藤田 のぼる(ふじた のぼる、1950年 - )は、日本の児… 藤田 のぼる(ふじた のぼる、1950年 - )は、日本の児童文学研究者、作家。 秋田県出身。秋田大学教育学部卒業後、上京。東京都内の私立小学校教諭を経て、日本児童文学者協会に勤務。事務局次長を経て1984年4月より2016年3月末まで同事務局長、2020年6月から2026年5月まで同理事長を務める。 『みんなの家出』で第61回産経児童出版文化賞フジテレビ賞受賞。
加藤 學(かとう まなぶ、1950年 - 1998年)は、日… 加藤 學(かとう まなぶ、1950年 - 1998年)は、日本の作曲家。1973年、1974年、1975年、1982年、1988年に創作合唱曲公募に入選している。 盛岡市出身。岩手大学教育学部卒業。作曲を千葉了道、志田笙子、岡島雅興、石井歓の各氏に師事。岩手県立高校の教員を経て、青森明の星短期大学助教授等を歴任。以後作曲を専業とした。1998年3月宮城県名取市にて没。 他に女声合唱曲をはじめとして多数。郷土の詩人の詩や立原道造の詩に作曲したものが多い。独唱曲を合唱に編曲した佳曲も多い。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:クラシック音楽/PJ:クラシック音楽)。
神長 美津子(かみなが みつこ、1950年 - )は、日本の… 神長 美津子(かみなが みつこ、1950年 - )は、日本の教育者、教育学者。大阪総合保育大学特任教授・國學院大學名誉教授。専門は幼児教育学、保育学。 栃木県出身。宇都宮大学教育学部附属幼稚園にて20年勤務の後、文部省初等中等教育局幼稚園課教科調査官、国立教育政策研究所教育課程研究センター教育課程調査官、東京成徳大学子ども学部教授を経て、2013年から2021年まで國學院大學教授。2021年から2024年まで大阪総合保育大学教授。令和6年度現在は、大阪総合保育大学特任教授で、國學院大學名誉教授。 幼児期から児童期への発達と教育について実践的な研究に取り組む。平成20年度幼稚園教育要領の改訂に携わり、幼稚園教育要領解説や事例集を作成。
串田 久治(くしだ ひさはる、1950年- )は、日本の中国… 串田 久治(くしだ ひさはる、1950年- )は、日本の中国文学者、桃山学院大学教授。 大阪生まれ。1976年愛媛大学法文学部中国文学科卒、1979年大阪大学大学院文学研究科博士後期課程中退、大阪大学文学部助手、1981年愛媛大学法文学部講師、86年助教授、94年教授、2000年大阪府立大学教授をへて、2004年桃山学院大学教授となる。98年「中国古代における「謠」の思想史的研究」で阪大文学博士。
井上 章(いのうえ あきら、1950年または1951年 - … 井上 章(いのうえ あきら、1950年または1951年 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)。大阪府都市整備部長。大阪高速鉄道代表取締役社長。瑞宝小綬章受章者。 大阪市出身。1973年 (昭和48年) 大阪大学工学部土木工学科卒。 同年4月から大阪府庁に入職し、土木部土木総務課に勤務。その後、富田林、八尾、茨木の各土木事務所、1987年5月 土木部道路課主査、1991年 (平成3年) 5月 東京事務所主幹、 1999年5月 茨木土木事務所長、2001年4月 総務部副理事、2002年4月 土木部副理事兼交通道路室道路整備課長、2003年4月 交通道路室長、2005年4月 土木部理事、2006年4月 住宅まちづくり部理事、 2007年4月 都市整備部技監を経て、2009年4月から都市整備部長。
大谷 正(おおたに ただし、1950年 - )は、日本の歴史… 大谷 正(おおたに ただし、1950年 - )は、日本の歴史学者。専修大学文学部教授。専攻は日本近代史、メディア史。 鳥取県生まれ。1973年大阪大学文学部史学科卒業。1975年同大学文学研究科修士課程修了。1979年同大学文学研究科博士課程単位取得満期退学。1982年専修大学法学部講師、助教授、教授。1996年「近代日本の対外宣伝」で大阪大学より博士(文学)。2010年専修大学文学部歴史学科教授。
