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中川 米造(なかがわ よねぞう、1926年3月23日 - 1… 中川 米造(なかがわ よねぞう、1926年3月23日 - 1997年9月30日)は、日本の医師・医学者。 朝鮮・京城生まれ。穀物取引業を営む中川泰治の長男。京都府出身。旧制松江高等学校を経て1949年京都大学医学部卒、1955年医学博士。1950年京都大学附属病院耳鼻科助手、1955年大阪大学医学部講師、80年教授。89年定年退官し、名誉教授。滋賀医科大学教授、大阪国際女子大学教授を経て、1996年仏教大学教授。1970年阪大医学部の森永ヒ素ミルク中毒症追跡調査会代表を務め、訴訟では原告側証人として因果関係を証言。68年に札幌医科大学で実施された日本初の心臓移植(和田心臓移植事件)については告発する会を結成し、「病者のための人権宣言」を発表。
勝部 真長(かつべ みたけ、1916年3月30日 - 200… 勝部 真長(かつべ みたけ、1916年3月30日 - 2005年6月19日)は、日本の倫理学者。お茶の水女子大学名誉教授。 東京府牛込生まれ。旧制松江高等学校を経て、1940年東京帝国大学文学部倫理学科卒業、1948年同大学院修士課程修了。和辻哲郎に師事する。日本出版会に勤めた後、東大副手、講師を務める。1963年文部省在外研究員としてドイツ、イギリスに留学。お茶の水女子大学で教授を務めた。1979年定年退官、名誉教授、上越教育大学教授。1981年中央教育審議会委員、1985年総務庁青少年問題審議会副会長。1989年勲二等瑞宝章受章。ほかに、日本道徳教育学会会長、日本倫理学会会長、政教関係を正す会会長、海上自衛隊幹部学校講師、日本を守る国民会議(現:日本会議)代表委員を務めた[要出典]。
桜井 光堂(さくらい こうどう、1915年11月23日 - … 桜井 光堂(さくらい こうどう、1915年11月23日 - 没年不明)は、日本の国際法学者、駒澤大学名誉教授。 山口県宇部市生まれ。旧制松江高等学校を経て1941年東京帝国大学文学部国文科卒、同大学院に進む。1942年同法学部政治学科に入学し1944年卒業、1946年東北大学法学博士。 1953年九州大学助手、1955年北九州大学商学部助教授、1958年麗澤短期大学助教授、1961年国士舘大学政経学部助教授、1964年教授、1966年駒澤大学法学部教授、1992年定年退職。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
森 亮(もり りょう、1911年6月7日 - 1994年3月… 森 亮(もり りょう、1911年6月7日 - 1994年3月19日)は、日本の英文学・比較文学者、詩人、翻訳家。 大阪府生まれ。東京帝国大学英文科卒。旧制松江高等学校教授、お茶の水女子大学教授。 「新体詩抄」や「海潮音」など明治期の訳詩集の研究のほか、小泉八雲の研究でも知られ、『小泉八雲作品集』を翻訳。また『ラフカディオ・ハーン作品集』の編集と解説を担当。 1992年に訳詩集『晩国仙果』で第43回読売文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
古田 紹欽(ふるた しょうきん、1911年5月22日 - 2… 古田 紹欽(ふるた しょうきん、1911年5月22日 - 2001年1月31日)は、日本の仏教学者。仏教・禅を思想面から研究した。学位は、文学博士。 岐阜県山県郡下伊自良村大森(現在の山県市大森)に生まれる。父の死後に東光寺、後に慈恩寺で生活。旧制松江高等学校を経て、東京帝国大学文学部印度哲学梵文学科に進学する。卒業後は鈴木大拙に師事した。 禅の思想的研究を進め、特に禅僧の問答集である語録の研究に専念した。北海道大学教授、日本大学教授を歴任し、師・大拙の没後は財団法人松ヶ岡文庫の文庫長を継ぎ、『鈴木大拙全集』ほか関連著書の刊行を行った。 他に出光美術館、日本宗教学会、日本印度学仏教学会の理事を歴任した。
山本 清(やまもと きよし、1907年11月23日 - 20… 山本 清(やまもと きよし、1907年11月23日 - 2001年12月29日)は、日本の考古学研究者、島根大学名誉教授。 島根県八束郡生馬村(現・松江市西生馬町)に生まれる。旧制松江高等学校(8期文甲)を経て、1934年、京都帝国大学文学部史学科(国史学専攻)卒業。島根県八束郡本庄村尋常高等小学校代用教員、島根県立松江中学校講師、同教諭、島根師範学校教授を経て、1950年、島根大学教育学部助教授、1951年、島根大学文理学部助教授。1965年、島根大学文理学部教授。1971年退官。1972年島根大学名誉教授。 1947年、梅原末治博士と金崎1号墳(島根県松江市)の発掘調査を行い、本格的に山陰の考古学研究に取り組む。
船越 義房(ふなこし よしふさ、1904年〈明治37年〉2月… 船越 義房(ふなこし よしふさ、1904年〈明治37年〉2月4日 - 没年不明)は、日本の会社役員、工学博士。熊谷組顧問。旧姓・北垣。 島根県能義郡大塚村(現・安来市)出身。北垣仁之助の三男。1925年、松江高等学校理科卒業、同年に鳥取県米子市紺屋町、船越作一郎の養子となる。1929年、東京帝国大学工学部建築学科卒業。同大学院にて建築音響学を専攻する。 日本大学講師、教授。藤原工業大学、東京府立高校、成蹊高校各講師、厚生科学研究所員、三星産業技術部長。1952年、日建設計工務常務取締役。1969年、熊谷組入社、同社専務取締役、のちに同社顧問。 宗教は仏教。趣味は写真、庭球、ゴルフ。住所は東京都杉並区上荻2丁目。
藤永 元作(ふじなが もとさく、1903年1月16日 - 1… 藤永 元作(ふじなが もとさく、1903年1月16日 - 1973年9月12日)は、日本の水産学者。元・水産庁調査研究部長、藤永くるまえび研究所理事長。 クルマエビの人工孵化に初めて成功し、クルマエビ養殖の商業化に貢献している。従来のエビ養殖は天然の稚エビを捕獲して育てる「畜養」が一般的だったが藤永は卵から人工孵化させて育てる養殖の道筋を確立した。 藤永が確立したクルマエビの養殖技術は、ブラックタイガー(ウシエビ)やバナメイエビといった他のクルマエビ科の養殖にも活用されている。1963年紫綬褒章受章。1973年4月勲三等瑞宝章。 1903年1月16日山口県萩町で生まれる。旧制松江高校から東京帝国大学へ進学し1933年東京帝国大学農学部水産学科を30歳で卒業。
木下 広居(きのした ひろい、1902年10月25日 - 1… 木下 広居(きのした ひろい、1902年10月25日 - 1981年11月14日)は、日本の政治学者。 熊本県生まれ。東京帝国大学法学部政治学科卒業。旧制松江高等学校教授、文部省図書監修官を経て、戦後は参議院法制局調査課長を務めた。1954年『イギリスの議会』で日本エッセイストクラブ賞受賞。その後専修大学教授、創価大学教授を務めた。自民党、公明党の顧問も務めた。 1981年11月14日、閉塞性黄疸のため死去。