スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
杉本 憲也(すぎもと かずや、1982年〈昭和57年〉4月2… 杉本 憲也(すぎもと かずや、1982年〈昭和57年〉4月24日 - )は、日本の政治家、行政書士。静岡県伊東市長(1期)。元伊東市議会議員(2期)。 静岡県伊東市出身。静岡県立沼津東高等学校を経て、立命館大学法学部卒業。愛知大学法科大学院修了。学校法人静岡自動車学園、あいら伊豆農業協同組合への就職を経て2019年に行政書士となり、事務所を開く。 2019年の伊東市議会議員選挙に出馬し、初当選。2023年の市議選で再選。 2025年10月31日、田久保眞紀伊東市長(当時、第21代)が2度目の不信任決議を受け、同日付で失職。同年12月7日、市長選が告示され、国民民主党と連合静岡の推薦を得た杉本のほか、元職の小野達也、田久保など計9人が立候補の届出をした。
勝俣 孝明(かつまた たかあき、1976年4月7日 - )は… 勝俣 孝明(かつまた たかあき、1976年4月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。 環境大臣政務官、農林水産副大臣、衆議院外務委員長、自由民主党国土交通部会長を歴任。 静岡県沼津市生まれ(現住所は沼津市花園町)。沼津市立門池小学校と沼津市立門池中学校を卒業。静岡県立沼津東高等学校から学習院大学経済学部へと進む。同大学卒業後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科を修了した。 2000年4月にスルガ銀行株式会社に入社。2010年12月に同社を退職し、政治活動を開始。 2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙に、静岡6区から自由民主党公認で出馬。小選挙区においては、民主党の渡辺周に敗れるも、比例東海ブロックで復活し初当選。
髙村 謙二(たかむら けんじ、1964年〈昭和39年〉6月1… 髙村 謙二(たかむら けんじ、1964年〈昭和39年〉6月14日 - )は、日本の政治家。元静岡県裾野市長(2期)、元裾野市議会議員。 静岡県裾野町(現・裾野市)出身。裾野市立東小学校、裾野市立東中学校卒業。1983年(昭和58年)3月、静岡県立沼津東高等学校卒業。1987年(昭和62年)3月、名古屋大学法学部法律学科卒業。 豊田通商、スーパーマーケット勤務を経て旅行業に就く。 2006年(平成18年)1月22日に行われた裾野市議会議員補欠選挙で初当選。同年10月に再選。2009年(平成21年)12月に市議を辞職。県議の原文雄が裾野市長選挙に出馬するために辞職したことによる2010年(平成22年)1月24日の県議補選に出馬するも落選。
大沼 明穂(おおぬま あきほ、1959年(昭和34年)6月1… 大沼 明穂(おおぬま あきほ、1959年(昭和34年)6月13日 - 2018年(平成30年)3月21日)は、日本の政治家。静岡県沼津市長(1期)。 静岡県沼津市下香貫牛臥に生まれる。沼津市立第三小学校、沼津市立第三中学校卒業。1978年(昭和53年)3月、静岡県立沼津東高等学校卒業。1979年(昭和54年)4月、東京大学理科一類入学。大学在学中は東大オーケストラに所属。また1年休学し、タイとインドで難民ボランティア活動に従事している。 1984年(昭和59年)3月、東京大学工学部卒業。同年4月、日本アイ・ビー・エムに就職。2002年(平成14年)、同社を退職。2003年(平成15年)、ユビキタス・ビジネステクノロジー代表取締役に就任。
