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入澤 崇(いりさわ たかし、1955年10月5日 - )は、… 入澤 崇(いりさわ たかし、1955年10月5日 - )は、日本の仏教学者。仏教文化学(アジア各地域における仏教の受容と変容を研究)。龍谷大学前学長。学校法人龍谷大学理事長。龍谷大学文学部仏教学科名誉教授。浄土真宗本願寺派善行寺住職。広島県因島市出身。 1955年(昭和30年)、広島県因島市(現・尾道市)の因島に生まれる。兄がいる。1971年(昭和46年)に崇徳高等学校へ入学する。1974年(昭和49年)に龍谷大学文学部仏教学科に進学。1986年(昭和61年)、龍谷大学大学院文学研究科博士課程(仏教学)を修了する。同年の京都大学によるガンダーラ仏教遺跡の調査以降、多くの遺跡の調査を行う。 1990年(平成2年)より同4年まで龍谷大学文学部専任講師を務め、1997年(平成9年)に龍谷大学経営学部助教授に就任する。
國廣(国広) 敏文(くにひろ としふみ 、1950年11月1… 國廣(国広) 敏文(くにひろ としふみ 、1950年11月19日 - )は、日本の政治学者。専門は、政治学、政治社会学、比較政治、フランス現代政治。立命館大学名誉教授。 広島県大竹市生まれ。1969年3月、私立崇徳高等学校卒業。1975年3月、明治大学政治経済学部政治学科卒業。その後、同大学院政治経済学研究科政治学専攻修士課程修了、同専攻博士課程単位取得退学。明治大学では田口富久治教授(名古屋大学名誉教授)に師事。1990年4月より立命館大学産業社会学部助教授、1998年に教授、2016年3月定年退職。続いて2021年3月まで特別任用教授。
矢延 洋泰(やのぶ ひろやす、1947年 - )は、日本の地… 矢延 洋泰(やのぶ ひろやす、1947年 - )は、日本の地理学者。専門は東南アジア地域研究、経済地理学、環境科学。 広島県生まれ。崇徳高等学校卒業。同年、理科系大学に入学し中退。1969年駒澤大学文学部地理学科入学、1973年同卒業。同年 東京大学工学部研究生。1977年イタリア政府の招請でトスカーナ州シエナ大学に短期留学。1978年駒澤大学大学院博士課程地理学専攻満期退学。 立教大学大学院、青山学院大学、神奈川大学、駒澤大学、東京純心女子大学講師を歴任。 「国立国会図書館サーチ」を参照
光易 恒(みつやす ひさし、1929年 - )は、日本の物理… 光易 恒(みつやす ひさし、1929年 - )は、日本の物理学者。専門は海洋物理学。特に海洋波の研究で知られる。九州大学名誉教授 1929年、広島県生まれ。1945年に旧制崇徳中学校を卒業。1948年に旧制広島高等学校を卒業、1952年に広島文理科大学(現広島大学)を卒業、旧運輸省運輸技術研究所へ入る。高潮津波研究室長および波浪研究室長を経て、1965年に九州大学応用力学研究所助教授に転進、1967年同教授となる。後に同研究所所長をつとめた。1992年に九州大学を退官後は、広島工業大学環境デザイン学科教授に就任し、1999年に退職している。
山手 治之(やまて はるゆき、1928年4月15日- )は、… 山手 治之(やまて はるゆき、1928年4月15日- )は、日本の国際法学者。立命館大学名誉教授。専門分野は、国際法・国際経済法・EU法(EC法)。広島県広島市出身。 昭和3年(1928年)4月15日、広島県安佐郡深川村(現広島市安佐北区)で生まれる。昭和17年(1942年)4月に旧制崇徳中学校へ入学。途中、海軍兵学校へ入学するが(1945年4月-8月、海軍兵学校第78期)、終戦後復帰し、昭和21年(1946年)3月に卒業する。昭和21年(1946年)9月に旧制山口高等学校理科甲類に進学し、昭和24年(1949年)卒業する。昭和24年(1949年)4月に旧制京都大学法学部に進学、昭和27年(1952年)には旧制京都大学大学院法学研究科に進学し、昭和29年(1954年)修了。
