スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
福井 俊郎(ふくい としお、1931年〈昭和6年〉 - 20… 福井 俊郎(ふくい としお、1931年〈昭和6年〉 - 2026年〈令和8年〉3月18日)は、日本の生化学者。学位は理学博士。大阪大学名誉教授。専門は生化学、酵素科学。正四位、瑞宝中綬章受章。 1931年(昭和6年)、兵庫県で生まれる。 川西小学校から県立伊丹中学に進むはずだったが、6年生の担任から勧められたこともあり、1944年(昭和19年)、旧制甲南高等学校尋常科入学(尋常科4年、高等科3年)。終戦後の学制改革により高等科を1年で修了。大阪大学へ進学。 1958年、「Enzymatic studies on the phosphorus in potato starch.」で理学博士。 2026年3月18日、腎不全のため死去。
伊藤 順吉(いとう じゅんきち、1914年(大正3年)3月1… 伊藤 順吉(いとう じゅんきち、1914年(大正3年)3月13日 - 2009年(平成21年)1月9日)は、日本の物理学者。大阪大学名誉教授。専門は原子核物理学、物性物理学。 伊藤竹之助、ときの次男として生まれる。父・竹之助は伊藤忠兵衛 (初代) の長女・ときの婿養子。兄は伊藤英吉。妻は後藤文夫の次女保子。 甲南小学校(9回生)、旧制甲南高等学校を経て、1936年に大阪帝国大学理学部物理学科(一期生)を卒業後、同学科の菊池正士の下につく。高エネルギー電子線を活用する原子核研究を行うため、日本で最初のサイクロトロン建設に携わり、戦時中には同学科教授、1943年春から海軍嘱託として、海軍極超短波レーダーの基礎的部分の研究を山口省太郎(同学科助教授)と共に担当し、菊池グループで重要な役割を果たす。
坂田 昌一(さかた しょういち、1911年(明治44年)1月… 坂田 昌一(さかた しょういち、1911年(明治44年)1月18日 - 1970年(昭和45年)10月16日)は、日本の物理学者。元名古屋大学教授。湯川秀樹、朝永振一郎とともに日本の素粒子物理学をリードした。弟は、物理学者の坂田民雄。 東京市麹町区(東京都千代田区)で生まれる。旧制甲南高等学校を経て、1933年に京都帝国大学理学部物理学科を卒業する。理化学研究所、大阪帝国大学講師、京都帝国大学講師を経て1942年、名古屋帝国大学教授となる。湯川の中間子論の第2から第4論文の共著者である。 1942年、井上健と共に核力の起源となる中間子と当時宇宙線中に発見された中間子との違いを説明するために、二中間子論を提唱した。