藤本 祐司(ふじもと ゆうじ、1957年2月16日 - )は… 藤本 祐司(ふじもと ゆうじ、1957年2月16日 - )は、日本の元政治家(前:参議院議員)。現在は、東海大学観光学部観光学科の教授。2019年4月1日に東海大学観光学部の学部長に就任。 2009年から2010年にかけて国土交通大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)を、2012年には内閣府副大臣(野田第3次改造内閣)を務めた。 静岡県浜松市出身。静岡県立沼津東高等学校を経て早稲田大学法学部卒業。ミシガン州立大学大学院コミュニケーション学科修士課程修了。1989年三和総合研究所に入社。2004年UFJ総合研究所を退社。衆議院議員の細野豪志はUFJ総研時代の同僚。 2004年の第20回参議院議員通常選挙に、民主党公認で静岡県選挙区から出馬。
勝又 正美(かつまた まさみ、1955年(昭和30年)5月1… 勝又 正美(かつまた まさみ、1955年(昭和30年)5月14日 - )は、日本の政治家。静岡県御殿場市長(2期)。 静岡県御殿場市出身。御殿場市立玉穂小学校、御殿場市立西中学校、静岡県立沼津東高等学校を経て東京都立大学卒業。 1978年、大学卒業と共に故郷へ帰り、御殿場市役所へ入職。以後43年間職員として勤務する。2018年4月1日付で御殿場市副市長に選任され、市議会の同意を経て就任。 2021年10月3日、市長の若林洋平の参議院議員補欠選挙立候補による辞職に伴い行われた御殿場市長選挙に若林の後継候補として立候補し、元市議会議長の勝間田幹也を破り初当選を果たした。 2025年の御殿場市長選挙では、勝又以外に立候補を届け出た者がいなかったため、無投票再選。
土田 博和(つちだ ひろかず、1949年10月31日 - )… 土田 博和(つちだ ひろかず、1949年10月31日 - )は、日本の医師、政治家、映画監督。フジ虎ノ門グループ代表、医療法人社団青虎会理事長、社会福祉法人博友会理事長。参議院議員を1期務めた。
坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )… 坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )は、日本の政治家、元労働官僚。自由民主党所属の元参議院議員(当選1回)。 2009年7月5日執行の静岡県知事選挙に自由民主党の推薦で出馬。坂本から推薦依頼を受けた公明党も財政、医療・福祉など12項目で政策協定を結び、推薦した。また坂本は、「(公共事業の価格を)安くすればいいというのは違う。地元建設業は地域を守ってくれている。大事な業界だと思っている」として公共事業を請け負う土建業者に不利となっている、現状の最低制限価格や低入札価格調査基準価格の見直しの必要性を訴えており、静岡県内の土建業者で構成される静岡県建設業協会などが坂本を支援する姿勢を示した。
栗原 裕康(くりはら ひろやす、1948年(昭和23年)12… 栗原 裕康(くりはら ひろやす、1948年(昭和23年)12月14日 - )は、日本の政治家。 静岡県沼津市長(2期)、衆議院議員(2期)、静岡県議会議員(1期)を務めた。 防衛庁長官や労働大臣を務めた元衆議院議員の栗原祐幸は父。 静岡県三島市出身。静岡県立沼津東高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。三光汽船勤務を経て、衆議院議員で父である栗原祐幸の秘書を務める。 1991年、静岡県議会議員選挙に立候補し、初当選。1993年、静岡県議を任期途中で辞職。 父の引退に伴い、旧静岡2区の地盤を引き継いで第40回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で立候補し、当選した。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い静岡6区から自民党公認で立候補したが、旧民主党公認の渡辺周らに敗れ、重複立候補していた比例東海ブロックで復活当選となり、再選。
