スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松井 江美(まつい えみ、1963年2月20日 - )は、日… 松井 江美(まつい えみ、1963年2月20日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門はやり投。オリンピックの日本代表に3度選ばれた(出場は2回)。2017年時点での氏名は藤本 江美(ふじもと えみ)。 高校時代の1980年、5月31日の8か国大会代表選考会に高校新記録で優勝。この年、日本が不参加となった1980年モスクワオリンピックの日本代表に選ばれる。母校の岡山県美作高等学校には、松井のオリンピック代表選出記念碑が建立されている。全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)では、1979年と1980年に連覇を達成した。 中京大学に進み、卒業後は中京大職員を経て大京に就職する。この時期、日本陸上競技選手権大会では、1981年(第65回)から1984年(第59回)までと、1986年(第61回)から1988年(第63回)まで、1990年(第65回)の合計8回、優勝を達成した。
春日 宏美(かすが ひろみ、1948年3月1日 - )は、日… 春日 宏美(かすが ひろみ、1948年3月1日 - )は、日本の女優、歌手。本名・川本好美。元松竹歌劇団の大幹部。 出生地は兵庫県神戸市。岡山県津山市育ち。岡山県美作高等学校卒業。1961年(昭和36年)、松竹歌劇団に入団。戦後の14期生。男役として活躍。1978年(昭和53年)に読売新聞社のSKD年間最優秀賞受賞。1979年(昭和54年)芸術選奨新人賞受賞。昭和50年代前半には大幹部に昇進。トップスターとして活躍するかたわら、渋谷ジァンジァンで、イヨネスコやノエル・カワードの舞台などにも出演。1981年(昭和56年)に大幹部筆頭の千草かほると、それに次ぐ沖千里が同時に退団し、大幹部筆頭になる。
千原 しのぶ(ちはら しのぶ、1931年1月16日 - 20… 千原 しのぶ(ちはら しのぶ、1931年1月16日 - 2009年11月22日)は、日本の女優。本名、石原知子(いしはら ともこ)。岡山県久米郡久米町(現・津山市)出身。 父は中日新聞の前身・新愛知の記者で、父の転勤に伴い、小学校は石川県金沢市、福井県敦賀市、長野県松本市と3度転校した。岡山県美作高等学校に進学し、将来は日舞で身を立てようと考えていたが、同校卒業後、フルーツパーラーでアルバイトをしながら日舞の稽古に励んでいたある日、父が親交のあった片岡千恵蔵に会い、片岡の推薦で1952年、東映に入社。 千恵蔵のお声がかりという看板はあまりの効き目で、ズブの素人だったにもかかわらず、次々にお呼びがかかった。
中田 喜直(なかだ よしなお、1923年〈大正12年〉8月1… 中田 喜直(なかだ よしなお、1923年〈大正12年〉8月1日 - 2000年〈平成12年〉5月3日)は、日本の作曲家。本名は「喜直(よしただ)」。 『ちいさい秋みつけた』や『めだかの学校』、『夏の思い出』などを作曲した日本の職業作曲家の一人である。 父は『早春賦』で知られる作曲家の中田章。喜直は三男であり、兄は作曲家・ファゴット奏者の中田一次である。妻の中田幸子は、音楽出版ハピーエコーの代表であり、喜直の作品を多数出版している。甥は細野晴臣や大滝詠一と交流を持ち、大滝詠一のアルバム『大瀧詠一』の収録曲「おもい」のアレンジを手がけたことでも知られ、後にキングレコードのディレクターとなった中田佳彦 はいだしょうこは弟子で、中田の最後の愛弟子である。