スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい、1947年 -)は、日本の小… 帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい、1947年 -)は、日本の小説家、精神科医。本名は森山 成彬(もりやま なりあきら)。 ペンネームの帚木蓬生は『源氏物語』の第2帖「帚木(ははきぎ)」と第15帖「蓬生(よもぎう)」から取ったものである。 福岡県小郡市生まれ。福岡県立明善高等学校卒、東京大学文学部仏文科卒、九州大学医学部卒。 東京大学仏文科卒業後TBSに勤務。2年後に退職し、九州大学医学部を経て精神科医に転身する。その傍らで執筆活動に励む。 1979年、『白い夏の墓標』で注目を集める。1992年、『三たびの海峡』で第14回吉川英治文学新人賞受賞。八幡厚生病院診療部長を務める。2005年、福岡県中間市にて精神科・心療内科を開業。
伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20… 伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20日 - )は、日本の陸軍軍人、医師、医学者、著作家。太平洋戦争に従軍した後に医師となり、国際協力事業団にも参加するなどして各国の医療事情を調査した。筆名としては伊佐 三休(いさ さんきゅう)の名も用いている。 1922年、福岡県小倉市に生まれる。幼くして朝鮮の龍山に渡り、6歳まで同地で過ごした。福岡県甘木小学校、久留米市金丸小学校を経た後、中学明善校(福岡県立明善高等学校の前身の1つ)1年を修了する。1936年(昭和11年)に広島陸軍幼年学校へ入学(第40期)、1938年(昭和13年)には陸軍予科士官学校へと進み(第55期)、翌年には歩兵第26聯隊へ士官候補生隊付として配属され、満州国・チチハル駐屯並びにソ満国境のハンダガイの守備に従事した。
丸山 豊(まるやま ゆたか、1915年3月30日 - 198… 丸山 豊(まるやま ゆたか、1915年3月30日 - 1989年8月8日)は、日本の医師、詩人。現代日本における代表的な詩人の一人。 福岡県八女郡広川町出身。福岡県中学明善校在学中より野田宇太郎らと同人誌「日時計」を発行。1932年第一早稲田高等学院に進学するも中退し、父と同じく医学を志して、1937年九州医学専門学校卒業。 1941年以降、軍医として中国、フィリピン、ビルマを転戦した。復員後の1946年、久留米市にて豊泉会丸山病院を開業。医師として働く傍ら詩作を行う。1947年、安西均、野田宇太郎らと詩誌「母音」を創刊。谷川雁、川崎洋、有田忠郎ら九州の詩人たちが参加した。1966年、福岡県詩人会を設立して代表幹事に就く。