スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
酒見 賢一(さけみ けんいち、1963年11月26日 - 2… 酒見 賢一(さけみ けんいち、1963年11月26日 - 2023年11月7日)は、日本の小説家。 福岡県久留米市出身。福岡県立明善高等学校卒業。1988年、愛知大学文学部哲学科東洋哲学専攻卒業。 1989年(平成元年)に『後宮小説』で第1回日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビュー。デビュー作は王朝も人物もすべて架空の中国史小説風ファンタジーという異色作だったが、その後は実際の中国史から題材をとることが多い。 中国史を踏まえながら奔放な想像力で描く作品群には定評がある。また作品がアニメ化や漫画化されたり、映画が制作されたりするなど、他分野からの注目度も高い。『墨攻』については、スタジオジブリが押井守監督でアニメ映画化を検討したことがあり、近藤勝也によるイメージボードも制作されたが、実現しなかったという。
葉室 麟(はむろ りん、1951年〈昭和26年〉1月25日 … 葉室 麟(はむろ りん、1951年〈昭和26年〉1月25日 - 2017年〈平成29年〉12月23日)は、日本の小説家。福岡県北九州市小倉生まれ、本名は本畑雄士。 福岡県立明善高等学校、西南学院大学文学部外国語学科フランス語専攻をそれぞれ卒業し、地方紙記者やラジオニュース担当などを経て、2005年に江戸時代元禄期の絵師尾形光琳と陶工尾形乾山の兄弟を描いた『乾山晩愁』で第29回歴史文学賞を受賞した。 50歳から創作を始めて4年後に文壇デビューした。2007年に『銀漢の賦』で第14回松本清張賞、2012年に『蜩ノ記』で第146回直木三十五賞、それぞれを受賞し、久留米市を拠点として敗者や弱者の視点を大切にした歴史時代小説を生み出した。
帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい、1947年 -)は、日本の小… 帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい、1947年 -)は、日本の小説家、精神科医。本名は森山 成彬(もりやま なりあきら)。 ペンネームの帚木蓬生は『源氏物語』の第2帖「帚木(ははきぎ)」と第15帖「蓬生(よもぎう)」から取ったものである。 福岡県小郡市生まれ。福岡県立明善高等学校卒、東京大学文学部仏文科卒、九州大学医学部卒。 東京大学仏文科卒業後TBSに勤務。2年後に退職し、九州大学医学部を経て精神科医に転身する。その傍らで執筆活動に励む。 1979年、『白い夏の墓標』で注目を集める。1992年、『三たびの海峡』で第14回吉川英治文学新人賞受賞。八幡厚生病院診療部長を務める。2005年、福岡県中間市にて精神科・心療内科を開業。
伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20… 伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20日 - )は、日本の陸軍軍人、医師、医学者、著作家。太平洋戦争に従軍した後に医師となり、国際協力事業団にも参加するなどして各国の医療事情を調査した。筆名としては伊佐 三休(いさ さんきゅう)の名も用いている。 1922年、福岡県小倉市に生まれる。幼くして朝鮮の龍山に渡り、6歳まで同地で過ごした。福岡県甘木小学校、久留米市金丸小学校を経た後、中学明善校(福岡県立明善高等学校の前身の1つ)1年を修了する。1936年(昭和11年)に広島陸軍幼年学校へ入学(第40期)、1938年(昭和13年)には陸軍予科士官学校へと進み(第55期)、翌年には歩兵第26聯隊へ士官候補生隊付として配属され、満州国・チチハル駐屯並びにソ満国境のハンダガイの守備に従事した。
江崎誠致(えさき まさのり、1922年1月21日 - 200… 江崎誠致(えさき まさのり、1922年1月21日 - 2001年5月24日)は、日本の小説家。福岡県出身。フィリピンでの戦争体験を題材にした『ルソンの谷間』で直木賞受賞。囲碁愛好家としても知られ、呉清源などの棋士の評伝やモデル小説もある。 久留米市に生まれる。父は小学校教師、少年時代から文学好きで、千田是也と中野重治を愛読した。明善中学入学、卒業を待たずに上京し、図書館講習所を経て小山書店に入社し編集、出版業に就く。1943年に召集されて久留米歩兵第48連隊から第4航空隊に転属し、フィリピンに出征。1946年に復員して小山書店に復帰。1949年に小山書店を辞めて独立し冬芽書房を設立、翌年解散して洋紙店などを経営しながら、日本共産党の資金部にて政治活動を行う。
牛島 春子(うしじま はるこ、1913年2月25日 - 20… 牛島 春子(うしじま はるこ、1913年2月25日 - 2002年5月29日)は、日本の作家。福岡県久留米市出身。結婚後満州国に渡り、『祝という男』で1941年芥川賞次席。戦後、日本に引き揚げてのち、菅生事件などの作品を書いた。 以下は参考文献(多田、2009年)のpp.231 - 239による。 久留米市本町で洋品店を営む牛島丞太郎・あやめ夫妻の二女として生まれる。1927年、10歳年上の兄の影響を受け、処女作「合歓の花」を書く。1929年、久留米高等女学校(現・福岡県立明善高等学校)を卒業し、奈良女子高等師範学校を受験したが失敗。1930年、久留米の文芸誌『街路樹』に参加する。1931年に久留米の日本足袋(現在のブリヂストン)に就職。
斯波 四郎(しば しろう、1910年4月7日 - 1989年… 斯波 四郎(しば しろう、1910年4月7日 - 1989年4月29日)は山口県阿東町(現:山口市)出身の作家で、本名は柴田 四郎である。