スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
木村 祐志(きむら ゆうじ、1987年10月5日 - )は、… 木村 祐志(きむら ゆうじ、1987年10月5日 - )は、東京都港区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)。 2歳年長の兄がサッカーをしており、その影響で自らも3歳の頃からボールをけり始めたという。その後港区所在の風の子サッカークラブに入団し、小学生時代はそこでボランチとしてプレーした。6年次に複数のクラブのセレクションを受験し、うち川崎フロンターレのU-15チームに合格、「家からも近い」という理由で入団。当時の川崎アカデミーは1年おきに監督が代わっていっており、木村はそこで大木武を含む指導者たちから様々なサッカースタイルを学ぶ機会に恵まれた。 2006年に川崎フロンターレのトップチームへ昇格。
田口 しおり(たぐち しおり、1980年6月12日 - )は… 田口 しおり(たぐち しおり、1980年6月12日 - )は、東京都出身の元女優、元タレント。本名は田口しおり'。メイクスに所属していた。東京都立三田高等学校卒業。 身長162cm。血液型O型。特技は将棋、阿波踊り。1997年、第8回週刊ヤングジャンプ全国女子高生制服コレクションにノミネート。
拝郷 メイコ(はいごう めいこ、1978年〈昭和53年〉5月… 拝郷 メイコ(はいごう めいこ、1978年〈昭和53年〉5月6日 - )は、東京都出身のシンガーソングライター。本名は拝郷 芽衣子(読み同じ)。牡牛座、O型。 1995年、友人とコピーバンド「マママンゴー」結成。ヤマハの「高校対抗バンド合戦」で準優勝。その後ボーカルユニット「Fragrance Balance(フレグランス バランス)」に参加。作詞を始める。 1996年、Fragrance Balanceが、ヤマハのThe 5th MUSIC QUEST JAPAN FINALで審査員特別賞を受賞 したのをきっかけに、2001年11月7日「トマトスープ」でヤマハミュージックコミュニケーションズよりデビュー。
金子 貴俊(かねこ たかとし、1978年1月17日 - )は… 金子 貴俊(かねこ たかとし、1978年1月17日 - )は、日本の俳優、タレント。東京都目黒区出身。オリオンズベルト所属。身長176 cm。血液型A型。既婚。姉はパーツモデルの金子エミ。 デビュー当時は、顔の形が米粒に似ていることから「お米ちゃん」という愛称で呼ばれていた。 俳優を志した理由は、高校時代に目黒の弁当屋でアルバイトをしておりドラマ撮影のスタジオへ出前で訪れた際、現場の人たちに適当に扱われたので、将来は俳優になって現場の人たちを見返してやろうと思ったから。だが、デビューする方法を知らず諦め掛けていた頃、渋谷で先輩に命令されて行ったナンパの相手が、たまたま芸能事務所のマネージャーで、そのまま事務所に連れて行かれデビューという経歴を持つ。
遠野 舞子(とおの まいこ、1973年10月6日 - )は、… 遠野 舞子(とおの まいこ、1973年10月6日 - )は、日本のタレント、女優、元アイドル歌手。本名は岩本 舞子(いわもと まいこ)。東京都出身。東京都立三田高等学校卒業。祖父は野球殿堂入りを果たした元プロ野球選手・監督の岩本義行。大叔父に義行の弟である岩本信一がいる。 1992年4月、シングル「Mr.サブマリン」で歌手としてデビュー。同年の日本テレビ新人音楽大賞・新人賞を受賞。1993年にはフジテレビビジュアルクイーンアイドル部門グランプリを受賞する。その後もテレビ番組やCM、雑誌などで活躍。趣味のゴルフを生かし、ゴルフ番組やゴルフ雑誌にも登場した。タレント業と併行してジュエリーデザイナーとしても活動している。
大久保 朋果(おおくぼ ともか、1971年〈昭和46年〉8月… 大久保 朋果(おおくぼ ともか、1971年〈昭和46年〉8月12日 - )は、日本の政治家。江東区長(1期)。元地方公共団体職員(東京都)。 東京都大田区出身。東京都立三田高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。1995年、大学卒業と共に東京都庁に入職。入職後は主に保健・衛生・福祉関連の業務に就くことが多く、福祉局監理指導課主任、福祉保健局障害者施策推進部療育係長(東部療育センター所管)、知事本局計画調整部課長補佐、都立駒込病院医事課長、同庶務課長、政策企画局政策担当課長、福祉保健局生活福祉部統括課長、公益財団法人東京都福祉保健財団事務局長、政策企画局政策担当部長を歴任。 2023年11月、木村弥生区長が選挙違反で辞職した東京都江東区長選挙への出馬を要請される。
