スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
牧野 憲人(まきの けんと、1990年5月3日 - )は、静… 牧野 憲人(まきの けんと、1990年5月3日 - )は、静岡市駿河区出身の日本のシンガーソングライター、焼津市職員である。音楽ユニット「くじら座」ではボーカル&ギターを担当した。 2017年4月、静岡市駿河区の公式キャラクター「トロベー」のテーマソング「トロベーといっしょ」を作詞作曲(くじら座)。「トロベーといっしょ」は、静岡市役所葵区役所、駿河区役所のエレベーターBGMとなっている。尚、駿河区役所の電話保留音にもなっている。
佐野 克彦(さの かつひこ、1988年4月30日 - )は、… 佐野 克彦(さの かつひこ、1988年4月30日 - )は、日本の警察官、元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。静岡県焼津市出身。
枝村 匠馬(えだむら たくま、1986年11月16日 - )… 枝村 匠馬(えだむら たくま、1986年11月16日 - )は、静岡県榛原郡榛原町(現:牧之原市)出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 高校サッカー指導者(三浦学苑監督)の枝村隼人は実兄。 清水エスパルスJrユース、同ユースを経て2005年トップチームに昇格。同期入団は兵働昭弘、青山直晃、岡崎慎司、平岡康裕。同年10月22日のジュビロ磐田との静岡ダービーにて公式戦デビュー。2006年に背番号が32番から16番となり、甲府との開幕戦で初得点を挙げた。2008年には背番号が16番から8番となり、チーム最多となる公式戦計13ゴールを挙げ、チームの後半から終盤にかけての快進撃とナビスコカップ準優勝に貢献した。
明石 ガクト(あかし がくと、1982年 - )は、日本の実… 明石 ガクト(あかし がくと、1982年 - )は、日本の実業家、動画クリエーター。ワンメディア株式会社の創業者で、代表取締役社長。静岡県出身。 静岡県静岡市出身。静岡市立高等学校、上智大学文学部卒業。2014年にミレニアル世代をターゲットにした動画制作会社であるワンメディア株式会社を創業。 1982年、静岡県に生まれる。2001年に、上智大学に入学。大学時代は映像サークルに所属、その後、エキサイト株式会社に就職。2014年6月に映像サークルの後輩とともに、スポットライト株式会社を設立、翌年ドキュメンタリー動画メディアの「Spotwright」を開始した。 2017年7月にホワイトメディア株式会社に社名を変更するが、同年11月にも社名をワンメディア株式会社に再度変更した。
今村 雅美(いまむら まさみ、1979年11月2日 - )は… 今村 雅美(いまむら まさみ、1979年11月2日 - )は、日本の元女優である。 静岡県静岡市出身。オスカープロモーションに所属していた。
徳重 聡(とくしげ さとし、1978年7月28日 - )は、… 徳重 聡(とくしげ さとし、1978年7月28日 - )は、日本の俳優・タレント。静岡県静岡市駿河区出身。鹿児島県生まれ。石原プロモーション、ホリ・エージェンシーを経て現在はホリプロ・ブッキング・エージェンシーに所属。 鹿児島県で生まれ、後に静岡県静岡市駿河区へ移住。静岡市立東豊田小学校、静岡市立東豊田中学校、静岡市立高等学校卒業後、サッカーのスポーツ推薦にて立正大学社会福祉学部人間福祉学科(当時)に入学。同大学4年当時、自動車メーカーの就職試験も受けていたが、2000年8月7日に『オロナミンC「1億人の心をつかむ男」新人発掘オーディション〜21世紀の石原裕次郎を探せ!〜』で応募総数5万2005名の中からグランプリを獲得し芸能界デビュー。
そのまんま美川(そのまんま みかわ、1978年5月31日 -… そのまんま美川(そのまんま みかわ、1978年5月31日 - ) は、日本のものまねタレント。本名、内野 雅弘(うちの まさひろ)。血液型O型。 静岡県静岡市出身。静岡市立長田南中学校・静岡市立高等学校出身。日本大学経済学部中退。 中学時代に地元のカラオケ番組に出演。徳重聡とは高校時代の同級生。 1994年、伊豆長岡町町制60周年記念で開催されたNHKのど自慢に出演。審査員特別賞を受賞。ゲストは美川憲一、由紀さおり。 美川憲一のそっくりさんとして1997年デビュー。芸名は番組にて美樹克彦が命名した。 2001年、『ものまねバトル』のコーナー「ものまねスター誕生!」にてグランプリ受賞。ラジオ日本オフィシャル携帯電話ウェブサイトの初代イメージキャラクターを務めた。