片岡 利博(かたおか としひろ、1950年(昭和25年) -… 片岡 利博(かたおか としひろ、1950年(昭和25年) - )は、国文学者、神戸松蔭女子学院大学名誉教授。 大阪府大阪市住吉区(現住之江区)生まれ。1974年大阪大学文学部卒、79年同大学院文学研究科博士課程満期退学。1999年「物語文学の本文と構造」で阪大博士(文学)。松蔭女子学院大学助教授、神戸松蔭女子学院大学教授。2016年退職、名誉教授となる。 当初は音楽家を目指していた。
木梨 貞男(きなし さだお、1950年 - )は、米国ワシン… 木梨 貞男(きなし さだお、1950年 - )は、米国ワシントンD.C.弁護士、日本弁理士、米国弁理士。
豊田長康(とよだ ながやす、1950年- )は、日本の医学者… 豊田長康(とよだ ながやす、1950年- )は、日本の医学者。鈴鹿医療科学大学学長。医学博士(三重大学)。専門は、産科学。 三重大学教育学部附属小学校・中学校、灘高等学校を経て1976年大阪大学医学部を卒業する。その後、大阪大学医学部附属病院医師。三重大学医学部附属病院医師。三重大学医学部助手などを経て、1984年3月に三重大学で「正常および糖代謝異常妊婦における赤血球インスリン受容体の解析」にて医学博士受く。1989年三重大学医学部附属病院専任講師。1991年三重大学医学部産科婦人科学研究室教授。2004年三重大学学長に就く。2009年三重大学退職、同名誉教授。鈴鹿医療科学大学副学長。同特任教授。
平田 健正(ひらた たてまさ、1950年 - )は、日本の環… 平田 健正(ひらた たてまさ、1950年 - )は、日本の環境学者。専門は環境水理学。国立大学法人和歌山大学理事・副学長を経て、放送大学和歌山学習センター所長・特任教授を歴任した。 有害化学物質に汚染された水環境を修復する技術の開発と評価を研究しており、いくつかの水や土壌等の汚染問題に関する委員会のリーダーを務める。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、環境に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:環境)。
福田 保(ふくだ たもつ、1950年または1951年 - )… 福田 保(ふくだ たもつ、1950年または1951年 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)。元大阪府都市整備部長。 1973年 (昭和48年) 大阪大学工学部卒業、同年4月 大阪府庁に入庁し土木部土木総務課、鳳土木事務所、1979年 河川課、 1984年4月 南部特定事業建設事務所狭山池ダム建設工区長、1988年4月 河川砂防課計画係長、1990年 (平成2年) 4月 同砂防改良係長、1991年5月 鳳土木事務所主幹兼同工務第一課和泉工区長、1993年4月 同事務所工務課長、 1994年4月 河川課主幹、1996年4月 企画調整部企画室参事、1998年4月 建築都市部総合計画課参事、1999年5月 鳳土木事務所長、2001年4月 河川室副理事兼河川調整課長、2003年4月 河川室長、2005年4月 土木部技監、2006年4月 都市整備部技監、2007年4月 丸岡耕平の後任として都市整備部長。
増田 達也(ますだ たつや、1950年 - )は、日本の電気… 増田 達也(ますだ たつや、1950年 - )は、日本の電気工学・制御システム工学者。大阪工業大学工学部電気電子システム工学科元教授。工学博士(大阪大学)。電気学会関西支部元評議員。元システム制御情報学会元評議員。元計測自動制御学会関西支部幹事。元日本知能情報ファジィ学会論文査読委員。 専門は、電気工学・制御システム工学(特にファジィ理論)。 1973年大阪大学工学部電気工学科卒業。大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了。1981年同大学院電気工学専攻博士課程単位取得退学、のちに工学博士(大阪大学)。日本学術振興会奨励研究員を経て、1985年大阪大学工学部助手。1987年大阪工業大学工学部電気工学科講師。