諏訪 貴子(すわ たかこ、1971年5月10日 - )は、日… 諏訪 貴子(すわ たかこ、1971年5月10日 - )は、日本の実業家。ダイヤ精機代表取締役社長、日本郵政社外取締役、日本テレビホールディングス取締役。戸籍名は有石 貴子(旧姓:諏訪)。 東京都大田区出身。東京都立三田高等学校を経て、1995年に成蹊大学工学部工業化学科を卒業後、ユニシアジェックスに入社、同社では女性初のエンジニアとして工機部に配属。1997年結婚を機に退職。翌1998年、先代社長の父保雄の要請でダイヤ精機に入社。総務担当時に社長である父・保雄と経営の考えの相違で、入退社を2回程繰返す。2004年、父の死を機に32歳で社長に就任。社内改革を断行し、業績のV字回復に成功する。2012年12月6日、日経ウーマン主催のウーマン・オブ・ザ・イヤー2013 大賞(リーダー部門)を受賞。
秋山 具義(あきやま ぐぎ、1966年5月3日 - 本名の読… 秋山 具義(あきやま ぐぎ、1966年5月3日 - 本名の読みは「ともよし」)は、日本のアートディレクター。広告の仕事を中心に、商品のパッケージやCDジャケットのデザインなど、ジャンルを限定せず様々なクリエイティブに携わっている。東京都出身、日本大学藝術学部卒業。
馬野 雅行(うまの まさゆき、1965年7月12日 - )は… 馬野 雅行(うまの まさゆき、1965年7月12日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元毎日放送(MBS)アナウンサー(総合編成局アナウンス担当局長)。 東京都品川区出身。中学2年生時に『ニッポン放送ショウアップナイター』などで深澤弘(当時︰ニッポン放送アナウンサー)のプロ野球実況を聴いたことをきっかけに、アナウンサーへの道を志す。 東京都立三田高等学校を卒業後、日本大学芸術学部在学中に、日本テレビスポーツ部のアルバイトでプロ野球中継のビデオ再生業務を担当。その縁で、徳光和夫とも関わりがあった。 大学卒業後の1989年に、アナウンサーとして毎日放送へ入社。同期入社のアナウンサーに来栖正之、テレビプロデューサーで東京支社制作部チーフプロデューサーの越智暁がいる。
高河 ゆん(こうが ゆん、本名:山田 理沙(やまだ りさ、旧… 高河 ゆん(こうが ゆん、本名:山田 理沙(やまだ りさ、旧姓:木村)、1965年7月9日 - )は、日本の漫画家・同人作家。東京都品川区出身、世田谷区在住。東京都立三田高等学校卒業。血液型はB型。夫は漫画家のたつねこ。一女の母。 代表作に『アーシアン』、『LOVELESS』、『車田水滸伝 HERO OF HEROES』など。 二次創作の同人作家出身であり、『銀河旋風ブライガー』、『キャプテン翼』、『聖闘士星矢』、『魔王伝』などが知られている。商業誌デビュー後も同人活動は継続している。 ペンネームは車田正美作『リングにかけろ』の登場人物である高嶺竜児、河合武士、剣崎順(じゅんの読みから)を合わせて名づけられた。
上田 令子(うえだ れいこ、1965年〈昭和40年〉5月21… 上田 令子(うえだ れいこ、1965年〈昭和40年〉5月21日 - )は、日本の政治家。東京都議会議員(4期)。地域政党「自由を守る会」代表、全国地域政党連絡協議会(地域政党サミット)副代表。元江戸川区議会議員(2期)。 兄は映画監督の松村克弥。叔父は松村文武。 東京都台東区上野生まれ。台東区立黒門小学校、文京区立第六中学校、東京都立三田高等学校、白百合女子大学文学部国文科卒業。大学卒業後、ナショナルライフ保険(現エヌエヌ生命保険)に入社。その後、数回の転職を経て、結婚を機に夫の出身地である江戸川区船堀に転居した。起業も経験。 2005年、東京都議会議員選挙に千代田区選挙区から出馬したが、現職の内田茂自由民主党東京都連幹事長に敗れ、落選した。
芦沢 一明(あしざわ かずあき、1965年〈昭和40年〉 -… 芦沢 一明(あしざわ かずあき、1965年〈昭和40年〉 - 2018年〈平成30年〉3月3日)は、日本の政治家。渋谷区議会議員(立憲民主党渋谷)。当選6回で、区議会議長などを歴任した。日朝友好促進東京議員連絡会代表。 東京都渋谷区幡ヶ谷生まれ。都立三田高校(定時制)を卒業した。専修大学経済学部を中退した。出版社に勤務した。1991年、区議会議員選挙に26才の最年少で初当選した。民主党結党に参画した。文教委員長、区議会民主党幹事長、民主党渋谷区支部長、区議会議長(第67代)、都市環境委員長などを歴任した。 2016年の第24回参議院議員通常選挙で有田芳生候補の選対本部長として応援した。2017年5月、北朝鮮を訪問。
村山 一弥(むらやま かずや、1963年〈昭和38年〉2月2… 村山 一弥(むらやま かずや、1963年〈昭和38年〉2月25日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 東京都出身。東京都立三田高等学校、東京大学工学部を経て、1988年(昭和63年)、東京大学大学院工学研究科を修了。同年4月、建設省へ入省。道路畑が長く、道路局地方道・環境課沿道環境専門官、関東地方整備局高崎河川国道事務所長、道路局有料道路課企画専門官、同有料道路調整官、同国道・防災課国道事業調整官、同国道・防災課道路保全企画室長、関東地方整備局道路部長、道路局国道・防災課長、同国道・技術課長、同企画課長などを歴任した他、福岡県へ出向し、県土整備部長を3年間務めた。 2019年(令和元年)7月9日、九州地方整備局長に就任。
