家庭に生まれ、1999年に長野日本大学高等学校を卒業し、2003年に中央大学文学部卒業。 大学時代は政治への関心から国会議員や都議会議員の選挙を手伝ったり、全国模試採点員など様々なアルバイトを経験したりした。 卒業後、アメリカ合衆国のロサンゼルスにわたり同地の議員事務所に勤務した。 その後、コンサルタントを業とし、国内最大手の辻・本郷税理士法人グループ役員、政策シンクタンクの日本地域科学総合研究所 代表理事兼主席研究員、一般社団法人日本中小企業経営支援機構理事、NPO法人地域コミュニティ再生推進研究会理事長などとなった。
小林 雄次(こばやし ゆうじ、1979年9月3日 - )は、… 小林 雄次(こばやし ゆうじ、1979年9月3日 - )は、日本の脚本家。長野県長野市出身。弟の小林英造も脚本家として活動しており、父小林一郎は長野郷土史研究会の会長。母小林玲子は絵解きの口演家として活動し、兄小林竜太郎は長野郷土史研究会で編集を担当している。祖父は長野郷土史研究会の初代会長で郷土史家の小林計一郎。アンドリーム(&REAM)所属。 長野日本大学高等学校出身。日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。 2002年にアニメ『サザエさん』で脚本家デビューを果たし、以後は主に円谷プロダクションの特撮作品やそのノベライズ執筆を中心に活動しながら、一般ドラマの脚本も手がける。プリキュアシリーズへの参加以来、アニメ脚本の執筆も多い。
須田 剛一(すだ ごういち、1968年1月2日 - )は、ゲ… 須田 剛一(すだ ごういち、1968年1月2日 - )は、ゲームデザイナー、ゲームディレクター、シナリオライター。株式会社グラスホッパー・マニファクチュアCEO。SUDA51という名前もたびたび使う。 難解で陰鬱なストーリー、残虐表現などのショッキングな描写、その一方で人を食った荒唐無稽なギャグ、様々なサブカルチャーのパロディ、ユニークな表現方法などが盛り込む尖った作風を特徴とする。作品は「須田ゲー」とも称される。既存の概念を覆すという意味を込めた「パンク」なゲーム作りを標榜し、ルールやリミッターを設けず、それでいて表現規制の中で実現できる表現を研究し、よりよい演出の手法や難易度を探っていく事を旨としている。
水谷 大輔(みずたに だいすけ、1962年10月3日 - )… 水谷 大輔(みずたに だいすけ、1962年10月3日 - )は、日本の元歌手。長野県長野市出身。身長170cm、血液型O型。水谷大輔の名は芸名で、本名は戸谷 秀樹(とや ひでき)。名付け親は所属事務所「ボンド企画」の代表高杉敬二。 長野中央高等学校(現・長野日本大学高等学校)卒業。高校時代にギターにハマり友人とフォークグループを結成。17歳で日本テレビ「スター誕生!」で合格、32回決戦大会グランプリ受賞。 「スター誕生!」に応募したのは本人ではなく、母親であるとされている。高校3年の1980年、岸田智史の「きみの朝」を歌い予選に臨む。信越放送にて一次審査・二次審査を通過。本選・決戦大会は共に会場は後楽園ホール。
寺沢 高栄(てらさわ たかえ、1949年10月29日 - )… 寺沢 高栄(てらさわ たかえ、1949年10月29日 - )は、長野県出身の元プロ野球選手(投手)、指導者。 長野中央高ではエースを務める。 1967年、サンケイアトムズに入団。1970年オフ、球団からフロント入りを要請されたが辞退し、自由契約選手としてヤクルトアトムズからロッテオリオンズに移籍。1972年、怪我のため一軍公式戦に出場がないまま任意引退となった。 2011年、東京ヤクルトスワローズジュニアのコーチを務めた。 2013年、中学女子硬式クラブチーム「モンスターレディース」の初代監督に就任し、1年間務めた。
星 セント(ほし セント、1948年1月16日 - 2004… 星 セント(ほし セント、1948年1月16日 - 2004年7月22日)は、日本の漫才師、俳優。本名、村山 袈娑夫(むらやま けさお)。1970年代に一世を風靡した漫才コンビ「星セント・ルイス」の1人。 長野県長野市出身。長野中央高等学校を卒業。 高校時代から芸人を志望しており、森繁久彌・谷啓・関敬六といったコメディアンにファンレターを熱心に送る様な青年だった。ファンレターを送る中で、獅子てんや・瀬戸わんやからは「(高校を)卒業後に来る様に」と返事を貰った。高校卒業後、商業デザイナーを目指して上京。東京プリンスホテルで勤務するなど様々な職業を転々とした後、1969年にてんや・わんやへ弟子入りをする。
倉石 功(くらいし いさお、1944年4月1日 - )は、日… 倉石 功(くらいし いさお、1944年4月1日 - )は、日本の俳優。長野県長野市出身。日本大学芸術学部中退。所属事務所は手力プロダクション。長男はファッションデザイナーの倉石一樹。 長野中央高等学校(現在の長野日本大学中学・高等学校)在学中の1961年、ミスター平凡コンテストに応募しグランプリを獲得。その後、大映に第16期ニューフェイスとして入社。1963年の映画『停年退職』でデビュー。その後『高校三年生』などで主演。1965年より大映テレビ室製作のテレビドラマ『東京警備指令 ザ・ガードマン』にメンバー最年少の杉井隊員役でレギュラー出演した。 1969年、大映を退社し劇団欅に入団。1974年に、『ザ・ガードマン』の共演者だった宇津井健の仲立ちにより老舗料亭「土筆亭(つくしてい)」の令嬢:吉田秀子と交際期間半年で結婚。
青柳 京古 は、日本の女子バレーボール選手である。
山本 さち子(やまもと さちこ)は、日本のアルペンスキー選手… 山本 さち子(やまもと さちこ)は、日本のアルペンスキー選手である。 長野県下高井郡山ノ内町出身。長野中央高等学校卒。ロシニョールジャパンスキークラブに所属していた。 1988年の冬季オリンピックと1992年の冬季オリンピックに出場した。 腰痛のため引退後は、コーチ学を学びにカナダに留学。帰国後はスキースクールを14年間主催した後、再びカナダに渡って、ウィスラーに定住。夫は日本人で国籍はカナダ。