廿日出 逸暁(はつかで いつあき、1901年2月18日 - … 廿日出 逸暁(はつかで いつあき、1901年2月18日 - 1991年5月29日)とは、日本の図書館員・図書館学者である。 1901年、広島県豊田郡大長村(現・呉市)に生まれる。旧制崇徳中学校卒業。ライプチヒ大学附属図書館学校等を卒業後、御成婚記念千葉県図書館(現千葉県立中央図書館)の館長として経営に邁進する。戦後は移動図書館を日本に広めたことでも知られ、図書館法の成立にも尽力している。のちに国会図書館連絡部長や千葉経済短期大学教授等を歴任した。1971年、勲三等瑞宝章を受章。1991年死去。
桐原 葆見(きりはら しげみ、1892年11月10日 - 1… 桐原 葆見(きりはら しげみ、1892年11月10日 - 1968年5月2日)は、日本の心理学者、僧侶、第十四代浄楽寺住職。 広島県安佐郡八木村(現・広島市安佐南区)の浄土真宗本願寺派浄楽寺住職桐原慈見の長男として誕生する。八木尋常小学校(現広島市立八木小学校)、高宮高等小学校、第四仏教中学(現崇徳高等学校)、旧制第三高等学校を経て1919年に東京帝国大学文科大学哲学科心理学専修を卒業した。東京帝国大学では日本心理学会の草分けである松本亦太郎に師事して心理学を専攻した。卒業の年に実父が他界し、浄楽寺第14世住職を継ぐが引き続き大学院へ進学する。大学院在院中より倉敷労働科学研究所(現・公益財団法人大原記念労働科学研究所)の設立に貢献した。
三枝 博音(さいぐさ ひろと、1892年〈明治25年〉5月2… 三枝 博音(さいぐさ ひろと、1892年〈明治25年〉5月20日 - 1963年〈昭和38年〉11月9日)は、日本の哲学者。 思想史・科学史・技術史についての研究も多い。 広島県山県郡本地村(現・北広島町)出身。生家は浄土真宗の寺院・浄専坊。第四仏教中学(現・崇徳高等学校)を経て、東京帝国大学文学部哲学科に進む。在学中1年間の兵役体験から、社会的なものへ傾倒しマルクス主義に没頭した。 1922年大学卒業後は同郷で、医学史の大家・富士川游に師事。東洋大学、立正大学、法政大学などで教職に就いた。1928年、無神論運動を起こす。1931年半年間ドイツに留学、世界観の変革に多大な影響を受けた。1932年に戸坂潤らとともに唯物論研究会の創立に参加。
佐竹 哲雄(さたけ てつお、1890年5月16日 - 198… 佐竹 哲雄(さたけ てつお、1890年5月16日 - 1981年3月26日)は、広島県出身の哲学者。主な専門は現象学。勲四等瑞宝章受賞。 広島県出身。第四仏教中学卒業後。1916年、東京帝国大学文学部哲学学科卒業。1919年、第八高等学校教授に就任。1945年、同職を退職。1949年、熊本大学教授に就任。1951年、東京都立大学教授に就任。1957年、東洋大学教授に就任。 1981年3月26日、逝去。享年90歳。墓所は青山霊園。
能海 寛(のうみ ゆたか、1868年7月7日〈慶応4年5月1… 能海 寛(のうみ ゆたか、1868年7月7日〈慶応4年5月18日〉 - 1903年〈明治36年〉?)は、チベットを探検した真宗大谷派の僧、仏教学者。 1868年(慶応4年)5月18日、島根県那賀郡波佐村(現在の浜田市金城町)長田にある浄蓮寺住職の能海法憧の次男として生まれる。1877年(明治10年)、10歳の時に広島へ出て進徳教校(現在の崇徳中学校・高等学校)で3年間漢籍などを学び、11歳の時得度し宗門に入る。その後郷里に戻り養父謙信から後継住職としての教育を受ける。1885年(明治18年)9月、18歳の時に再び広島へ出て進徳教校へ入学するが、4ヶ月後に退学し、京都へ出て、西本願寺の普通教校(現在の龍谷大学の前身の一部)で学ぶ。