渡辺 多恵子(わたなべ たえこ、1960年8月29日 - )… 渡辺 多恵子(わたなべ たえこ、1960年8月29日 - )は、日本の漫画家。東京都出身。女性。血液型はAB型。 1979年、『別冊少女コミック』(小学館)5月号増刊に掲載の「和佳ちゃんの熱愛時代」でデビュー。米国にホームステイ体験後、初の長期連載「ファミリー!」を『別冊少女コミック』に執筆。1987年、「聖14グラフィティ」で第16回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。1990年に「はじめちゃんが一番!」で、2002年に「風光る」で、第36回・第48回小学館漫画賞少女部門を受賞。代表作に「ファミリー!」「はじめちゃんが一番!」「風光る」など。 1997年より『別冊少女コミック』(小学館)で新選組を題材にした「風光る」を連載開始。
満利江(まりえ、本名:竹内香代子、1960年1月16日 - … 満利江(まりえ、本名:竹内香代子、1960年1月16日 - )は、日本の女優・邦楽演奏家・インタビュアー・ライター。東京都港区生まれ。東京都立三田高等学校卒業。 1979年、劇団ひまわり研修生当時、本名である竹内香代子の名で「西遊記」の妖怪役でデビュー。同年、「コメットさん」で病気のため主演の大場久美子に代わり、最終回までの5話分の吹き替えを担当。また、「けっぱれ!大ちゃん」やマキノ雅弘の「幻ノ介世直し帳」、関本郁夫の「天使の欲望」にも出演を果たす。 1980年前後には、東川佳揚の芸名で新東宝、東映セントラルなどのピンク映画に年間20本以上に出演 また、「大地の子」やNHKの時代劇作品、テレビ東京系で放映された「お江戸吉原事件帳」など数多くのテレビドラマ、映画に出演する。
野本 由紀夫(のもと ゆきお、1959年 - )は、日本の音… 野本 由紀夫(のもと ゆきお、1959年 - )は、日本の音楽学者、指揮者、玉川大学芸術学部芸術教育学科教授。 1986年東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、1989年同大学院音楽研究科修士課程修了。1993年までDAAD奨学金によりハンブルク大学博士課程在籍。指揮法を村方千之、佐藤功太郎、管弦楽法を黛敏郎に師事。 玉川大学芸術学部教授。同大学管弦楽団指揮者。東京フィルハーモニー交響楽団の解説執筆主幹。NHK-BSテレビ他にて放送された「名曲探偵アマデウス」の監修者も務め、解説者としてほぼ毎週出演した。佐村河内守名義で発表された新垣隆の交響曲を絶賛したことでも知られる。
三浦 暁子(みうら あきこ、1956年11月3日 - )は、… 三浦 暁子(みうら あきこ、1956年11月3日 - )は、日本のエッセイスト。 静岡県生まれ。上智大学文学部史学科卒業。1980年、東京都立三田高等学校の先輩である三浦太郎と結婚し、三浦朱門・曽野綾子夫妻の「嫁」としてエッセイを書く。恋愛論・結婚論が多かったが、近年は人物評伝を書いている。
西田 百合子 (にしだ ゆりこ 1955年(昭和30年)9月… 西田 百合子 (にしだ ゆりこ 1955年(昭和30年)9月7日 - )は、元テレビ朝日アナウンサー。 東京都豊島区生まれ。東京都立三田高等学校、千葉大学工学部卒業。「大学の研究とは別の世界を」として、アナウンサーを志す。 1978年にテレビ朝日へ入社。入社後の同年7月から「明日の天気」を担当。現在は退社。 身長161cm(1980年当時)。弟がいる。 報道・ワイドショー番組
宮川 健郎(みやかわ たけお、1955年〈昭和30年〉8月3… 宮川 健郎(みやかわ たけお、1955年〈昭和30年〉8月3日 - )は、日本の児童文学研究者。武蔵野大学名誉教授、一般財団法人大阪国際児童文学振興財団理事長、日本児童文学学会元会長。日本ペンクラブ会員。 1955年8月3日、東京都北区生まれ。1974年、東京都立三田高等学校卒業。1978年、立教大学文学部日本文学科卒業。1978年から1979年まで立教大学聴講生。1981年、「宮沢賢治『風の又三郎』紀行――"二重の風景"への旅」で『日本児童文学』三百号記念論文佳作。1983年、立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士前期課程修了。日本児童文学・日本近現代文学・国語科教育を専攻した。 1983年6月から1988年10月まで宮城教育大学教育学部専任講師。
