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松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 20… 松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 2008年3月3日)は、日本の詩人、文学・美術関係の評論家、作家。 福岡県大木町出身。福岡県立八女高等学校卒。詩人の丸山豊と出会い、詩誌「母音」に参加した。中学教師を経て、1957年に上京して文筆活動に入る。1955年に詩集を刊行し、農民や切支丹、落人などの敗者や弱者への共感を叙情的に歌い上げる作風で知られる。このほか、児童文学、美術関係の評論、いわさきちひろの画集編纂、五木寛之との対談、小説など多岐にわたる著述を残した。子守歌の研究でも知られた。1970年『日本農民詩史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。 2008年3月3日午前0時7分、心不全のため東京都練馬区の病院で死去。
椎窓 猛(しいまど たけし、1929年9月28日 - 202… 椎窓 猛(しいまど たけし、1929年9月28日 - 2022年1月27日)は、日本の詩人・作家。 福岡県生まれ。父均の小学校教師勤務の都合、矢部村、日出小へ転校後、1942年県立八女中学へ。そのあと福岡第一師範学校本科卒業、小学校教師として勤務、この間、福岡教育センター歌はじめ、福岡県下幼稚園、小、中、高校あわせて15校の校歌も作詞。詩、童話、小説などの創作活動も行う。矢部村教育長時代、“ふるさと創生”の一部を基に「世界子ども愛樹祭コンクール」を創始、回を重ね、のち特別相談役。福岡県詩人会会員。「九州文学」同人。
中薗 英助(なかぞの えいすけ、男性、1920年8月27日 … 中薗 英助(なかぞの えいすけ、男性、1920年8月27日 - 2002年4月9日)は、日本の小説家・推理作家。本名は中園 英樹(なかぞの えいき)。 福岡県遠賀郡上津役村(現北九州市八幡西区)出身。旧制福岡県立八女中学校(現福岡県立八女高等学校)卒業。在学中、西洋史を教わった渡辺啓助の影響で『新青年』を愛読するようになる。卒業後は満州を経て北京へ遊学し、同仁会語学校などに学ぶ。 1940年、北京大学の文学院を聴講しながら東亜新報の学芸記者となる。かたわら同人誌『燕京文学』に加わり、創作活動を開始。1942年、「第一回公演」で北支那文化賞を受賞。 1946年、引き揚げ帰国し、新聞記者を経てフリーのジャーナリストとなる。
小島 直記(こじま なおき、1919年5月1日 - 2008… 小島 直記(こじま なおき、1919年5月1日 - 2008年9月14日)は、福岡県八女郡福島町(現・八女市福島)の生まれの小説家。経済人などの伝記小説で知られる。本名は小嶋直記。作家・小島英記は長男。 旧制福岡高等学校卒業。東京帝国大学経済学部商業学科を卒業。短期現役海軍主計科士官(10期)を志願し、1943年9月、海軍経理学校に入学し、1944年(昭和19年)3月に卒業して海軍主計中尉に任官。河和海軍航空隊に配属。1945年(昭和20年)3月、海軍主計大尉に昇進し、名古屋監督官事務所監査官付として終戦を迎えた。 戦後、私立八女津女子高等学校(現在の八女学院高等学校)や、母校でもある八女中学校(現在の福岡県立八女高等学校)で社会科の教師として教鞭を取り、詩人の松永伍一を教えたこともある。