福井 利佐(ふくい りさ、1975年 - )は、切り絵作家。… 福井 利佐(ふくい りさ、1975年 - )は、切り絵作家。静岡市立高等学校、多摩美術大学デザイン学部グラフィックデザイン学科卒業。 静岡県静岡市(現在の駿河区)出身。実家は祖母の代からの美容院で母も美容師。 中学生の頃に「切り絵クラブ」に入り、切り絵の基本を学ぶ。その一方で高校時代はバスケットボールに夢中となった。 繊細かつ大胆な表現描写を用いた作品を多く発表している。広告、ポスター、映像、装幀など、アートワーク・コラボレーション作品を発表している。2013年「Life-Sized」POLA MUSEUM ANNEX(東京)、2016年「Ki Ri Ga II RISA FUKUI Exhibition」MICHEKO GALERIE(ドイツ・ミ ュンヘン)で個展を行うなど、国内外で活躍している。
久野 智昭(くの ともあき、1973年9月25日 - )は、… 久野 智昭(くの ともあき、1973年9月25日 - )は、静岡県静岡市駿河区出身の元サッカー選手。静岡市立高等学校、東京農業大学卒業。ポジションはミッドフィールダー。最終所属はJリーグの川崎フロンターレ。ボランチ、左サイド、右サイドと中盤ならどこでもこなすユーティリティープレイヤーで、ディフェンダーも務めたこともある。 1996年、富士通に入社。1997年、ジャパンフットボールリーグ(旧JFL)所属の富士通川崎フットボールクラブのプロ化に伴い川崎フロンターレの選手となるが、伊藤彰、高田栄二らとともに富士通にも所属する「社員選手」として活躍した。 チームが日本プロサッカーリーグ2部(J2)所属となった1999年には左サイドに定着し、芸術的なフリーキックで幾度となくチームを窮地から救ってMVP級の活躍を見せ、チーム初のJ1昇格に貢献。
柄谷典宏(からたに のりひろ、1970年8月17日 - )は… 柄谷典宏(からたに のりひろ、1970年8月17日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 静岡市立高等学校、愛知学院大学でプレーした。高校時代には、U-17サッカー日本代表としてAFC U-17選手権1986にも出場した。その後、当時JFLのNTT関東(現大宮アルディージャ)、、ジェフユナイテッド市原やジュビロ磐田でプレーした。現役引退後は、ジュニアユース年代の指導に従事し、2020年から藤枝MYFCでユース、ジュニアユース年代の指導に従事している
石田 洋介(いしだ ようすけ、1970年7月19日 - )は… 石田 洋介(いしだ ようすけ、1970年7月19日 - )は、日本のシンガーソングライター、ボーカリスト、ギタリスト。静岡県静岡市出身。東京都在住。血液型はA型。 大田原ふるさと大使。世界キャラクターさみっとin羽生宣伝大使(2015年より)。 バンド「吟遊詩人」「石田洋介トリオ」での活動を経て、2001年よりソロ活動開始。 ギター1本PA無しの完全アンプラグドからフルバンド形態まで、会場、編成に縛られない自由なスタイルでの活動を展開。ソロ名義で4枚のフルアルバム(2018年現在)と2枚のコンピレーションアルバムをリリース。 巣鴨地蔵通り商店街のご当地キャラ「すがもん」の歌のおにいさんとしての活動をきっかけに、最近では多くのご当地キャラクターのテーマソングなどを作編曲し、各地のご当地イベントに出演している。
里見 祐輔(さとみ ゆうすけ、1970年3月16日 - )は… 里見 祐輔(さとみ ゆうすけ、1970年3月16日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロ野球選手(投手)。 中学時代は外野手。静岡市立高で投手となり2年秋の沼津工業高校戦で20奪三振を記録した。1987年のプロ野球ドラフト会議でロッテオリオンズから2位指名を受け入団。スライダー、タテに大きく割れるカーブが武器。 プロ2年目の1989年に一軍初登板を果たすが、一軍通算2試合の登板のみで1994年限りで現役を引退。
坂井 永年(さかい ながとし、1964年7月31日 - )は… 坂井 永年(さかい ながとし、1964年7月31日 - )は、日本のイラストレーター、エアブラシアーティスト。静岡市葵区出身。 先祖は江戸時代の旗本、坂井成政。大叔父は富士山本宮浅間大社の神主だったという。 1歳半の頃より絵を描き始め、3歳の頃より野菜を擬人化したキャラクターを自作し始める。 小学1年より(高校まで)油絵を始め、二科展、ユネスコなど数々のコンクールのジュニア部門で入賞を果たす。 静岡市立高等学校(35期)時代に落語家の林家木久扇(当時・林家木久蔵)と知り合い、高校卒業後に同氏の紹介でプロデビュー。 20歳の頃に「漫画の神様」手塚治虫に絵を見てもらう機会があり、その中の和風の絵を見た手塚から「このような(和風の)絵が描けたら世界で通用するよ!」と言われる。