岡部 耕典(おかべ こうすけ、1955年 - )は、日本の社… 岡部 耕典(おかべ こうすけ、1955年 - )は、日本の社会福祉学者、社会運動家。専門は社会福祉学、福祉社会学、障害学。障害学会理事。 1955年京都府京都市生まれ。1973年3月、東京都立三田高等学校卒業。1979年3月、東京大学文学部社会学科卒業。東京都立大学 (1949-2011)大学院社会科学研究科社会福祉学専攻博士前期課程修了後、2006年3月、東京都立大学 (1949-2011)大学院社会科学研究科社会福祉学専攻博士後期課程修了、博士(社会福祉学)。東京学芸大学教育学部非常勤講師、立教大学コミュニティ福祉学部非常勤講師を経て、早稲田大学第一文学部・第二文学部客員准教授、准教授を経て、現在、早稲田大学文化構想学部教授。
仲 真紀子(なか まきこ、1955年 - )は、日本の心理学… 仲 真紀子(なか まきこ、1955年 - )は、日本の心理学者、北海道大学名誉教授、立命館大学教授。専門は、認知心理学、発達心理学、犯罪心理学。ウォンテッドリー創業者の仲暁子は娘。 福岡県生まれ。米国ニューヨーク州・カールプレイス高校、東京都立三田高等学校卒業。1979年、お茶の水女子大学文教育学部卒業(心理学専攻)。1981年、お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了(心理学専攻)。1984年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得退学(人間発達学専攻)。1987年、お茶の水女子大学より学術博士の学位を取得。お茶の水女子大学助手、千葉大学教育学部講師、助教授、デューク大学客員教授、1999年東京都立大学大学院人文科学研究科助教授、2003年北海道大学大学院文学研究科教授、2017年立命館大学総合心理学部教授。
斉藤 敏豪(さいとう としひで、1954年11月16日 - … 斉藤 敏豪(さいとう としひで、1954年11月16日 - )は、日本のテレビ演出家。東京都品川区出身。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』内での通称はヘイポーまたは世界のヘイポー。 「オフィスぼくら」副社長を経て、制作プロダクション「ファクト」所属。日本テレビ系『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(以下「ガキ使」と表記)にスタッフとして初回から参加。 通称「ヘイポー」。名付け親は同期の菅賢治である。 高校を卒業してからしばらくの間、都内のストリップ劇場でアルバイトを始め、照明の手伝いなどをしていた。この時、ストリップ嬢の間から「お豆(おまめ)」というニックネームを付けられて可愛がられていたという。
阿部 眞弓(あべ まゆみ、1953年8月31日 - )は、呼… 阿部 眞弓(あべ まゆみ、1953年8月31日 - )は、呼吸器内科医・医学博士。社団法人日本呼吸器学会喫煙問題に関する検討委員会の副委員長。特定非営利活動法人日本禁煙学会評議員。 東京都出身。東京都立三田高等学校卒業後、東北大学医学部卒業。1994年に禁煙外来を始め、その後禁煙相談のインターネットサイトを開設し、受動喫煙に関する相談や禁煙支援・携帯電話を使った禁煙支援サービス「卒煙ネット」を行う。東京女子医科大学付属病院と社会福祉法人三井記念病院総合健診センターで禁煙外来を開く。また、受動喫煙や空気環境問題に関する研究・講演も行う。
宮崎 信敏(みやざき のぶとし、1952年12月 - )は、… 宮崎 信敏(みやざき のぶとし、1952年12月 - )は、日本の防衛官僚。 東京都出身。東京都立三田高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。
太田 きよみ(おおた きよみ、1951年5月15日 - )は… 太田 きよみ(おおた きよみ、1951年5月15日 - )は、日本の女優、歌手。 本名、曽根 喜代美(旧姓:太田)。身長163~164㎝、体重40㎏。2000年代以降は「曾根 きよ美(そね きよみ)」名義でも歌手活動を続ける。 1970年、ドラマ『プレイガール』のゲストとして篠 雪子名義でデビュー。数話のゲスト出演を経た後、1971年に同番組のレギュラーとなるが既に桑原幸子が同番組に出演しており、名前の "ゆきこ" が重複するため本名をもじった太田きよみに改名。この時に1953年生であるとのプロフィール設定がされた。 『プレイガール』降板後、橘 モナ(たちばな モナ)の芸名で歌手デビュー。切掛けは "あるパーティで勝新太郎のカフスボタンを拾って届けたところ、その場で勝にスカウトされたこと"とされていたが、これはデビューにあたりドラマチックな演出をするための設定であった。