森岡 裕一(もりおか ゆういち、1950年 - )は、日本の… 森岡 裕一(もりおか ゆういち、1950年 - )は、日本のアメリカ文学者。大阪大学名誉教授、関西外国語大学教授。 大阪外国語大学英語学科卒。1979年大阪大学大学院修士課程修了、大阪大学文学部助手、1981年同言語文化部講師、1985年奈良女子大学助教授、1995年大阪大学文学部助教授、1999年教授、文学研究科教授。2006年「飲酒 / 禁酒の物語学: アメリカ文学とアルコール」で阪大文学博士。2015年退任、名誉教授、関西外国語大学外国語学部教授。
益岡 隆志(ますおか たかし、1950年 - )は、日本の言… 益岡 隆志(ますおか たかし、1950年 - )は、日本の言語学者。神戸市外国語大学名誉教授。 1950年、岡山県岡山市生まれ。1974年、大阪外国語大学外国語学部英語学科を卒業し同大学大学院に進んだ。1976年、同大学大学院外国語学研究科修士課程を修了。 卒業後は神戸市外国語大学講師となり、後に助教授、教授に昇格。2008年、学位論文「日本語モダリティ探究」を神戸大学に提出して博士(文学)の学位を取得。 神戸市外国語大学より名誉教授の称号を得る。関西外国語大学外国語学部教授を務める。
三原 健一(みはら けんいち、1950年 - )は、日本の言… 三原 健一(みはら けんいち、1950年 - )は、日本の言語学者、大阪大学大学院教授。理論言語学だけでなく、カントリー音楽(ブルーグラス)への造詣も深い。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
伊東 眞理子(いとう まりこ、1950年(昭和25年) - … 伊東 眞理子(いとう まりこ、1950年(昭和25年) - )は、日本の社会福祉学者。 東京福祉大学大学院社会福祉学研究科教授、同朋大学客員教授。博士(経済学)(大阪学院大学)。 専門は高齢者福祉政策、女性問題。 静岡県に生まれる。1993年(平成5年)、大阪学院大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得満期退学し、同年、同朋大学社会福祉学部専任講師に就任。同大助教授を経て、2007年(平成19年)同教授。2009年(平成21年)、「高齢者福祉政策の研究 : 居住問題を中心として」により、大阪学院大学から博士(経済学)学位を取得した。
安東 茂樹(あんどう しげき、1950年 - )は、日本の教… 安東 茂樹(あんどう しげき、1950年 - )は、日本の教育者、教育学者。博士(教育学)。 文部科学省検定教科書執筆者の一人。 1950年兵庫県明石市生まれ。大阪教育大学卒業後、中学校教員として勤務。テニス部を指導した。学校教員生活が長く、本格的な研究活動に入ったのは40才代からであることから実務経験による研究内容や成果が多く、本人も「日々の仕事に邁進する先に研究がある。」と言っている。 文部科学省学習指導要領中学校技術作成協力者(主査)、大学設置・学校法人審議会専門委員、日本産業技術教育学会会長などを歴任。技術科教育における日本の指針を示し、2017年現在、広島国際学院大学教授、明石市教育委員会社会教育委員、明石市教育委員会市立学校通学区域審議会委員などを務めている。
梅原 真(うめばら まこと、1950年 - )は、日本のグラ… 梅原 真(うめばら まこと、1950年 - )は、日本のグラフィックデザイナー。梅原デザイン事務所代表。「土地のチカラを引き出すデザイン」で2016年度 毎日デザイン賞・特別賞。武蔵野美術大学客員教授。 高知県高知市出身。大阪経済大学卒業後、RKCプロダクション美術部に入社。日本テレビで研修後、スタジオの大道具担当になる。25歳の時、スペインへ渡り休職。1979年、退職後にアメリカ大陸を横断し、サンフランシスコ滞在を経て帰国の後、梅原デザイン事務所を設立。高知を拠点に「一次産業×デザイン=風景」をモットーにデザイン活動を展開。 1988年、「土佐一本釣り・藁焼きたたき」のデザインでカツオの一本釣り漁法を支え、8年間で年商20億円の産業を作り出す。
