スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
宮崎 克則(みやざき かつのり、 1959年 - )は、日… 宮崎 克則(みやざき かつのり、 1959年 - )は、日本の歴史学者、西南学院大学教授。専門は日本近世史・異文化交流史・民衆史・シーボルト研究。 佐賀県唐津出身。 唐津東高等学校を経て、1982年に九州大学文学部史学科を卒業。1989年、九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1996年、『大名権力と走り者の研究』により文学博士を取得した。九州大学文学部付属九州文化史研究所助手・同大学総合研究博物館准教授を経て、2010年より西南学院大学国際文化学部教授を務めている。2013年4月には同大学博物館館長に着任。
川添 信介(かわぞえ しんすけ、1955年 - )は、日本の… 川添 信介(かわぞえ しんすけ、1955年 - )は、日本の哲学者。京都大学名誉教授。福知山公立大学学長。専門は西洋中世哲学史。 元京都大学大学院文学研究科教授、京都大学理事・副学長。 佐賀県生まれ。佐賀県立唐津東高等学校、1978年京都大学文学部を経て、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授を経て1996年より京大助教授、教授(西洋哲学史)。2003年「西欧13世紀中葉における哲学の諸概念」で京都大学博士(文学)。京大理事を務め、学生自治寮である吉田寮について、寮自治会と大学との間で積み重ねられてきた団体交渉の結果や確約を一方的に破棄・否定し、寮生の退舎を求める動きを牽引したと言われる[誰によって?]。
稲葉 継雄(いなば つぎお、1947年 - )は、日本の教育… 稲葉 継雄(いなば つぎお、1947年 - )は、日本の教育学者、歴史学者。教育学博士(九州大学)。唐津市教育長。九州大学大学院人間環境学研究院教授兼韓国研究センター長。専門は比較教育学、朝鮮教育史。 1947年、佐賀県唐津市に生まれる。唐津東高―九州大学教育学部卒。韓国・高麗大学に三年間留学し、韓国語をマスターした。筑波大学勤務を経て母校・九州大学に戻り、1997年に教授就任。2004年7月から教育学部長就任(任期二年)。 主に旧韓末~植民地期朝鮮の教育史を専門とし、従来主流だった朝鮮人に対する教育のみならず、広く朝鮮における内地人(日本人)に対する教育についての、実証的な研究を行った先駆者の一人。
村井 実(むらい みのる、1922年3月6日 - 2024年… 村井 実(むらい みのる、1922年3月6日 - 2024年10月18日)は、日本の教育学者。慶應義塾大学名誉教授。 佐賀県東松浦郡北波多村芳谷炭鉱(現:唐津市)の商店で7人兄妹の長男として生まれる。旧制唐津中学、広島高等師範学校英語科を経て、1944年広島文理科大学教育学科卒業。長崎青年師範学校助教授、同時に東部四六部隊の見習士官で終戦。1961年「教育的思惟の性格 ソクラテス研究」で広島大学より文学博士の学位を取得。 1948年慶應義塾大学文学部講師、1949年助教授、1961年教授、1962-66年慶應義塾女子高等学校校長、1987年定年、名誉教授、大東文化大学教授。ハーバード大学、テュービンゲン大学、ケルン大学、プリンストン高等研究所などの欧米の大学・研究所で教育哲学・思想史の研究を行った。
内田 寛一(うちだ かんいち、1888年3月3日 - 196… 内田 寛一(うちだ かんいち、1888年3月3日 - 1969年9月28日)は、日本の地理学者。日本における歴史地理学の開拓者と知られ、他に政治地理学・郷土教育などに功績がある。 佐賀県東松浦郡呼子(よぶこ)の士族の家に生まれた。唐津中学在学中、日露の日本海海戦の砲声を聞いた。同校を19歳で卒業し、23歳(1910年)の時東京高等師範学校本科地理歴史科を卒業し、当時唯一の地理学の専門課程があった京都帝国大学文科大学史学科に入学。 1913年(大正2年)、大学を卒業し、大学院に進学。1914-1916年までは同助手を勤める。この間、小川琢治・石橋五郎・中目覚らに学ぶ。また、日本近世史が専門の内田銀蔵や、東洋史の権威である内藤湖南にも学んだ。
田邊 新之助(たなべ しんのすけ、文久2年(1862年)1月… 田邊 新之助(たなべ しんのすけ、文久2年(1862年)1月8日 - 昭和19年(1944年))は、日本の教育者、漢学者。逗子開成中学校、鎌倉女学校を創設した。東京開成中学校の校長も務めた。東京府士族。子に田辺元、孫に野沢協がいる。
天野 為之(あまの ためゆき、1861年2月6日(万延元年1… 天野 為之(あまの ためゆき、1861年2月6日(万延元年12月27日) - 1938年(昭和13年)3月26日)は、明治・大正・昭和期の経済学者、ジャーナリスト、政治家、教育者、法学博士。衆議院議員、東洋経済新報社主幹、早稲田大学学長、早稲田実業学校校長を歴任した。勲三等瑞宝章受章。