石井 直(いしい ただし、1951年3月10日 - )は、日… 石井 直(いしい ただし、1951年3月10日 - )は、日本の実業家。株式会社電通顧問・元代表取締役社長執行役員。株式会社電通グループ相談役。株式会社TBSホールディングス(TBSHD)・株式会社TBSテレビ社外取締役。一般社団法人日本広告業協会(JAAA)元理事長。日本国際フォーラム政策委員。公益社団法人日本マーケティング協会副会長。 東京都生まれ。東京都立三田高等学校を経て、1973年に上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。高校・大学時代はアメリカンフットボール部に在籍していた。また、上智大学卒業生でマスコミ界で働く者の交流会であるマスコミソフィア会のメンバーである。 1973年4月に電通へ入社。
神山 彰(かみやま あきら、1950年(昭和25年) - )… 神山 彰(かみやま あきら、1950年(昭和25年) - )は、日本の演劇研究者。明治大学名誉教授。 東京都生まれ。1969年、東京都立三田高等学校卒業。1973年、明治大学文学部文学科卒業、1977年、同大学院文学研究科修士課程修了。1978年、国立劇場芸能部制作室勤務。1996年、明治大学文学部助教授、2001年教授。2021年定年退職、名誉教授。 2007年『近代演劇の来歴 歌舞伎の「一身二生」』で日本演劇学会河竹賞受賞。
逢坂 恵理子(おおさか えりこ、1950年 - )は、東京都… 逢坂 恵理子(おおさか えりこ、1950年 - )は、東京都出身のキュレーター。2019年10月から国立新美術館館長。2021年7月から国立美術館理事長。 東京都立三田高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。国際交流基金、ICA名古屋を経て、1994年より水戸芸術館現代美術センター主任学芸員。1997年から2006年まで同センターで芸術監督を務めた。 その後、2007年から2009年1月まで森美術館のアーティスティック・ディレクターを務め、2009年4月より横浜美術館館長。2019年10月より国立新美術館館長(2020年3月までは横浜美術館館長との兼務となる)。2021年7月より国立美術館理事長。
柳家 小袁治(やなぎや こえんじ、1948年(昭和23年)1… 柳家 小袁治(やなぎや こえんじ、1948年(昭和23年)10月12日 - )は、東京都千代田区外神田(神田末広町)出身の落語家。落語協会所属。本名∶関根 誠。出囃子は『おはん』。 千代田区立芳林小学校(現在の千代田区立昌平小学校)、千代田区立練成中学校(現在の千代田区立神田一橋中学校)、東京都立三田高等学校卒業。 高校卒業後の1967年、当時二ツ目で「さん治」といった柳家小三治に弟子入り志願するも、まだ二ツ目で弟子が取れなかったため、その師匠の五代目柳家小さんに入門することを勧められて小さんに入門。前座名「マコト」を名乗る。 1972年11月に柳家さん喬、五街道雲助、金原亭駒三、三遊亭梅生、立川談十郎、三遊亭楽松と共に二ツ目昇進。
銅谷 志朗(どうや しろう、1944年(昭和19年)4月30… 銅谷 志朗(どうや しろう、1944年(昭和19年)4月30日 - 2018年(平成30年)10月29日)は、日本のアナウンサー(山陽放送→テレビ朝日→フリー)、相撲キャスター、相撲ジャーナリスト。東京相撲記者クラブ会友。 港区立白金小学校、港区立高松中学校、東京都立三田高等学校を経て、明治大学政治経済学部経済学科を卒業後、1968年(昭和43年)4月、山陽放送(現在のRSK山陽放送)にアナウンサーとして入社、ラジオDJ、テレビ広報番粗、ニュースなどを担当。 1971年(昭和46年)4月、日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)に移籍。主にニュース、ドラマのナレーション、スポーツ実況(大相撲・プロレス・ボクシング・アーティスティックスイミング・重量挙げ・卓球・競馬・陸上競技フィールド競技など)を担当。
堀越 慈(ほりこし めぐみ、1941年8月1日 - )は、東… 堀越 慈(ほりこし めぐみ、1941年8月1日 - )は、東京都出身の元ラグビー選手で、現在は株式会社フォーサイト21代表取締役社長。 現役時代のポジションは主にロック(LO)。 東京都立三田高等学校を経て、慶應義塾大学法学部に入学。同大学ラグビー部の出身で、卒業後はライオン歯磨(現:ライオン)に入社の傍ら、エーコンクラブでラグビーを継続し、1967年のニュージーランド学生代表(NZU)来日試合がラグビー日本代表(以下、日本代表)選手としての初キャップとなった。翌1968年の日本代表ニュージーランド(以下、NZ)遠征メンバーにも選出され、同年6月3日に行われ、23-19で撃破したオールブラックスジュニア戦のフィフティーンとして名を連ねた。
新 克利(あたらし かつとし、1940年〈昭和15年〉12月… 新 克利(あたらし かつとし、1940年〈昭和15年〉12月4日 - )は、日本の俳優・声優。 東京市に鳶職の子として生まれる。 都立三田高校を卒業後、1959年に法政大学法学部に進んだが、2年で中退。 俳優座養成所に13期生として入所し、1964年3月の卒業と同時に団員となる。 1968年、『肝っ玉かあさん』に医師役で初のテレビドラマレギュラー出演を果たして人気を獲得。 石井ふく子プロデュース作品に常連出演し、誠実なイメージの役が多かっただけに、一部週刊誌で長山藍子との不倫スキャンダルが報じられて以降、出演が減った[要出典]。 『必殺仕置屋稼業』の印玄役も当たり役であり、悪人を屋根から突き飛ばす際に悪人が言う「止めて!助けて!」のセリフが流行した。