井上 要(いのうえ かなめ、1950年または1951年 - … 井上 要(いのうえ かなめ、1950年または1951年 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)。愛媛県土木部長、同参与を歴任。瑞宝小綬章受章。 八幡浜市生まれ。1974年 (昭和49年) 3月 大阪工業大学工学部卒業。同年4月 愛媛県庁入庁。西条地方局建設部長、土木部道路都市局長、土木部長。東日本大震災の際には宇和海沿岸の水門や陸こうの閉鎖、宮城県仙台市や石巻市への先遣隊派遣を行い、同年9月には震災対応の補正予算70億円を計上した。JR西日本松山駅周辺整備については高架化や伊予鉄道延伸、バリアフリー化に取り組む。他、生名島に架かる生名橋や岩城橋の建設に携わった。2012年3月 井上眞三を後任に同職を退任、翌月 参与に就任。
小出 義一(こいで よしかず、1950年 - )は、日本の政… 小出 義一(こいで よしかず、1950年 - )は、日本の政治家、愛知県半田市議会議員・議会選出監査委員。 1950年愛知県半田市生まれ。1974年大阪工業大学工学部機械工学科卒業。食品製造会社などの勤務を経て、2007年半田市議会議員となり、以降2011年2期目、2015年3期目、2019年4期目、2023年半田市議会議員5期目を務める。2025年同議会選出監査委員。 主な所属団体は、新政あいち、連合愛知政策推進議員懇談会、愛知民社クラブなど。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
友利 政利(ともい まさとし、1950年 - )は、兵庫県出… 友利 政利(ともい まさとし、1950年 - )は、兵庫県出身の日本の建築工学者。専門は、木構造工学。アメリカ針葉樹協議会元技術顧問。TTE一級建築士事務所所長。 1974年大阪工業大学建築学科卒業。1977年カナダ林産業審議会(大阪事務所)入社。1991年ブリティッシュ・コロンビア大学大学院修士課程修了(木構造専攻)。木造枠組壁構法(ツーバイフォー工法)の北米(カナダ・アメリカ)木造住宅研究の第一人者の一人。 主な著書は、初めて学ぶ図解ツーバイフォー工法、図解Q&A ツーバイフォー(基礎編・応用編)。
岩田 健男(いわた たけお、1950年(昭和25年) - )… 岩田 健男(いわた たけお、1950年(昭和25年) - )は、日本の歯科医師、開業医。日本顎咬合学会元理事長、米国歯科大学院同窓会第7代会長(1980年インディアナ大学)、米国歯科大学補綴学会日本支部会長。学位は博士(歯学)。 1976年 大阪歯科大学卒業、歯科医師免許1980年米国州立インディアナ大学歯学部大学院補綴科卒業。Maste of Science in Dentistry 1984年東京都開業。1999年デンタルヘルスアソシエート代表、新潟大学歯学部補綴科歯学博士DDSc。明海大学歯学部臨床教授などを歴任。
円谷 陽一(つむらや よういち、1950年 - )は、日本の… 円谷 陽一(つむらや よういち、1950年 - )は、日本の生物学者。埼玉大学理学部教授。 専門は生化学、生体高分子機能。植物細胞壁多糖の合成機構、糖鎖分解、合成酵素、構造解析を研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤田 勝久(ふじた かつひさ、1950年 - )は、日本の東… 藤田 勝久(ふじた かつひさ、1950年 - )は、日本の東洋史学者、考古学者。愛媛大学名誉教授。学位は博士(文学)。専攻は、中国古代史。 1950年、山口県で生まれた。京都府立大学文学部文学科文化史学で学び、1978年に卒業。大阪市立大学大学院文学研究科に進んで東洋史学を専攻し、1985年に博士後期課程を単位取得後満期退学。 1985年10月、愛媛大学教養部専任講師に就いた。1988年1月に同学部助教授昇格。1996年4月に法文学部助教授に配置換え。1997年4月に同学部教授昇格。1998年、学位論文『史記戦国史料の研究』を大阪市立大学に提出して文学博士の学位を取得。2015年3月に愛媛大学を定年退職し、4月より名誉教授。
雪村 時人(ゆきむら ときひと、1950年 - )は、日本の… 雪村 時人(ゆきむら ときひと、1950年 - )は、日本の医師、医学博士。元大阪大谷大学薬学部臨床薬理学教授、日本薬理学会代議員、日本高血圧学会評議員、日本腎臓学会評議員。 概略は以下のとおり。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
