スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
与田 仁志(よだ ひとし、1956年4月3日 - )は、日本… 与田 仁志(よだ ひとし、1956年4月3日 - )は、日本の医学者・医師。博士(医学)。東邦大学医学部教授。兵庫県城崎郡竹野村(現:豊岡市)出身。 1956年4月、兵庫県城崎郡竹野村(現:豊岡市)に生まれる。出生時、分娩子癇で母子ともに生命の危機にさらされたが、京都大学の産婦人科医の懸命の治療により親子とも一命をとりとめる。父親が「仁術に依り生命を得たと云へる子供であれば、医學に感謝すると同時に仁義に厚き人間にならねばならぬ」という想いから「仁志」と名付けた。物心が付き、出生時の顛末を知ってから、医師になる事を志すようになる。 1983年に日本医科大学を卒業後、同年、日本赤十字社医療センター小児科に入局。
野宮 大志郎(のみや だいしろう、1955年 - )は、日本… 野宮 大志郎(のみや だいしろう、1955年 - )は、日本の社会学者。中央大学文学部元教授。専門は市民社会論、社会運動論、比較社会学。 兵庫県出身。兵庫県立豊岡高等学校卒業、1978年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1980年同大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了、1985年同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。1992年ノースカロライナ大学チャペルヒル校社会学大学院博士課程修了。社会学博士(Ph.D.)。 帝京大学助教授、北海道大学助教授を経て、2001年上智大学教授。2015年より中央大学文学部教授。2025年3月同退職。
森 隆男(もり たかお、1951年12月11日 - )は、日… 森 隆男(もり たかお、1951年12月11日 - )は、日本の民俗学者、関西大学名誉教授。 兵庫県出石郡(但東町を経て現・豊岡市)に生まれる。兵庫県立豊岡高等学校を経て[要出典]、1974年に関西大学文学部史学科を卒業した。引き続き同大学院文学研究科に進み、1976年に修士課程を修了した。1976年に日本民家集落博物館に就職し、その後尼崎市教育委員会を経て、2004年に関西大学文学部教授に就任した。2017年退任、名誉教授となる。 1996年に『住居空間の祭祀と儀礼』で日本民俗建築学会奨励賞を受賞した。
沖村 孝(おきむら たかし、1944年 - )は、日本の土木… 沖村 孝(おきむら たかし、1944年 - )は、日本の土木工学者。神戸大学名誉教授。元日本地形学連合会長。 豊岡市出身。1967年、神戸大学工学部土木工学科卒業。1969年、神戸大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了し、神戸市役所に入庁する。 1971年から神戸大学工学部助手を務め、1977年からは神戸大学工学部講師を務めた。1984年、神戸大学工学部助教授に就いた後、1995年から神戸大学工学部教授を務める。1996年に神戸大学都市安全研究センター教授に就任した。 2002年からは人と防災未来センター上級研究員も務めた。2004年から神戸大学都市安全研究センター副センター長を務める。 2008年に神戸大学を定年退職し、神戸大名誉教授となる。
保田 茂(やすだ しげる、1939年6月3日 - )は、日本… 保田 茂(やすだ しげる、1939年6月3日 - )は、日本の農学者、農学博士。神戸大学名誉教授、兵庫農漁村社会研究所代表。 兵庫県出身。1973年、兵庫県有機農業研究会を設立。事務局長として有機農業の普及につとめる。1974年より「食品公害を追放し安全な食べ物を求める会」を組織し、安全な食べ物を求める消費者運動を推進。日本有機農業学会会長、日本有機農業研究会副理事長を歴任。農業経営・地域活性化分野で活動、農業経営学に有機農業という新しい分野を切り開き、理論と実践を統合。最近では食育に取り組んでいる。1985年、京都大学農学博士、論文の題は「有機農業の展開過程に関する経済的研究」。2015年、兵庫県社会賞受賞。
桑原 公徳(くわばら ただのり、1927年(昭和2年)1月9… 桑原 公徳(くわばら ただのり、1927年(昭和2年)1月9日 - 2000年(平成12年)8月25日)は、歴史地理学者。専門は歴史地理学、村絵図、地籍図。小字(こあざ)の研究。 島根県安来市に生まれる。1951年(昭和26年)、立命館大学を卒業した。兵庫県立豊岡高等学校に勤務した。1956年(昭和31年)、立命館大学大学院文学研究科(地理学専攻)修士課程を修了した。京都府立桃山高等学校教諭を経て、1961年(昭和36年)に花園大学講師となり、地誌学・人文地理学・歴史地理学を担当した。後に花園大学助教授、教授を歴任した。1982年(昭和57年)から1996年(平成8年)まで佛教大学文学部史学科教授を務めた。
赤木 正雄(あかぎ まさお、1887年(明治20年)3月24… 赤木 正雄(あかぎ まさお、1887年(明治20年)3月24日 - 1972年(昭和47年)9月24日)は、日本の農学博士・政治家。位階は正三位、勲等は勲一等。文化勲章受章者。 日本において砂防の重要さをいち早く説いた人物で「砂防の父」や「砂防の神様」と称される。 兄は中筋村(現豊岡市)村長の赤木一雄、甥に画家の赤木蘇夫二(そぶじ)、政治学者の赤木須留喜(するき)、子供は1男4女、三女(玲子)の岳父はドイツ語学者の武内大造、四女(淑子)の夫は生物学者の太田次郎。 兵庫県城崎郡中筋村(現豊岡市)引野に生まれる。父甚太夫、母たみの四女二男の末っ子で、地方の豪農であった赤木家は甚太夫で11代目に当たる。
戸田 正三(とだ しょうぞう、1885年4月9日 - 196… 戸田 正三(とだ しょうぞう、1885年4月9日 - 1961年11月20日)は、日本の衛生学者、京都大学名誉教授、金沢大学初代学長、医学博士。実用的な衛生学の樹立をめざし研究した人物として知られ、食生活、服装、住宅、上下水道などを日本の風土に適した形で普及させることを目指した。戸田式開襟シャツの発明者としても知られる。 兵庫県朝来郡中川村生まれ。旧制兵庫県立豊岡中学校、旧制第七高等学校造士館を経て、1910年に京都帝国大学医科大学を卒業。1912年から4年間欧米各国(独英仏米)に留学。1916年、京都帝国大学教授(衛生学担当)に就任。1923年、雑誌『国民衛生』を創刊。関東大震災後の1925年、東京市保健局長を兼務して復興に尽力。
尾嶋 正治(おしま まさはる)は、日本の化学者・物理学者。東… 尾嶋 正治(おしま まさはる)は、日本の化学者・物理学者。東京大学工学系研究科応用化学専攻教授。日本放射光学会会長、日本表面科学会会長、東京大学放射光連携研究機構の機構長などを務める。趣味はテニス・囲碁・ゴルフなど。 省エネルギー型新型素子の開発を目指し、窒化物半導体や酸化物半導体の結晶成長や、放射光を用いた解析手法の開発などを行っている。また近年では、白金を使わない燃料電池電極の開発にも取り組んでいる。