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三隅 哲雄(みすみ てつお、1878年(明治11年)11月1… 三隅 哲雄(みすみ てつお、1878年(明治11年)11月12日 – 1949年(昭和24年)2月12日)は、明治から大正期の実業家、政治家。衆議院議員。 山口県厚狭郡、のちの厚南村(現宇部市)で、豪農・三隅城介の長男として生まれる。山口中学校(現山口県立山口高等学校)を卒業。 1902年(明治35年)厚狭郡青年会を組織し、農会の活動にも参画した。1912年(明治45年)長門銀行の第3代頭取に就任し、1918年(大正7年)まで在任。その他、宇部軽便鉄道取締役、船木軽便鉄道取締役、美弥軽便鉄道監査役、山口県農会副会長、厚狭郡農会長、防長米同業組合副組長などを務めた。 政界では、山口県会議員、同参事会員を務めた。
高橋 武太郎(たかはし たけたろう、1874年〈明治7年〉5… 高橋 武太郎(たかはし たけたろう、1874年〈明治7年〉5月1日 - 1951年〈昭和26年〉4月18日)は、明治後期から昭和時代にかけて活動した日本の電気技術者、実業家である。長野県の電力会社信濃電気で常務取締役を務めたのち独立し研削材メーカーの信濃電気製錬(旧・大正電気製錬所)を起業した。岡山県出身。 岡山県民・山形和吉の六男として1874年(明治7年)5月1日に生まれる。出身地は岡山県苫田郡津山町(現・津山市)。1878年(明治11年)2月高橋家に養子入りし家を継いだ。山口県立山口中学校を経て山口高等学校に入り、1896年(明治29年)7月に卒業。次いで1899年(明治32年)7月東京帝国大学工科大学電気工学科を卒業した。
渡辺 世祐(わたなべ よすけ、1874年3月13日 - 19… 渡辺 世祐(わたなべ よすけ、1874年3月13日 - 1957年4月28日)は、日本史学者。明治大学、國學院大學各教授。学位は、文学博士(1919年)。山口県平民。 1874年、山口県吉敷郡下宇野令村(現・山口市)生まれ。旧姓は蔵田。山口高校を経て1900年7月、東京帝国大学文科大学国史学科を卒業。熊谷中学校勤務の後、1903年に「関東ヲ中心トシタル足利時代史」の研究のため、東京帝国大学大学院に進学する。 1904年(明治37年)から東京帝国大学史料編纂掛(史料編纂所)に勤務。1905年(明治38年)からは東京帝国大学文科大学講師として室町時代・戦国時代の歴史を講義する。1910年(明治43年)からは國學院大學部でも教鞭を取る。
沢田 牛麿(さわだ うしまろ、1874年(明治7年)2月6日… 沢田 牛麿(さわだ うしまろ、1874年(明治7年)2月6日 - 1958年(昭和33年)1月29日)は、日本の内務官僚、政治家。貴族院議員。 高知県土佐郡布師田村(現:高知市)で旧土佐藩士沢田誠一の長男として生まれる。山口中学、山口高等学校を経て、1899年、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。陸軍省に入り、陸軍属として大臣官房付となる。以後、陸軍省参事官、警察監獄学校教授兼内務省参事官などを歴任。その後、東京府事務官に転じ、韓国統監府警視、兼統監府書記官、鹿児島県内務部長などを務めた。 1918年10月、青森県知事に就任。以後、佐賀県・石川県・福岡県の各知事を歴任した。
江木 翼(えぎ たすく、1873年〈明治6年〉12月5日 -… 江木 翼(えぎ たすく、1873年〈明治6年〉12月5日 - 1932年〈昭和7年〉9月18日)は、日本の内務官僚、政治家。法学博士。幼名は恵助(えすけ)。 1873年(明治6年)12月5日、山口県御庄村(現在の岩国市)に酒造業を営む羽村卯作の三男として生まれる。山口中学校、山口高等中学校予科、本科を経て、東京帝国大学法科大学英法科へ進学、1897年(明治30年)5月17日に、枢密顧問官、文部大臣、貴族院議員となる江木千之の養子となる。同年7月、帝大を卒業し、大学院に進学。1898年(明治31年)12月、文官高等試験に合格。1899年(明治32年)1月、内務省に入省する。神奈川県事務官、法制局参事官、1910年(明治43年)には拓殖局部長を歴任する。
西 晋一郎(にし しんいちろう、1873年(明治6年)3月2… 西 晋一郎(にし しんいちろう、1873年(明治6年)3月29日 - 1943年(昭和18年)11月13日)は、日本の倫理哲学者。学位は、文学博士。京都帝国大学の西田幾多郎博士とともに“両西”と呼ばれ、倫理哲学界の重鎮であった。 1873年、鳥取県鳥取市で西昇蔵の長男として生まれた。山口高校を経て東京帝国大学に入り、1899年(明治32年)に同大学哲学科を卒業した。 1902年、広島高等師範学校が設立されると同校教授に就任。同校が1929年に文理科大学に改組されたのちも引き続きその教授をつとめた[疑問ありーノート参照]。1937年に満州国の首都・新京に建国大学を設立することが満洲国国務院の会議で決定するが、設立にあたっては創立委員を務めた。
高岡 熊雄(たかおか くまお、1871年9月29日(明治4年… 高岡 熊雄(たかおか くまお、1871年9月29日(明治4年8月15日) - 1961年(昭和36年)12月29日)は、日本の農学者・農政学者・農業経済学者。。第3代北海道帝国大学総長。島根県生まれ。 1871年、津和野藩士・高岡道敬の次男として島根県鹿足郡津和野町で生まれた。津和野小学校を卒業後、兄がいた旧制山口中学校に進学し、ここで出会った国木田哲夫(独歩)とは終生の親交を結んだ。その後兄の転勤にともなって転校し、札幌農学校(現・北海道大学農学部)予科に進学。農学校では新渡戸稲造に師事。1895年6月、札幌農学校農学科を卒業した。卒業後は、新渡戸教授のすすめで同校の研究生となった。 1896年7月、母校の札幌農学校農芸伝習科講師に就いた。
