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立川 康人(たちかわ やすと、1964年 - )は、日本の工… 立川 康人(たちかわ やすと、1964年 - )は、日本の工学者、水文学者。専門は水工学、特に水文学・水資源工学、降雨流出解析、洪水予測、気候変動下の水文予測。京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻教授で、2026年10月より第28代京都大学総長に就任予定。分布型流出モデルや実時間洪水予測の研究で知られる。 岐阜県大垣市出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、京都大学工学部交通土木工学科を1987年に卒業。1989年に同大学院工学研究科修士課程交通土木工学専攻を修了(工学修士)。1996年に同大学で博士(工学)を取得(論文博士)。 1989年4月から大阪ガス株式会社に勤務。1990年9月より京都大学工学部助手、1996年4月より同防災研究所助教授、2007年4月より京都大学大学院工学研究科准教授、2013年10月より同教授に就任。
國枝 秀世(くにえだ ひでよ、1950年9月 - )は、日本… 國枝 秀世(くにえだ ひでよ、1950年9月 - )は、日本の天文学者。理学博士(名古屋大学・論文博士・1982年)。名古屋大学大学院理学研究科教授。JAXA(宇宙航空研究開発機構)客員教授(兼任)。2009年より日本天文学会理事長。 専門は、X線天文学で、名古屋大学大学院理学研究科の研究室「U研X線グループ」を率い、X線天文衛星(あすか、すざく等)の観測機器開発、気球による天体X線観測手法の開発(アメリカNASAゴダード宇宙飛行研究所との共同研究)、及び、それらを使っての、巨大ブラックホール等天体からのX線の観測・研究を行っている。
宇佐美 斉(うさみ ひとし、1942年9月15日 - )は、… 宇佐美 斉(うさみ ひとし、1942年9月15日 - )は、日本のフランス文学者。京都大学名誉教授。専門はランボーなどのフランス詩だが、日本の詩についても論じる。 愛知県名古屋市出身。1961年愛知県立旭丘高等学校卒業。1965年京都大学文学部仏文科卒。1967年同大学院修士課程修了、関西学院大学文学部助手、専任講師、助教授を経て、1980年京都大学人文科学研究所助教授。1990年、『落日論』で和辻哲郎文化賞受賞。1993年教授、2006年定年退職し名誉教授。
丹羽 隆子(にわ たかこ、1942年 - )は、日本の英文学… 丹羽 隆子(にわ たかこ、1942年 - )は、日本の英文学者、東京海洋大学名誉教授。 名古屋市生まれ。中央大学修士課程修了。1971年、東京外国語大学修士課程修了。東京商船大学助教授、教授、東京海洋大学教授、2006年、定年退任、名誉教授。専門は英文学、ギリシア古典文学。
松本 敏雄(まつもと としお、1941年 - )は、日本の天… 松本 敏雄(まつもと としお、1941年 - )は、日本の天文学者。宇宙航空研究開発機構名誉教授。
谷口 巌(たにぐち いわお、1933年9月15日 – 201… 谷口 巌(たにぐち いわお、1933年9月15日 – 2015年8月28日)は、日本の国文学者。南京事件研究家。愛知教育大学名誉教授。 愛知県東春日井郡旭町(現・尾張旭市)生まれ。旧制愛知一中(現・愛知県立旭丘高等学校)を経て、新制の愛知県立瀬戸高等学校卒業後、1958年東京大学文学部フランス文学科卒業。1960年同大学院文学研究科前期博士課程修了(国文学)専攻。同年、函館ラ・サール高等学校教諭、1966年北海道教育大学講師、1970年愛知教育大学助教授、1975年同大学教授、1997年より現職。晩年、愛知県瀬戸市苗場町で暮らした。2015年8月28日、呼吸不全のため81歳で死去。
風巻 景次郎(かざまき けいじろう、1902年〈明治35年〉… 風巻 景次郎(かざまき けいじろう、1902年〈明治35年〉5月22日 - 1960年〈昭和35年〉1月4日)は、日本の国文学者。 兵庫県川辺郡神崎村(のち尼崎市)に伊達藩士・平田景儀の子として生まれ、生後すぐ京都市上京区の風巻平の妻・舞免の養子となる。生母・里の祖母は林子平の妹にあたる。養父・風巻平は里の次弟にあたり、舞免は伊達藩家老の長女である。風巻平は中央大学を中退後、横浜火災保険会社の京都支店長であった。その後養父の転勤に従い、金沢市、大阪市、名古屋市と移る。小学校時代を過ごした大阪では幼友達に恵まれ、当時出会った四方山径とは長く旧交を温めた。 愛知県立第一中学校(のち愛知県立旭丘高等学校)、第八高等学校を経て1926年東京帝国大学国文科卒業。
久松 潜一(ひさまつ せんいち、1894年〈明治27年〉12… 久松 潜一(ひさまつ せんいち、1894年〈明治27年〉12月16日 - 1976年〈昭和51年〉3月2日)は、日本の国文学者。学位は文学博士。 1894年(明治27年)、愛知県知多郡藤江村(現・知多郡東浦町)で生まれた。愛知一中、第八高等学校を経て、東京帝国大学文学部国文学科に進んだ。1919年(大正8年)、大八車で搬入したとされる大部の卒業論文を提出して卒業し、同大学大学院に進学した。 1922年(大正11年)、佐佐木信綱の三女三枝子と結婚。一高教授となり、1925年(大正14年)からは東京帝国大学国文学科助教授となった。1934年(昭和9年)、学位論文『日本文学評論史ノ研究』を東京大学に提出して文学博士を取得。
尾崎久彌(おざき きゅうや、1890年6月28日 - 197… 尾崎久彌(おざき きゅうや、1890年6月28日 - 1972年6月2日)は、国文学者。近世文学、浮世絵、書誌学が専門。死後、江戸文学関係書など、約一万点の蔵書が名古屋市の蓬左文庫に寄贈された。 1890(明治23)年6月28日に愛知県名古屋市に生まれる。愛知一中(現在の旭丘高校)に通ったのち、國學院大學へと進学する。このときから文章を書き始める。卒業後は愛知県へと戻り、愛知一中、豊橋中学(現在の時習館高校)などで教鞭をとる。のちに国学院大の講師、東邦高校の教師を勤め、1953年からは名古屋商科大学教授となるなど教育者としても幅広く活動した。晩年は名古屋市文化財調査委員会の委員長も務めている。 教育に尽力した傍ら、創作活動や浮世絵の収集、江戸軟派文学の研究を行っており、特に収集家としての評価は現在でも高い。
沼波 瓊音(ぬなみ けいおん、1877年10月1日 - 19… 沼波 瓊音(ぬなみ けいおん、1877年10月1日 - 1927年7月19日)は、明治・大正期の国文学者・俳人・右翼。本名は武夫(たけお)。名古屋市出身。
吉澤 義則(よしざわ よしのり、1876年8月22日 - 1… 吉澤 義則(よしざわ よしのり、1876年8月22日 - 1954年11月5日)は、日本の国語学者、国文学者、歌人。