デヴィ・スカルノ(Dewi Sukarno、1940年〈昭和… デヴィ・スカルノ(Dewi Sukarno、1940年〈昭和15年〉2月6日 - )は、日本生まれでインドネシア国籍の政治活動家・タレント。インドネシアのスカルノ元大統領の第3夫人。NPO法人アースエイドソサエティ総裁。株式会社デヴィーナ・ソサエティ代表取締役。2019年7月からはYouTuberとしても活動している。本名及びインドネシア名はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(Ratna Sari Dewi Sukarno)。旧名及び日本名は根本 七保子(ねもと なおこ)。通称はデヴィ夫人。 スカルノ大統領との間に生まれた一人娘のカリナは、2005年(平成17年)11月26日にオランダで米系大手金融機関シティバンクの欧州・中近東・アフリカ地区CEOフレデリック・シーガスと結婚している。
朝比奈 愛子(あさひな あいこ、1939年11月22日 - … 朝比奈 愛子(あさひな あいこ、1939年11月22日 - )は日本の歌手、女優、作家、芸能企画プロデューサー。 1939年11月22日、東京府東京市目黒区大岡山に商社員の朝比奈愛三とその妻千恵子の次女として生まれる。東京都立三田高等学校を中退。 1958年5月、姉の雪村いづみとのデュエット曲「シュガー・キャンデー」でデビュー。同年9月、「続々サラリーマン出世太閤記」で映画デビュー。 1988年、短編小説「赤土の庭」で中央公論社の第31回「女流新人賞」を受賞。 1993年、ミュージカル「クッキングガール」の原作を執筆。
石堂秀夫(いしどう ひでお、1936年9月21日 - )は、… 石堂秀夫(いしどう ひでお、1936年9月21日 - )は、日本の小説家。 東京生まれ。東京都立三田高等学校定時制中退。1969年小説『那覇の港で』により第6回総評文学賞を受賞。1971年、長編小説『詐欺師たち』を刊行し、椎名麟三の絶賛を受けて作家生活に入る。『奥の細道・全行程を往く』で松尾芭蕉の研究家としても知られ、また、ドラマ『天明義民伝』で、2000年度地方自治大賞を受賞。
小川 欽也(おがわ きんや、1934年12月28日 - 20… 小川 欽也(おがわ きんや、1934年12月28日 - 2024年12月10日)は、日本の映画監督、脚本家、俳優、映画プロデューサーである。監督としての別名に三川 和久(みかわ かずひさ)、小川 卓寛(おかわ たかひろ)、小川 和久(おかわ かずひさ)、上田 光生(うえだ みつお)があり、俳優としては姿 良三(すがた りょうぞう)、脚本家としては水谷 一二三(みずたに ひふみ)と名乗る。成人映画の黎明期からの映画作家として知られ、異分野で活躍する山本晋也を除けば、成人映画の世界で長く現役として作品を発表し続けた人物であった。監督作は400本を超える。 1934年(昭和9年)12月28日、京都府京都市下京区烏丸通綾小路下ルに生まれる。
森 今日子(、1934年3月4日 - )は、日本の女優。大連… 森 今日子(、1934年3月4日 - )は、日本の女優。大連市(現中華人民共和国遼寧省)出身(後に東京都へ引き揚げ)。東京都立三田高等学校卒業。 東宝第5期ニューフェイスとしてデビュー。同期には平田昭彦や青山京子がいた。 1950年代には本名の森 啓子名義で活動していたが、1959年より森 今日子へ改名した。 東宝の俳優専属システム崩壊後も、1970年代前半まで活動していた。
小泉 喜美子(こいずみ きみこ、1934年2月2日 - 19… 小泉 喜美子(こいずみ きみこ、1934年2月2日 - 1985年11月7日)は、日本の推理作家、翻訳家。旧姓・杉山。 東京都立三田高等学校卒業後、英語力を活かしてジャパンタイムズに勤務。田村隆一の下訳を手がけ、早川書房に出入りし、当時同社の編集者(『ミステリマガジン』編集部)だった1歳上の小泉太郎(生島治郎)と知り合い、交際を経て25歳で結婚した。同年(1959年)には「我が盲目の君」を第1回EQMM短篇コンテストに応募し、準佳作に入選する。 職場で大量の原稿を読み、かつ帰宅後は自らの原稿を書かなければならなかった生島から「家の中で原稿を書かれると自分(生島)の神経が参ってしまう」という理由により原稿の執筆を禁じられていたが、約束を破って『弁護側の証人』を書き上げ、『オール讀物』ミステリ新人賞に応募したところ、入選は逸したものの選考委員の一人高木彬光の激賞により文藝春秋から単行本となった。