河田 章(かわた あきら、1950年 - )は、日本の郷土史… 河田 章(かわた あきら、1950年 - )は、日本の郷土史家。 岡山県岡山市生まれ。岡山県立金川高等学校卒業後、岡山商科大学商学部に進学、その後福岡大学大学院に進学し、1980年福岡大学大学院商学研究科日本商業史専攻単位取得(大学院では藤本隆士に師事)、岡山に戻り、1981年関西高等学校非常勤講師、1986年同校教諭、2012年退職。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
木村 健二(きむら けんじ、1950年 - )は、日本の経済… 木村 健二(きむら けんじ、1950年 - )は、日本の経済史学者。博士(経済学)(東京国際大学・2006年)。下関市立大学教授。 愛媛県生まれ。1973年小樽商科大学商学部経済学科卒、1986年早稲田大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。 東京農工大学留学生センター助教授、教授、1999年下関市立大学経済学部教授。2006年「戦時下植民地朝鮮における経済団体と中小商業者」で東京国際大学から博士(経済学)の学位を取得。専門は近代日朝経済関係史、近代日本移民史。
押川 文子(おしかわ ふみこ、1950年 - )は、広島県出… 押川 文子(おしかわ ふみこ、1950年 - )は、広島県出身の歴史学者。専門はインド近代社会史。京都大学名誉教授。元日本南アジア学会理事長。 1976年ジャワハルラール・ネルー大学大学院修了、M.A.(歴史学)。1977年お茶の水女子大学大学院修了、文学修士、アジア経済研究所入所。1995年国立民族学博物館地域研究企画交流センター助教授。1999年国立民族学博物館地域研究企画交流センター教授。2002年国立民族学博物館地域研究企画交流センター長。2006年京都大学地域研究統合情報センター教授。2012年日本南アジア学会理事長。2015年京都大学名誉教授。専門はインド近代社会史。
逢坂 恵理子(おおさか えりこ、1950年 - )は、東京都… 逢坂 恵理子(おおさか えりこ、1950年 - )は、東京都出身のキュレーター。2019年10月から国立新美術館館長。2021年7月から国立美術館理事長。 東京都立三田高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。国際交流基金、ICA名古屋を経て、1994年より水戸芸術館現代美術センター主任学芸員。1997年から2006年まで同センターで芸術監督を務めた。 その後、2007年から2009年1月まで森美術館のアーティスティック・ディレクターを務め、2009年4月より横浜美術館館長。2019年10月より国立新美術館館長(2020年3月までは横浜美術館館長との兼務となる)。2021年7月より国立美術館理事長。
中根 史郎(なかね しろう、1950年 - )は、日本の造園… 中根 史郎(なかね しろう、1950年 - )は、日本の造園家、作庭家。中根庭園研究所代表取締役所長。技術士(建設部門)、樹木医、京都市立芸術大学非常勤講師。日本庭園協会理事/評議員。中根金作は父親[要出典]。 学習院大学文学部哲学科を卒業。1995年に株式会社中根造園研究所代表取締役所長就任。 作品は、神勝寺庭園賞心庭、京都公園 (キエフ) 、天台宗三千院庭園などがある。
平野久美子(ひらの くみこ、1950年 - )は、日本のノン… 平野久美子(ひらの くみこ、1950年 - )は、日本のノンフィクション作家。 東京都出身。学習院大学文学部仏文科卒業。出版社勤務を経て文筆家。2000年『淡淡有情―日本人より日本人の物語』で小学館ノンフィクション大賞受賞。アジアを対象としたものが多い。
中村 不二夫(なかむら ふじお、1950年 - )は、日本の… 中村 不二夫(なかむら ふじお、1950年 - )は、日本の詩人。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川大学法学部卒業。1974年より東京都在住。恵泉女学園短期大学非常勤講師を務める(1992年から1999年)。 1979年に第一詩集『ベース・ランニング』、1984年に第二詩集『ダッグ・アウト』と、スポーツをタイトルとする独自の詩世界で颯爽と登場し、第三詩集『Mets』は第一回日本詩人クラブ新人賞を受賞した。 一方で日本聖公会信徒であり、日本キリスト教詩人会に所属する。信仰、愛、平和を現代に問う詩世界を構築する詩集『People』、『使徒』を刊行、2007年の第六詩集『コラール』は第33回地球賞を受賞した。