麻見 和也(あさみ かずや、本名:鈴木 英樹、1962年1月… 麻見 和也(あさみ かずや、本名:鈴木 英樹、1962年1月25日 - )は、日本の歌手、俳優。静岡県静岡市出身。静岡市立高等学校卒業。 ポリドール・レコード(現ユニバーサルミュージック)より、創立30周年記念新人としてデビュー。
田辺 義明(たなべ よしあき、1955年 - )は、静岡県出… 田辺 義明(たなべ よしあき、1955年 - )は、静岡県出身の産業社会学者。中国と周辺アジアを研究フィールドとする。また航空軍事評論家でもある。
柳亭 楽輔(りゅうてい らくすけ、1953年1月25日 - … 柳亭 楽輔(りゅうてい らくすけ、1953年1月25日 - )は、静岡県静岡市駿河区出身の落語家。落語芸術協会所属で、協会理事。本名∶笹本 邦雄。出囃子は『砧』。紋は『蔓結び片喰』。 1968年に静岡市立大里中学校卒業。1971年に静岡市立高等学校卒業。 1972年3月に舞台芸術学院を中退し、7月に四代目柳亭痴楽に入門、「楽輔」を名乗る。1973年10月、師匠痴楽が病に倒れたため、三笑亭夢楽の預かり弟子となる。 1976年11月、二ツ目昇進。 1987年5月、三遊亭右紋と共に真打昇進。 古典落語を中心に演じる。主な演目には『明烏』『幾代餅』『死神』『寝床』『風呂敷』などがある。 趣味は映画鑑賞、プロ野球観戦(阪神タイガースファン)、ゴルフ、宝塚歌劇観劇。
大沼 啓延(おおぬま ひろのぶ、1950年1月15日 - 2… 大沼 啓延(おおぬま ひろのぶ、1950年1月15日 - 2018年5月9日)は、日本のテレビキャスター、プロデューサー、司会者、歌手。大沼企画代表取締役。 静岡県静岡市葵区出身。妻は作家の相沢早苗。 静岡市立高等学校、明治大学商学部を卒業後、総合レジャー企画会社に入社して勤務した後、1974年にTBS映画社(のちのTBSビジョン(TBS-V)、現在のTBSスパークル)に入社し数々の番組制作を手がけた。1978年に『がんばれライオンズ』(TBS)のコーナー「広岡君と田淵君」の取材中に球場に来られなくなったリポーターの代理を務める。その反響が大きかったことで番組プロデューサーの勧めにより、1982年にディレクターとしてテレビ出演し、『朝のホットライン』(TBS)でスポーツキャスターを務める。
天野 進吾(あまの しんご、1942年(昭和17年)2月2日… 天野 進吾(あまの しんご、1942年(昭和17年)2月2日 - )は、日本の政治家。静岡県旧静岡市長(2期)、静岡市議会議員(2期)、静岡県議会議員(9期)を歴任した。 静岡県議会・自民党静岡県連では、自由民主党静岡県連総務会長、自由民主党静岡県連幹事長、県議会議長などを歴任藍綬褒章受章。息子は静岡市議会議員の天野正剛。娘は静岡県議会議員の天野多美子。 1966年中央大学法学部政治学科卒。大学在学中(3年時)に自民党に入党、1967年から静岡市議を2期、1974年に静岡県議会議員補欠選挙に初当選、翌年本選で落選した。翌1975年株式会社グリーンシャワーを設立。その後、静岡県議会議員を2期務め、1987年静岡市長選挙に立候補し現職の河合代悟市長らを破り当選、2期7年を務めたが、採石業者との癒着問題の責任を取る形で1994年に辞任、1996年の第41回衆議院議員総選挙に静岡1区から無所属で立候補したが落選した。
長坂 衛(ながさか まもる、1934年8月8日 - )は、静… 長坂 衛(ながさか まもる、1934年8月8日 - )は、静岡県出身のプロ野球選手(投手)。 1954年に西鉄ライオンズに入団。2年目の1955年に公式戦の開幕投手を務め、8月3日の近鉄戦でプロ初勝利を挙げた。1957年限りで現役を引退した。
海野 恒男(うんの つねお、1931年6月28日 - 200… 海野 恒男(うんの つねお、1931年6月28日 - 2000年10月30日)は、日本の経済官僚、エコノミスト。経済企画庁で物価局長、国民生活局長、総合計画局長、経済企画審議官等を歴任した。 静岡県静岡市出身。静岡市立高等学校を経て、1957年一橋大学経済学部経済学科卒業後、経済企画庁入庁。計画局計画第一課に配属され、大来佐武郎(計画局長)、大田亮一(計画第一課長)の部下として働く。後に当時の課員であった宮崎勇(経済企画庁長官)、新藤稔(国際証券顧問)らとともに「大田会」と称して、毎年忘年会を開くようになる。 1962年から64年までスタンフォード大学留学。1970年から1971年まで第3次佐藤内閣の佐藤一郎経済企画庁長官事務秘書官を務めた。
前田 利行 は、加賀大聖寺藩の第13代藩主。