国木田 独歩(くにきだ どっぽ、1871年8月30日(明治4… 国木田 独歩(くにきだ どっぽ、1871年8月30日(明治4年7月15日) - 1908年(明治41年)6月23日)は、日本の小説家、詩人、ジャーナリスト、編集者。千葉県銚子生まれ、広島県広島市、山口県育ち。 幼名を亀吉、後に哲夫と改名した。筆名は独歩の他、孤島生、鏡面生、鉄斧生、九天生、田舎漢、独歩吟客、独歩生などがある。田山花袋、柳田國男らと知り合い「独歩吟客」を発表。詩や小説を書き、次第に小説に専心した。「武蔵野」「牛肉と馬鈴薯(じゃがいも)」といった浪漫的な作品の後、「春の鳥」「竹の木戸」などで自然主義文学の先駆とされる。また現在も続いている雑誌『婦人画報』の創刊者であり、編集者としての手腕も評価されている。
上山 満之進(かみやま まんのしん / みつのしん、1869… 上山 満之進(かみやま まんのしん / みつのしん、1869年10月31日〈明治2年9月27日〉- 1938年〈昭和13年〉7月30日)は、日本の官僚、政治家。農商務次官、台湾総督、貴族院議員、枢密顧問官。 郷里では旧藩主毛利敬親や毛利元徳の伝記編纂所の所長を務め、郷土史研究の出版や史跡跡保存事業などにも私費を投じた。上山の寄付で防府市立三哲文庫(現:防府市立防府図書館)が開館したことから「防府図書館の父」と呼ばれている。 周防国佐波郡江泊村(現:山口県防府市大字江泊)出身。庄屋格の上山与左衛門の二男として生まれる。周陽学舎)、山口中学、山口高等中学を経て、1895年(明治28年)7月、帝国大学法科大学法律学科(英法)を卒業した。
西野 文太郎(にしの ぶんたろう、慶応元年9月9日(1865… 西野 文太郎(にしの ぶんたろう、慶応元年9月9日(1865年10月28日) - 1889年(明治22年)2月11日)は、日本の不平士族、国粋主義者。森有礼の暗殺犯である。 長州藩士、西野義一の長男として山口に生まれる。山口黒城塾、山口中学校(現・山口県立山口高等学校)を卒業した後、三浦梧楼を頼って上京するが職が見つからず、一旦帰郷して山口県庁に就職した。東京では講道館に通い、本田増次郎の教え子だった。1886年(明治19年)、県庁を退職して再び上京し、山口黒城塾時代からの友人・玉井喜作が開いた私塾「東京速成学館」で総務と漢文教師を務める。しかし、東京速成学館はドイツ語を主に教える学校であり、その学生は西洋志向が強い者が多かったため、国粋主義思想が強い西野は生徒からの評判が悪く、まもなく西野は退職して内務省土木局に務めることとなった。
澤山 勇三郞(さわやま ゆうざぶろう、1860年7月17日(… 澤山 勇三郞(さわやま ゆうざぶろう、1860年7月17日(万延元年5月29日)- 1936年(昭和11年)10月23日)は日本の数学者、陸軍教授。澤山-テボーの定理やフォイエルバッハの定理について20通り以上の証明を与えたことで知られる。 1860年(万延元年)、酒造業の武安治平の五男として長州藩厚狭郡二俣瀬村(現・宇部市)に生まれる。家業を継ぐ予定であったが、本人の強い希望で16歳のとき山口県の鴻城学舎に入り、英語・数学を学ぶ。当時県内には優れた英語教育者が少なかったので、ハワイ帰りで地元の刑務所に服役していた者から英語を学んだというエピソードがある。24歳で萩中学校の準助教諭となり、29歳の時に数学の中等教員の免状を得た。
渡邉 勝正 は、日本の数理工学・情報処理学の研究者。奈良先端… 渡邉 勝正 は、日本の数理工学・情報処理学の研究者。奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。
桑野 聖(くわの ひじり、2月12日 - )は、山口県山口市… 桑野 聖(くわの ひじり、2月12日 - )は、山口県山口市生まれのヴァイオリニスト、作曲家、編曲家。 6歳からヴァイオリンを始め、石井洋之助、石井志都子、田中千香士の各氏に師事。山口県立山口高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。東京藝術大学在学中より、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、宮城フィルハーモニー管弦楽団(現・仙台フィルハーモニー管弦楽団)等のゲストコンサートマスターとして活躍する。 小学生の頃から、プロのヴァイオリニストへの道を歩み、全日本学生音楽コンクールなどにも一位入賞。中学・高校時代にはクラシック以外の音楽にも深く興味を持ち、実はギタリストにもなりたかったが、芸大受験のため、断念。
田中 泰平 (たなか たいへい)は、KRY山口放送の男性アナ… 田中 泰平 (たなか たいへい)は、KRY山口放送の男性アナウンサー。ラジオパーソナリティ。 山口市立湯田小学校、山口市立湯田中学校、山口県立山口高等学校、東京大学教育学部卒業。 中学3年の時、全国中学校総合文化祭山口大会でステージ司会をしたことでアナウンサーに興味を持つ。高校では放送部に入り、将来は放送局勤務を志望。 2022年に山口放送に入社。 2022年6月から2025年3月までKRYさわやかモーニングの9代目男性キャスターを勤める。 Category:山口放送のアナウンサーを参照