牧野 常夫(まきの つねお、1950年 - )は、日本の実業… 牧野 常夫(まきの つねお、1950年 - )は、日本の実業家。パソコン教育サーヴィスのアビバジャパン創業者、元代表取締役社長。学院長。2003年教育訓練給付金制度見直しを境に経営悪化し産業再生機構が支援、アビバジャパン経営権を譲渡。別法人JAGAT株式会社にて教育サーヴィスを継続。JAGAT株式会社代表取締役社長。 パソコン教育の必要性を感じ、日本パソコン学院アビバを立ち上げ、急成長を遂げた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
三藤 達男(みとう たつお、1950年 - )は、日本の実業… 三藤 達男(みとう たつお、1950年 - )は、日本の実業家。神奈川大学法学部法律学科卒業。2015年時点で岩手県から鹿児島県まで日本各地に約80店舗を展開する製パン会社ポンパドウル社長。
掛水 通子(かけみず みちこ、1950年 - )は、日本のス… 掛水 通子(かけみず みちこ、1950年 - )は、日本のスポーツ学者、東京女子体育大学名誉教授。 広島県福山市生まれ。1973年東京学芸大学特別教科教員養成課程保健体育科卒、1975年東京教育大学大学院修士課程体育学研究科体育学専攻修士課程修了、2012年鹿屋体育大学大学院博士後期課程体育学研究科体育学専攻修了、「日本における女子体育教師史研究」で体育学博士。1975年東京女子体育大学体育学部助手、79年講師、85年助教授、94年教授。2019年定年退職、名誉教授。
岸 隆司(きし たかし、1950年 〈昭和25年〉- )は、… 岸 隆司(きし たかし、1950年 〈昭和25年〉- )は、日本の実業家。株式会社総合資格および株式会社中部資格の前代表取締役。建築士、宅地建物取引士、建築施工管理技士などの資格試験予備校「総合資格学院」の創業者。「総合資格学院」は一級建築士試験で多数の合格者を輩出している、建築・不動産分野の大手予備校。 2012年より建築専門誌「建築知識」で<トップが語る これからの建築 これからの人材>の連載スタート。国内主要ゼネコントップや著名建築家、大学関係者などと対談を行い、建築を志す学生に向けたメッセージを発信。
黒田 彰(くろだ あきら、1950年 - )は、日本の国文学… 黒田 彰(くろだ あきら、1950年 - )は、日本の国文学者。佛教大学教授。 三重県生まれ。1976年愛知県立大学文学部国文学科卒業。81年関西大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程後期課程単位取得退学。85年日本古典文学会賞受賞。88年「中世説話の文学史的環境」で関西大学より文学博士の学位を取得。愛知県立大学助教授、教授、2000年佛教大学教授。
大内 啓治(おおうち けいじ、1950年 <昭和25年> -… 大内 啓治(おおうち けいじ、1950年 <昭和25年> - )は、日本の政治家。自由民主党、大阪維新の会所属の元大阪市会議員 (6期)、元大阪市会議長 (107代)。旭日小綬章受章。 愛媛県生まれ。大阪市立梅香小学校、大阪市立春日出中学校、大阪府立港高等学校、関西学院大学社会学部卒業。衆議院議員・中山正暉秘書を経て1999年の大阪市会議員選挙に自由民主党公認で出馬し初当選。2010年 大阪維新の会に鞍替えし、2011年5月から1年間、青江達夫副議長とともに第107代大阪市会議長を務めた。2017年 吉村洋文市長 (当時) が24行政区をより権限の強い8つの「総合区」に再編する区割り素案を提示した際には市会議員団幹事長として公明党との調整を担った。