馬越 陽子(まこし ようこ、1934年(昭和9年)1月27日… 馬越 陽子(まこし ようこ、1934年(昭和9年)1月27日 - )は、日本の洋画家。本名は瀬谷陽子。現在の東京都港区青山出身。 独立美術協会会員、女流画家協会委員、多摩美術大学大学院客員教授、2014年より日本美術家連盟洋画部理事。 1934年(昭和9年)1月27日、東京府東京市赤坂区青山に生まれる。 1952年(昭和27年)東京都立三田高等学校卒業 1964年(昭和39年)東京芸術大学油画科卒業、同年独立美術協会の独立展へ初出品、初入選。1966年(昭和41年)東京芸術大学大学院を修了。翌1967年(昭和42年)、「夜明けをまつ人達」が女流画家協会展でH夫人賞を受賞。 1973年(昭和48年)、文化庁芸術家在外研修員のうち初の女性芸術家としてヨーロッパの10カ国およびアメリカ合衆国、旧ソビエト連邦など欧米各国200箇所以上の美術館で1974年(昭和49年)まで1年間に渡って研修を行った。
藤井 康栄(ふじい やすえ、女性、1934年〈昭和9年〉 -… 藤井 康栄(ふじい やすえ、女性、1934年〈昭和9年〉 - )は、日本の編集者・昭和史研究家。北九州市立松本清張記念館名誉館長。旧姓大木。父は詩人の大木惇夫。編集者・文芸エッセイストの宮田毬栄は次妹、俳人の大木あまりは末妹。夫は歴史家の藤井忠俊。 小説家の松本清張の作家生活約40年の内の約30年間を担当編集者として務め、『昭和史発掘』『二・二六事件 = 研究資料』などの資料収集に奔走し、『松本清張全集』にも携わった。松本清張記念館設立後は館長および名誉館長として、清張に関する講演、企画展などでも大きな働きを見せている。 東京府出身。東京都立三田高等学校を経て、早稲田大学文学部史学科で大正デモクラシーなどの近代史を専攻する。
坂口 ふみ(さかぐち ふみ、1933年 - )は、日本の宗教… 坂口 ふみ(さかぐち ふみ、1933年 - )は、日本の宗教・哲学研究者、東北大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立三田高等学校卒、1957年東京大学教養学部ドイツ科卒、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化修士課程修了。ミュンヘン大学にてPh.D.取得。1972年東京大学教養学部助教授(ドイツ語)、1984年東北大学教養部教授、1997年定年退官、名誉教授、清泉女子大学教授、2004年退任。
林 洋子(はやし ようこ、1930年11月3日 - 2025… 林 洋子(はやし ようこ、1930年11月3日 - 2025年7月31日[要出典])は、日本の女優、声優。宮沢賢治作品のひとり語り芸の公演を長年続けていた。元夫は作曲家の林光。 東京都大田区蒲田生まれ。都立第六高等女学校(現:東京都立三田高等学校)卒業後、1949年に俳優座付属俳優養成所の第1期生となり、1952年に卒業(同期生に岩崎加根子、野村昭子らがいる)。 俳優座養成所第一期卒業後、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)で数々のブレヒト劇に主演し、声優として吹き替えにも多く出演。後にフリーとなる。 1970年、水俣病の実態に触れ、翌年に、石牟礼道子原作「苦海浄土」巡礼公演。以後「私って何だ、俳優って何なんだ」と考え自発的に芝居が出来なくなり俳優として沈黙する。
いぬい とみこ(本名:乾 富子、1924年〈大正13年〉3月… いぬい とみこ(本名:乾 富子、1924年〈大正13年〉3月3日 - 2002年〈平成14年〉1月16日)は、日本の児童文学作家。 静岡県で生まれ、2歳の時に東京府東京市麻布区(現・港区)、4歳の時に大森区(現・大田区)へ移る。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)を卒業。1941年4月11日、日本女子大学校国文学部(現・日本女子大学文学部日本文学科)に42回生として入学するが、父親の転勤に伴い兵庫県伊丹市に引っ越すため翌年6月2日付けで同校を中退。京都の平安女学院専攻部保育科を1944年に卒業し、東京・大森の幼稚園(母園)と京都の幼稚園に勤務した。その後まもなく、父親が富士紡績柳井化学工業の工場長に就任したため1947年まで山口県玖珂郡柳井町(現・柳井市)に在住し、山口県立柳井高等女学校併設の戦時保育園で保母を務めた。
砂原 美智子(すなはら みちこ、1923年〈大正12年〉2月… 砂原 美智子(すなはら みちこ、1923年〈大正12年〉2月19日 - 1987年〈昭和62年〉8月27日)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 広島県呉市出身。呉市立吾妻小学校(現・呉市立明立小学校)在学中の1930年(昭和5年)、音楽を学ぶために一家で東京移住。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)卒業。1942年(昭和17年)東京音楽学校入学。1944年(昭和19年)東京音楽学校本科声楽科卒業(戦時中のため、卒業時期短縮で9月卒業)。平原寿恵子に師事。1947年(昭和22年)藤原歌劇団公演のプッチーニ『ラ・ボエーム』ムゼッタでデビュー。翌年にかけてビゼー『カルメン』のミカエラ、ロッシーニ『セビリアの理髪師』のロジーナ、プッチーニ『蝶々夫人』などを演じて一躍同劇団のプリマドンナになる。
