スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月2… 池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月20日 - 2007年〈平成19年〉2月28日)は、日本の政治家。 国土庁長官(第27代)兼研究・学園都市担当大臣兼土地対策担当大臣兼阪神・淡路復興対策担当大臣(村山改造内閣)、衆議院懲罰委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(7期)、社会民主党国会対策委員長(初代)などを歴任。 北海道室蘭市生まれ、釧路市出身。旧制釧路中学校、旧制弘前高校を経て、早稲田大学法学部卒業。大学卒業後は北海道日高支庁管内の学校教員に奉職し、北海道教職員組合の書記長も務めた。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧北海道4区から立候補し、初当選。
牧野 政信(まきの まさのぶ、1898年 - 1948年3月… 牧野 政信(まきの まさのぶ、1898年 - 1948年3月9日)は日本の柔道家(講道館8段)、政治家。 秋田県山本郡浜口村の出身で講道館入門は1913年。1924年に明治大学政治経済科を卒業すると、設立されたばかりの旧制弘前高等学校(現・弘前大学)にて講師を約1年ほど務めた。 その後東京に戻ってからは職らしい職には就かず、柔道の稽古に明け暮れる毎日に。1930年に第1回全日本選士権大会が開催されると牧野は一般壮年後期の部に第2区(東京)代表で出場し、福岡の島井安之助5段に次ぐ準優勝という成績を残した。1931年に母校・明治大学の選手を引率して渡米しカリフォルニア州とハワイ州で柔道を紹介し、1937年の満州遠征には理事を務める東京学生連合会の監督として参加。
吉植 庄一郎(よしうえ しょういちろう、1865年10月27… 吉植 庄一郎(よしうえ しょういちろう、1865年10月27日(慶応元年9月8日) - 1943年(昭和18年)3月10日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会→政友本党→立憲政友会)、ジャーナリスト。子は歌人・衆議院議員の吉植庄亮。義弟に弘前高等学校校長を務めた鈴木信太郎がいる。 下総国印旛郡、のちの千葉県印旛郡埜原村(本埜村を経て現印西市)出身。北海道に渡り開墾に従事したが、北海道時事新聞社を興し、社長に就任した。やがて他の新聞との合併で北海タイムス新聞社が成立すると、理事を務めた。 1904年(明治37年)、第9回衆議院議員総選挙に出馬し当選。以後、当選回数は9回を数えた。1917年(大正6年)4月、第13回総選挙で当選したが、衆議院議員選挙訴訟の結果、安房郡での選挙が無効となり、同年12月8日、千葉県知事により鵜澤總明・木村政次郎・関和知・津田毅一・鵜沢宇八・柏原文太郎・磯野敬・加瀬禧逸・土屋清三郎と共に当選証書が取消され議員を退職し、同月に実施された再選挙で当選した。