八木 康幸(やぎ やすゆき、1950年/1951年 - )は… 八木 康幸(やぎ やすゆき、1950年/1951年 - )は、日本の民俗学者、人文地理学者。関西学院大学教授を長く務めた。おもに民俗学と人文主義地理学にまたがる領域で活動した。 1973年に関西学院大学文学部史学科地理学専修を卒業し、1975年に同大学院文学研究科修士課程を修了して、大阪府立布施工業高等学校全日制課程教諭となったが、引き続き大学院博士課程に在籍した。 1978年に博士課程を単位取得満期退学して、関西学院大学文学部助手となった。以降、1980年に専任講師、1982年に助教授、1988年に教授へと昇任した。2000年1月には、関西学院大学から博士(地理学)を取得した。2007年から2009年にかけては文学部長を務め、2019年に定年退職した。
横山 文博(よこやま ふみひろ、1950年 - )は、日本の… 横山 文博(よこやま ふみひろ、1950年 - )は、日本の防衛官僚。初代防衛省装備施設本部本部長。 香川県出身。大阪府立北野高等学校を経て、1974年関西学院大学法学部卒業。1975年防衛庁入庁、長官官房総務課配属。1975年5月人事教育局人事第一課。1980年防衛局運用第一課部員。1991年資源エネルギー庁石油部備蓄課長。1993年経理局施設課長。1995年人事局厚生課長。1997年運用局運用企画課長。1999年防衛庁装備局管理課長。2000年防衛庁長官官房防衛審議官。2002年防衛医科大学校副校長。2004年防衛参事官。2005年防衛庁管理局長。2007年防衛省装備施設本部長。2008年1月退官。
田代 健一(たしろ けんいち、1950年 - )は、日本の実… 田代 健一(たしろ けんいち、1950年 - )は、日本の実業家。1969年関東学院大学経済学部経営学科入学。大学時代の部活動は関東学院ESSクラブ所属。鎌倉駅前で外国人観光客に対し無料英語観光案内を部活動として行なった経験を持つ。大学3年次に日本航空パイロット訓練生(大学2年教養課程修了者対象試験)を受けるも不合格。1973年関東学院大学経済学部経営学科卒。1973年帝国ホテル入社。帝国ホテル入社後茶室で茶道を学んだ。1990年帝国ホテル初の海外リゾートとなる「ホテル・インペリアル・バリ」開業総支配人となる。その後帝国ホテル統括総支配人に就任し、定年退職したのち2017年現在は帝国ホテル特別社員兼迎賓館赤坂離宮支配人となる。
立石 泰則(たていし やすのり、1950年(昭和25年) -… 立石 泰則(たていし やすのり、1950年(昭和25年) - )は、日本のノンフィクション作家、フリージャーナリスト。 福岡県北九州市生まれ。北九州大学商学部経済学科卒業、中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者を経て『週刊文春』記者となり、白石一文、鈴木洋嗣(のち文藝春秋取締役)と机を並べた。 しかし、立石は30歳で急性胆嚢炎で入院して以来、ほとんど毎年のように急性胃炎や急性膵炎で入退院を繰り返していた。そんな健康状態を心配した白石が、不規則な生活をどうしても強いられる週刊誌記者を辞めて、自分で健康管理のできるフリーランスの生活を勧め、1988年に独立。 企業経営者が主な取材対象で、松下幸之助が決断したコンピュータ事業からの撤退をひとつのメルクマークとしながら、松下経営の問題点を論じた『復讐する神話 松下幸之助の昭和史』(文藝春秋)が処女作。
上田 純一(うえだ じゅんいち、1950年 - )は、日本の… 上田 純一(うえだ じゅんいち、1950年 - )は、日本の日本史学者、京都府立大学特任教授。 熊本県熊本市生まれ。京都府立大学文学部卒業、九州大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1995年「九州中世禅宗史の研究」で九大文学博士。九州大学文学部助手、福岡市教育委員会(博物館準備室)などを経て、京都府立大学文学部歴史学科教授。2016年定年退任、特任教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
占部 賢志(うらべ けんし、1950年 - )は、日本の教育… 占部 賢志(うらべ けんし、1950年 - )は、日本の教育学者、元中村学園大学教育学部教授。 福岡県生まれ。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程単位取得退学、福岡県の高校教諭、中村学園大学教育学部教授。NPO法人アジア太平洋こども会議イン福岡「世界にはばたく日本のこども大使育成塾」塾長、古典輪読会「太宰府斯道塾」塾長、一般財団法人日本教育推進財団顧問。