石井 好子(いしい よしこ、1922年8月4日 - 2010… 石井 好子(いしい よしこ、1922年8月4日 - 2010年7月17日)は、日本のシャンソン歌手、エッセイスト、実業家(芸能プロモーター)。日本シャンソン界の草分けであり、半世紀以上に亘り牽引し続けた業界の代表・中心人物として知られている。日本シャンソン協会初代会長。東京都出身。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)卒業、東京音楽学校声楽専科卒業。 政治家・石井光次郎の次女として生まれ、母の勧めにより6歳からピアノを習う。ただ、歌は好きだがピアノは好きになれなかったという。ピアノを教えていた岡本たま(音楽家岡本敏明の妻)は、そんな好子にピアノを無理強いすることなく、ただ好きな歌を歌うよう勧めた。
猿橋 勝子(さるはし かつこ、1920年3月22日 - 20… 猿橋 勝子(さるはし かつこ、1920年3月22日 - 2007年9月29日)は、日本の地球科学者である。専門は地球化学。海洋放射能の研究などで評価された。東邦大学理事・客員教授を歴任。東京生まれ。 東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)を経て、帝国女子理学専門学校(現・東邦大学理学部)を卒業。中央気象台研究部(現・気象庁気象研究所)で三宅泰雄の指導を受けた。1954年のビキニ事件におけるいわゆる「死の灰」による大気・海洋汚染の研究以後、三宅と大気及び海洋の放射能汚染の調査研究を行い評価された。その研究成果は1963年の部分的核実験禁止条約成立に繋がった。 1957年、東京大学理学博士「天然水中の炭酸物質の行動について」。
大橋 鎭子(おおはし しずこ、1920年〈大正9年〉3月10… 大橋 鎭子(おおはし しずこ、1920年〈大正9年〉3月10日 - 2013年〈平成25年〉3月23日)は、日本の女性編集者・エッセイスト。暮しの手帖社社主・元社長で同社の雑誌『暮しの手帖』を創刊した。妹の大橋芳子も同社創業メンバーの一人で、エッセイスト。 父の大橋武雄は岐阜県大垣市出身。武雄は父親を結核で早くに亡くし、10歳の時に東京・深川の材木商をしていた親戚の大橋谷吉の養子となり、府立一中を経て北海道帝国大学農学部卒業後1919年4月中越製布(現・日本製麻)に就職。母、宮原久子は京都生まれ小樽育ちで、父の宮原満吉は新潟で油田を掘り当て財を築いた実業家だった。久子は女子美術学校を卒業後、北海道時代に知り合った武雄と1919年5月に結婚。
いわさき ちひろ(本名:松本 知弘 まつもと ちひろ、旧姓:… いわさき ちひろ(本名:松本 知弘 まつもと ちひろ、旧姓:岩崎)、1918年12月15日 - 1974年8月8日、女性)は、子供の水彩画に代表される日本の画家、絵本作家。岩崎ちひろ、岩崎千尋、イワサキチヒロで発表された作品もある。父は陸軍勅任建築技師の岩崎正勝。母・文江は大日本連合女子青年団(のちの大日本青少年団)主事。前夫は東洋拓殖職員、後夫は日本共産党元衆議院議員で弁護士の松本善明。孫は絵本作家の松本春野。 1918年、雪の降る師走の朝にちひろは日本帝国陸軍築城部の建築技師の父親、女学校の教師の母親という当時としては珍しい共働き家庭における三姉妹の長女として福井県武生町(現在の越前市)橘で生まれた。
若松 紀志子(わかまつ きしこ、1915年 - 2012年4… 若松 紀志子(わかまつ きしこ、1915年 - 2012年4月23日)は、日本のピアニスト。2010年現在95歳を迎えた時点でも、ピアノ指導に従事。教え子の数は1000人を超える。指揮者小林研一郎を見出した。アザミ会・アートスペースエリコーナ主宰。夫は画家の若松光一郎。
江戸川 蘭子(えどがわ らんこ、1913年(大正2年)11月… 江戸川 蘭子(えどがわ らんこ、1913年(大正2年)11月13日 - 1990年(平成2年)11月5日)は、昭和期の歌手、女優。本名は大宮 まつ、竹澤 まち子。 東京市出身。1930年(昭和5年)日劇音楽舞踊学校卒業。多摩川京王閣を経て、1932年(昭和7年)10月、松竹歌劇団(SKD)に入団。歌劇「ロザリア姫」等で人気を得る。1936年(昭和11年)退団。 1933年(昭和8年)コロムビアからデビュー。タンゴを多く唄い、「タンゴ・ローザ」、「ラ・クンパルシータ」などを吹き込む。戦争に突入するにつれ、戦時歌謡を多く吹き込んだ。「たそがれの湖」や「ロッパのガラマサどん」、「船出は楽し」など東宝映画に出演する。