今井 澄(いまい きよし、1939年11月17日 - 200… 今井 澄(いまい きよし、1939年11月17日 - 2002年9月1日)は、日本の学生運動家・医師・政治家・参議院議員(2期)。 旧・満洲国のハルビン市で生まれ、4歳の時に帰国して千葉県に住む。医師である父の転勤に伴い、小学3年から高校までは静岡県在住。 静岡県立沼津東高等学校を経て1958年東京大学に進学。60年安保闘争への関与から医学部進級試験に不合格・退学処分を受けるが翌年復学して進級。1962年の大学管理法反対闘争では自治会中央委員会議長として闘争を指揮したため再度の退学処分となる。このときともに退学処分となった1人に江田五月がいた。後に2度目の復学。この時期は共産同ML派の幹部であった。
岡野 裕(おかの ゆたか、1927年〈昭和2年〉2月3日 -… 岡野 裕(おかの ゆたか、1927年〈昭和2年〉2月3日 - 2004年〈平成16年〉8月23日)は、日本の官僚、政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)、労働大臣(第63代)。 福島県福島市出身。静岡県立沼津中学校 (旧制)、山形高等学校 (旧制)を経て1953年京都大学法学部卒業後、郵政省入省。九州郵政局長、人事局長などを歴任。退官後の1983年参院選に比例区から自民党公認で出馬し初当選。連続当選3回。1996年11月から翌年の9月まで第2次橋本内閣の労働大臣を務めた。2000年春の叙勲で勲一等瑞宝章受章。2001年政界引退。 2004年8月23日午後11時40分、心不全のため東京都内の病院で死去。
斉藤 滋与史(齊藤 滋与史、さいとう しげよし、1918年〈… 斉藤 滋与史(齊藤 滋与史、さいとう しげよし、1918年〈大正7年〉8月9日 - 2018年〈平成30年〉8月9日)は、日本の実業家・政治家。富士市名誉市民。静岡県知事(第47・48代)、建設大臣(第44代)、衆議院議員(6期)、富士市長、吉原市長、大昭和製紙社長などを歴任した。 大昭和製紙の創業者、斉藤知一郎の次男。防衛庁長官を務めた元衆議院議員の斉藤斗志二は甥で養子。 静岡県出身。五年制男子校・静岡県立沼津中学校(現:静岡県立沼津東高等学校 共学)を経て、早稲田大学商学部卒業。大学卒業後の1940年、父・斉藤知一郎が創業した大昭和製紙に入社した。1961年より大昭和製紙副社長。 1964年、吉原市長に初当選し1966年の市町村合併により初代富士市長。
勝亦 干城(かつまた たてき、1892年〈明治25年〉5月2… 勝亦 干城(かつまた たてき、1892年〈明治25年〉5月26日 - 1953年〈昭和28年〉6月12日)は、昭和時代の政治家。漁業家。実業家。静岡県沼津市長。 静岡県出身。県立沼津中学校を経て、1916年(大正5年)明治大学商科卒業。 歩兵第18連隊へ一年志願兵として入隊し、陸軍三等主計に進んだ。千本浜で定置網漁を営む傍ら、1939年(昭和14年)9月に沼津市会議員に当選。1943年(昭和18年)9月には同議長に推挙された。ほか、駿東地方事務所参与、沼津漁業会長、静岡県水産業会副会長を歴任した。 1945年(昭和20年)11月、沼津市の最後の官選市長に就任。戦後の混乱期にあって復興部を設け庶務・土木・都市計画・建設・水道の5課を置き戦災復興を進めた。
長沢 市蔵(ながさわ いちぞう、文久2年7月22日(1862… 長沢 市蔵(ながさわ いちぞう、文久2年7月22日(1862年8月17日) - 大正4年(1915年)3月3日)は、山梨県出身の衆議院議員(憲政本党)、第一高等学校教授。 甲斐国巨摩郡天神中条村(後の南巨摩郡増穂町、現在の南巨摩郡富士川町)に、農業の傍ら質屋業を営む父「源三郎」の三男として生まれる。少年時代は長沢村の墨池堂大森塾で大森杜庵から学び、明治10年(1877年)4月に静岡県沼津中学校に入学後、明治12年(1879年)に同校を退学し同年2月に東京府第一中学校(現在の東京都立日比谷高等学校)に転学し同校を卒業。明治12年(1879年)9月に東京大学予備門に入学後、明治19年(1886年)7月に東京帝国大学文科大学を卒業、大学院を経て、明治20年(1887年)11月には第一高等中学校教諭、明治23年(1890年)9月26日には第一高等学校教授となった。
渡辺 周 は、日本の政治家。立憲民主党静岡県連顧問。