川本 芳昭(かわもと よしあき、1950年 - )は、日本の… 川本 芳昭(かわもと よしあき、1950年 - )は、日本の東洋史学者、九州大学名誉教授。 長崎県生まれ。1972年九州大学文学部東洋史学科卒。1978年同大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。 1981年より佐賀大学教養部助教授。その後1994年から九州大学文学部助教授、1998年より教授。2016年に九大を定年退任し名誉教授。
清野 良榮(せいの よしえい 1950年 - )は、日本の経… 清野 良榮(せいの よしえい 1950年 - )は、日本の経済学者。専門は、経済理論・現代資本主義分析。現代の資本主義体制への批判的視角から、市場化・グローバル化のもたらす経済社会のひずみを主たる研究テーマとしている。松山大学経済学部教授。「憲法9条をまもる愛媛県民の会」の呼びかけ人の一人として名を連ねる。 福島県出身。1973年(昭和48年)立命館大学経済学部卒業。1977年(昭和52年)九州大学大学院経済学研究科修士課程修了。1980年(昭和55年)九州大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。1981年(昭和56年)松山商科大学経済学部講師。1982年(昭和57年)松山商科大学経済学部助教授。
高橋 信雄(たかはし のぶお、1950年 - )は、日本のノ… 高橋 信雄(たかはし のぶお、1950年 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。 1950年生まれ。九州大学経済学部卒業。長崎新聞社に入社。原爆平和報道等に取り組み、論説委員長、特別論説委員を経て2016年退職。2002年から14年間執筆を続けた長崎新聞1面コラム「水や空」抜粋のコラム集『信の一筆』1~4を2007年から16年にかけて出版。1990年、「天皇に戦争責任はあると思う」と発言した当時の長崎市長本島等が右翼の男に狙撃された事件現場のスクープ写真で日本新聞協会賞を受賞。2019年「東洋日の出新聞 鈴木天眼~アジア主義もう一つの軌跡」(長崎新聞社出版協力)で第23回日本自費出版文化賞・研究評論部門賞。
守 明子(もり あきこ、AKIKO MORI、1950年 -… 守 明子(もり あきこ、AKIKO MORI、1950年 - )は、日本の研究者。名古屋工業大学大学院教授。 専門は、建築材料、人間工学。 1950年生まれ。九州大学卒業。九州大学大学院修了。通商産業省工業技術院九州工業技術研究所主任研究官を経て、名古屋工業大学大学院工学研究科社会工学専攻教授。
伊藤 秋男(いとう あきお、1950年 - )は、日本の物理… 伊藤 秋男(いとう あきお、1950年 - )は、日本の物理学者である。京都大学名誉教授。専門は原子・分子衝突、原子力学。 1974年、埼玉大学理工学部物理学科卒業。1979年、京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了。工学博士(京都大学)。学位論文 「Charge-changing collisions of energetic helium projectiles penetrating through gases(気体中での高速ヘリウム粒子の荷電変換衝突)」。京都大学工学部教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
江里 昭彦(えさと あきひこ、1950年 - )は、山口県出… 江里 昭彦(えさと あきひこ、1950年 - )は、山口県出身の俳人。京都大学卒。「京大俳句」編集長、同人誌「日曜日」を経て「未定」「鬣」同人。ニューウェイブの旗手として俳句・評論の両面で活躍。1997年、第16回現代俳句評論賞受賞。上野千鶴子とは学生時代からの俳句仲間である。2012年、オウム真理教元幹部の中川智正死刑囚と同人誌「ジャム・セッション」を創刊。句集に『ラディカル・マザー・コンプレックス』『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』『クローン羊のしずかな瞳』『去勢歌手』がある。